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八百万  作者: マー・TY
第五章
63/115

63.消える話

 休日が終わり、隠神高校の生徒達の一週間がまた始まる。

 一日が過ぎるのは意外と早く、あっという間に放課後だ。

 アオはその時間、図書室の奥の本棚に訪れていた。

 怪談だらけのノートを持って。


「あの……シオンさん、いらっしゃいますか?」


 アオは虚空に呼び掛けた。


「いるわよ♪」


「キャッ!」


 突然耳元で囁かれ、アオは驚く。

 振り返ると、シオンが愉しそうに微笑んでいた。


「フフフ。良い反応してくれるわね。可愛い♪」


「や、やめてくださいよ………」


「ごめんなさいね。……さて、あれから一週間。集めてきてくれたかしら?」


「は、はい。……あの、ノートにまとめました」


 アオは手に持っていたノートを差し出した。

 シオンはそれを受け取る。

 表紙に『怖い話』というタイトルと、アオの名前が書かれていた。

 シオンは試しに、ページをパラパラとめくってみた。


「……たくさん集めたのね。ありがとう。ゆっくり読ませてもらうわね」


「い、いえ……。喜んでもらえたのなら、それで………」


「やっぱりいい子。……それじゃあ、私も教えなくちゃね。この世に留まっている理由を」


 シオンはノートを胸に当てた。


「私にはね、弟がいるの」


「弟さんが?」


「そう。……その子、正義感が強くてね、よく危険な目に遭うの。だから、放っておけないのよ。見守っていたいの」


 シオンは、少し寂しそうな目をしていた。

 放っておけない、大切な存在。

 アオにはそれが、理解できる気がした。


「………あの、シオンさん」


「なに?」


「私、これからも怖い話持ってきます。シオンさんが、長く留まれるように」


「アオちゃん……。ありがとう。……でも、そんなに頻繁に持ってこなくていいわ。必要な時は、私から頼みに来るから」


「そう…ですか……」


「優しいアオちゃん。私はあなたの幸せを願うわ。それじゃあ、また会いましょう」


 シオンは笑顔でそう言うと、ノートと一緒にゆっくりと消えていった。




 教室に戻ったアオを、シロが待っていた。

 誘拐事件以降、シロは毎回のようにアオを家まで送るようになっていた。

 そしてこの日も、2人は共に帰ることになった。


「シロ君」


「あ?どうした?」


「いつもありがとう。私のこと送ってくれて。それに、怪談にも協力してくれて」


「気にすんなよ。ダチとして当然のことだ」


「……やっぱり、カッコいいなぁ」


「うるせぇな……」


 シロはそっぽを向いた。

 アオには、憧れる人物が何人かいる。

 シロはそのうちの一人になっていた。


「本当に、ありがとう」


「もういいって言ってんだろ」


 シロの顔は、少し赤くなっていた。

 それをなんだか可愛く思い、アオは微笑む。

 そんな2人の家路を、路地裏から見ている者がいた。


「男と下校かぁ?いい度胸してんじゃねぇか。日之道」


 恨み募った目でアオを睨み付ける川畑は、そう呟く。

 アオに返り討ちにされた際にできた顔の傷を治すため、包帯と絆創膏が貼っている。

 川畑の右手には出刃包丁が握られていた。


「殺してやる……。テメェも、テメェの男も。今更何も失うモンはねぇ。日之道、テメェの全てを奪ってやる!!」


 川畑は路地裏から飛び出そうとした。


「!?」


 しかし、出ることができなかった。

 何者かに襟首を掴まれ、引き戻される。

 その勢いに吞まれ、川畑はアスファルトの上に転がされた。


「チッ!何なんだ!!…………ッ!?」


 川畑は目を見開いた。

 目の前に立っていたのは、赤い狐の仮面を付けた少年、赤狐だった。

 暗い路地裏にいるせいか、仮面は血のように赤黒く見える。

 赤狐は川畑を威圧していた。


「アオさんの優しさに免じて見逃してやろうと思ったのに、また同じことをするのか。やっぱりお前は殺さないとダメだ」


 抑揚のない声で言う。

 赤狐はパーカーの両ポケットを漁り、右手にアイスピック、左手にナイフを持った。

 そしてゆっくりと、川畑に近づいていく。


「く、来る────」


“ドスッ!”


 川畑が叫ぼうとした直前、喉元にアイスピックが突き刺さった。

 それは赤狐が投げたものだった。


「叫ぶなよ。あの2人に気づかれたくない」


 冷たい声で、赤狐は言い放つ。

 川畑は喉元を抑えて苦しそうに悶えている。

 そんな川畑の腹に跨がり、赤狐はナイフを振り上げた。


「やっぱり甘いよ。シロ君も、アオさんも」


 赤狐が振り下ろしたナイフは、川畑の顔の肉を切り裂いた。




 隠神高校の、夜の図書室。

 シオンはそこの椅子に座り、アオが集めた怪談を読んでいた。

 ノートのページは、もうすぐで半分に到達する。


「日之道快、霜野小雪、阿久津任真、七楽色葉、岡本翔太、夏目黒乃、冬庭志路………。アオちゃんには、素敵な友達がたくさんいるのね」


 アオはそれぞれの怪談のはじめに、カイやシロ達の名前を書いていた。

 シロが話した、八尺様の話。

 その次に載っているのは、アオが書いた怪談だった。


「あら、アオちゃんの。楽しみにしてたわ」


 シオンは胸をわくわくさせながら、アオの怪談を読み始めた。




 また一人消えた。

 クラスメイトが、また一人。

 周りの生徒は、誰も気づかない。

 消えた子の名前を言っても、みんなその子のことを覚えていない。

 クラスの名簿からも消えている。


 私はその日、友達に「私の前からいなくならないでね」とお願いをした。

 友達は不思議そうに私を見て、「いなくなるわけないじゃん」って言ってくれた。

 でも次の日、その子は学校に来なかった。

 その子の机も無くなってた。

 いなくなるわけないって、言ってたのに。


 どうしていなくなっちゃうんだろう。

 次の日も、また次の日も、一人ずつ減っていく。

 気づけばもう、クラスのみんなは半分だけ。

 教室が広く感じる。

 みんな消えないでほしい。

 みんなといたい。

 みんなを返して。

 消えたみんなを返してよ。

 そう何度も願った。

 でも届かない。

 今日も一人消えた。

 次の日も。

 また、次の日も。


 気づけば、教室には私だけ。

 机だって、私のだけ。

 先生と私の、二人きりの授業。

 なのに先生は変だと思ってない。

 何度も当てられて大変だ。

 次の朝がきた。

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴った。

 朝の会の時間。

 先生は来ない。

 朝の会が終わって一時間目。

 先生はまだ来ない。

 二時間目になっても、三時間目になっても。

 きっと、先生も消えちゃったんだ。

 明日は私が消えちゃうのかな。




 アオの怪談は、そこで終わっていた。

 次からは、アオがネットで集めたり、参考にしたりした怪談が載っている。

 シオンはどこか切なそうにしていた。


「アオちゃんにとっては、これが恐怖なのかしら。独りが怖いのかしらね。怖くて悲しい話だったわ」


 シオンは天井を見上げた。


「性格とかは全く違うけど、アオちゃんもまた、放っておけない娘ね。あなたもそう思わない?レオン」


 シオンは、今を生きる弟の顔を思い浮かべ、ポツリと呟いた。

第5章はここまでです。次は第6章。再びアオ以外の主要人物に焦点を当てたいと思います。

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