39.尾行の話
「………ん?」
気を失っていたガレンは、目を覚ました。
目の前に鉄格子が見え、ここが牢獄であることを悟る。
牢獄の中は布団と洋式便所だけで、ガレンは現在布団の上にいた。
体の様子を確認する。
両足は自由だが、両手には手錠をはめられており、後ろ手に拘束されている状態だった。
「服はそのまんまか。……ここどこだ?眠らされてから別の場所に運ばれたのか?」
そう思えるほど、村山の一軒家にこの牢獄はミスマッチだった。
“コツン……コツン………”
ふと階段を下りるような声が聞こえてきた。
ガレンは身構えた。
やがて、音の主が姿を現す。
「ッ!!!……アオ!!!」
牢獄の前に現れたのはアオだった。
アオはお盆を両手で持っており、その上に白飯と卵焼き、サラダ、水が入ったコップと、箸が一人分載っていた。
ガレンはアオの元に駆け寄った。
「大丈夫なのか!?お前……こんな……」
精気を失ったような目をしたアオは、悲しそうに顔を背けた。
白いワンピースには一部赤茶色に染まった部分がある。
痣は昨日より引いたように思えたが、それでも目立っていた。
「……ごめんな。そんなになるまで助け出せなくて。寧ろ俺が捕まっちまったな。本当にごめんな。ダメな父ちゃんで」
ガレンは変わり果てた娘の姿を目の当たりにし、涙ぐんだ。
しかし、泣いてはいられないと思い堪えた。
ガレンはアオに、いろいろ聞き出すことにした。
「アオ、ここは村山の家か?」
アオはガレンに顔を向けると、首を縦に振った。
構造的に考えると、ここは地下室のようだった。
「村山は今、この家にいるのか?」
アオは首を横に振った。
「それならアオ、外に逃げ出せないか?助けを呼んできてほしい」
見たところ、アオは自由に行動できるように思えた。
ドアを強引に開けるなり、窓ガラスを割るなりして逃げ出せそうだった。
「………」
しかしアオにはそれができないようだ。
お盆を床に置いたアオの顔色は悪くなっており、小さく震えていた。
どうやら簡単にはいかないようだ。
「すまん!怖いことを思いしちまったようだな。………そ、そうだ。それ朝食か?お前が作ったのか?」
アオは胸に手を当て、息を整えた。
そして箸で卵焼きをつまみ上げ、左手を添えてガレンに差し出した。
「……アオ、……俺一人で食えるからさ、この手錠外せないか?」
アオは俯くと、再び首を横に振った。
(無理かぁ……。まさかこんなところで娘に直接飯を食わせられるとはな……)
観念したガレンは、卵焼きを口で受け取って食べる。
その味はサラが作ったものと、少し似ていた。
一方、放課後になると、カイ達は村山を尾行していた。
ガレンとも連絡が着かなくなり、その後も進展が無かったため、尾行して村山の家を突き止めることにしたのだ。
とはいえ、さすがに7人全員で実行すれば気づかれやすくなるため、尾行自体はカイ、トウ、ショウ、コユの4人で行い、シロ、クロ、ニコの3人は学校付近の公園で待機。
スマホのリモート機能を利用して、お互いにコミュニケーションを取っている。
「村山、駅に入ってったぞ」
カイが遠くを歩く村山にスマホを向けて言った。
『よし、そのまま追跡して。定期券は持ってるね?』
「あぁ」
『持ってるぜ』
『あるわよ』
『問題ない。尾行を続ける』
4人急いで駅に進入する。
ちなみに、4人は互いに距離を取って尾行している。
1人が気づかれた時の保険だ。
村山は改札に定期券を通し、ホーム内に入っていった。
4人も間隔を開けて入場していく。
『順調かい?』
「人多いなぁ」
『いた!騎射場方面の4番目のところだ』
ショウの知らせを聞き、残った3人はその付近に集まった。
列車に乗るための行列に並ぶ。
しばらくすると、列車が来た。
並ぶ人達の丁度目の前に入り口が来るように止まり、自動の扉が開く。
帰宅ラッシュの影響か、中にはたくさんの人が詰まっており、一気になだれ出てきた。
すると、そこで村山は動いた。
「!?」
村山は、列車から出てきた人達の群れの中に紛れ込んだ。
『ッ!?』
『はぁ!?』
『なっ!?』
スマホ越しに、トウ、コユ、ショウの不意を突かれた様子の声が同時に聞こえてきた。
