79.人面犬の話
「……チッ………クショー」
草がぼうぼうと生えた空き地。
そんな到底人が寄りつくことがなさそうな場所に、高校生の不良グループが倒れていた。
総勢で10人程いる。
「…………てめェ!!」
そのグループのリーダー格は、こちらを見下ろしている白フードの少年を睨み付ける。
シロだ。
「こんだけ数がいりゃあ勝てるとか思ってたんスか?先輩」
「チッ、化け物が……!!」
実はこのグループは、入学式の際、シロとアオを襲った2年生の不良達だった。
その時は全員シロに沈められたが、彼ら自身後輩にやられたままでは気が済まず、今回報復に至った。
奇襲を掛けようとしたものの、シロにその計画をすぐに察知されていた。
この空き地に追い詰められたフリをし、入学式と同様に全員を倒した。
「……俺を襲う分には別にいいんスけど、仲間に手ぇ出した時は、……本気で殺すかもな……」
シロはそれだけ言い捨て、空き地から出て行った。
シロには敵が多い。
シロ自身が通う高校の不良だけでなく、他校の不良からも喧嘩を売られる。
目つきが悪いのもあるかもしれないが、1年生にして上級生複数を下す強さが主な原因だろう。
小中含めてよく喧嘩をしていたシロは、そこらの不良よりも遙かに強かった。
それまでほとんど1人だったが、高校からは仲間ができた。
特にアオは、シロにとって高校で初めて得られた理解者だった。
入学式で助けて以降、アオとは“友達”という関係になり、一緒にいるうちにどんどん仲良くなっていった。
アオは控えめな性格で、笑顔が可愛く、何より思いやりの気持ちが強い。
しかし、どこか暗いものを感じる。
それがシロにとっての、アオの印象だった。
「あの誘拐以上、あいつに何も起こらなけりゃいいけどな。……ただでさえほっとけねぇ奴だってのに……」
アオの微笑み顔を思い出してポツリと呟いた時、ある物音が聞こえた。
“ガサガサ…ガサッ……”
シロは音がする方に目をやった。
1匹の犬が、ゴミ捨て場を荒らしていた。
「野良犬か?」
すっかり暗くなり、街灯に照らされたゴミ捨て場の様子はよく見えた。
野良猫はよく見かけるが、今のご時世野良犬を見ることはあまりない。
シロは少し観察していくことにした。
そんなシロの気配をキャッチしたのか、犬は振り返って顔を見せた。
「!?」
シロは目を見開いた。
それは体こそ柴犬そのものだったが、顔は人間だった。
中年男性の顔の犬。
まさしく一時期社会現象となった都市伝説の人面犬だ。
「ほっといてくれよ」
人面犬は不愉快そうな顔をして、シロにそう言い捨てた。
漁った何かを食べているのか、口元をもぞもぞ動かしている。
「お前……喋れんのか?」
「そりゃそうだよおめぇ……。アンタらと同じ顔持ってんだからなぁ」
そういう問題なのかと、シロは首を傾げた。
「いいからほっといてくれよ。俺みてぇな奴でも必死に生きてんだよ。見世モンじゃねぇぞ」
「あ、あぁ。…わりぃ」
これ以上居座るのは悪い気がし、シロはゴミ捨て場を通り過ぎた。
人面犬も食糧調達に戻る。
都市伝説上の動物を目撃したからか、シロは少し困惑していた。
隠神市の異常性を改めて実感する。
「マジであんな奴も存在するんだなぁ。……今度アオに話してやるか。……つーか、あいつこういう話好きなのか?」
シロは暗い夜空を見上げた。
また誰かが自分を見ている。
人面犬の野生の勘がそう告げていた。
“ヒタヒタ”と、足音がこちらに近づいてくるのも解る。
先程の白フードの少年がまた冷やかしに戻ってきたのかと思い、振り返って怒鳴った。
「ほっとけって言ってんだろ!」
人面犬は背後に立つ者相手に、不機嫌そうな顔を向けた。
しかしその顔は、驚愕に変わる。
人面犬の前に立っていたのは、身長2mを越しているであろう、大男だった。
全身黒ずくめに、醜く、口が裂けた顔。
怪人だ。
目が血走らせた怪人は、ニヤリと嗤う。
素早く右腕を動かし、人面犬の体を掴んだ。
「ぐぎゃっ!!」
強い力で体を握られ、人面犬は呻く。
怪人はそんな人面犬の顔を左手で掴むと、思いっ切り引っ張った。
叫び声。
何かが千切れる音。
ただならぬ気配を感じたシロは振り返った。
50m程離れたゴミ捨て場付近で、怪人が笑い声を上げていた。
右手には犬の胴体。
頭は付いていなかった。
殺して間もないためか、胴体の首辺りからの血はまだ新鮮なのだろう。
怪人は人面犬の首から出続けている血を口の中に注いだ。
「何だよあいつ……」
先程自分が足を止めていた場所で、惨劇が起こっている。
怪人が持つ犬の胴体。
それはシロが見た人面犬のものと一致していた。
『俺みたいなのでも、必死に生きてんだ』
人面犬のこの言葉が、頭の中で再生される。
シロは静かに怒りを感じた。
怪人はシロの存在に気づいた。
持っていた胴体を、ゴミ捨て場に投げ捨てる。
左手で握られていて見えなかった丸い物体も同様に投げ捨てた。
それから怪人は、シロに近寄ってきた。
「……やんのか?」
シロは怪人を睨み付け、攻撃の姿勢を取った。
今回登場した怪異
人面犬
人間の顔を持ち、言葉を喋る犬の都市伝説。その正体は、妖怪の類い、遺伝子操作による生物兵器と、様々な説がある。1989~1990年にかけて、マスメディアと介して広まった。




