表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八百万  作者: マー・TY
第二章
17/115

17.カラスの話

 休日の昼頃。

 アオはマイバッグを肩に掛けて歩いていた。

 バッグの中には財布と、デパートで購入した物が入っている。

 若干インドア派のアオだが、たまにこうして出かけることがある。

 今日は好きな作家の本が発売されたので、それの購入に出向き、ついでに欲しい物を買い、帰路についているところだ。


(この人の作品は毎回驚かされるからなぁ。今回はどんなのだろう?)


 なんてことを思い、足取り軽やかに歩いているときだった。


「ア、アオちゃん!!!」


 突然背後から自分の名前を呼ばれた。

 振り返ると、肥満体の男が鼻息を荒くして立っていた。

 アオがその男と会うのは、初めてではなかった。


「……小田君?」


「あー!よかった!覚えててくれたんだ!嬉しいよ!中学以来だね!」


 その男、小田はオーバーリアクションで喜んだ。

 それと対照的に、アオの表情は暗かった。

 アオと小田は同じ中学に通っていた。

 2年生の頃に同じクラスになった。

 とはいえ、アオは小田のようなテンションになる程、仲が良い訳ではなかった。

 それどころか………。


「さっき本屋で偶然君のことを見つけてさぁ、こうやって話しかけるタイミングを待ってたんだ!あぁ、君とまた話せるなんて嬉しいよ」


「そ、そうなんだ……」


 アオは苦笑して応えた。

 小田はどんどん迫ってくる。

 その様子に僅かながら恐怖を感じたアオは、少しずつ後退った。

 

「ちょっと待ってよ!聞いてほしいことがあるんだ!」


 小田は迫りながら、再会した時と変わらぬ声でアオに言う。

 さらに恐怖を感じたアオは逃げようとしたが、小田の方が速かった。

 一気に近づかれ、両肩を摑まれた。

 小田は顔を、自分の息がアオの顔に掛かるくらいまで近づけた。


「ッ!………」


「どうしたのアオちゃん?震えてるよ?あ、あの頃を思い出してるんだね?」


 小田の言うとおりだった。

 中学時代の忘れたい思い出が、アオの脳内を埋め尽くしていく。


「そうそう。この表情だ!変わらないなぁ。可愛い。可愛いよアオちゃん。僕はそんな君が……好きだっ───」


「いやぁ!!!!」


 耐えきれなくなったアオは小田を突き飛ばした。

 不意を突かれた小田は尻餅を着く。

 顔を上げると、アオは既に走り出していた。


「あっ!待ってよアオちゃん!!」


 小田はアオを追った。

 アオは走るのが苦手だった。

 鬼ごっこをすれば、最初に捕まる自信があった。

 しかし、今だけは捕まってはいけない。

 追いかけてくる小田の姿を確認して、アオはそう確信した。




 カラスの鳴き声が聞こえる。

 アオは廃団地に入り、建物の陰で休んでいた。

 “幽霊団地”と呼ばれるそこは、住人が一人もいない廃マンションや廃工場が建ち並ぶ、いわばこの街に忘れられた場所である。

 一生懸命逃げている間に、こんなところにまで来てしまったようだった。

 マイバッグも途中で落としてしまったことに気づく。

 この場所はとにかく人気がない。

 天気が曇りであることもあり、より一層不気味さが醸し出されていた。


“カァ……カァ……”


「………カラス」


 アオがここに来てから、カラスがよく鳴いていた。

 近くの木に、何羽か留まっている。


(私のこと警戒してるんだ)

 

 そう思ったアオが立ち上がったときだった。


「アオちゃーーーん!ここにいるんでしょーーーーー!?」


「!?」


 小田の声が、団地内に響き渡った。


(もうやめてよ。私は話なんてしたくないのに!)


 小田の声は入り口側から聞こえてきた。

 アオは団地の奥の方へと走った。


“ガッ!”


「ッ!」


 突然頭に鋭い痛みが走った。

 目の前をカラスが飛んでいき、建物の上に留まった。

 アオは立ち止まって頭を触った。

 手を確認すると、血が付着していた。


「あ!やっぱりここだったんだね!?」


 アオを見つけた小田が、声を上げる。

 彼はアオが落としたマイバッグを持っていた。

 アオは再び走り出した。




 滅茶苦茶に走り、古いマンションに入ったアオは、2皆の廊下で息を整えていた。

 血が垂れてくる感触を感じ、上着の袖で頭を抑えた。

 アオはカラスのことを考えた。


(今って確か、カラスの産卵時期……。卵や雛を守るために気性が荒くなって、人にも攻撃を加えるって……)


 アオは外を見た。

 カラスが20羽程飛んでおり、鳴き声も聞こえてくる。


(たくさんいるなぁ。あれが全部襲ってくるのかなぁ?)


“ガァ!!”


「!?」


 突然廊下に3羽のカラスが降りて、アオ目がけて飛んできた。

 アオは近くにあった階段を駆け上がる。


“グアァッ!!”


