(二)帰国へ③
宿舎に到着し、与えられた部屋に荷物を置くとすぐに、ジャハネートの居る指揮官室に招かれる。
そこで、旅で有った事をジャハネートに、分かりやすくまとめて話した。
「話せ、と言った手前言うのもなんだが、アタシに話しちまって問題ないのか?」
「厳密には口止めされていませんし、ジャハネート様にお話しした所で、依頼主も困ったりしないでしょう。それに、ジャハネート様は口がお堅いでしょうから」
時には楽しげに、時には真剣に聞き入っていたジャハネートだったが、特に行動内容にけちをつけるような事はしなかった。ひとつ明らかなのは、赤い女豹の名とは相反する、優しい眼差しを時折ラーソルバールに向けるほど、可愛がっているのだという事。自分の配下に加えたいと考えている、というのは本当なのだろう。
「で、次に気になるのは帝国の動きだ。密偵みたいな話じゃなく、アンタ達が肌で感じた内容を聞きたい」
ジャハネートは前のめりだった体勢から、腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかる。
「まずは、我が国の国境に近い領地では、戦争の臭いはしませんでした。武器などは西方戦線に運ばれ、まずそちらが片付かない限りは、我が国に対する行動は無いように思えます。また、ある領主に接する機会がありましたが、戦どころか、領地をいかに良くするかという考えに集中していました」
この領主については誰も余計な口を挟むことはしなかったのは、ラーソルバールを気遣ってのものだったろうか。
「すると、例の魔術師の狙いは、ウチとの戦争の下準備じゃないって事かい?」
「それは否定できません。帝国に関するものも彼の部屋にはありましたので、連携していた事は間違いないはずです。ですが、行動の大部分は個人的な恨みや、野望の類かもしれません」
そうだと言い切れない、拭い去れない不安が何故かある。
ヴァストールと軍事衝突しかねない彼の行動を帝国が容認していた事や、彼自身の毒殺に関する謎もある。
彼が死んだとはいえ、まだ終わった訳ではないのだろう。
「分かった。最後に、闇の門とかいうやつだ。あれは、帝国の手には無いのかい?」
「確たることは言えませんが、例の男が試用している段階で、まだ帝国の機関には渡っていなかったと思われます」
「なぜだい?」
「もし、帝国がそれを運用できるのであれば、西方戦線に手を焼く状態がここまで続かず、とっくの昔に打破できている事でしょう」
「なるほど、もっともだね。……十分だ。やっぱりアタシの片腕兼秘書に欲しいね」
ジャハネートはニヤリと笑う。その顔を見て、ラーソルバールは苦笑いするのを隠さなかった。
「かなり過酷そうですね、それ……」
「過酷なもんかい、しっかりと可愛がってるよ。……時々逃げる奴も居るけどね」
部屋は笑い声に包まれた。
「さあ、夕食にしようか。全員分用意させたから、しっかり食べていってくれ。味の保証はしないけどね」
話を終えると、それなりに遅い時間になっていた。
ジャハネートに連れられ食堂に行くと、人はまばらで、既に夕食の時間帯を過ぎていた事を知る。
給仕係に伝えて全員分を用意させると、席に着く。
「遅くなって済まない、今更だが、自己紹介をしてもらおうか。ラーソルバールと、デラネトゥスの娘は不要だ。他にも武技大会で見覚えがあるのが居るが、名前を覚えていない、食べながらで良いから、よろしく頼むよ」
およそ子爵の地位にある貴族とは思えない、良く言えばおおらかさ、悪く言えば適当さを見せるジャハネート。気を使わずに済む分、話しやすいことは間違いない。
四人の自己紹介を終え、残るのは。
「フォルテシア・クローベルです。父がお世話になっております」
「ああ、クローベル二月官の娘か。済まないね、親父さんにはいつも各地を飛び回って貰っているから、王都にいてもなかなか会えないだろう? 今回の任務には動向してもらっているんだが、あいにく哨戒任務中でね……もう少しで帰ってくると思うが。まあ明日は休みの予定だから、ゆっくり話すといい」
そう言うとジャハネートは、部下の娘に優しい視線を向けた。




