(三)背負うもの③
ラーソルバールはオーガの隙を付き、攻撃を加えるという事を繰り返す。もう半歩踏み込めば、深手を負わせる事も出来るが、反撃された場合の危険性が高まる。
的確な攻撃で多くの裂傷を作り、少しずつオーガの自由と体力を奪う。そうやって大きな隙が出来るのを待っていた。
遂に焦ったオーガは、捨て身で大振りな拳が振り下ろす。瞬間、ラーソルバールは地を蹴って懐に飛び込み、腕を伸ばしてオーガの喉を切り裂いた。
オーガは膝をつき、前のめりになり周囲の物を次々に薙ぎ倒して大きな音を立てながら倒れ、そして絶命した。それはボルリッツが駆け寄って来たのとほぼ同時だった。
「ふぅ……」
緊張から解放され、ラーソルバールは大きく息を吐いた。
「何て嬢ちゃんだよ、一人でこんな化け物倒しやがって。俺の出番が無いじゃねぇか」
ボルリッツは目の前の光景が信じられないと言うように、自らの頭を拳で軽く叩いた。
「死ぬ思いをして、ようやくですよ……」
ラーソルバールはそう言って苦笑したが、この時、自分達を見つめ歯噛みする存在が居た事に気付いては居なかった。
馬を隠して戻ってきたガイザを加え、建築物を利用しながら包囲されないよう戦ってきたエラゼルだったが、さすがに人数差を埋める事は出来ず、壁を背負う程にまで後退させられていた。
オーガを倒したラーソルバールとボルリッツは、急いでエラゼル達を包囲しようとする盗賊達との戦闘に加わる。不意を突いて、三人ほど打ち倒すのに成功した時だった。
ふわりと空を舞う存在が、陽光を遮りつつラーソルバール達の頭上に現れた。
「ガーゴイル!」
再び目にした怪物に、確信を強める。あの男はここに居る、と。
「魔法で打ち落とせるか?」
盗賊の相手で余力の無いエラゼルは、後ろを振り返らずに問いかける。
魔法生物とはいえ、浮力の半分は魔力によるものだが、残りは翼による揚力で補っているため、翼が機能しなくなれば空を飛ぶ事が出来なくなる。それは分かっているが、通常の弓では役に立たない恐れがあり、どうしてもモルアールに頼るしかなかった。
「出来るに決まってるだろ!」
モルアールは両手を上方に向け、精神を集中すると無詠唱で光の球を連続で放つ。ガーゴイル達は突然放たれた光球に対応できずに、二体が翼を貫かれ落下し、残りは石壁に隠れた。
「撃ちもらした奴は、責任を持ってやる!」
責任を感じ、モルアールは空を睨んだ。
次の瞬間、モルアールが何処からとも無く飛んできた漆黒の塊に弾かれ、シェラを巻き込んで転倒した。
「ぐぁ!」
モルアールは右肩を押さえ、苦悶の表情を浮かべ、シェラも転倒した際に打ち所が悪かったのか、動けない。慌てて庇うようにガイザが盗賊達との間に割って入る。
ディナレスもメイスを振るい戦闘に加わっていたため、対応が出来る状態ではなかった。
「魔法使いが混じっていたとは予想外だったよ」
魔法を放った人物は、石壁の陰から半身のみ姿を覗かせていた。それはファタンダール。王都で見たあの魔法使いだった。因縁の男の姿を見るなり、エラゼルの顔に怒りが滲む。
「この下衆がっ!」
言うより早く、今すぐにでも切り捨てるという勢いで、エラゼルが盗賊の間を割って差を詰める。
「駄目っ!」
制止しようとラーソルバールが叫んだが、間に合わなかった。
死角から滑空してきたガーゴイルの爪が、深々とエラゼルの肩を抉った。
「……つっ!」
勢いで転倒し、剣を手放してしまった。
「下衆とは聞き捨てならんな。私とて宮廷魔術師だった男の息子なのだよ。もう少し敬ってくれても良いのではないか?」
ファタンダールはニヤリと笑って、見下したようにエラゼルを見据える。
「ボルリッツさん、ここは任せます!」
「お、おう!」
ラーソルバールは慌てて眼前の盗賊を二人切り伏せると、エラゼルのもとに駆け寄り、自ら盾になるようにファタンダールの前に立ちはだかる。
「宮廷魔術師だと?」
上半身を起こすと、忌々しげにエラゼルはファタンダールを睨みつけた。