 踊り場に来たところで、上の階から1羽のカラスが飛び出してきた。

 アオは咄嗟に身を屈め、カラスの攻撃を避けた。

 下の階を振り返る。

 飛び出してきた1羽と廊下で襲いかかってきた3羽、計4羽のカラスがアオを見つめていた。


(3羽が私をここに逃げ込ませて、1羽が階段から私を落とす……。殺す気だ……)


 アオはカラスの知能の高さを思い知った。

 カラスから逃れるように、アオは3階へ移動した。

 3階からは異臭がした。

 廊下に出て右を見ると、ひとつの部屋が開いていた。

 その部屋から1羽のカラスが出てきた。

 そのカラスは、赤茶色のものがこびりついた、白い棒状のものを加えて飛び去った。

 アオはその部屋で起こっていることを想像して嘔吐し、咳き込んだ。


「アオちゃん?そこにいるの?」


 小田の声が聞こえた。


(逃げなきゃ………)


 そう思いつつも気分が悪くなり、走る気力が無くなっていた。

 アオは階段から3番目の部屋の扉を引いてみる。

 簡単に開いたので、そこに入った。




 部屋の中は薄暗かった。

 トイレや浴室へのドアは開けず、アオは奥を目指した。

 奥はリビングになっていた。

 アオはそこの隅に座り込んだ。

 小田とカラス、両方から追われる状況に、既に限界を感じつつあった。


“ガァ!”


 またカラスの鳴き声が聞こえた。

 仰天したアオは、顔を上げた。

 ベランダから近いところに1羽のカラスが居り、木の枝や枯れ草が積み重なったものの上に座っていた。


(巣……?)


 アオの予想通り、巣の中から雛が顔を出した。

 親と同じく黒い雛が、3羽確認できた。

 親ガラスはアオを警戒しているが、雛はアオに興味津々な様子だった。 

  

「ごめんね。何もしないから、隠れさせて」


 アオは親ガラスにそう囁いた。

 ベランダへのガラス製のスライド式ドアは割られており、カラス達はそこから外に出入りしているようだった。

 元気な雛鳥に、アオは少し癒される。


「聞いてくれない?アオちゃーん!」


 また小田の声が聞こえた。

 ドアが開く音がした。

 この部屋に入ってきたようだった。

 アオはここまで来ないことを祈り、声が出ないように口を手で塞ぐ。


「僕ね、よく豚って言われるんだ。中学の時もそうだったし、高校生になった今でもそうなんだ」


 小田の足音が聞こえる。


「でもね、最近、こう思うようになったんだ。もう豚でいいんじゃないかって。本能のままで生きる、醜い豚の方がいいんじゃないかって」


 小田の声が近づいてくるのが解る。


「だからさ、僕は本能的に生きるんだ。だからアオちゃん。僕は大好きなアオちゃんを、独り占めにするんだ」


 小田がリビングに入ってきた。

 野獣のような小田の眼光が、隅で震えるアオを捉えた。

 小田がニタリと笑った。


「アオちゃんミーーーっけ!!」


 小田がアオに襲い掛かろうとしたその時、親ガラスが小田に飛び掛かった。


“ガァ!ガァ!”


「う、うわぁ!何だ!何だよ!」


 錯乱状態に陥った小田は、太い腕を振り回した。

 それを避ける親ガラスは、足の爪で小田の顔を引っ搔いた。


「ぎゃーーーー!!!!」 


 小田はその痛みでのたうち回るが、親ガラスは攻撃を止めない。

 その猛攻に、持っていたアオのマイバッグを落とした。


「ありがとう!」


 アオは親ガラスに礼を言い、マイバッグを拾って部屋を出た。




 1階の階段には、4羽のカラスが待ち構えていた。

 アオを殺そうとした4羽だった。

 4羽はいつでも攻撃ができるよう、身構えている。


「……!そうだ!」


 アオはマイバッグの中を漁り、袋詰めにされたポテトチップスを取り出した。

 大型スーパーで本のついでに買ったものだ。


「これ、美味しいから。だから、勘弁して」


 アオは袋を破り、その場にポテトチップスをぶちまけ、少し後ろに下がった。

 4羽は顔を見合わせた後、ポテトチップスに向かって飛んできて、啄んだ。

 アオはカラスを避けて、マンションから出た。

 外に出ると、大量のカラスが鳴き始めた。

 アオは走った。

 後方からガラスの割れる音が響いた。

 走りながら振り向くと、アオが走っり去った場所にガラス片が落ちてきていた。


(早く出て行くから、やめて!)


 アオは息を切らしながらも、幽霊団地を脱出した。




 アオが幽霊団地を出て約10分後、小田は廃マンション内を歩いていた。


「アオちゃん…、待ってよ……酷いよ……」


 カラスに襲われた小田は、身体中ボロボロだった。

 顔は血で真っ赤になっている。


「僕は、あの頃の、ボロボロにされて、助けてを求めるアオちゃんが、好きなんだ……。だから、アオちゃんを独り占めして、メチャメチャにしたかったんだ……」


 満身創痍の状態で、階段を降りていく。

 踊り場に出て、1階への階段を降りようとした。


「えっ!?」


 降りられなかった。

 1階への階段は、数え切れないほどのカラスに埋め尽くされていた。

 数十羽、いや、数百羽はいるカラス達が、一斉に小田を睨み付ける。


「なっ……何だよ!?これ!」


 小田がそう言ったとき、2階から1羽のカラスが舞い降りてきて、小田の後頭部を蹴った。

 カラス達は一斉に羽ばたいて、小田の巨体を避ける。


「ぐあっ!!」


 小田は勢いよく階段を転げ落ち、1階の廊下の前まで転がった。

 羽ばたいたカラス達は小田の周りを囲み、何羽かが小田の身体に乗った。


「ひっ!?や、やめろ!」


 小田は暴れようとするが、身体が動かせない。

 階段から落ちる過程で、腕や脚の骨が折れてしまっていた。


”ガアァ!!!!”


 1羽の鳴き声を合図に、カラス達は一斉に小田の身体を啄み始めた。


「うあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア─────」


 廃マンション内に、小田の叫び声が響き渡った。

 カラス達は、小田の腹を食い破り、耳を引きちぎり、目玉をくり抜いていく。

 小田の意識は、激痛と共に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