98.成仏する話
生徒もほとんど帰り、暗闇に包まれた隠神高校。
その図書室の前に、レオンは立っていた。
右手には鍵が握られている。
「忘れ物をした」という適当な理由で誤魔化し、借りてきたのだ。
「学校の図書室に行って。きっと会えるよ」
アオの言葉が脳内に再生される。
にわかには信じられないが、あの状況でアオが嘘を吐くとは思えない。
本当に会えるのであれば、会いたかった。
鍵を回し、ドアを開ける。
レオンがあまり来たことがなかった図書室は、不気味な雰囲気を醸し出している。
大きな本棚は真っ黒な影を作り、何かが飛び出してきてもおかしくはない。
「姉さん、………いるの?」
レオンはシオンを呼びながら、図書室内を歩き回った。
視界が暗く、テーブルにぶつかったりもしたが、気にせず探索を続ける。
時間が経つに連れて視界が慣れてきたが、シオンは見つからない。
レオンは奥の方にも進んでいった。
高く佇む本棚は、そり立つ巨壁に見える。
そこを歩いても見つからず、とうとうレオンは最奥まできてしまった。
「姉さん……。……やっぱり、いないのか?」
諦めて帰ろうとしたその時、本が落ちるような音がした。
振り返ると、一冊の本が落ちており、その近くに折り畳まれた紙が置かれていた。
レオンは本よりも、紙の方に注目する。
拾って紙を開いてみると、文章が書かれていた。
「これは………」
レオンはその文章を読み始めた。
『レオンへ
元気にしてる?ちゃんと朝起きられているかしら?あなた、朝弱かったからね。まぁ、そのことは置いといて本題に入るけど、人を殺めるのはもうやめてほしい。あなたは制裁とか、死んだ私への償いとか言うだろうけれど、私はそんなことを望んではいません。私はあなたにその逆のことをしてほしい。いじめられている人がいたら、手を差し伸べてあげて。加害者を滅するよりも、被害者を助けてあげて。それが私の願いです。そして、それができるようになるためにも、まずは罪を償いなさい。以上が、私があなたに伝えたかったことです。死んでしまってごめんなさい。レオン、私はあなたのことを愛しています。
シオンより』
見覚えがある字。
これは、シオンからのレオンに向けての手紙だった。
レオンは手紙を持つ手を震わせる。
ポタポタと、手紙に水滴が落ちた。
「姉さん、……ごめん!!僕、馬鹿だ!!………でも、僕の姉さんになってくれて、……本当に、ありがとう!!!」
レオンの目からは、涙が溢れ続けた。
しばらく泣いた後、レオンは涙を拭った。
そして決心を付けたようで、図書室から出て行った。
その背中を、図書室の奥からシオンが見守る。
お別れの意味で振っていた手を、ゆっくりと下ろした。
「またね、レオン。こんな形でお別れをするのはちょっと心残りだけれど、もう……大丈夫そうね」
シオンは足下に視線を送る。
足が白く光る霧のようになりながら、徐々に消えていくのが見える。
「こうやって成仏していくのね。綺麗……」
うっとりしている間に、シオンの脚はどんどん消滅していく。
ふと手の方を見ると、指先が霧散していくのが解った。
「フフフ。体が消えるっていうのに、怖くない。不思議ね。寧ろ心地良い……」
脚は全て無くなり、腹部も消え始める。
手の方はというと、もう肩の辺りしか残っていない。
「不思議と言えば、知る限り私が見えていたのはアオちゃんだけだったわね。レオンにも見えてなかったのに……。そう考えると、アオちゃんって不思議な娘だったわね」
肩も腹部も完全に消滅し、シオンの体は残すところ、顔から胸の位置だけになった。
もちろん消滅は止まらない。
「フフフ……。もうすぐこの世界から消えちゃうみたいね。あの世ってどんなところなのかしらね。……まぁ、いいわ。いろいろしてくれてありがとう、アオちゃん。そして、私の弟として産まれてきてくれてありがとう、レオン」
シオンはゆっくりと目を瞑る。
白い光が、顔周りを優しく包み込んでいく。
シオンの表情は、最後まで穏やかだった。
後日、登校中にシロがアオにある話題を持ち出した。
「レオンの奴、自首したらしいぜ」
「えっ……?」
レオンが自首したという内容のニュースが掲載されたのは、あれから2日後のことだった。
『顔を隠し、××人を殺害した』という表記がされており、“赤狐”という名称は一切出てこなかった。
「………まずは、罪を償うんだね」
「らしいな。まぁ、そうすぐには出られねぇだろうよ。何人殺したんだよあいつ。良くて終身刑、最悪死刑だろ」
「う~ん………」
アオは頭を抱えた。
レオンには死刑になってほしくなかった。
言い過ぎたようだとシロは察し、何とか言い直す。
「いやまぁ、あれだ。刑務所入ってる間に真面目にやってりゃ刑も軽くなるらしいぜ。案外あいつもすぐに出てくるかもな」
「………そうだね」
アオは空を見上げた。
雲一つない、綺麗な青色だった。
レオンが出てこれるまで、ゆっくり待とう。
アオは心からそう思った。
柳はここ数日間、ずっともやもやしていた。
『お前、今日のこと忘れんじゃねぇぞ』
シロに喝を入れられたあの日のことを、よく憶えている。
柳は今まで自分のルックスを活かし、何人もの女性を手玉に取ってきた。
イケメンは何かと特だ。
馬鹿な女性なら、簡単に操ることができる。
金だって容易く手に入れられる。
自分は間違っていない。
産まれながら持っている自身のポテンシャルを有効活用しているだけだ。
そう思っているはずなのに、アオやシロに助けられた日から、胸の内でもやもやしたものが渦巻いている。
「………これが、罪悪感ってものなのか……?」
柳はスマホで、中学2年の頃に撮ったアオの写真を見た。
アオは自分に恨みしかないと思っていた。
実際にそれは事実だったようだが、アオは進んで柳を助けた。
恨んでいる相手を助ける行為を、柳は理解できなかった。
「……いや、アオちゃんが痛みを解ってるからか?」
柳はメニューのボタンを押す。
それからアオの写真を全て選び、削除した。
「………」
アオの写真だけではない。
その後すぐに、柳はアルバムに保存されている全ての女性の写真を選択し、同じく削除した。
「はぁ……。今関係持ってる娘全員ともお別れ言わないとな~。……これでいいんだろ?アオちゃん?」
柳は少し不満そうに呟いた。
ここまでお疲れ様です。今回でこの章はおしまいです。次の話から第九章、いいえ、おそらく最終章です。第九章では、アオの過去やネムの生誕に迫っていきたいと思います。それではどうか最後まで、目を離さずに……。




