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八百万  作者: マー・TY
第二章
14/115

14.隣人の話

「ただいま……。って、誰もいねぇか」


 シロは現在、4階建てのアパートで母親と二人で生活している。

 母親はスナックバーで働いており、帰りは夜遅くになる。

 日曜日やそれ以外の日の朝になら顔を合わせることができるが、シロの帰宅時間は経営時間と被る。

 そのため、シロは基本的に家では一人だ。

 ちなみに父親は、母親とまだ小さかったシロを捨てて出て行った。


「さて、やるか」


 母親が仕事に出ている間、家事は全てシロが担当する。

 家事と言っても夕飯を作る程度だ。

 とはいえ、飯を炊き、味噌汁を作り、おかずは冷凍食品のものと、毎回シンプルだ。


「簡単なモンしか作れねぇなぁ。あいつらはなんか作れんのかなぁ?」


 シロはアオ、コユ、ニコの顔を思い浮かべた。

 今度の昼食の時に聞いてみることにした。




 一人夕飯を食べながらテレビを観る。

 シロは喋ることがないため、部屋の中はテレビからの音だけが響いていた。

 しかし、7時半くらいになると、別の音が加わってくる。


“……ザリッ……ザリッ……”


 壁を引っ搔くような音が、テレビの音に混じってきた。


「………またかよ」


 シロは静かに苛立ちの声を上げる。

 これでもう1週間になる。

 毎日この時間帯になると、隣の部屋から壁を引っ搔くような音が聞こえてくるのだ。

 玄関から入ってすぐの廊下が、特に良く響く。

 ちなみにこの音が止む時間は様々で、酷いときには日付を越える。


「ホント何やってんだよ」


 そう言うとシロは、テレビの音量を上げた。

 今放送されているバラエティ番組に集中しながら考えた。


(どうにかなんねぇかな、この音。ぜってぇヤベぇ奴だよなぁ?………しょうがねぇ。明日行くか)


 シロは、隣の部屋の住人に注意をしに行くことに決めた。

 よく1週間も耐えたものだと、自分を褒めたくなった。




 現行犯の方がいいかもしれない。

 そう考えたシロは、翌日の同じ時間帯まで待った。

 音がするまで、テレビと夕食を楽しむ。


“……ザリッ………ザリッ……”


 その音は、昨日より10分過ぎた頃に聞こえてきた。


「行くか」


 シロは玄関から外に出て、隣の部屋インターホンを押した。


「…………」


 しばらく待ったが、その部屋からは誰も出てこなかった。

 もう一度押しても同じだった。

 ドアに耳を当てると、わずかにあの音が聞こえてくる。

 今度はドアを叩いてみた。

 しかし、それでも反応が無い。


「いねぇのか?いやそんな筈ねぇよな?」


 シロは試しに、ドアの取っ手部分を引いてみた。

 すると…。


“ガチャッ”


「………!?」


 鍵は掛かっていなかった。

 玄関までなら入っても問題ないだろう。

 「インターホンを押しても、ドアを叩いても反応が無かったので、心配で開けた」

 そう言い訳すればいい。

 シロは自分にそう言い聞かせた。

 そして、ゆっくりとドアを開けた。


「なっ………!?」


 シロは驚愕した。

 明かりが点いていない、暗い部屋。

 その廊下の壁に、一人の女性が座り込んで頭を擦りつけていた。


“ザッ………ザッ………”


 聞き覚えのある音が、一段と響く。

 音の根源は、女性のこの異常な行動だった。


「おい、何やってんだよ!?」


 シロは女性に呼び掛ける。

 しかし女性は無反応で、頭を擦り続ける。


「やめろよ!」


 声のボリュームを上げても同じだった。


「やめろって!!」


 シロは土足のまま部屋に上がり、女性の体を壁から離した。


「あっ……」


 女性が声を漏らす。

 ようやくシロの存在に気づいたようだった。


「……ごめんなさい。いたんですね」


 女性はボーッとした目でシロを見た。

 足下には髪の毛がたくさん落ちており、額から血が流れ出ていた。

 壁にも血が付いていた。


「あの、なんでこんなことやってんスか?」


 シロは右膝を付き、目を女性目に合わせて聞いた。


「あなたには関係ないことなので、出て行ってください」


「いや、そういう訳にはいかないッスよ」


 女性はシロを突き放すが、シロは引かない。


「えっと、まず手当しねぇとな。包帯とかあります?」


「大丈夫です。これは」


「いや、大丈夫じゃないでしょ絶対」


「大丈夫です。ほっといてください」


「ほっとけるわけ……」


「大丈夫です!!!!!」


 部屋中に女性の怒号が響き渡った。

 女性はよろよろと立ち上がり、鬼の形相でシロを見下ろした。


「出て行ってくださいあなたには関係ないでしょう出て行ってくださいさもなければ警察を呼びます」


「ちょ、ちょっと待てよ」


「出てけ」


「なっ!?」


「出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ─────」


 女性は呪詛のように「出てけ」という言葉を繰り返した。


「………わかったよ」


 シロは渋々部屋を出て行った。

 自室に帰ってきた頃には、音は止んでいた。


「………何だったんだよ、マジで」


 あの女性は、どうして壁に頭を擦りつけていたいたのか。

 この答えが解らぬまま、数日後、彼女はアパートを去った。

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