(四)諍いの種①
(四)
ラーソルバールは下ろしていた髪を後で紐で纏めて縛ると、鎧を身に付ける。
革鎧は騎士学校に比べ、簡素で動きやすいが、その分防具としての性能はやや落ちるだろう。使用するのが模擬剣とはいえ、激しい攻撃は肉体への影響も出かねない。
「勝負の判定はどうするのですか?」
「私がやる以外に無いだろう?」
ラーソルバールの顔を見て、教師が肩をすくめる。
「実際の戦闘であれば死亡、または瀕死や戦闘不能になるようなものであればそこで終了とする」
「判定に従わない者は?」
鎧をベルトで固定しつつ、質問を続ける。
「そりゃあ、叩きのめされても文句を言えんな。……すると君は、勝つつもりでいるのか?」
質問の意図に気付き、教師は驚きの表情を浮かべる。
「勝てと……言われましたから」
苦笑とも照れ笑いとも取れる顔に、教師は一瞬目を奪われる。それは人を惹き付ける力を持つ者の顔だ、という漠然とした感覚だった。
「ああ、君の名を聞き忘れていた……」
「ラーソルバール・ミルエルシです。以後、よろしくお願いします」
鎧の装着を終えると、会釈をしてから、武器棚の剣を取る。
その名に聞き覚えが有るような気がしたが、一見普通の少女に見えるこの娘が特別な存在であるとは思えず、教師は考えを振り払うように頭を掻いた。
「お互い、準備は良いか?」
修学院側は、筋肉質で見るからに戦闘向きの体をした茶髪の男子生徒と、引き締まった体格の金髪の男子生徒、いかにも機敏そうな女子生徒の三人が選ばれたようで、いずれもラーソルバールを見下すような目で見ていた。
所詮、負けたときの言い訳に使われる弱い女子生徒だ、という認識なのだろう。
「騎士学校の生徒だから弱いといっても油断はするな。全力で行くぞ」
筋肉質な生徒が自信ありげに笑う。
「当たり前です。ファルデリアナ様の前で、無様な姿を晒す事などできませんからね」
手にした剣の間隔を確かめるように一振りすると、女子生徒はラーソルバールを睨む。
「エラゼル、あとで美味しいもの奢って貰うからね」
振り返って友に文句を言うと、ラーソルバールはゆっくりと剣を構えた。
「始め!」
教師の一声で三人が一斉に動き出す。
ファルデリアナから作戦でも与えられたのだろうか、見事に連携の取れた動きでラーソルバールとの距離を詰める。
最初に金髪の男が切りかかり、左右どちらかに避けたところを後ろの二人が抑えるという作戦なのだろうか。そう考えたラーソルバールは、一瞬後退する素振りを見せた後、踏み込んで低い姿勢から軽く突きを繰り出す。
「あっ!」
想定外の行動に金髪の生徒が怯んで足を止めると、後ろの生徒とぶつかり連携が崩れた。次の瞬間、ラーソルバールは勢いのままに右に回り込むと、体制を崩していた前の二人、金髪の生徒と女子生徒を、流れるような優雅な動きで次々と胴薙ぎし、三人の背後を取る。
あっという間の出来事に対処ができない三人は、次々と剣を弾かれ痛撃を入れられた。
想定通りの結果に騎士学校の生徒達は、歓声を上げつつ笑い飛ばしたのに対し、修学院側は、唖然としたまま、誰一人声を上げる事ができなかった。
「アンタが邪魔したからよ!」
「お前がぶつかってきたんだろう!」
「お前ら、邪魔なんだよ!」
教師に模擬戦の終了を宣言されたものの、自らの敗北を認められない三人はそれぞれに仲間を罵り合いながら、落ちた剣を拾い上げ、個々別々にラーソルバールに切りかかる。
予想通りの行動に呆れつつも、ラーソルバールは手を抜かずに腕に魔力を纏わせると、わざと鎧のしっかりとした部分を狙い、三人全員に対して剣を振り抜いてみせた。三人は誰も剣の勢いを削ぐことも出来ず、それぞれに弾き飛ばされて地面に叩きつけられ、動けなくなった。
少しの反撃も許されない一方的な敗北は、修学院側にとっては想定外だったに違いない。先程まで余裕の笑みを浮かべていたファルデリアナだったが、ここに至ってはその余裕も無く、屈辱に塗れた悔しそうな表情を浮かべ、エラゼルとラーソルバールを睨みつけていた。




