70.生贄の話
「うっ……ぐっ…………」
コユは眠りから目覚める。
日射病にでもなったのか、頭の中はクラクラしていた。
「……はっ?何……これ……?」
コユは手足を縄で縛られた状態で、畳の上に寝かされていた。
自力で解こうにも、ビクともしない。
「気付いたか、嬢ちゃん」
コユの目の前に、一人の男性が現れた。
着物姿で体つきが大きく、坊主頭で無精髭が印象的だ。
厳つい顔で、コユを見下ろしている。
彼はコユが公園で意識を失う前に見た男性と同一人物だ。
自分を縛ったのは、この男で間違いない。
そう感じたコユは、男性を睨み付けた。
「アンタ誰?」
「儂は熊田。この町の長だ」
「“S区”の?その町長さんが、あたしに何の用なの?」
「……言いにくいことだが」
熊田は言葉を詰まらせる。
しかし、覚悟でも決めたような目をしてコユに言い放った。
「お前には、“ダラ”の生贄になってもらう」
「はぁ!?」
コユの目が見開く。
公園で休んでいたところを連れ去られ、畳の上で縛られているところからの生贄宣告。
理解が追いつかなかった。
「生贄!?どういうことよ!?」
「………この町には、“ダラ”……“かんかんだら”という怪物が封印されていた。しかし昨日、それの封印が解かれた。“ダラ”が封印されていた山は今、霧に包まれている。この町もいずれそうなるだろう」
「何言ってるの?」
「“ダラ”はかつて、人を喰らっていた怪物だ。当時は多くの者が犠牲になったものだ。しかも封印から覚めたばかりだ。かなり怒っていることだろう。一刻も早く、封印せねばならん」
「だったら、何であたしを………」
「封印には、あの社に行かねばならん。生贄を用意すれば、封印までの時間は稼げる」
「だから、何であたしなの!?何であたしが生贄なんかにならなきゃいけないのよ!?」
コユは鬼のような形相で、熊田を怒鳴りつけた。
熊田は顔色ひとつ変えない。
ただ、少し申し訳なさそうに続ける。
「この町の者を犠牲にする訳にはいかなくてな。困り果てているところに、報告があった。“S区”外からの者が入ってきたとな。それがお前だった」
「町の外から来た奴なら生贄にしても良いってわけ!?ふざけんじゃないわよ!!アンタらの町のことでしょ!!?」
「済まないが、もう決まったことだ」
熊田はそれだけ言い残すと、部屋の入り口に歩いていく。
「ちょっと待ちなさいよ!!これ解いて!!」
コユが身を捩りながら怒鳴る。
熊田は気に留めることなく、コユを残して部屋から出ていった。
「くっそ!何なのよ!!」
コユは自力で逃げ出そうと試みた。
後ろ手に縛られた両手を動かす。
しかし、硬く縛られているようで、思うようにならない。
しばらくすると手に痛みを感じ、コユは動きを止めた。
「はぁ………はぁ…………。………カイ、何してんのかしら……?」
コユは体を転がし、天井を見上げた。
現在“S区”の住人全員が敵だと言っても過言ではない。
そんな中、信じられるのはカイだけだった。
「行かねぇと!!」
カイはそう言って布団から起ち上がった。
先程まで悪夢で魘されていたのが嘘のようだった。
「待って、どこ行くの?」
倉田がカイを呼び止める。
「決まってんだろ!コユを助けに行くんだよ!!」
「助けにって……!」
「あいつは友達なんだ!!生贄なんかにさせるか!!」
「それは、“S区”全体を敵に回すことになるかもしれないんだぞ!?」
「それが何だよ!!全員ぶっ飛ばしてでも俺は行くぞ!!」
「カイ君………」
「手遅れになる前に助けねぇといけねぇんだよ!!もうあいつみてぇになるのを見るのは嫌なんだ!!俺がやらねぇとダメなんだ!!今コユには俺しかいねぇんだよ!!!」
真っ直ぐな目で怒鳴ってくるカイに、倉田は気圧された。
体に痺れを感じる。
ついさっき話し合い始めたばかりだというのに、カイの言葉と声から覚悟が伝わってきた。
「…………俺が圧倒されてるだけかな」
「な、何だよ!?俺を助けてくれたのは感謝するけど、邪魔すんなら容赦しねぇぞ!!」
カイは倉田を相手に身構える。
倉田は苦笑した後、カイに応えるように真剣な目を返した。
「カイ君、君はコユっていう子が、どこにいるか知ってるの?」
「あっ…!!」
「付いてきてくれ。案内する」
「えっ!?」
倉田は出掛ける準備を短く済ませた。
そしてそそくさと玄関に向かう。
「案内って、良いのかよ!?」
「どうしたの?助けたいんだろ?手遅れになる前に早くしないと!」
「!!……あぁ!!」
倉田に心強さを感じたカイは笑った。
2人は靴を履き替えると、玄関を出て走り出した。
コユが捕まり、カイが倉田と動き出したその頃、アオは不安そうに雑木林を見ていた。
アオは、自身がいる“S区”と、2人がいる“S区”は違う世界にあると考えた。
それが真実である以上、アオにはできることがなかった。
そのためアオは、助けを呼んでいた。
「………!」
アオの近くを車が通り過ぎ、近くに留まった。
車のドアが思いっ切り開く。
「待たせたなアオ!」
車から降りてきたのは、大きめの荷物を持ったガレンだった。
何気にアオとガレンさんの絡みって多い気がする。




