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八百万  作者: マー・TY
最終章
99/115

99.繁華街の話

「死んだ!死んだ!お前死んだ!」


 休日昼間の繁華街。

 その奇妙な台詞が周囲に響き渡る。

 通行人の視線の先にはアオと、アオに指を差して喚く中学生くらいの少年がいた。

 少年は上下灰色の寝巻き姿で、痩せ細っている。

 長い前髪で両目が見えない。

 

「死んだ!お前死体だ!」


「な、何……言ってるの?」


 その不気味な少年から、アオは一歩後退る。

 しかし少年は喚き声を止めずに、ぐいぐいと距離を縮めてきた。


「ずりぃ!ずりぃ!お前死んでんだろ!死体だろ!死体だから死んどけよ!!」


「私が死体って……どういう…こと?」


「惚けんなよ!俺がお前殺ったんだぞ!KILLしたぞ!だから死んだろお前!何で歩いてんだ死体女!!」


「き……きる?……えっ……?」


 少年の言うことが、アオにはさっぱり解らなかった。

 困り果てて、「助けて」と言いたげに周囲を見た。

 しかし、冷たい人間が多い。

 見ないフリをして通り過ぎる者。

 遠くから見て楽しんでいる者。

 全く助けは来ない。

 全員巻き込まれたくはないと考えているようだ。


“ガチッ!”


 突然鳴ったその音に反応し、アオは少年の方に視線を戻した。

 少年は拳銃をアオに向けていた。


「チート使ってんじゃねぇよ!オラッ死ねよ!オラオラオラ!!」


“ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ”


 少年は何度も引き金を引く。

 弾が出ないことから、モデルガンであることが解る。

 

「オラ死ねよ!死ねって!やっぱチートだろクソ女!!」


 前髪がずれて見えた少年の目は血走っていた。

 明らかに殺意を剥き出しにしている。

 銃が本物でないにしろ、アオはそんな目で何度も撃つ真似をする少年のことが恐くなった。


「ッ!!」


 アオは少年に背を向けて走り出した。


「待て逃げんな!死ねクソ女!!!」


 背後から少年の怒声が飛んでくる。

 あのままだったら何をされるか解らなかった。

 「よく逃げた」と、心の中で自分を褒める。

 少年の姿が見えなくなったのを確認すると、アオは走るのをやめた。

 立ち止まり、街路樹に手を置いてゆっくりと息を整える。

 少しでも早く、あの少年のことを忘れたかった。


「お姉さん、ちょっといいですか?」


 女性の声が聞こえる。

 顔を上げると、エプロンを付けた女性がアオの前に立っていた。

 布が掛けられた料理用の天板を持ち、ニコニコ笑っている。


「えっと、……あなたは?」


「私、ここの近くにある『プポン』っていうお菓子屋さんで店員をやってます。今、試食のイベントをやってるんですけど、食べてみませんか?」


「お菓子ですか?それなら、食べてみたいです」


 甘い物が好きなアオは、すぐにその話に乗った。

 女性は満面の笑みになる。


「本当ですか?嬉しい♪それでは……」


 女性は天板に掛けられた布を取った。


「どんなお菓子で…………えっ……?」


 アオの明るかった表情が、一瞬にして暗くなる。

 天板一面に並べられていたのは、こんがり焼かれた胎児だった。


「さぁ、召し上がれ♪」


 女性は素敵な笑顔で薦めてくる。

 アオは再び逃げ出した。




 「死んだ!」と連呼する少年に胎児を料理した女性。

 このように、隠神市には狂った人間が多い。

 特に害のない者もいるが、中には危険な者も数多い。

 以前アオを誘拐した村山も、その一人だ。


「……もう、嫌だ」


 女性を撒いたアオは、ゆっくりと帰路を辿っていた。

 とはいえ、まだ繁華街を抜け出せていない。


(あの子と女の人何……?おかしいよ…………)


 休日だからといって、珍しくショッピングを楽しみに来たのだが、それが間違いだったようだ。

 おかしな者はよく見かけるが、今日程接触された日はない。

 

(早く…帰りたい……。……うっ……)


 ストレスからなのか、急に頭がズキズキと痛み出した。

 アオは頭を抑える。

 心なしか、視界もぼやけてきた。

 こんな状態でまともに歩けるわけもなく、アオはその場で立ち止まった。


(うぅ………何?……私、病気なのかな?)


 だんだん眠気まで襲ってくる。

 街中で眠るわけにもいかないため、耐えるしかない。

 するとここで、そんなアオの眠気を吹き飛ばす出来事が起きた。


“ドサッ!!”


 背後から何かが落ちる音がした。

 その次に、男性の戸惑い声や、女性の悲鳴が聞こえてくる。

 アオはゆっくりと振り返った。


「えっ……………!!!???」


 そこには血溜まりができており、その中心にスーツ姿の男性がうつ伏せに倒れていた。

 頭がパックリ割れ、白っぽい物が飛び出ている。


「……………」


 アオは顔面蒼白になる。

 このように生々しい死体を見るのは初めてだった。

 見たくもない筈なのに、どうしても目が離せない。

 

「自殺?」


「マジ?やべぇじゃん!」


「死体とか初めて見た」


「うわキモッ!なんか出てるぜ!」

 

 次第に人が集まってきた。

 それと同時に、アオの視線は死体から人集りに移った。

 死体に、好奇の目を向ける者達に……。


「うぇえええ!吐きそうw」


「ギャハハ!やべぇわマジ!」


「自殺現場に居合わせるとかマジでレアじゃね?」


 死体に集まってきた者達は、彼の死を嘲笑っている。

 アオには彼らの思考が解らなかった。

 人が死んだことよりも、死体を嗤う者達に驚きだった。


“パシャ”


 ついにスマホのシャッター音まで聞こえてきた。

 その一つの音を合図にするように、さらにシャッター音が鳴り響いた。


“パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ──────────────”


 シャッター音は全く途絶えない。

 死体がそんなにレアなのか、ほとんどの者が何度も写真を撮る。

 ついには死体とツーショットを撮る者まで現れた。


「う……うわっ…………」


 アオは後退りをした。

 足がようやく動いたのに気づくと、アオはその場から駆けだした。

 胸の内側からこみ上げ、全身を包み込もうとしてくる何かを抑えて。

「プポン」はフランス語で「赤ちゃん」を意味するようです。

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