62.自衛の話
土曜日、アオは怪談……怖い話を目的に、図書館に来ていた。
児童用のものから民俗学系のものまで、手当たり次第に手に取って読む。
そして詳しく読みたいと思ったものを10冊借りることにした。
(これで怖い話の作り方が解るかな……?)
図書館から出たアオは、家を目指して歩き出した。
「できればあなたの怖い話も聞きたいわね」
アオに怖い話の収集を依頼したシオンも、そう言っていた。
怪談小説家は心霊体験者の話をネタにすることもある。
アオはその方法でここまで怖い話を集めてきたが、自分自身のものもシオンに披露したくなった。
(私の夢は小説家になること……。やっぱりまずは書いてみないと……)
アオは気合いを入れた。
しかしそこへ、思わぬ人物が現れた。
「お前………日之道だな………」
背後からのその声に、アオは聞き覚えがあった。
決して思い出したくはない声。
アオはゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、30代くらいの男だった。
髪はボサボサで、口元に青髭。
服装は上下鼠色だった。
アオはその男を知っている。
「日之道、俺を覚えてるだろ?」
「……川畑……先生………?」
「あぁそうだ」
川畑は中学2年生の頃のアオの担任だった。
アオ自身、二度と川畑には会いたくなかった。
今からでも逃げ出したいが、体が言うことを聞かない。
血走った目で睨み付けられ、足が震えた。
川畑はゆっくりと近づきながら、アオへの恨みを語った。
「大人しくしてりゃぁ良かったのによぉ。お前のせいで、俺は教師をクビになったんだ!」
「それは………」
「俺の人生奪っといて自分は青春満喫中ってか?このクソ女が!元はといえばお前が俺の生徒になったからだ!!この疫病神が!!」
「……先生?」
「何が“先生”だ!死にやがれ!!」
川畑はアオの首を絞め上げた。
「うっ………ぐあっ…………」
アオはその手を引き剥がそうとしながら、必死に息をするために、口をパクパクと動かす。
「ヒャハハハハ!変わらねぇよなぁその可愛い表情はよぉ!死ね!苦しんで死ねぇ!!」
川畑はどんどん両手に力を入れていく。
アオの抵抗する力は、だんだん弱まる。
そしてそのまま、動かなくなってしまった。
川畑は両手を首から肩に移し、アオの体を揺さぶった。
「おい、まだ死んでねぇよなぁ?俺の人生台無しにされた分また楽しませてもらうぞ!それから死ね!」
川畑はそう言って下品に嗤った。
その時、アオは突然目を開けた。
「なっ!?」
急なことで驚く川畑。
アオはその隙を見逃さず、川畑の股間を蹴り上げた。
「ぐはぁ!!!」
川畑は股間を抑えて蹲った。
「痛ぇ!痛ぇ!畜生!テメェ俺が誰だか解ってんのか!?」
川畑は怒り、顔を上げた。
「!!?」
10冊の本が入った手提げ袋。
アオはそれを両手で持ち上げていた。
「おまっ……まさか………!」
アオは手提げ袋を川畑の頭に振り下ろした。
「ぶっ!!」
頭への衝撃と、アスファルトへの顔面強打。
川畑は耐えきれず、気を失った。
「………」
そんな川畑を、アオは無言で見下ろす。
その目は虚ろだった。
「……………」
アオは近くの公園まで、川畑を引きずってきた。
誰も座っていないベンチを見つけると、そこに川畑を寝かせた。
「………」
アオは川畑に背を向け、公園を後にした。
「……どういうことだ?」
一連の様子を見ていたレオンが、小さく呟いた。
「あの男から首を絞められる前と後のアオさんは、まるで違う。二重人格なのか?」
レオンにはアオがよく解らなかった。
川畑が目を覚ますのを確認してから、レオンは公園から出た。
「……………んっ」
自室のベッドで、アオは目を覚ました。
目を擦って体を起こす。
机に積まれた本が目に入った。
「………そうだ。図書館から帰ってきて、それから眠くなって、ベッドで横になったんだっけ?」
アオはベッドから出て、椅子に座った。
本をずらして、ノート、シャーペン、消しゴムを用意する。
「書こう」
それからアオは、怖い話を書き始めた。
借りてきた本を参考にしたり、後書きから作家の考えを取り入れながら。
シャーペンがスラスラと進む。
そんなアオの脳内に、川畑との出来事はどこにもなかった。
お気づきの方はいると思いますが、ネムが動いていました。




