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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第二十六章 価値

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(一)ブルテイラ事件②

「まずいね、こりゃ」

 執事が即座に増援を呼んできたおかげで、兵の囲みは厚くなってしまった。

 主である子爵が居る時に、無理をしてでも人質に取っておけば状況は打開出来ていたかもしれない。だが、今更悔やんだ所で既に遅い。

「さて、どうしたものか」

 ラーソルバールが奪い取った剣を手に、エラゼルは思案顔をする。

「とりあえず、ここで何とかするしか無いよね?」

「ざっと三十人。我々だけなら切り抜ける事も出来るだろうが……。何にせよ、あと数本剣が欲しいな」

「了解!」

 ラーソルバールは不敵に笑った。


 その頃、慌てて駆け戻ったデンティークは来訪者と対面していた。

「これはこれは、ジャハネート()()、お急ぎらしいがどういうご用件かな?」

「夜分済まないね、デンティーク卿。火急の用でね」

 下に見るように「男爵」と言われて、ジャハネートは僅かに眉を動かした。

「火急と言わず、美女の御用なら何時でも構いませんぞ」

「言ってくれますねぇ。では、早速用件なんですが、お忍びで重要な仕事をされていた、ある公爵家の令嬢が、この街で行方不明になったという話しなんですよ。この娘と宿で待ち合わせをしていたのに、姿も見せない。真面目な令嬢が約束を破るはずが無い、そう思って聞き込みをしたそうなんですがね」

 ジャハネートは隣に立つフォルテシアの頭を軽く撫でた。そのフォルテシアの顔を見た、デンティークの目が一瞬、怪しく光る。

「ほほう、行方不明とな。それは大変。で、手がかりでも掴めたのですかな?」

 他人事だと言わんばかりに無関心な口調で語る。

「街の者の話によると、その令嬢と思しき娘が、馬車でこの屋敷に()()されたらしいというので、伝手の無いこの娘が、慌てて私を頼ってやってきたという次第です」

「……公爵家のご令嬢なぞ、招待した覚えはないが?」

 知らぬという体を貫くデンティーク。ジャハネートの言い回しが理解できていないのだろうか、とフォルテシアは睨みつける。

「ああ、令嬢には一緒に私の妹分のような者もついていたんですが……。デンティーク卿の所でないとすると、何処でしょうな? 彼女らに何かあったら、その相手を私自ら叩き切ってやろうと思っております」

「おお、恐ろしい、赤い女豹に目を付けられたら、その者はひとたまりもないでしょうな」

 凄むジャハネートを茶化すように、デンティークはおどけて見せる。その様を見て、ジャハネートはひとつ吐息を漏らすと、デンティークを睨み付けた。

「彼女らはお忍び。身分を隠して、シルネラの冒険者としてこの街を訪れております。令嬢が行方不明になったとあれば、国を挙げての大騒ぎでしょうな」

「……な、そ、そのような大事が我が領内で……」

 ようやく気付いたように、慌てる素振りを見せるが、ジャハネートは手を緩めない。

「ええ、関係ありそうな門衛を締め上げましたところ、身に覚えがあると」

「お、おお、で、では、その者が犯人か、連れて行かれると良い」

「卿は無関係だと?」

 ジャハネートは剣に手をかけた。

「あ、当たり前ではないか! なぜ私が……」

「おや、館の奥からやけに賑やかな音がしますねぇ。祭りでもやっておられるのか?」

 デンティークを雨に濡れた手で押しのけ、ジャハネートは館の中に足を踏み入れる。その顔は嘲るような笑いを浮かべつつ、怒りに満ちていた。

「……き、騎士団長とは言え、男爵風情が無断で格上の子爵の家に踏み込むとは何事か!」

 往生際悪く怒鳴り声を上げる相手に、ジャハネートは吐き捨てるように言う。

「悪いな、デンティーク卿。私も子爵だ……そして、貴様は罪人だ……」

 その言葉を機に、付き従っていた騎士二人が、デンティークを両脇から抱えて拘束する。

「まて! 勝手な事はするな!」

 わめくデンティークを無視して、ジャハネートは歩を進める。

「茶番で手間取った。フォルテシア、急ぐぞ!」

「はい!」

 フォルテシアの靴が大きく音を立てた。


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