63.消える話
休日が終わり、隠神高校の生徒達の一週間がまた始まる。
一日が過ぎるのは意外と早く、あっという間に放課後だ。
アオはその時間、図書室の奥の本棚に訪れていた。
怪談だらけのノートを持って。
「あの……シオンさん、いらっしゃいますか?」
アオは虚空に呼び掛けた。
「いるわよ♪」
「キャッ!」
突然耳元で囁かれ、アオは驚く。
振り返ると、シオンが愉しそうに微笑んでいた。
「フフフ。良い反応してくれるわね。可愛い♪」
「や、やめてくださいよ………」
「ごめんなさいね。……さて、あれから一週間。集めてきてくれたかしら?」
「は、はい。……あの、ノートにまとめました」
アオは手に持っていたノートを差し出した。
シオンはそれを受け取る。
表紙に『怖い話』というタイトルと、アオの名前が書かれていた。
シオンは試しに、ページをパラパラとめくってみた。
「……たくさん集めたのね。ありがとう。ゆっくり読ませてもらうわね」
「い、いえ……。喜んでもらえたのなら、それで………」
「やっぱりいい子。……それじゃあ、私も教えなくちゃね。この世に留まっている理由を」
シオンはノートを胸に当てた。
「私にはね、弟がいるの」
「弟さんが?」
「そう。……その子、正義感が強くてね、よく危険な目に遭うの。だから、放っておけないのよ。見守っていたいの」
シオンは、少し寂しそうな目をしていた。
放っておけない、大切な存在。
アオにはそれが、理解できる気がした。
「………あの、シオンさん」
「なに?」
「私、これからも怖い話持ってきます。シオンさんが、長く留まれるように」
「アオちゃん……。ありがとう。……でも、そんなに頻繁に持ってこなくていいわ。必要な時は、私から頼みに来るから」
「そう…ですか……」
「優しいアオちゃん。私はあなたの幸せを願うわ。それじゃあ、また会いましょう」
シオンは笑顔でそう言うと、ノートと一緒にゆっくりと消えていった。
教室に戻ったアオを、シロが待っていた。
誘拐事件以降、シロは毎回のようにアオを家まで送るようになっていた。
そしてこの日も、2人は共に帰ることになった。
「シロ君」
「あ?どうした?」
「いつもありがとう。私のこと送ってくれて。それに、怪談にも協力してくれて」
「気にすんなよ。ダチとして当然のことだ」
「……やっぱり、カッコいいなぁ」
「うるせぇな……」
シロはそっぽを向いた。
アオには、憧れる人物が何人かいる。
シロはそのうちの一人になっていた。
「本当に、ありがとう」
「もういいって言ってんだろ」
シロの顔は、少し赤くなっていた。
それをなんだか可愛く思い、アオは微笑む。
そんな2人の家路を、路地裏から見ている者がいた。
「男と下校かぁ?いい度胸してんじゃねぇか。日之道」
恨み募った目でアオを睨み付ける川畑は、そう呟く。
アオに返り討ちにされた際にできた顔の傷を治すため、包帯と絆創膏が貼っている。
川畑の右手には出刃包丁が握られていた。
「殺してやる……。テメェも、テメェの男も。今更何も失うモンはねぇ。日之道、テメェの全てを奪ってやる!!」
川畑は路地裏から飛び出そうとした。
「!?」
しかし、出ることができなかった。
何者かに襟首を掴まれ、引き戻される。
その勢いに吞まれ、川畑はアスファルトの上に転がされた。
「チッ!何なんだ!!…………ッ!?」
川畑は目を見開いた。
目の前に立っていたのは、赤い狐の仮面を付けた少年、赤狐だった。
暗い路地裏にいるせいか、仮面は血のように赤黒く見える。
赤狐は川畑を威圧していた。
「アオさんの優しさに免じて見逃してやろうと思ったのに、また同じことをするのか。やっぱりお前は殺さないとダメだ」
抑揚のない声で言う。
赤狐はパーカーの両ポケットを漁り、右手にアイスピック、左手にナイフを持った。
そしてゆっくりと、川畑に近づいていく。
「く、来る────」
“ドスッ!”
川畑が叫ぼうとした直前、喉元にアイスピックが突き刺さった。
それは赤狐が投げたものだった。
「叫ぶなよ。あの2人に気づかれたくない」
冷たい声で、赤狐は言い放つ。
川畑は喉元を抑えて苦しそうに悶えている。
そんな川畑の腹に跨がり、赤狐はナイフを振り上げた。
「やっぱり甘いよ。シロ君も、アオさんも」
赤狐が振り下ろしたナイフは、川畑の顔の肉を切り裂いた。
隠神高校の、夜の図書室。
シオンはそこの椅子に座り、アオが集めた怪談を読んでいた。
ノートのページは、もうすぐで半分に到達する。
「日之道快、霜野小雪、阿久津任真、七楽色葉、岡本翔太、夏目黒乃、冬庭志路………。アオちゃんには、素敵な友達がたくさんいるのね」
アオはそれぞれの怪談のはじめに、カイやシロ達の名前を書いていた。
シロが話した、八尺様の話。
その次に載っているのは、アオが書いた怪談だった。
「あら、アオちゃんの。楽しみにしてたわ」
シオンは胸をわくわくさせながら、アオの怪談を読み始めた。
また一人消えた。
クラスメイトが、また一人。
周りの生徒は、誰も気づかない。
消えた子の名前を言っても、みんなその子のことを覚えていない。
クラスの名簿からも消えている。
私はその日、友達に「私の前からいなくならないでね」とお願いをした。
友達は不思議そうに私を見て、「いなくなるわけないじゃん」って言ってくれた。
でも次の日、その子は学校に来なかった。
その子の机も無くなってた。
いなくなるわけないって、言ってたのに。
どうしていなくなっちゃうんだろう。
次の日も、また次の日も、一人ずつ減っていく。
気づけばもう、クラスのみんなは半分だけ。
教室が広く感じる。
みんな消えないでほしい。
みんなといたい。
みんなを返して。
消えたみんなを返してよ。
そう何度も願った。
でも届かない。
今日も一人消えた。
次の日も。
また、次の日も。
気づけば、教室には私だけ。
机だって、私のだけ。
先生と私の、二人きりの授業。
なのに先生は変だと思ってない。
何度も当てられて大変だ。
次の朝がきた。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った。
朝の会の時間。
先生は来ない。
朝の会が終わって一時間目。
先生はまだ来ない。
二時間目になっても、三時間目になっても。
きっと、先生も消えちゃったんだ。
明日は私が消えちゃうのかな。
アオの怪談は、そこで終わっていた。
次からは、アオがネットで集めたり、参考にしたりした怪談が載っている。
シオンはどこか切なそうにしていた。
「アオちゃんにとっては、これが恐怖なのかしら。独りが怖いのかしらね。怖くて悲しい話だったわ」
シオンは天井を見上げた。
「性格とかは全く違うけど、アオちゃんもまた、放っておけない娘ね。あなたもそう思わない?レオン」
シオンは、今を生きる弟の顔を思い浮かべ、ポツリと呟いた。
第5章はここまでです。次は第6章。再びアオ以外の主要人物に焦点を当てたいと思います。




