(四)諍いの種③
ひとまず引き下がったファルデリアナは、当面の約束は公爵家の名にかけて守るだろう。だが、これが新たな問題の火種にならないとは言い切れないだけに、エラゼルとしては安心していられなかった。
不安を抱えながらも、この後に思いを巡らせつつ、鎧を着用する。騎士学校の生徒達も騒ぐのを止めると、エラゼルに倣って鎧を着用し始める。
「エラゼル閣下、負けないよう戦って参りましたが?」
ラーソルバールは皮肉たっぷりにエラゼルに頭を下げて見せる。
「良い。良くやったぞ」
笑顔を向けて、ラーソルバールの頭を撫でる。
「もう……、撫でるんなら手甲取ってからにしてくれる?」
渋い顔をして抗議するものの、エラゼルはさらりと聞き流し、修学院の生徒達を見やる。先程の三人も立ち上がれる程には回復しており、ファルデリアナにしきりに頭を下げていた。彼らの無事を確認すると、すっと教師の横に進み出る。
「訓練はどのようにされるのですか?」
「とりあえずは全員の力が見たい。力の近い者同士で始めてくれればいい。同じ学校の生徒なら可能だろう?」
エラゼルに目配せすると、再度同じことを大きな声で全員に告げた。
「そういう事だ。やるぞ」
エラゼルは剣を右手に、左手はラーソルバールの手を握り、少し離れた場所に誘導する。
「エラゼルはファルデリアナさんとやるんじゃないの?」
「何を言う、それではいつまで経っても追い付けないではないか。それに彼女とはそういう仲ではない」
口を尖らせて嫌そうに言うエラゼル。そもそもファルデリアナと関わりたくないという心情が透けて見える。
仕方ない、とラーソルバールが剣を握りなおした時だった。
「再戦だ! 再戦を要求する。俺だけだったら負けていない!」
修学院の生徒達の中から、男子生徒の声が響いた。眉をしかめてエラゼルは声のした方を睨みつける。
「そなたは脳まで筋肉でできておるのか? 最後に手心まで加えてもらっておいて、どの口が言うか。その程度の腕なら、我々のクラスの生徒であれば誰でも勝てる」
「なに!」
エラゼルはあえて言葉を選ばず、言い放った。ラーソルバール達と語るような口調ではなく、ただ冷たく蔑むような言葉。それはエラゼルの怒りの表れ。
「そこで黙って見ておれ」
エラゼルは剣を握り、ラーソルバールに向かって剣を振る。
「手加減は要らぬぞ!」
「したら文句言うでしょ!」
苦笑いをしながら、軽く剣を弾き返す。直後からは激しい剣の応酬となり、修学院の生徒達を驚愕させる。文句を言った生徒も、眼前で繰り広げられる出来事に自信を喪失したようで、持っていた剣を手放すと膝を折り、沈み行くようにうなだれた。
逆に、二人の事を武技大会で知っている騎士学校の生徒達は、自らの訓練も忘れて楽しそうに歓声を上げる。
「ああ……、すまないが誰かあの二人の訓練止めてきてもらえんかね」
教師が困ったように騎士学校の生徒に助けを求める。
「無理無理。あれ、ほぼ実戦ですから」
全員が笑顔で断る。
「いやいや、行ってきて欲しいんだが……」
ひとりの男子生徒の腕を掴むが、断固拒否する姿勢を崩さない。
「嫌です。教師なんですから、責任持って行ってきてくださいよ。あんなの止めに入ったら大事になります……というか後でエラゼルさんに半殺しにされます」
周囲に居た生徒達もその言葉に大きく頷くと、その一挙手一投足を学ぼうと、歓声を上げつつも真剣な眼差しで見つめる。
最終的にはエラゼルが剣を弾かれて戦闘は止まったのだが、そこで終わりではなかった。
「やはり手を抜きよって! ……だが、手を抜かれる私もまだまだという事か……。もう一度やるぞ」
エラゼルが剣を拾い上げると、再びラーソルバールに切りかかる。
この頃には修学院の生徒達もつられる様に「そこだ」「今だ!」と歓声をあげ、二人の戦いに見入っていた。それがエラゼルの狙いであったのかは、本人しか分からない事だった。




