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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第一部 : 第六章 後始末と始まり

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(三)騒乱の臭い

(三)


 王命による騒乱警戒令が下されてから、ほぼひと月が経過した。

 流言は王都を中心とした直轄領には一切発生しておらず、そこに隣接する貴族領から多くの報告が上がった。逆に同じ貴族領であっても、遠隔地での報告が上がることは、全く無かった。

 摘発者自身や、背後関係を調べても、特に何か組織的な物が有るわけでもない。金を渡されてやった、という者ばかりで、摘発されたのは国内在住であったり、国外からの行商人だったりと統一性も無かった。


 首謀者の特定もできぬまま、発生件数も減少し、事態は収束するかに見えた。

 しかし突然、王宮を騒然とさせる出来事が発生する。

 七月二十日の事だった。王宮に駆け込んできた伝令が、非常事態が発生したと報告したのである。

 重臣一同が緊急で王の間に集められ、伝令からの報告を受けることとなった。

「ジャスカール伯爵領、イスマイア地区アスフォールで暴動が発生し、鎮圧の要請が来ております。なお、ジャスカール伯爵は現在王都に向かって逃亡中との事にございます!」

「ジャスカールめ何をやっておるのか!」

 伝令の言葉に王は激怒した。

「例の報告の方はどうなっておるか」

「ジャスカール伯爵からの報告では、流言のようなものは無く、捕縛者も居ないとのものでした」

 宰相は記憶していた通りの内容を即答する。

「陛下、恐れながら申し上げます」

 憲兵隊を統括する、特務庁長官のザハティンが進み出た。

「申せ」

「ジャスカール伯爵は陛下からの命を軽んじ『何故、自分の懐を痛めてそんな無駄なことをするのか。どうせ何も起きはしないのだから、対策などする必要はない。何も問題ないと報告せよ』と指示したそうにございます」

「なに……」

 火に油を注ぐような発言を、ザハティンは顔色ひとつ変えずに、淡々と言ってのける。

「以前より、公費の着服や領民に対する重税、法外な通行税などの噂が絶えなかったため、内偵調査を行っておりました。噂通り、いずれも伯爵本人の指示によるものだったようです。後程、調査資料を……」

「要らぬ。即時にジャスカールの爵位と領地、私財を全て没収の上、妻子共々禁固刑とする。ザハティンよ、捕縛の件は任せたぞ」

「はっ!」

 一礼すると、ザハティンは慌ただしく退出していった。

 次に王は軍務大臣を呼び寄せると、暴動終息のために指示を出す。

「暴動の対処は、騎士団を派遣せよ。民とは争わぬようにせよ。ジャスカールが領主ではなく罪人になったと知れば、無駄な戦闘は避けられるだろう。それでも扇動するような輩が居れば、容赦する必要はない」

「畏まりました。即時対応致します」

 緊迫した事態だけに軍務大臣は厳しい表情を崩さぬまま、うやうやしく頭を下げた。


 イスマイアの暴動は他の地域に波及すること無く、翌日には鎮静化した。

 騎士団の早期対応のおかげでもある。

 暴動の報があった日の夜には、騎士団は現地に到着し、混乱の中で迅速に対応にあたった。素早い対応だったとは言え、暴動による住民の死者も少なからず出してしまい、家屋も放火などによる火災や、破壊行為で多くが損壊した。

 逮捕者も多く出し、暴動はこの地域に大きな傷を残すことになった。

 住民達が唯一喜んだのは、ジャスカールの爵位剥奪と、罪人として収監されたという報せである。

 報を聞くや、暴動参加者は即座に手を止めた。それだけ、ジャスカールに対する不満や恨みは深かったと言える。

 今回の事で事態が表面化しただけであって、遅かれ早かれ同様の騒動にはなっていただろう、というのが、混乱の収拾にあたった騎士達の感想である。

 溜まりに溜まっていた鬱積が、ほんの少し背中を押された事で噴出したに過ぎない。この事が、貴族任せの地方自治の危うさを、国王に強く印象付ける事となった。


「それにしても…」

 暴動終息の報告を受けても、国王は怒りが収まらなかった。

 ジャスカールに対しては当然だが、対処しきれなかった自らの対応のまずさに関しても、怒りが向けられていた。

 事前に手を打っておけば、未然に防げたはずの事態である。

 指示を出して片付いた気になっていた。早期に報告と対策を明確にしてくれたフェスバルハに対して、申し訳ないとさえ思う。


 今回は王都を目標にした策動だったようだが、背後にいるのが国内の反乱分子か、隣国なのか掴みきれていない。

 いずれにせよ、これで終わるとは思えず、次の一手が有ると用心しておいた方が良い。その為には貴族達の意識改革と、来年の宰相交代に伴う人事が重要になってくる。

 国王としては頭の痛い問題だ。

 まずは、今回の騒動を最小限に抑えることができたのは、フェスバルハの進言があってこそだ。それに報いなくてなならない。

 さて、何を与えようか。そこまで考えて、国王はニヤリと笑った。


 暴動の話は一般には公表されておらず、王都では対応にあたった第一騎士団は、演習に出た事になっている。

 だが、騎士学校内では騎士団は暴動鎮静化の為に派遣されたという事を知らぬ者は居ない。

 騎士学校の食堂では、その事を誰彼と無く噂をしている。

 侵略者や、怪物相手の華々しい英雄譚ではない。ともすれば、自国民を殺める事にもなりかねない出来事だっただけに、生徒たちも心中穏やかではないのだろう。

 ラーソルバールも例外ではない。事の発端を知っているだけに、未然に防げなかった事は、後悔が残る結果となった。

 噂によると、領主が王命に従わずに放置していた事が、暴動に繋がったということらしい。

 さすがに王命に従わない領主が居るのは、ラーソルバールとしても想定外だった。

 王家の権力基盤が弱いのであれば、貴族達に軽んじられる事は有るだろう。しかし、この国の王家はそれほど脆弱ではない。それだけに対策費用を惜しさに王命をも無視する愚か者が居るなど、誰も想像もしなかったに違いない。

