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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第一部 : 第十五章 その流れる先は

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(二)歌声③

 歌ううちに、看板娘であるフィアーナが常連さんと思われる人に、店の中央に連れていかれた。良くある事なのだろうと思って見ていたら、助けを求めるような視線をこちらに送ってくる。

 エラゼルと二人で、気付かぬ振りをしてやり過ごそうとしていたら、戻って来たフィアーナに襟首を掴まれて、無理矢理一緒に歌わされることになってしまった。

「おお! 美人二人も揃ってすごいな! フィアーナちゃんの友達かい?」

 周囲から歓声が飛んでくる。

「凄い綺麗な娘さん二人だな。おーい、看板娘! 負けてるぞ!」

 その声に、フィアーナは持っていた木札を投げつけ、声の主に見事に命中させた。

 同時に客たちから爆笑が起こる。人前に出る恥ずかしさがあったのだが、一緒になって笑った瞬間にどこかへ行ってしまった。

 笑いが収まると、三人で示し合わせて少し前の流行歌を歌う事にした。戦場で大事な人を失った、その悲しみを堪えて再び立ち上がる青年の唄だ。

 戦争賛美の唄ではない。むしろ鎮魂と、残された者の決意を歌ったもの。今のこの街に捧げたいという思いから、三人で決めた。

 人前で歌うなど、私の最も苦手とするところなのだが、何故かこの時ばかりは余り気にせずに歌うことができた。最後には結局店内の客全員での大合唱になってしまったのは、先程までの流れからすれば当然のことかもしれない。

 余談だが、私としてはエラゼルが流行歌を知っていた事が驚きだった。


 思いも寄らぬ出来事ばかりの食事になったが、良い気分転換になった気がする。エラゼルの顔にあった悲しみの色も、店を出る頃には少しは薄れた気がして安心した。

 最後に、フィアーナにまた来ると伝えて店を後にすると、夜空を見上げつつ救護院に戻る。

 この頃には夜も更けいい時間になっており、救護院の門や扉が開いているのか不安だったが、メサイナさんはちゃんと待っていてくれた。笑顔で迎えられ、私達の顔を見るなり「良い夕食になったようですね」と付け加えた。

 会ったばかりの人から見ても分かるほどに、前後の顔は違うのだろうかと二人で目を合わせ、互いに苦笑いする。

 この後すぐ、メサイナさんの指示に従い着替えを用意すると、備え付けの浴場へ案内された。騎士学校の寮のような大きなものではないが、清掃が行き届いているようで、全く不快感がない。

 戦闘で汚れ、汗をかいたままだった体を洗い流すと、精神的な疲労も取れた気がした。

「やっとゆっくりできる気がするね」

「そうだな、色々あったからな」

 体の疲れの方は、癒しの魔法のおかげでほぼ残っていなかったのだが、お湯に浸かると何故か元気になった気がする。理由があるのかと首をひねったところで、エラゼルが湯に浮かぶ薬草を見つけ、きっとこの薬草の効能だろうと話し合った。

 空腹も解消し、安心感を得て、気を抜くとお湯の中で寝てしまいそうになる。心地良さと眠気で重くなりつつある瞼を無理矢理開けると、浴場を後にして急いで部屋に戻ることにした。

 案の定、エラゼルはさも当然のように私の後についてきて、同じ部屋に入る。

「エラゼルさん?」

「なんだ、寝るまでいいではないか」

「実は寂しがり屋さん?」

「違う、暇なだけだ。ここには学校の教書も無いしな」

 物は言い様だ。言い訳としては十分に筋が通っている。とは言うものの、寝る時になったところで、彼女が自室に戻るとは思えない。そう前もって分かって居れば、困ることも無い。

「用意されているお茶もあるし、暖炉でお湯を沸かしてそれを飲んだら寝ようか」

「そうだな…」

 魔法使いの男という不安材料が残っている事を、二人はあえて触れない。この後、エラゼルは私が気を失っていた間の出来事を、再度詳しく話してくれた。

 結局、お茶を飲み終わってもエラゼルは自室に戻らず、予想通り私と同じベッドで眠る事になったのは言うまでも無い。


 こうして、色々あった私達の長い長い一日は終わりを告げた。


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