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八百万  作者: マー・TY
第七章
77/115

77.我慢の話

 情報の伝達は早いものである。

 マリが惨殺された事件は、すぐに隠神市中で報道された。

 そして月曜日の朝のホームルーム。

 1年2組の生徒達は担任司波により、改めてマリの死が報告された。


「………あいつの死は、非常に悲しいことだ。冥福を祈ろう」


 司波の表情は、心なしか曇っている。

 彼だけでなく、唖然としている生徒も多い。

 教室は、まさに葬式会場のように静まりかえっていた。


「最後に。犯人はまだ捕まってない。だから放課後、用事のない者はすぐ帰れ。そして遅くなる場合も、できるだけ集団で帰るように。以上だ。ホームルームを終わる」


 朝のホームルーム終了の挨拶を終えると、司波は教室から出て行った。

 生徒が一人死んでも、この高校は授業を遅らせることを許してはくれないらしい。

 アオはしばらくボーッとしていた。

 クラスメイトが死んだことを、未だに実感できずにいる。

 それに、このまま授業に向かう司波のことも心配だった。


「ア、アオ、…やっほー」 


 表情の暗いアオに、コユが話しかけてきた。

 コユは無理に笑顔を作っているようにも見えた。


「コユちゃん……」


「まさか、マリが死んじゃうなんてね」


「そっか。コユちゃんは、元々………」


 コユはかつて、マリ達のグループにいた。

 しかし、マリ達のやり方に限界を感じたコユは、彼女らと絶好したのだった。

 それ以来コユは、彼女らと関わっていない。


「まぁ、マリとは元々友達だったのもあってさ、何ていうか………」


 コユは笑っているものの、目は悲しそうだった。

 マリ達と絶好したあの日、コユは決意を固めていたつもりだった。

 しかし、心の何処かにマリ達を思う気持ちが残っていたのかもしれない。


「コユちゃん………」


 正直アオにはどうしたらいいのか解らなかった。

 今は、コユを慰めたかった。

 アオは席から立ち、コユを優しく抱き締める。

 

「アオ……?」


「コユちゃん、……やっぱりコユちゃんは、優しいね」


「………ありがとう」


 アオはしばらくの間、コユを抱き締めていた。




 放課後。

 この日はアオが司波と話をする日だ。

 荷物を整えてから、アオは教室を出ようとした。

 その時、聞きたくもない会話が耳に入ってきた。


「マリってさぁ、正直苦手だったんだよね~w自分勝手って感じでさw」


「わかる~。何か、わがままって感じだったよね~w」


「そうそうw死んでラッキー。ざま~みろw」


 この会話をしていたのは、マリの友人だったチエリ、ナオ、アンナの3人。

 アオの目には、4人は仲が良いように見えていた。

 しかしこの会話から察するに、実際はそうではなかったようだ。

 3人がマリの死を悲しんでいる様子は微塵もなく、寧ろ罵りながら嘲笑っている。

 アオは複雑な気持ちになった。

 同時に、胸の内側から何かどす黒いものがこみ上げてくるような感覚に襲われた。

 それを受け入れるのを拒むように、アオは教室から足早に出て行った。


「────────────!」


 早く忘れたいのか、アオの足取りは自然と速くなる。

 誰にも話しかけられることなく、気付けば科学準備室に着いていた。

 しかしアオの勢いはそのままで、強引にドアを開けた。


「うおっ!?」


 提出された課題の点検をしていた司波が、ギョッとして振り返った。

 司波の目に映ったのは、入り口のドアに掴まってやっと立てているといった状態のアオだった。

 アオは肩で呼吸をし、息を荒げている。

 下を向いていて、目元は見えなかった。


「アオ……おい、お前どうした!?」


 司波は椅子から立ち上がり、アオの介抱に向かった。

 

「………先生」


 アオは顔を上げた。

 その瞳は、いつもより暗くなっていた。

 顔色も良くない。

 

「……まぁ、あれだ。こっち来て座れ。今日は話す日だもんな」


 司波はアオを、科学の授業で使う黒い長方形のテーブル席に連れて行き、座らせた。

 それから冷蔵庫から麦茶入りの容器を取り出してコップに注ぎ、アオの前に出した。

 

