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八百万  作者: マー・TY
第二章
15/115

15.火の話

 一度会った印象として、クロは腰が低く、優しい人物だと、アオは思っていた。

 しかしここは隠神市。

 狂人もとい、おかしな人物が数多く暮らす街。

 アオは思い知った。

 クロもその一人なのだと。


「やぁアオちゃん。来てくれて嬉しいよ。ところで、火って綺麗だよね」


 早朝。

 校庭の真ん中に座り込んだクロは、燃え盛る火を見つめてそう言った。

 彼は焚き火をしているようで、火の周りには、串刺しのマシュマロが十数本、地面に刺されていた。


「クロ君?何してるの?」


「焚き火。それと朝食」


「朝食って、マシュマロ?」


「うん、そうだよ」


 クロは爽やかな笑みを浮かべてそう返した。

 早朝の校庭にはアオ、クロの他に、朝練の部活動生が遠巻きに練習している。

 登校してくる生徒も何事かと思い、アオ達の様子を見ていた。


「……いつも女の子がたくさん、一緒にいるようだったけど、今日はいないんだね」


 クロのアイドル並の美貌に惹かれてか、彼の周りには常に女子が集まる。

 同級生だけでなく、上級生まで魅了して完全にハーレム状態になっているわけだが、今はクロの周りに女子はいない。


「あぁ、彼女らはもう僕には近づかないよ」


「え?どうして?」


「僕だけを見ていて、周りが見えてない子ばかりだったからさ、近寄れないようにしたんだ。その子達だけね」


 そう言ってクロはアオに微笑んだ。

 その笑みが不気味で、アオの背筋に寒気が走った。


「火って、偉大だよね」


 クロは突然、アオにそう語りかけた。

 アオには意図が解らなかったが、これはクロなりの話題の提示なのだろうと考えた。

 目の前にあるものについて話すスタイルなのかもしれない。


「火が偉大……かぁ……」


「うん。人はもはや火が無ければ生きてはいけないからね。主に料理かな?昔はお風呂に入るときや、武器を作るときにも使われてた」


 アオはあれこれ想像した。

 今はほとんど電気によるが、昔は火が活躍している。

 火を使うことは、人類の特権と言ってもいいかもしれない。

 アオはクロの話題に合わせるため、自分の知識を披露することにした。


「狩りにも使ってたんだって」


「狩りかぁ。火矢とかかな?」


「うん。私が驚いたのは、石を焼いて使ったことかな?」


「石を?」


「ジャイアントモアっていう大きな鳥は、消化を効率良くするために、石を飲み込むの。石の中に焼いた物を置いて、それをジャイアントモアが飲み込んで苦しんでいるところを狩るの」


「へぇ。詳しいね」


「残酷だけどね」


 アオは自分の知識を褒められるのも、悪くない気がした。

 クロはアオの話から話題を展開させていく。


「狩りにも役立つ火。でも、動物に効く、イコール僕たちにも効くわけだ」


「とても熱いよね。火事にもなるし」


「うん。綺麗なんだけどね。でも触れてくるものを傷つける。薔薇みたいなんだよね」


「……綺麗なものには棘がある?」


「そうそう。そういうこと」


 アオはクロに習って火を見つめた。

 橙色をしたものが揺れ、中心の薄い光はそれを真似る。

 その動きは不規則で読めない。

 踊っても見える飽きることのない動きに、アオは魅了された。

 火をよく見たら、こんなにも美しく、おもしろいものなのかと実感した。

 それでもアオは、火は危険なものであるということを忘れていない。

 今アオがこの燃え盛る炎の中に手を入れれば、たちまち焼きただれてしまうだろう。

 

(綺麗な火だけど棘がある)


 諺を自分なりにアレンジして、心に留めた。


「アオちゃん」


 火に夢中になっていたアオを、クロが呼び戻した。


「野次馬ができているだろう?そこまで離れてくれるかい?」


「え?」


「いいから」


 いつの間にやら多くの生徒がクロの焚き火を見ていた。

 クロに言われた通りアオは、そこまで離れた。

 すると数秒後、生徒指導の教師が怒鳴り声を上げてクロの元に走っていった。


「お前!!!何しとるんだ!!!」


 ここまで生徒が集まれば、当然教師も不振に思うだろう。

 クロはこれを読んで、アオに矛先が行かぬよう避難させたのだ。

 クロがアオにウインクする。

 そしてカンカンな教師に対して表情ひとつ変えず、焼きマシュマロを差し出した。


「よかったら、先生もいかがですか?」


 クロはその後、生徒指導室に連行されていった。

 この朝のこともあり、アオは今日一日、授業に集中できなかった。

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