96.勇気の話
「はぁ…はぁ……。一応、ここに隠れてよう?」
「はぁ………。上ったなぁ……」
幽霊団地入口から2つ目の廃マンション。
そこの804と書かれた部屋のリビングに、アオと柳は身を潜めた。
階段を一気に駆け上がったため、アオは息絶え絶えだった。
このマンションにはエレベーターがあったが、壊れていて動かない。
「入口手前にもうひとつあったのに、何で敢えてここにしたわけ?」
「……………すぐ見つかりそうだったから」
「あ~、なるほどね」
「友達が迎えに来てくれるって言ってたから、それまで待てればいいの。………多分」
こうは言ったものの、アオは最初、入口手前の廃マンションに入ろうと考えた。
しかしそこは、以前小田に追い回された時に隠れた場所だった。
その際はなんとか逃げ切れたものの、それ以来小田は行方不明になっている。
そのためアオは入口手前の廃マンションに入るのを恐れ、今居るマンションを選んだのだった。
「君の友達ってさぁ、あの狐野郎に勝てる奴なの?」
「……解らないけど、信頼できる」
「へー。……ていうか、あの狐野郎何者だよ。なんであんなのに狙われないといけないんだ?」
「…………赤狐」
「は?」
「あの人は、赤狐っていう殺人鬼。悪い人を狙うんだって」
「赤狐……?………あ~、あいつが?あの噂の殺人鬼?」
柳は赤狐の存在を知っていた。
単なる噂話だと思っていたようだが、こうして追われるとは思っていなかったらしい。
「ついに俺の悪行もバレたって感じか~」
柳は苦笑して頭を掻いた。
こんな状況でも態度は軽い。
「悪いこと、してるの……?」
「まぁ、主に俺がアオちゃんにやったようなことを……ね」
柳はケラケラと嗤いながら、アオの肩に触れた。
アオは体をビクつかせ、カタカタと震え出した。
柳にされたことが映像化し、脳内を埋め尽くしていく。
アオ自身、できれば今からでもここから逃げ出したかった。
「やっぱ怖がってるアオちゃん可愛いなぁ。ねぇ、何で俺を助けるの?アオちゃんって俺には恨みしかないと思うんだけど。……あっ、そっか。俺が殺されるところを間近で見たいんでしょ?ねぇ?」
柳はアオの肩に手を回し、顔を近づけた。
アオは柳から顔を逸らす。
「別に構わないけどね~。でもさぁ、ただ死ぬのはちょっとな~。だからさぁ、記念に一発ヤらせてくれない?そしたら俺殺害ショーを見ててもいいよ~?」
軽いノリで、自分が殺される光景を見ても良いと言う柳。
アオはそんな柳の腕を振り払い、距離を取った。
呼吸を荒くし、胸を抑えている。
それでも柳は、アオを嗤う。
「いや~、トラウマってそんな感じなんだね~。ほらほら、俺といてそんなに苦しいんだからさぁ、庇う必要なんかないじゃん?」
「………そういうことじゃ、ないの」
アオは小さな声で、柳に反論した。
「正直なことを言えば、私は、………柳君達と逢いたいなんて思ってない。……逢いたくなかった。でも、死んでほしいとも思えないんだ………」
「………」
「私、人が傷つくところ見るのは嫌。それ以上に、人が死ぬところは見たくない。……だから、…私は弱いかもしれないけど、助けたいの!……それが柳君でも」
「……フ~ン」
柳はつまらなさそうに、窓から外を見た。
もうすぐ日が沈もうとしている。
「アオちゃんはさぁ、優しいところだけは変わらないよね。そんなノリだとつまらね~。やっぱ泣いてる方が似合うよアオちゃん」
「泣きたくない……」
「はっきり言うようにもなったなぁ……。俺らに対していろいろ溜まってんじゃないの?悪口とか言ってもバチ当たらないでしょ」
「悪口も何か、嫌」
「ホント相変わらずだな~」
アオと柳は、顔を合わせずに会話をする。
お互いその方がやりやすかった。
ふとアオはスマホを機動させた。
LINEでのシロとのやり取りを、ボーッと眺める。
シロの顔を見て安心したかった。
“ガチャッ”
玄関のドアが開かれる音がした。
アオと柳は、反射的に入口がある方に注目した。
“ギシ……ギシ………”
不気味な音が響き渡る。
アオは柳の前に立った。
「やっと見つけた」
廊下を通り過ぎ、リビングに入ってきたのは、案の定赤狐だった。
アオと赤狐は、互いに向かい合う。
「どいてよ」
「嫌だ」
緊張のためか、アオの表情は固くなっていた。
赤狐はアオを殺すことはできない。
ひとまずナイフとアイスピックをポケットの中に備え、様子を伺うことにした。
「一緒に居て解ったと思うんだけど、そいつは生きてちゃいけない奴だ。殺さないとダメなんだ。だからどいて」
「殺しちゃダメ……」
「そいつは何人もの女の子を傷つけた。生かしておいたら、今後も傷つく娘が増える。殺す」
「ダメだよ……」
「どけ!!」
「嫌だ!!!」
怒鳴る赤狐に対し、アオはそれ以上の声で返せたことに内心驚く。
赤狐も苛立っているようだ。
「君だってそいつに傷つけられた筈だ!調べて解った!そいつのこと憎いだろ!?」
「……憎いよ。でも殺すのはダメ。殺しても、何の解決にもならないよ。それに、私はあなたにもう人を殺してほしくない」
「僕に人を殺してほしくない?……何でそう思えるんだよ……」
「………悲しんでる人がいるから」
アオはシオンの顔を思い返した。
あの日赤狐について話すシオンは、どこか悲し気な表情を浮かべていた。
「綺麗事か。もういい。ごめんねアオさん」
埒があかないと判断した赤狐は、アオを無力化させてから柳を殺すことにした。
早速アオの腹に一撃入れようとする。
しかしある男の声が、それを阻んだ。
「アオ!ここか!!?」
玄関のドアが勢いよく開かれる。
戸惑うことなく部屋に入ってきたのはシロだった。
シロと赤狐、再び……。




