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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第二十四章 胸の内にあるもの

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(四)自分の言葉で②

「それと?」

 言葉の続きが気になったのか、アシェルタートが問いかける。

「お兄様はお勧めですよ! って言われました」

「あいつめ……」

 破天荒な妹の行動に、アシェルタートは恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆って苦笑いした。

「お勧めされなくても……」

 ぼそりと呟き、ラーソルバールは空を見上げる。隣にいる人を見てしまっては、きっとこの言葉の後は続けられない、自分で分かっていた。だから。

 心を決めるように小さく息を吸って吐き、そして大きく吸う。

「……そんな事を言われなくても、最初にお会いした時から……私は、エシェス様のお兄様のことが好きですから」

 月に向かって語っているわけではない。心はちゃんと隣に居る人に向けたまま、思っていたこと、今まで言えなかった事を口にした。

「……え?」

 思わぬ言葉に、アシェルタートは硬直する。次の瞬間に頭の中が真っ白になるのを感じた。

「私は、貴方の事が好きです」

 アシェルタートが驚きつつ顔を上げると、ラーソルバールは優しい微笑を浮かべ、瞳を覗き込んだ。月に照らされた彼女の顔は、最初に出会った時と同じく秀麗で、目を奪われたままアシェルタートは言葉を失った。


 アシェルタートが無意識に伸ばした左手が、ラーソルバールの頬に触れる。身じろぎもせず、その手を受け入れると、自らの手を添えた。

「何故……」

 何故、今それを告げるのか。その先の言葉を、ラーソルバールが遮る。

「私にとって、ひとつの区切りがつきました。この先も戦争が無いとは言えませんが、自分の気持ちを言葉にしないといけない、逃げてばかりではいけないと思ったからです」

 添えられた手が微かに震えている事に気付く。寒さか、それとも。

「そうだ、僕はまだ、ちゃんと言ってない……」

 アシェルタートはそう言うと、ゆっくりと深呼吸し、ラーソルバールの瞳を見詰めた。

「ルシェ、僕は君の事が好きだ。最初に会った時、何て美しくて笑顔の素敵な人なんだろうと思った。もうそれから、ずっと君のことばかり考えていた」

 微笑みを浮かべる裏で、ラーソルバールの心に小さな棘が刺さる。自分はこの人に嘘をついている。ルシェという偽りの名のままの自分が、この人の前に居て良いのかと自問する。

「私は……」

 言いかけて止める。

 私は貴方に嘘をつき、騙しています。そんな事を言えるはずもない。

「それでも私は、全てを受け入れて貴方と共に在る事はできないでしょう。……ですから、少しの間だけでいい、このままで居させてください」

 頬に添えられた手をぎゅっと握りしめる。

 この人と一緒に居れば、やがて父や友、そして慕ってくれている人々に、大事な人達に剣を向ける事になる。

 自分が国を捨てることができぬように、この人も自らの国を捨てることは無いだろう。どうして、何故この人は同じ国に生まれてくれなかったのか。

 ラーソルバールの頬を涙が伝い、アシェルタートの手を濡らす。

「君の瞳にある哀しみは、僕のせいか……」

 問いに対して黙ったまま、ゆっくりと首を横に振る。

「君が言えないでいる事は、きっと僕にはどうしようもない事なのだろうけど、帝国が……、時が流れれば解決するかもしれないのだろう?」

「はい……。ではその日が来るよう願い、ここを去るときには、別れの言葉は言わないでおきます」

 泣きながら笑顔を浮かべる。きっと、自分はラーソルバールだと名乗れる日が来る。と信じて。

「また何度でも来て欲しい。僕は待っている」

 アシェルタートが頬の涙を拭こうと、ハンカチを手に、右手を伸ばした瞬間、ふわりと爽やかな香りとともにラーソルバールが飛び込んできた。洗ったばかりの髪が冷たく、アシェルタートの頬に触れる。

「え……」

 ラーソルバールの突然の行動に、アシェルタートは驚いて声を上げたが、ためらいつつも腕の中に居るラーソルバールを強く抱きしめた。

「私は貴方が好きです、大好きです……」

 堰を切ったように涙が溢れ、ラーソルバールは声を上げて泣いた。


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