83.覚悟する話
図書室が思いの他暖かく、いつの間にか眠ってしまったようだ。
嫌な夢でも見ていたのか、アオの目からは涙が溢れていた。
「大丈夫か?……その、そんなに強く揺らしたつもりはなかったと思うんだが、…えっと………」
アオの傍で知らない女子生徒が心配そうに見つめていた。
背が高く、右目が髪で隠れていて見えない。
彼女はとても困惑した表情を浮かべている。
アオは頬を手で拭って、初めて自分が涙を流していることが解った。
「……あはは。大丈夫です。ちょっと嫌な夢を見てしまって……。あなたのせいじゃないですよ」
「そ……そうか。あぁ、敬語じゃなくてもいいぞ。私も1年だからな。……あっ、名前は風谷凛々だ。気軽に“リリ”でいいぞ」
「そっか……。私はアオ。日之道明生。よろしく」
アオは弱々しく笑った。
「へぇ。リリちゃん、剣道やってるんだ」
「あぁ。試合に向けて練習中だ」
「試合があるなら、応援に行くけど………」
「おっ!来てくれよ!」
アオとリリは、早速意気投合していた。
殺人事件の影響で、2人とも1人で帰るというわけにはいかない。
というわけで、一緒に夜道を歩いていた。
リリにとっては、剣道部の仲間と一緒に歩いている時間より、アオと一緒にいる時間の方が長く感じた。
「アオは、スポーツとかやらないのか?」
「苦手だなぁ。でも、私にはお兄ちゃんがいるんだけど、そっちの方が凄いよ」
「兄ちゃんいるのか」
「うん。私、双子なんだ」
「マジで!?会ってみたい」
お互い会話で盛り上がる。
しかし、その楽しさでリリは忘れていた。
恐るべき存在がいることを。
“ヒタ………”
その聞きたくもない足音に、リリはビクリと反応する。
待ち伏せしていたのか、電柱の陰から巨漢が現れ、アオとリリの前に立ち塞がった。
リリが恐れるあの怪人だった。
「チッ…来たか…………」
「……?」
いつも一人だったからこそ、リリは今まで何とか逃げられてきた。
今まで誰も巻き込みたくないがために、一人で怪人と向き合ってきたのだ。
しかし今はアオがいる。
運動が苦手だというアオを連れて逃げるのは、一人で逃げるよりも難しいことだ。
だからといって、アオを放っておくわけにはいかない。
「アオ、走るぞ」
「えっ?」
リリは自分の荷物を捨て、アオの手を引っ張って歩いてきた方向とは逆に走り出した。
怪人も走り出す。
「何なの!?あれ……!」
「説明は後だ!逃げろ!殺されるぞ!」
リリの必死の「殺される」という言葉に、アオもただ事ではないことを知る。
「とりあえず学校に戻るぞ!」
「う、うん!」
アオも荷物を捨て、2人は学校を目指す。
学校に戻れば教師達が守ってくれると考えた。
死への緊張からか、アオの足は覚束ない。
それでも頑張って逃げた。
「………ん?」
逃げてる最中、リリは違和感を覚えた。
あの特徴的な足音が全く聞こえてこない。
振り返ると、怪人の姿は無かった。
「アオ、ちょっと待て」
「えっ?」
リリはアオの足を止める。
アオも怪人が追ってきていないことに気づいた。
「逃げ…切れたの……?」
「嘘だろ?……あいつがこんなあっさり……。やっぱり何を考えてるのか解らないな。…厄介だ」
「……そうなんだ」
怪人の姿が見えなくなっただけで、またいつ襲ってくるのか、またどこに潜んでいるのかも解らない。
2人は変わらず学校を目指した。
アオの息が上がっていたため、走りから歩きに切り替え、体力の回復に計る。
その間に、アオはリリに気になることを聞いた。
「リリちゃんは、あの人のこと知ってるの?」
「まぁな。……最近部活帰りにあいつに襲われるようになってな……。私、あいつが人殺してたところ、見たんだよ」
「……怖かった?」
「あぁ。怖かった。それからだなぁ。あいつが追いかけてくるようになったのは。……しかもあいつ、だんだん足が速くなってきてるような気がして………」
