13.ヤモリの話
「任真すぐ帰ってくるから、ニコちゃんは適当にくつろいでいて」
「はーい!」
トウの母の言葉に甘え、ニコはトウの部屋のカーペットにチョコンと座った。
休日になると、ニコはよくトウの家に来る。
トウは迷惑そうにするが、結局は家に上げる。
現在トウは、母にお遣いに行かされている。
ニコに出すジュースや菓子が無いので、近くのコンビニに購入しに行ったのだった。
「トウ、まだかなぁ?」
そう言うニコは、カーペットに寝っ転がる。
「エヘヘ。いつものトウの部屋~♪」
トウとは幼稚園からの付き合いで、ニコはその頃からトウの家で遊んでいた。
置いてある物はトウの成長に合わせて変わっていっているが、家具の配置はあまり変わらない。
「わーーーーっ♪」
ニコは起き上がると、今度はベッドに飛び込んだ。
毛布から温かみを感じ取っている。
そして子犬のように毛布の匂いを嗅ぎ、幸せそうな笑みを浮かべた。
「随分と好き勝手しておるな」
「えっ?」
老人のような、しわがれた声が聞こえた。
ニコは慌ててベッドから飛び起きた。
トカゲのような生物が、ニコを見下ろしていた。
身長は160センチ程。
白い和服姿で、黒い烏帽子を被っていた。
「トカゲ!」
「違うわい!」
その生物はニコの言葉を否定し、自己紹介を始めた。
「わしはヤモリじゃ。この家に住んでおる」
「ヤモリ………?」
ニコはポカンとしていたが、この家に住んでいるという言葉に引っかかった。
「えっ!?住んでるの!?トウの家に!?」
「そう言うておろう」
ヤモリは胸を張って応えた。
しかしニコには、あまり伝わっていないようだった。
「トウ、いつの間にこんな大きいトカゲ飼ったのかなぁ?」
「ペットではない!そしてトカゲでもない!ヤモリじゃ!」
ヤモリのツッコミにぶれることなく、ニコは質問をした。
「ヤモリさん、あなたはいつからトウの家族になったの?」
「うーむ……。家族とはまた違うが、この家ができて間もない頃からいるのぉ」
「えっと………何年?」
「80年くらい前かの?」
「80年!?」
ニコは驚く。
トウが住むこの二階建ての一軒家、何度か整備はされているが、そこそこ歴史がある。
「おぅ。そしてお主と任真のことは、お前たちが幼子の頃から見ておる」
「えっ!?いたの!?」
「今まで姿を消していたからのぉ。わしは精霊のようなもんじゃからな」
「精霊………?妖精さん!?」
ニコの目が輝いた。
「まぁ、そういうことじゃな」
「ねぇ、ヤモリさんって何してるの!?」
ニコは完全に興味津々といった様子だ。
ヤモリは自身について説明を始めた。
「まず、わしはヤモリと名乗ったが、ヤモリとはトカゲの仲間の生物のこと。精霊でない、動物の方が沢山いるぞい」
「そうなの?」
「わしには特に名前が無いのでな、そう名乗っとる。そしてヤモリは、家を守ると書ける。文字通りわしは、この家を守っておる」
「ヤモリさん、偉いね!」
「いや、守っておったの方が正しいか」
「え?」
ヤモリは俯いた。
「この家に近づく悪いものを追い払うのがわしの役割なのだがな、もうそれができぬ」
「どうして?」
「この隠神市の、神がいなくなってしもうたのが原因かもしれぬ」
「神様が……?」
ニコは少し意外そうにする。
「この街、神様がいないの?」
「左様。この街にひとつだけある神社に神が住んでおったのだが……。突然いなくなってしもうたのじゃ。それからなのじゃ。わしが力を失ったのは。今では壁や床をすり抜け、虫を食すくらいしかできぬな」
「そうなんだ………」
「まぁ、そういうわけじゃ。最悪わし自体が消されるのも時間の問題かもしれぬ」
ヤモリはさらに表情を暗くする。
そんなヤモリを見て、ニコは励ましのため、微笑んだ。
「ねぇねぇ!お話しようよ!」
「話?」
「今トウがいないから退屈なの!もっとお話聞かせてよ!昔のトウのこととか!」
ニコの笑顔に、ヤモリは釣られて笑う。
最悪消されるくらいなら、その前にいろいろ話してしまおう。
そう考えたヤモリは、ニコの話に乗った。
ジュースとクッキーを盆に載せ、それを持って自室に戻ったトウは、ただ立ち尽くしていた。
先程からニコが、虚空に向かって話をしているのだ。
勝手に笑って、勝手に驚く。
時には、何故かトウ自身しか知らない内容まで上がっていた。
「これだから嫌なんだよ……。コイツといるのは……」
トウのニコへの不快感が、また高まった。