「まずはそれ飲め」


「……はい、…いただきます」


 アオはか細い声で応え、麦茶を飲む。

 コップの半分の量を飲んだところで、それを机に置いた。

 

「落ち着いたか?」


「……はい。ありがとうございます」


 アオは弱々しく微笑んだ。

 瞳には明るさが戻っている。

 そこから司波は、アオに会話を持ちかけた。


「お前、もしかして、怒ってたんじゃないのか?」


「………そうかも、しれないです。何か、何かが、……こみ上げてきて………」


 アオは自身の喉元を触ってそう言った。

 司波は少し不思議に思ったが、口には出さなかった。


「何か、嫌なモンでも見たか?」


「………」


「まぁ、嫌なら無理に話す必要はねぇよ。……そうだよな。お前、大変な思いしてるもんな」


「………それを言うなら、先生も」

 

「ん?」


「先生、私達以上にマリさんのこと、悲しんでるように見えます」


 司波は一瞬ポカンとしていた。

 それから思わず、ポツリと笑みが溢れる。

 司波自身、マリの死を心の内から悔やんでいた。

 教師としての不甲斐なさを感じながらも、今日もいつも通り授業を行っていた。

 自身の教え子を亡くしたことへの悔いは圧し殺し、平常心を保っていたつもりだったが、アオには司波の気持ちを見抜かれていたようだった。


「お前は気付いてたのか。……あいつは性格的にキツいところがあって、授業態度も悪かったが、指導し甲斐がある奴だった。だけどな、……はぁ……もう指導もできないなんてな…………」


「……先生にとって、マリさんは大事な生徒だったんですね」


「そりゃぁな。お前らだって大事だ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。………あの、先生」


「どうした?」


「悲しい時は、思いっ切り泣いてもいいんですよ。カイや父から、そう教わりました」


「……ありがとな。けどな、やっぱお前がいる前じゃ泣けねぇかな。教師としてのプライドっつーか……。まぁ、我慢しねぇってのはお前もだ」


「私も、ですか?」


「あぁ。お前も何か、我慢してる感じがするからな。……それじゃあ話はこれくらいにして、そろそろ帰れ。暗くなる程危ねぇからな」


「はい。ありがとうございました」


 アオはお辞儀をし、席を立った。


「アオ」


 科学準備室から出て行こうとしたアオを司波が呼び止めた。

 司波の表情は、どこか晴れ晴れしている。


「お前、今度から自分が好きな時に来い」


「えっ?」


「まぁ、なんだ。カイや冬庭。お前には頼れる奴がたくさんいるだろ?もうここに来なくても、お前は大丈夫だって判断したが、どうだ?」


「……先生の言うとおりです。…ですけど、またここに来てもいいですか?」


「言ったろ?好きな時に来いよ。今度は冬庭達も連れてきてもいいぞ」


「はい。………それでは、失礼しました」


 アオは微笑み、科学準備室から出て改めてお辞儀をし、ドアを閉めた。

 司波は軽く背伸びをし、窓から外を眺める。

 空の色に薄い朱色に加わり、隣の校舎も夕日に照らされている。

 

「アオの奴、怒ったことねぇのかな……」


 司波はポツリと呟き、課題点検の作業に戻った。




 科学準備室を出た先で、シロが待っていた。

 アオはシロの元に駆け寄った。


「シロ君、もしかして、待っててくれたの?」


「まぁな。……で、どんな話だったんだ?」


「えっと、まぁ………いろいろとね。それと、先生はもう、私が来たい時に来ればいいって。私、もう大丈夫そうなんだって」


「フ~ン……」


 シロは科学準備室を凝視した。

 自分が良い教師に恵まれたことを、改めて実感した。

 今度、アオのことについて礼でも言おう。

 シロはそう心の中で決めた。


「そんじゃあ、帰ろうぜ」


「うん」


「教室でニコとコユも待ってるぞ。はぁ……、あいつら俺をボディガードか何かと勘違いしやがって……」


「フフッ……」


 2人は教室に向かう。

 アオの足取りは、少し軽やかだった。

我慢はほどほどにし、たまには吐き出すことも大事ですかね。

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