「……成長してるってこと?」
「あぁ。しかもなんか、ただ追ってくるだけじゃなくてな、何ていうか、考えて追ってきてるっていうか……」
「頭を使ってるんだ………」
この会話から、アオは怪人について少し理解した。
そうこうしていると、学校がもう目の前だった。
「着いたな」
「そうだね」
「まぁ、とりあえず職員室まで行こうぜ。最悪先生達に車で送ってもらおう」
「あっ……」
リリは早速校門に向かった。
怪人のことを考えていたアオは、リリとの会話を思い出した。
「待って!!」
「えっ?」
アオはすぐさまリリを呼び止めた。
怪人は頭を使っている。
それにリリが言うには、怪人の足の速さは成長しているのだという。
命が掛かっているため、リリも全力だっただろう。
少なくとも、リリはアオより足が速い。
アオに合わせて走っていたリリを、怪人が取り逃がすとは思えなかった。
「アオ、どうした?」
「あの人がいるかも。……今学校に連絡してみるから………ッ!?」
アオがスマホをポケットから取り出した瞬間、校門から巨大な人影が出てきた。
アオの反応を見て、リリも後ろを振り返った。
「逃げるぞアオ!」
「うん!」
2人は再び駆け出した。
怪人もそれに反応して走り出す。
待ち伏せが失敗したせいか、怪人は面白くなさそうだ。
持久で勝負はできないと判断したアオとリリは、曲がり角を利用して走った。
途中で駐車場を発見し、たくさんある車の陰に隠れた。
「ここでやり過ごそう」
「そう…だね………」
2人は息を潜め、呼吸を整える。
学校から出てきた怪人の姿を、アオははっきり見た。
筋骨隆々で、いかにも強そうだった。
「最近新聞とかニュースで、惨殺された死体が発見されたっていう事件があったろ?」
「うん。見た」
「はっきり言える。それの犯人、多分あいつだ」
「えっ?」
「さっき言ったみたいに、私、あいつが人殺してるところ見たんだ。あいつに殺された人、四肢が変な方向に曲がってて、口の端を引き千切られてた」
「そんな……」
「捕まったら、絶対ヤバい………」
その話を聞いて、アオは寒気を感じた。
シロもきっと、あの怪人にやられたのだと考えた。
シロから聞いた特徴が一致していた。
話に出てきた人面犬も、酷い殺され方をしたという。
“ヒタ……ヒタ………”
あの特徴的な足音が聞こえた。
2人は思わず口を塞いだ。
静かにしていれば、このままやり過ごせる。
しかし、足音な徐々に近づいてくる。
リリは難しい顔をする。
そして何かを決意したようで、小声でアオに言った。
「ここを離れるぞアオ。あいつが姿を現したら、私が囮になって走る。その間に、お前は家まで走れ」
アオは目を見開いた。
「そんなことしたら………」
「これはもともと私の問題なんだ。お前が危険な目に遭うことはないんだよ。命の危険を負うのは、私だけでいい」
「………」
危険な目に遭うのは、自分だけでいい。
その考え方は、アオとよく似ていた。
リリは震えている。
きっと今まで、とても怖い目に遭ってきたことだろう。
それでもリリは、自分よりアオを優先しようとしていた。
しかしアオはこれ以上、リリに怖い思いはさせたくなかった。
“ヒタ…ヒタ…ヒタ…”
怪人はもうすぐそこまで来ていた。
「よし……!」
リリは覚悟を決め、立ち上がった。
「リリちゃん」
「…何だ?」
アオも立ち上がった。
そしてリリに向き合い、一言告げる。
「ごめんね」
「えっ……?」
アオはリリを突き飛ばした。
何が起こったのか解らず、リリはその場に尻餅を着いた。
アオは車の陰から出て、怪人の姿を確認した。
駐車場の灯りに照らされ、2m以上の巨体に裂けた口や血走った目がはっきり見えた。
不気味に感じつつも、勇気を出して大声で言った。
「こっちだよ!」
アオは駐車場から駆けだした。
面白さでも感じたのか、怪人はアオの追跡を感じた。
アオの命懸けの鬼ごっこ、スタート!




