67.殺意の話
「ここも塀かよ!」
「はぁ。……ここもダメね」
カイとコユは、自分達の身の丈よりも大きな塀を見上げ、溜息を吐いた。
これで8度目。
どうにかして脱出したい2人は、マップの黒い部分に繋がる場所に、片っ端から向かった。
しかし、どこも彼処も塀なのだ。
「この調子じゃどこも塀なんじゃねぇか?」
「そうね………」
コユは深刻そうに考えた。
アオが“S区”に到着するまで、ただボーッとしておくのはもったいない気がしての行動だったが、何の手掛かりも掴めなかった。
「とりあえず、戻りましょ。このままだと元の場所から離れ過ぎちゃう」
「そーだな。寧ろ迷子になりそうだ」
カイとコユは、来た道を戻り始めた。
歩きながらコユは、“S区”の町並みを眺めた。
ここでは普通に人が生活している。
コンビニや駄菓子屋のような店もある。
カイやコユ達が暮らしている隠神市の街と、何も変わらなかった。
「こうして見てみると、普通の町って感じよね」
「そーだな。ただ、あの落ちてきたおっさんが気になるな」
「その人だけが何かおかしくて、“S区”自体は普通なんじゃない?ここ、隠神市の一部でしょ?そもそも隠神市自体がそういう、心霊とか多いところらしいし」
「でも、ここが普通だったら俺達とっくに家に帰ってるぜ?やっぱここがおかしいんだろ。塀もマップの真っ黒も」
「う~ん………そうね」
コユは難しそうに唸る。
カイとこうして歩きながら話していると、いつの間にか掲示板のある元の道に戻っていた。
「やっぱりここで待っとく?アオから連絡来るまで」
「そうするか。腹減ったなぁ」
「………これ食べる?」
コユはポケットからチョコレート菓子を取り出し、カイに差し出した。
ビスケットのような食感の生地にチョコレートがコーティングされた、人気の菓子だ。
「えっ!?いいのかよ!?お前チョコレートないとヤバいことになるんだろ!?」
「なんだ、知ってたの?」
「あぁ、アオから聞いた!」
「あはは。やっぱアオってしっかりしてるわ。大丈夫だって。そこそこ量はあるし。症状出るギリギリで食べれば問題ないわ。これ、食料でもあるし」
「……いや、腹減ったっていうのは嘘だ!だからいらねぇ!」
カイはそう言って、コユに背を向けた。
コユのことを思っての嘘だった。
このカイの優しさに、コユの表情が緩んだ。
「……解ったわ。大事にするわね」
コユはチョコレート菓子をポケットに仕舞った。
まだ食べなくても平気だと、本能で解っている。
「それで、今日帰れなかったらどうする?どこかに泊めてもらえればいいんだけど……」
「そーだなぁ……。この辺旅館とかあるかな────」
カイがコユの方を向き直した、その瞬間だった。
「ッ!?」
カイは、とてつもない衝動に駆られた。
「何だ………これ……!!」
苦しそうに、頭を抑えてその場に蹲る。
息も荒い。
「ちょっとカイ!どうしたの!?大丈夫!?」
「近づくな!!」
「えっ!?」
駆け寄ろうとするコユを、声だけで止める。
カイはコユを見る。
たったそれだけで、激しい殺意を感じた。
今にでも、コユを殺してしまいそうなのだ。
カイはそれを、必死に抑えようとしている。
しかし、ずっと我慢なんてできそうになかった。
殺意はどんどん溢れてくる。
「ハァ……ハァ……コユ!」
「なっ、何!?」
「このままだと俺、……お前を…殺しちまいそうだ!」
「えっ!?」
コユは驚愕した表情で、一歩後退った。
突然友人から「殺してしまいそう」と言われ、正気を疑いたくなった。
とはいえ、カイの「近づくな!!」という言葉から、本心でないことはすぐに理解できた。
「いいぞ!……そのままどっかに逃げろ!…………俺の目に入らないどっかに!!」
「でも……アンタはどうすんのよ!?」
「何とかする!!……だから…………行け!!」
カイは一歩、また一歩と、コユに近づいていく。
獣のような真っ赤な目で、歯をガタガタを鳴らしている。
とても辛そうな状態だった。
コユは、そんなカイの意思を汲むことにした。
自分の意志とは関係なく友人を殺してしまうことは、コユにも耐えられない。
「ッ!……解った。……カイ、また後でね!!」
コユはカイに背を向け、走り出した。
カイはコユができるだけ遠くに逃げるまで、必死になって堪えた。
自身の足ならすぐにコユに追いついてしまう。
その自覚はあった。
「がっ………あァあア………あああああああああああああああああああああ!!」
カイの口から、咆哮が解き放たれる。
殺意が抑えきれなくなったのだ。
カイの意識は、闇の中に沈んでいった。
道の隅に自転車を留め、アオはスマホを見た。
マップ機能が示す“S区”に、アオは到着していた。
「……場所はここで合ってるはず。………そのはずなのに……」
アオはスマホから目を離し、前方を見上げた。
「これは、どういうこと?」
アオの目の前に、木が立ち並んでいる。
“S区”を示しているその場所は、雑木林だった。
今日がカイとアオの誕生日。なのに今回の状況である。




