65.鈍音の話
『S区へようこそ』と書かれた紙が貼られている掲示板をカイとコユは通り過ぎ、音の在処を探していた。
“ドッ!!!”
再び鈍い音が鳴り響く。
その音は先程カイとコユが聞いたものより大きかった。
2人は音の在処に近づいたことになる。
「近いな。あっちからだ!」
「これで2回目ね。いったい何が落ちてるのかしら……」
少し不安を覚えたコユだが、それでもカイの後を追った。
曲がり角を一つ曲がったところで、カイは止まっていた。
「カイ、どうしたの?」
「いや、さっきの音、この変からだと思ったんだけどなぁ。何もねぇな」
カイは辺りをキョロキョロと見回す。
現在カイとコユがいるのは、マンションが目立つ道。
コユはマンションの方を見た。
マンション1階のエントランスがガラスの扉越しに見える。
そこにはエレベーターがあり、丁度一人の男性が乗るのところを確認できた。
「マンションか。高ぇなぁ」
カイはマンションをてっぺんまで見上げる。
「入ってみようぜ」
「やめときなさいよ。不審者に間違われたらどうするのよ?」
最近のマンションは防犯対策がバッチリだ。
基本的にエントランスに防犯カメラが設置されており、そもそもカードキーが無ければ入れないところもある。
「ちぇ~…。つまんねぇの」
「そもそも音の在処探しに来たんでしょ?多分ここじゃないのよ。もう帰りましょ。何か、関わったら面倒く───」
“ドッ!!!!”
コユが「面倒くさそう」と言いかけた時、すぐ後ろで鈍く大きな音が鳴った。
こうして近くで聞いてみると、重量感がはっきり解るものだ。
「おい、コユ………」
「い、いやいや。どうせ大したものじゃ…………」
コユはそう言いながら振り返った。
どうせ布団や米の袋のような、重いものだろう。
そう思いたかった。
「……………」
コユの目の前にあった、いや、いたのは、うつ伏せに倒れた男性だった。
血塗れで、左腕と右脚がおかしな方向に曲がっている。
頭が割れて、ドロリとしたものが飛び出していた。
血液がアスファルトの地面の上を伝い、コユの靴の元に流れつく。
「きゃああああああああああ!!!」
コユは悲鳴を上げて尻もちを付いた。
「と、と、飛び降り!?……し、死んでる!?」
「コユ、しっかりしろ!」
カイはコユを起こした。
コユは青ざめた顔をして震えている。
「コユ、あんまり見るな!」
「カ…カイ……」
コユはカイに抱きつき、胸に顔を付けた。
カイはコユの頭を撫でながら、ポケットに入れていたスマホを取り出した。
「まずは警察に電話するのが先だよな!」
カイは番号を打ちながら、ふと男性の方を見た。
「……は?」
出血が酷く、手足が折れ、頭が割れて中身が飛び出している。
男性は、そんな生きているとは思えない状態だった。
しかし今、死んだと思われていた男性は、無傷の状態で立っており、カイを睨みつけていた。
「……おっさん、死んだんじゃ……」
落下してきて、血だらけでボロボロだった男性が、無傷の状態で立っている。
そんなあり得ない事態に、カイは困惑していた。
すると、それを見逃さないとでも言うように、男性が襲い掛かってきた。
「なっ!?」
現在カイに、コユが抱きついている状態だ。
このままではコユが危ないと判断したカイは、体を一回転させ、男性の攻撃を背中で受けることにした。
「うっ!」
カイは背中に、何かがぶつかるような感触を覚えた。
これから何度も殴られることを予想した。
しかし、それ以降何もされることはなかった。
「……は?」
カイはコユを庇いながら振り返った。
男性はいなくなっていた。
「………コユ、もう大丈夫だぞ」
「えっ?………あっ!」
コユはカイから飛び退いた。
顔を赤らめている。
「コユ、どうした?」
「あたし、無意識とはいえカイに抱きついて………って、あれ!?死体が消えてる!何で!?」
コユは男性が倒れていたところに向かった。
アスファルトには血が染み込んでいたはずだが、今は一滴も付着していない。
「コユ、あのおっさん死んでなかったぞ」
「はぁ!?嘘でしょ!?あの状態で生きてるなんて……」
「いや、それが元通りに起き上がって、俺に襲い掛かってきて消えたんだよ」
「えっ!?……ちょ、ちょっと待って………」
コユもまた、頭の整理がつかなくなっていた。
「えっと……さっきの落ちてきた人が完全復活して消えたってこと?」
「そうなるよな」
「ありえない……けど、カイが言うならまぁ、本当なんでしょうね」
コユにはカイと接しているうちに、解ったことがある。
カイは嘘が下手なのだ。
カイは嘘を吐くとき、必ず泳いだ目を反らす。
しかし、今のカイの目は真っすぐだ。
「とりあえず、気味悪いし帰りましょう」
「そうだな。……あっ!帰り道どっちだっけ!?」
「道ならちゃんとあたしが覚えてるわ。付いてきて」
コユはカイを連れて歩き出した。
曲がり角を一つ曲がり、『S区へようこそ』の掲示板を通り過ぎればいつもの道。
そう思っていた。
「えっ……!?」
コユは唖然とした。
目の前には塀が聳え立っていて、道が塞がれていたのだ。
コユから見て左側には、ちゃんと掲示板がある。
「何で!?こんな塀無かったじゃない!」
「道間違えたんじゃねぇか?」
「そんなはず……。そうだ、マップ!」
コユはスマホのマップ機能で、現在地を確認した。
「嘘………」
「どうした?」
コユのスマホに表示された、ここら一帯の地図と現在地を示すアイコン。
そのアイコンの先は、真っ黒で見えなくなっていた。
さぁさぁ、はじまりましたよ。




