88.怒りの話
時刻は21時。
シロはデパートから出てきた。
空は真っ暗だが、まだ多くの人が歩いている。
(このまま家帰ってもなぁ~……。俺しかいねぇし、好きな番組もねぇし、課題も終わらせちまったし。つまんねー)
シロはポケットに手を突っ込み、中のものを取り出した。
小型の猫のぬいぐるみのキーホルダーだ。
猫は灰色で、帽子を被っている。
それはゲームセンターでクレーンゲームをした際、唯一取れた景品だった。
(こんなの俺が持っててもなぁ。……アオにやるか。あいつ猫派だしな)
キーホルダーをポケットに戻すと、シロは左右を見渡した。
少し散歩をしてから帰ろうかと考えていた。
シロには父親は居らず、母親は深夜に仕事をしている。
兄弟姉妹もいない。
家に帰ってもシロはひとりぼっちだ。
彼がこうして夜な夜な街に繰り出しているのは、その寂しさを紛らわすためなのだろう。
遠回りするつもりで、シロは家の方向に歩き出した。
日付が変わるまでには帰るつもりで。
「た、助けて!助けてください!」
「あぁ?」
シロの元に一人の少年が駆け寄ってきた。
眉毛より上の長さの前髪に、眼鏡と学生服といった、優等生を印象付けるような格好をしている。
彼はシロの目の前で崩れ落ちた。
とても息が上がっている。
「おい、どうした?」
シロはしゃがみ、少年と目線を合わせた。
「友達が………。僕の友達が、大変なんです……!」
「友達?」
「お、お願いです!助けてください!」
「友達が大変って、お前………」
「お願いです!助けてください!」
少年は助けを求めるばかりで、詳しい説明はしない。
どうすればいいのか解らないが、かと言って放っておくこともできない。
「落ち着け。助けてやるから」
シロは立ち上がり、少年の手を取った。
少年に案内され、シロがやってきたのは廃工場。
ただでさえ不穏な場所だが、夜であるということもあり、その不気味さは最高潮だ。
最初こそ目が慣れなかったが、次第に周りが見えるようになってきていた。
「こんなとこにいんのかよ?」
「通り魔に追われちゃって、それで刺されたんです。動いたら危険な状態なんです………」
「そうなのか」
「あ、あそこです!」
少年はドラム缶が複数置かれている場所を指差した。
「あそこの裏です。あの……見てきてくれませんか?」
「は?お前は?」
「僕は…ちょっと………」
少年は顔色を悪くしていた。
一度人が刺されたところをその目で見て、トラウマになっているのだろうか。
「解った。任せろ」
「あ、ありがとうございます!」
シロはドラム缶の方に近づいていった。
「…………フフッ」
その様子を見て、少年はニヤリと笑う。
ズボンのポケットから、注射器を取り出した。
それからゆっくりとシロの方に近づいていく。
(有名人の標本が欲しいと思ってたんだ。この人、この辺じゃ敵無しのシロだよね?まぁ、例え違ってても欲しいな)
少年は背後からシロに迫っていき、首辺りに狙いを定めた。
シロはドラム缶の裏側を覗き込む。
「は?」
しかしそこには誰もいない。
シロが唖然としているところを見計らい、少年は注射器を刺そうとした。
“ドスッ!”
尖った物が刺さる音が響いた。
しかし、刺されたのはシロではない。
少年の方だった。
「うあっ…………」
「はっ?」
音に反応したシロが振り返る。
赤い狐の仮面を付けた男が、少年の背中にナイフを突き刺していた。
赤狐だ。
「い…痛いぃ………」
赤狐はナイフを少年の背中から引き抜くと、首元に当てた。
「おい待て!!」
シロが止めに入ろうとしたが、遅かった。
「ま、まだ……死にたく──────」
「何を今更」
赤狐は少年の首を、躊躇なく切り裂いた。
血飛沫を上げ、少年は崩れ落ちる。
倒れた少年を中心に、血溜まりができていく。
「テメェが通り魔って奴か?」
シロは赤狐を睨み、身構えた。
赤狐は首を傾げる。
「通り魔?何のこと?寧ろそれはコイツのことだよ」
赤狐は息絶えた少年の頭を踏みつけて言った。
「コイツはさ、人を毒薬で殺し、ホルマリン漬けにして標本や剥製にしてたんだよ。昆虫の標本なんかをコレクションにする人とかいるよね。コイツはそれを人間でやってたんだよ。多分君もコレクションに加えるつもりだったんだよ」
「だったら、殺していいのかよ?」
「は?」
シロは赤狐のやり方に納得ができなかった。
「お前ならそいつを警察に突き出すとかできたんじゃねぇのか?そいつが殺人鬼だからって、お前が殺して良いっつーことにはならねぇだろ」
「こんな奴警察に連れて行ってもどうせ死刑だよ。そうじゃなくても、反省するとは思えないね」
「そんなの解らねぇだろ!」
「100%反省するっていう確証もないんだ。どうせ悪は悪だよ。理不尽に人を不幸にしたり、殺したりする奴は死ぬべきなんだ。だから僕はそういう奴らを狙う」
「何様だテメェ……。殺す時点でその眼鏡と一緒だぞ!」
「僕をこんな奴と一緒にするな!!」
赤狐は怒鳴り声を上げ、少年の頭を強く踏みつけた。
“ゴキッ”と、骨が砕ける音が響く。
「正直君に憧れてた時期もあったさ。でもダメだね。やっぱり君は甘いよ。シロ君」
「何で俺のこと知ってんだ!?」
「何を言われようと、僕はこの“制裁”をやめない。だから邪魔しないでね。君を殺したくない」
赤狐はそれだけ言うと走り去った。
真っ暗な廃工場に、シロと死んだ少年だけが残される。
シロは握り締めた右拳を震わせていた。
「何が“制裁”だよ………」
シロの声には怒りが籠もっていた。
地味にミー・TYがいますね。




