80.追い詰められる話
怪人の拳が空振り、風が巻き起こる。
シロは怪人の攻撃を躱して距離を取った。
「チッ、あんなもん食らったらタダじゃ済まねぇな……」
2m超えの巨体から繰り出される殴打。
まともに食らえばおそらく致命傷は避けられないだろう。
怪人はゆっくりとシロに近づく。
血で赤茶色に染まった歯を見せて嗤っている。
(こうなりゃ思いっ切りやるか……?)
シロは拳を構えて怪人を見据えた。
怪人は拳を振り上げてシロに迫った。
(今だ!)
シロは怪人の拳を躱すと、そのまま自身の拳を怪人の顔面に叩き込んだ。
カウンター。
相手の勢いを利用して反撃する技だ。
攻撃を食らうリスクが伴うが、その分相手に倍のダメージを与えることができる。
それを食らわせた後、シロは怪人から下がった。
「ッ!?」
シロの右手に痛みが走った。
手を握ろうとすると、鈍い痛みを感じた。
カウンターを撃った際に損傷したようだった。
「マジかよ……!」
怪人は余裕綽々といったような表情で嗤っていた。
カウンターは全く効いておらず、寧ろダメージを負ったのはシロの方だった。
怪人はまたシロに接近した。
「くっ!」
シロは反射的に怪人の腹に蹴りを入れた。
「!?」
蹴りは入った筈だった。
しかし怪人はビクともしない。
それどころが、怪人はシロの右足を掴んでいた。
「くそっ!離しやがれテメェ!!」
自分の足を引き離そうとするシロを見て、怪人は嘲笑う。
そしてシロの右足を持ったまま、力任せにシロを投げ飛ばした。
「ッ!!」
シロはアスファルトの上を転がされたものの、なんとか受け身を取ってダメージを抑えた。
「なんつー馬鹿力だ……」
シロは起き上がろうとしたが、そこで驚愕した。
「嘘だろ……」
いつの間に近づいたのか、怪人はシロを見下ろしていた。
怪人は鼻で嗤うと、起き上がろうとするシロを容赦なく蹴り飛ばした。
シロは投げ飛ばされた時よりもダメージを負い、遠くに飛ばされた。
「ゲホッ、ゲホッ!」
シロは咳き込み、上手く呼吸ができない。
口から血も飛び出す。
そんな状態のシロに、怪人はさらに迫り来る。
(マジで何なんだよあいつ……。強、過ぎだろ………やべぇ…殺されるんじゃねぇか…!?)
シロは迫ってくる怪人を見て、命の危機を感じた。
俺じゃコイツには勝てない。
そう直感したシロは、力を振り絞ってなんとか起き上がると、怪人に背を向けて走り出した。
今は退くのが最善だと考えた。
しかし、足がふらついて上手く走れない。
怪人ならすぐに追いつきそうなものだが、シロと一定の距離を取って追いかけてくる。
まるでシロを弄ぶかのように。
必死に生きているものを面白半分で殺すような怪人を、シロは赦せなかった。
だからこそ勝負を挑んだのだ。
(チッ、その結果どうだ!?逃げ出してんじゃねぇか!こんな俺を見てアオはどう思う!?)
川に掛けられた橋を渡るところで、シロは転んでしまった。
投げ飛ばされた際に怪我した足がついに限界を感じたようだ。
(ダメだ。走れねぇ………)
オレンジの街灯で照らされるシロに、大きな影がかかった。
シロはついに怪人に追いつかれてしまった。
怪人はシロの首根っこを掴み、橋の手摺りに押しつけるような形で持ち上げた。
「がっ…………あっ………………………」
首を圧迫されてシロは苦しむ。
そのまま折るのか窒息か。
それとも、人面犬にやったように引き千切るのか。
薄れゆく意識の中で、シロはそんなことを想像していた。
その時だった。
“ガッ!”
何かが硬い肉に激突するような音が響いた。
怪人は側頭部に鋭い痛みを感じた。
その足元にアイスピックが落ちる。
怪人は苛立ちの目でアイスピックが飛んできた方を見た。
橋の入り口に赤い狐の仮面を付けた少年が立っていた。
赤狐だ。
(!?)
シロは怪人の力が少し緩んだのを感じた。
怪人の注意は赤狐に向けられている。
それを見逃さなかったシロは、左手で思いっ切り怪人の鼻を殴った。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────────────!!!!!」
怪人は悲鳴を上げた。
鼻は人間の急所のひとつで、神経が多く集まっている。
それ故に痛みも感じやすい。
思いがけない反撃を食らったら怪人は、シロを川に投げ捨てた。
川に落ちたシロは、水面から顔を出して橋を見上げた。
怪人はシロを睨み付けていた。
「ざまぁ…みろ…………」
シロはそのまま、川に流されていった。
怪人はシロから赤狐に視線を移した。
鼻息が荒く、純血した目を剥いて赤狐に突進していった。
怒った巨体の怪人を前にも、赤狐は冷静だった。
黒い上着の左ポケットから催涙スプレーを取り出し、後退しながらも怪人に吹きかけた。
怪人は目を覆い、のたうち回る。
「効いてくれて助かる」
赤狐は右ポケットからナイフを出し、怪人の横腹を二度刺した。
怪人の腕が振られたところでそれを躱す。
怪人の目がまだ見えてないことを確認すると、赤狐はそこから逃げ出した。
(皮膚が硬いのか、ナイフが普通の人より刺さらなかったな。あいつを殺すには時間が掛かる。でも、時間を掛けるのは危険だよな………)
赤狐は川沿いを走る。
夜の川は暗く、シロを見つけ出すことはできなかった。
念の為、赤狐は警察に電話をし、川から離れた。
(シロ君……。君は甘いけど、流石にこの程度じゃ死なないと思ってるよ)
赤狐は夜空を見上げて呟いた。
シロと赤狐の関係とは………