『おいどうした!?』
「待て!」
シロの問い掛けに応えず、カイは人混みの中に飛び込んだ。
人にぶつかりながらも、村山の姿を探した。
しかし、いくら見渡しても見つからなかった。
気づけば駅には人がほとんどいなくなり、列車も行ってしまった。
「カイ!」
カイの隣に、トウが駆け寄って来た。
「やられた。行かれたぞ」
「は?」
「さっきの列車に村山が乗って走り去った。あいつ、窓越しに手ぇ振ってたぞ」
「くっそぉ!気づかれてたのかよ!?」
カイはその場に座り込み、コンクリートの床を殴った。
コユとショウも合流する。
『……どうやらあっちの方が上手だったようだね』
クロは悔しそうに呟いた。
『今回で見つかったからなぁ。次は村山先生も帰り方とか変えてくるだろうし、簡単にはいかないかも。今回も何も得られなかったなぁ……』
「……いや、今回であいつの通行手段のひとつを潰せたんじゃないか?俺達、確実にあいつを追い込んでる筈だ。そうだろ?」
カイはそう言い、ニッと笑った。
他のメンバーも、釣られて笑った。
その時、カイのスマホに電話が掛かってきた。
「わりぃ、ちょっと出る」
カイはスマホの通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『もしもし、カイ君?こちら灰崎玲音』
「レオン?どうしたんだ?」
電話は、カイのクラスメイトであるレオンからだった。
レオンは自分の状況を、一言で説明した。
『今、村山先生を追ってる』
時刻が午前0時になった頃、村山はガレンがいる地下室の牢獄に下りてきていた。
「さすがに起きていましたか。ガレンさん?」
「目覚めは最悪だったけどな」
ガレンは笑っているが、目で村山をしっかりと睨み付けていた。
「訊きてぇことがある」
「なんですか?」
「アンタ、アオに何しやがった?見たところあいつはこの家では自由に動ける。脱出しようと思えばできる筈だ」
数時間疑問に思っていたことを質問する。
村山はニヤリと笑って応えた。
「簡単なことですよ。調教したんです」
「調教?」
「えぇ。私の命令には必ず従うように。そして、この家から出ないようにね。ちなみに、今のアオさんは外の世界に恐怖を抱いています。そのように調教しましたからね。結局、人を支配するのは恐怖なんでしょうね」
「てめぇ!」
ガレンは鬼の形相で村山を睨んだ。
手錠が掛けられた両手が震える。
それでも村山は表情を変えなかった。
「ちなみに、あなたが反抗的な行動や態度を取った場合、アオさんに罰を受けていただきます」
「なっ!?」
「アオさんがあなたとコミュニケーションを取った場合でも、罰を執行することにしています。実はこの部屋には、あなたから見えない位置に監視カメラを仕掛けてあります。先程今朝の様子を拝見し、罰を与えました。アオさんには事前に伝えていたのですが、あなたの問い掛けに反応してしまってたのでね。家族を前にすると、調教の効果が弱まるんですかねぇ?」
ガレンの顔が青ざめていく。
「アオは、生きてるんだろうなぁ?」
「もちろん。少々やりすぎたようで、今は気を失っていますけどね。それにしてもアオさん、傷だらけなのに美しいのはどうしてでしょうねぇ」
村山はアオの苦しむ顔を思い返し、うっとりとしていた。
「─────?」
気づけば、アオは何もない小部屋に横たわっていた。
隣にネムが眠っていることから、ここが夢の中であることを理解する。
ネムは現在のアオと同じ格好をしていた。
「ネム………」
アオはネムに後ろから抱きつき、背中に額を当てた。
夢の中の筈なのに、ネムの体温をリアルに感じ取れた。
「いつまでこんな生活が続くのかな?…………怖いよ………。それに、私変なの。……逃げ出したいのに、……外が怖いの。………それに、……村山先生も……………」
アオは啜り泣き、現実世界のことを考えて震えた。
「………」
その時、アオには見えていないが、ネムの目が微かに開いた。
その瞳は虚ろで、闇を含んでいた。
キャラクターと作者の思想は異なっているので、そこのところはよろしくお願いいたします。




