10.これからの話
「……それにしてもモテるなぁ。アオの奴」
図書委員としての初活動が終わり、シロはひとり、廊下を歩いていた。
アオはクロという男子生徒と雑談をすることになったので、シロだけ先に教室に戻ることになったのだ。
通路には生徒がたくさんいるが、シロの顔を見ると全員道を空ける。
「シロだ!」
「マズイ!道空けろ!」
「怖ぇ………」
シロは喧嘩の強さで、此所ら一帯では恐れられている。
暴走族を壊滅させた。
ヤクザと戦りあった。
一度も負けたことがない。
その強さ故か、シロについて根も葉もない噂が絶えない。
この高校の生徒たちがシロを恐れるのは、そういう噂が原因でもある。
(そんなビビんなよ。急に暴れたりしねぇって)
シロがそう思っている通り、彼自身が自ら暴れることはない。
彼にとって喧嘩は、自己防衛と言ってもいい。
しかし、そんなシロに絡む輩はいる。
「よぉ、そこの白フードの1年」
「君が噂のシロ君?」
シロに声を掛けたのは、3年の不良グループ。
見たところ、4人はいる。
彼らにとって、後輩とはビクビク怯えているものだ。
なので、シロのような先輩にも屈しない後輩はおもしろくないのである。
「なんか用っスか?」
「お前、入学式のときウチの後輩たちボコしたって?」
入学式の後、シロは絡んできた2年の不良グループを返り討ちにし、同時にアオも助けた。
今回はそのときの仇討ちのようだった。
「……先にあっちから絡んで来たんスよ。自業自得でしょ」
「だけどさぁ?1年のくせに先輩殴るとかいけないことだよぉ?」
「あぁ、俺は1年だ。だからって大人しくやられるわけにはいかないんスよ」
「何だお前?喧嘩売ってんの?」
「ちょっとお話しようか」
「へっwどんなおっかない奴かと思えば、弱そうだなぁ」
実際この3年生4人は、シロよりも大柄だ。
楽勝だ。
そう思って、シロのことをナメくさっていた。
シロと不良達は、人気の無い校舎裏にやってきた。
「お前みてぇなのはこの高校に入ったらまず俺らに挨拶しにいくのが普通なんだよ」
「それすらせずに無断で白フードか?そんなナメた奴にはお仕置きしねぇとなぁ」
4人が嗤いながらシロを取り囲む。
シロは舌打ちをすると、構えた。
「アオ達と静かに過ごしてぇのになぁ……」
(楽しかったなぁ。クロ君、いい人だった)
クロとの会話を終えて本を借りた後、アオは図書室から教室に向けて歩いていた。
(今度はシロ君も誘おう。せっかく一緒に図書委員になれたんだし)
シロとクロが会話しているところを思い浮かべて微笑む。
しかしそんな想像は、男性による悲鳴によって掻き消された。
「何っ!?」
肉が叩かれるような音。
服が地面にこすれる音。
再び聞こえる悲鳴。
アオは音がする場所へと急いだ。
「あっ………」
校舎裏に着いた頃には、4人の不良が倒れており、それを見下ろすかのようにシロが立っていた。
「またやったの?シロ君」
「あ?アオ?」
シロは振り向いた。
制服が汚れ、左頬に傷があった。
「怪我してるよ!」
「あぁ。砂掛けてきてな。それが目に入ったときに殴られた。そのせいか長引いたな」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!保健室行くよ!」
「あ?ンなもん大したことねぇよ」
「ダメ!行くの!」
「はぁ……、わかったよ」
アオに手を引っ張られ、シロは保健室に向かった。
左頬に大きめの絆創膏を貼ったシロが、保健室から出てくる。
制服やパーカーの汚れを手ではたき落としていると、2人分の荷物を持ったアオが駆け寄ってきた。
「ハァ……ハァ………、シロ君、はいこれ」
「お前、これ俺の荷物じゃねぇか」
「シロ君が先生に手当てしてもらってる間に取ってこれると思って。怪我、どうだった?」
「すぐ治るってよ」
「よかった……。じゃあ、帰ろう?」
「そうだな。荷物サンキューな」
「どういたしまして」
アオのファインプレイで教室に戻る手間も省け、2人は校門を出た。
「また、喧嘩したんだね」
「あっちが絡んで来なけりゃしなくて済むんだけどなぁ……」
「あの……、話し合いでなんとかならないの?」
「ならねぇな。話が通じる奴らじゃねぇ。俺のこと憂さ晴らしの道具としか思ってねぇんだよ。きっと」
「そっか……」
アオは溜息を吐く。
「どうした?」
「今日、シロ君が怪我したの見て、いつかシロ君がもっと酷いことされるんじゃないかと思って………」
「そんなことか」
「そんなことって……」
「俺は負けねぇよ。いや、負けらんねぇな。お前がいるから」
「私?」
アオは不思議そうな顔をする。
「もしお前があいつらみてぇなのに捕まったら、俺以上に酷い目に遭わされんのは目に見えてるからな」
「それじゃあ、私がいるからシロ君は……」
「別にお前がいなくても変わらねぇよ。ただ、いつでもお前を守る状態でいてぇだけだ。ダチだからな」
「シロ君…………。ありがとう。でも、私もシロ君みたいに強かったらなぁ……」
「は?」
「私、運動得意じゃないけど、ジムとかで鍛えて、筋肉ムキムキになったら、シロ君みたいに強くなるかな?」
シロは筋肉ムキムキ状態のアオの姿を想像する。
すぐに見なかったことにした。
「このままだ。お前はこのままでいい。現状維持ってやつだ。いいな?前も言ったと思うが、お前は頭脳で助けてくれ。頼む」
「そんなに止めなくても………」
「またアレを思い出させないでくれ……。それよりお前はあいつと何話してたんだよ?」
「クロ君と?えっと………」
アオはクロとの会話内容を思い出した。
「本についての話と、あと、この街について」
「この街?」
「この街、隠神市って、変じゃないかな?」
アオの言うとおりこの街では、怪奇現象や狂人の報告が多いのだ。
「確かにヤベぇ奴が多いな……。ニコとかコユだってそうじゃねぇか?」
「言ったら悪いけど、多分……ね」
アオは深刻な顔をする。
「クロ君によるとね、この街に住む人って、だんだん狂っていっちゃうみたいなの」
「何でだよ?」
「神様がいないから、だって」
「は?」
「この街に一つだけ神社があって、そこにいる神様がこの街を護ってたそうなの。でも、その神様がいなくなってから、だんだん怪奇現象が起こるようになって、おかしくなる人が増えていったの」
「マジか………」
「うん。さらに言うとね、死亡者数も国内最大なんだって。私達ももしかしたら、近いうちに…………」
「縁起でもねぇこと言うなよ」
シロがアオの話を遮る。
「なるほどな。そういう街に俺らは住んでるってことか。言っとくけどなぁ、俺は死なねぇぞ」
「シロ君……」
「そもそも神だとか信じてねぇよ。こんな街の思い通りになってたまるか!そうだろ!?」
「う……うん……」
すっかりアオは押され気味になっていた。
シロのことがたくましく思えた。
「そうだね。私達には仲間ができたんだし、力を合わせれば……」
「街なんかに殺されねぇよな」
アオとシロは、お互い顔を見合わせてクスリと笑った。
希望を持ったようだが、この街との戦いはこれからなのである。