(二)エイルディア修学院③
エラゼルはファルデリアナの後姿を見て、大きくため息をついた。
変わった自分が悪いのか、変わらぬ彼女が悪いのか。
遠くから手を振るラーソルバールの姿が見えたので、エラゼルはゆっくりと歩き出した。
エラゼルを待つ間、ラーソルバールは校舎を見上げる。
騎士学校に比べ、建造物自体が華やかな造りになっている。騎士学校は正に質実剛健という印象を与えるだけに、学校による国を支える人材の色合いの違いを感じることが出来る。
領主を継ぐ、大商人になりたい、一代で身を立てようという志があるのなら、修学院に行くべきだと言われる理由がそこにあるのだろう。
ここで人同士の交流が生まれ、それがやがて国を動かしていく。だが、そこに根付くのもやはり人の闇。階級社会の縮図がそこにある。武と精神を養うという場所柄、身分の差を大きく感じさせることのない騎士学校とは根本から違うものだ。
その事をエラゼルは知っていた。そして、体感した。
修学院には学生には平民も混じってはいるが、やはり上流貴族が幅を利かせている。地位が上の者が優先されるという暗黙の了解があり、権力者の子女にうまく取り入った者が、人生の勝利者となるのだという認識が学生達にはある。
ただ、利害だけを求めて動かないのも人間というもの。
「カラート・フォッセンといいます、貴女のお名前をお教えいただけないでしょうか!」
「オッフェル・デンスバッハです! お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」
突然声をかけられ、ラーソルバールは戸惑う。
ラーソルバールの外見はエラゼルと比しても遜色の無いもので、当然彼女を初めて見た男子生徒達が放っておくはずも無かった。
実のところ、騎士学校ではラーソルバールの認知度は高く、同学年で知らない者はほぼ居なかった。とはいえ、入学試験で派手にやったため、その存在は剣の腕と併せて知られており、無闇に彼女に声をかけようという者は居なかった。
ラーソルバールがどうしたものかと困っていると、隣に立っていたシェラは、くすくすと笑って見ている。状況を楽しんでおり、助け舟を出そうという気が一切無いのが分かる。
「え、と……」
ラーソルバールは人付き合いが薄かったせいか、社交界の時もそうだったように、こういう状況に慣れていない。自身はアシェルタートに対する気持ちを抱えているため、他の者からの好意を受けるつもりは無いのだが、断り方も良く分からない。
「待たせたな、行こうか」
丁度良く、エラゼルが現れたことで、断る口実ができた。
「ごめんなさい、行きますね」
軽く頭を下げて男子生徒に手を振ると、気にせず歩くエラゼルに歩調を合わせる。
「教室は一緒で良いのだな?」
「半分が別教室だけど、私達は一緒だよ」
校長が例の一言を受けて、また裏で手を回していたとは知らず、指定された教室へと急ぐ。
「ほらみろ、ギリギリな時間になってしまったではないか」
「エラゼルだって、捕まってたじゃない」
言い合いをしながら、教室に入る。既に室内には多くの生徒がおり、和やかに談話をしていた。
「あれはだな……」
言いかけたところで、エラゼルは頭を押さえた。教室の中には嬉しくない人物が居たからである。そう、居たのは校門で別れたはずのファルデリアナ。
コルドオール公爵家の令嬢ファルデリアナは不敵な笑みを浮かべ、教室に入ってきたエラゼルを睨みつけていた。