「そこまで考えて手を打たないと駄目かぁ」

 ラーソルバールは思わずため息をついた。

 どうするべきだったかを悩むのではなく、今後どうしたらいいか、どう活かせるかを考えよ。とは先日、戦術論の授業で聞いた言葉だ。

 悩まず、今後に生かそう。気持ちを切り替えるしかない。


「どうしたの、難しい顔して」

 シェラが昼食を持って、テーブルに戻ってきた。

 食堂で噂話に耳を傾けて居ました、とは言えない。

「ん、何でもない……。シェラは戻ってくるの遅かったね」

「今日は美味しそうなメニューばっかりだったから、悩んじゃったよ」

「食いしん坊」

 顔を見合せて笑う。

 それでも曇るラーソルバールの顔を、シェラは覗き込むようにして見る。シェラの仕草が少しだけ、ラーソルバールの心を和らげた。

「ねえ、シェラは民衆に……、自国民に剣を向ける事が出来る?」

「ん?、ああ、暴動の件か」

 シェラは言うなりそのまま考え込んでしまった。

「冷めちゃうよ」

 食事に手を付けずに悩む様子に、申し訳無くなり声をかけた。

「ああ、ごめん。考え込むと手が止まっちゃうんだ」

 ようやくスプーンを手に取ると、スープを口に運ぶ。それでもやはり上の空で、手が止まる。

 僅かな時間の後、考えがまとまったのだろう。ラーソルバールの瞳を見つめた。

「命令だからと言って、私はまだ言われるがままに剣を向ける事が出来ない。正騎士の方々はどう考えて行動していたのかな」

 シェラが導き出した、今の精一杯の答えだった。

 剣や魔法の腕を磨くだけでは駄目だ、という事を思い知らされる。

 フェスバルハ伯爵の言葉でも動揺し、今も悩んでいる。騎士になるには、まだまだ心が未熟だと痛感する。

「本心と、騎士としての任務は別だと言うことだよね。そこを分けて考えられるようになることが、正騎士になるってことなんだと思う。考えてみたけど、私にはまだ無理だわ」

 苦笑いして、パンを千切った。

 騎士になるため、心も友と一緒に強く育てて行こうと決めた。

 まだ歩みは遅いけれど。


 暴動発生から五日後、小さな事件が起きた。

 イスマイアの暴動で捕縛された男一人が、服毒による中毒で死亡したのである。男が毒を隠し持っていたか、他者による殺害かの判別もつかない。

 この日から始まる予定だった本格的な聴取で、男の背後関係を知られるのを恐れたのではないか、と噂された。

 イスマイアの暴動で捕縛された者は五十七名。

 そのうち身元が確認出来なかったのは、この男のみだった。

 三十代くらいの男で身元を証明する物を一切持っておらず、捕縛後ひたすら黙秘を通していた。

 男は暴動を率先して煽っており、周囲の制止も聞かずに破壊活動を行っていたところを騎士団に見つかり逃走している。その行動の怪しさから騎士団は手分けをして男を追い詰め、捕縛したのだった。

 収監前にも所持品の検査をしたが、男は何も所持していなかったと報告されている。逃亡中に捨てた可能性も有るが、それと分かる物は発見されていない。

 服毒死についても謎で、前述のように所持品無く面会者も無し。地下牢であるため、入口はひとつで窓もない。侵入者の痕跡も無く、牢内は魔法阻害効果が施されており、収監者は魔法が使用出来ないようになっている。

 では、どうやって毒を入手したのか。

 当然、疑われたのは監守達だった。彼等は一様に無実を主張し、『強制』の魔法による証言まで承諾した。

 嘘がつけない状態で、証言をすることになったが、結果は彼等の主張通り、死因には全く無関係という事が裏付けられただけだった。

 事件の重要参考人の死は、真相を更に暗闇へと引きずり込んだ。

 他に気になった事は無いか、手がかりが何でも良いから欲しい。調査に当たった者達に、焦りが募った。

 平行して、各地で収監されている扇動者にも国から調査員が派遣された。その動機の多くは金で買収されたから、という答えが多く、実際に不満が有ったという者も少ないながらも混じっていた。

 買収した者の容姿や服装を聞いても、共通点も無く、その正体についても掴めていない。

 収監者達の身辺調査も行われたが、やはり手がかりになるようなものは見つからない。

 一方、調査の中で怪しい人物を取り逃がした、という報告もいくつか確認された。

 誰もが諦めた頃だった。

「そういえば……」

 何度目かの聴取の終わりに、監守の一人が思い出したように呟いた。

「男が断末魔の声を上げる少し前、一匹の蛾が飛んでいるのを見ました」


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