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八百万  作者: マー・TY
第二章
19/115

19.指導する話

 放課後、司波は早足で廊下を歩き、科学準備室の扉を開けた。


「お、先に来てたか」


 科学準備室にある実験テーブルと、背もたれのない椅子。

 そこにはアオが座っており、小説を読んでいた。


「悪い。会議長引いた」


「い、いえ、お気になさらず」


 アオは読んでいた本を閉じた。

 司波は向かいに座る。

 アオがこの場所にいるのには、理由がある。

 中学の頃にいじめを経験したアオは、精神的に参っていた時期があった。

 現在は普通に学校に通えるまでに回復したものの、それでも彼女の母は心配していた。

 アオは自分のことを、あまり話せない。

 さらに、家族に心配は掛けたくないという思いも持っており、いじめられていることをなかなか話せなかった。

 そこで司波は、毎週月曜日にアオを呼び出し、話を聞くことにしたのだ。


「怪我の方は大丈夫か?」


「はい。問題ないです」


 アオは頭に包帯を巻いていた。

 先週の休日、カラスによって負わされたものだった。

 その日のうちに病院に行き、手当を受けた。


「この時期のカラスは神経質になってるからなぁ。あんまり刺激するなよ」


「はい……」


「それで、先週どうだった?」


「………あの、この怪我をした日のことなんですけど………」


 アオはその日のことについて話した。

 アオがカラスに攻撃された場所は、幽霊団地と呼ばれる廃墟である。

 アオはその場所に望んで来たわけではない。

 原因は中学時代の元同級生、小田という男子。

 その日、小田はアオを見つけると、自分の物にするために追いかけ回した。

 そうしてアオは幽霊団地に逃げ込んだことにより、小田だけでなく、カラスの群れにも追われることになったのだ。


「逃げ切れたんだな。よく頑張った」


「はい……」


「その小田って奴はどうなった?」


「解りません。小田君がカラスに襲われたのを最後に、見てません」


「なるほど。幽霊団地だな?後で警察に連絡しておく」


「えっ……」


 アオは目を見開いた。


「もしかしたら行方不明になってるかもしれないからな。一応生存確認ってところだ」


「あ……あぁ……、あ………」


 アオは震えながら頭を両手で覆った。


「そうだ、あの時通報するべきだったんだ。私のせいだ。私のせいで、小田君が……」


「日之道……」


 司波は立ち上がり、アオの元まで来ると、そっと背中に手を置いた。


「お前は悪くない」


「でも、小田君が…。もしかしたら、死んでしまってるかも……」


「お前は被害者だ。仕方なかったんだ。お前の方が危険な目に遭ってたかもしれなかったんだ。お前に何かあったら、俺はお前の親に合わせる顔がない」


 司波はアオの背中を優しく摩りながら、そう言った。




 司波に渡された麦茶を、アオはゆっくりと飲み干した。


「落ち着いたか?」


「……はい」


 アオの声は、最初と比べて暗い。


「悪かったな。まさかお前が、小田のことそんなに心配してるとはな」


「先生、私、小田君にはもう会いたくないだけで、死んで欲しいなんて思ってません」


「……そうか。お前優しいな。加害者なんだぞ?」


「そんなことないです。私がパニックになっちゃったのはきっと、自分のせいで人が死ぬのが怖いだけかもしれないので。私なんて、結局は自分のことしか考えてないんですよ。あはは……」


 アオは自虐的に笑った。


「それが普通だろうな。今回はもうこれくらいにしておこう。また来週来てくれ」


「はい、ありがとうございました。………失礼します」


 アオは最後には優しく微笑み、科学準備室を後にした。




“コンコン”


 アオが出て行って約2分後、科学準備室の扉が叩かれた。


「どうぞ」


 自分の机で仕事をしようとしていた司波は、扉の向こうの人物に応えた。


「はい、失礼しま~す」


「……村山?」


 科学準備室に入ってきたのは、村山だった。

 彼は若いが、1年1組の担任を務め、生徒からはイケメン教師として通っている。

 司波は村山の先輩にあたる。


「何の用だ?」


「いやぁ、暇でしたので、ちょっとお話をですね……」


「仕事しろよ……」


 司波は呆れて目を机の上の書類に移した。

 村山はニヤリと笑って言った。


「アオさんと話していましたよね?」


「……聞いてたのか?」


 司波は村山をジトリと見つめた。


「はい。『お前に何かあったら、お前の親に合わせる顔がない』、でしたっけ?」


「がっつり聞いてんじゃねぇよ……」


「随分アオさんのことを大事にしてるんですねぇ」


 村山は司波の顔を覗き込む。


「日之道だけじゃない。俺は生徒に対等に接してるつもりだ。ただ日之道には、こういう指導が必要なだけだ」


「ですよねぇ。やっぱりアオさんは違います!」


「そんなこと言ってねぇよ……」


 呆れ顔の司波を無視して、村山はアオについて語り出した。


「彼女は美しい。あのきめ細やかな髪。白い肌。一度絶望を経験したような、闇を含む目。そしてあの腰の低さ。謙虚さ。全てが私の理想です。あぁ……」


 村山はうっとりと溜息をし、こう言った。


「自分の物にしたい」 


“ガタッ!!”


 その言葉を聞いた司波は、突然席を立った。

 勢いで椅子が倒れる。


「お前、何考えてやがる?」


 司波は村山を睨み付ける。

 村山は相変わらずニヤニヤと厭らしく笑う。

 そんな村山に、司波は危機感を覚えた。


「私はそれほどまでにアオさんが気に入っているんですよ」


「……、一応言っておく」


 司波は椅子に座り直して言った。


「生徒に手を出すな。俺達は教師。生徒を導く立場にあるんだ。俺達が悪になったら、生徒達は誰を信じりゃいい?」


「はい。わかっています」


「わかったら仕事に戻れ。まだ残ってるだろ?」


「そうですね。これで失礼します」


 村山は入り口に向かう。

 扉を開けたところで、彼は振り返った。


「……もしですよ?もし私がアオさんに手を出したら、司波先生はどうしますか?」


 司波は村山を見据えて言った。


「………そん時は覚悟しておけ。散々ぶん殴ってから警察に突き出してやる」


「やっぱりアオさんのこと、特別扱いしてませんか?」


「日之道じゃない。お前のために言ってるんだ」


「それは素直に感謝しますよ。では、失礼致しました」


 終始笑顔の村山は、科学準備室を出た。

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