100.もう一人の話
「はぁ………」
その日の夜、風呂上がりのアオは疲れた様子でリビングのソファに腰掛けた。
殺意剥き出しの少年。
胎児で作ったお菓子を薦めてくる女性。
そして、死体に群がり嗤う人達。
恐いと言うべきか、不快と言うべきか、とにかくアオにとっては最悪な一日だった。
「もう、しばらく街に行くのやめようかな……」
そう言って溜息を吐き、オレンジジュースを飲む。
そこへ、2階からカイが降りてきた。
「ん?どうしたアオ、元気ないのか?」
「ううん。何でもないよ……」
アオは笑顔で応えた。
辛そうな顔をカイには見せられない。
カイは不思議そうに首を傾げ、アオの隣に座った。
「あのさ、アオ。俺、前から気になることがあるんだけどいいか?」
「ん?何?」
実はカイは、以前からアオに疑問を持っていた。
話すとアオを混乱させそうなため、今まで黙っていた。
とはいえ、それが危険なものだと考え、ついに話すことにしたのだ。
「俺も上手く言えないんだけどな、……なんつーか、お前の中に誰かいるような気がすんだよな」
「えっ……?」
これだけ聞いただけでは、アオには何が何だか解らない。
カイは話を続ける。
「前にな、お前が何も言わずに帰ってきたことがあったんだ。その時は俺が話しかけても無反応で、なんか無視されてるみたいだったんだよな」
「……」
「それと、嫌なこと思い出させるようで悪いんだけどな、村山からお前を助けに行った時、お前、椅子で村山をぶん殴ろうとしてたんだ。その時のお前、なんか別人みたいな感じだった」
「………椅子で?」
「ん?あぁ。椅子で」
「私……そんなことしてない」
「えっ!?」
今考えてみれば、アオには欠如していると思われる記憶がいくつかあった。
ある時、図書館から帰っていた筈が、気づけば家のベッドで眠っていた、なんてこともあった。
誘拐された時は、アオは村山からスタンガンを受けて気を失った。
その後カイに起こされたため、カイ達が助けてくれたと思い込んでいた。
村山を椅子で殴ろうとした記憶はない。
「そ……そうか………」
「う、うん……」
「いや、わりぃな。……それじゃあ、風呂入ってくる」
「いってらっしゃい」
気まずくなったのか、カイは浴室に向かった。
一方アオの胸の内には、もやもやが残る。
(私、本当にどうしたのかな?……私の中に誰かいる?……それって………)
アオはネムのことを思い浮かべた。
ネムはたまにアオが見る夢の中で現れる少女で、姿形はアオと全く一緒だ。
入り口も何もない部屋でいつも眠っており、全く起きる様子がない。
「………ネム……なのかな?」
アオはオレンジジュースが半分入ったコップを見つめて呟いた。
自分の中にいるもう一人の人物といったら、彼女しか思いつかない。
「……調べてみようかな。………………よし!」
そう言うとアオは、残りのオレンジジュースを全て飲み干す。
ネムがどのような存在なのか、いまいちよく解っていない。
アオはネムを知りたくなった。
翌朝、アオは眠そうな顔をしながら登校していた。
昨日のこともあり、あまり眠ることができなかった。
欠伸の頻度もいつもより多い。
ちなみに、そんな睡眠不足気味だが起きているアオとは違い、遅刻常習犯のカイはまだ寝ている。
「カイ大丈夫かなぁ……。今日、起こす元気なかったよぉ……。でもいつも起きてくれないもんなぁ……………あっ!」
ボケ~ッとしていたアオは我に返り、両頬を叩いた。
「よし、ちょっと目が覚めたかも……」
気合いを入れ直したところで、アオはまた歩き始める。
するとそのタイミングで、馴染みの声が聞こえてくる。
「アオ~~~!!!」
明るく無邪気で元気な声。
アオにはその声だけで誰だか解った。
振り返ると、ニコがこちらに走ってくるのが見えた。
「あっ、ニコちゃん」
「アオ~~~!!!おはよ~~~~!!!」
例え朝だろうと、ニコのテンションは変わらない。
いつだろうと彼女は元気だ。
その元気な状態のまま、思いっ切りアオに飛び込む。
「うわっ!?」
飛び込んできたニコを受け止めきれず、アオは仰向けに倒れた。
「……ニコちゃん…加減、して?」
「えへへ。ごめんね~」
ニコはアオの手を引っ張って立たせた。
このニコの純真無垢な笑顔に、アオはいつも癒やされている。
「………あ、そうだ」
「ん?な~に?」
アオはニコに、ネムについて聞いてみることにした。
こういうことは、まず仲の良い者に訊くに限る。
アオは昨晩カイに言われたことをニコに話した。
「もう一人の、アオ?」
「うん……」
「う~ん……なるほど!」
ニコには怖い話だったのではと思うところもあったが、案外心配はいらなかったようだ。
普通にコクコクと頷きながら聞いていた。
それからニコは一拍置き、話し始めた。
「前から思ってた!アオの中に、もう一人いるって!」
「えっ?解ってたの?」
「うん!……でも、アオ、そういう娘なんだって思ってた。だから言わなかったんだけど、悩んでたの?」
アオは驚きを隠せなかった。
ニコはネムのことを見抜いていたようだ。
「その……もう一人の私って、表に出てたりした?」
「う~ん……見たことないかも。ただね、ニコ、時々アオが2人に見える時があるの。それだけ」
「そう…なんだ…………」
「あっ、トウだ!!」
アオとの会話で真面目な口調になっていたニコだったが、急にいつものテンションに戻る。
2人の前をトウが歩いていた。
トウのことが大好きなニコは、アオを置いて走っていってしまった。
「待ってニコちゃん!………いや、まぁ、いいか」
トウにくっついて幸せそうにしているニコに、これ以上は野暮だと考える。
とはいえ、今のは良い手掛かりになっただろう。
この調子で、アオは他の友人や知り合いにも訊いてみることにした。
「もう一人のお前……なぁ…」
「うん……」
アオは学校に到着すると、今度はシロに相談をした。
よく一緒にいるシロだからこそ、何か知っているのではないかと考えた。
「……そうだな。お前を村山から助けに行った時、お前、まるで人が変わったみてぇだった。一瞬だけどな」
「もしかして、椅子で村山先生を殴ろうとした時?」
「あぁ、その時だ。マジで別人だったぞ。思いっ切り村山殺す気だったな」
「そ、そっか……。その、他に何か知らない?」
「わりぃ、俺が知ってんのはそれくらいだ」
「ありがとう」
シロから聞けたことは、カイと大体同じだった。
どうやら「もう一人のアオ」というのは、簡単には表に現れないらしい。
そう考えると、ニコの勘はかなり鋭いものと捉えられる。
アオはすっかり考え込んでいる。
そこにシロが、一つ提案をした。
「そんなに悩んでんなら司波先生のとこ行ったらどうだ?」
「えっ?」
「あの人なら俺ら以上にいろいろ知ってるだろ」
担任である司波は、気怠げに見えてよく生徒のことを見ている。
放課後に話をする時期もあったため、アオにとっては話しやすい大人の一人になっていた。
「そうだね。行ってみるよ」
アオは放課後、司波がいる科学準備室に向かうことにした。
今回で100話です!
いや~長かった……。




