1.始まりの話 前編
「はぁ……はぁ………」
「…………………」
興奮した様子のメタボで坊主の男が、少女に右手を差し出している。
まるで「握手をしよう」と言いたげだ。
少女は困惑した表情で、それでも無視はできず、右手を差し出して握手を交わそうとした。
しかし、その手を横に立っていた少年に掴まれた。
「やめとけよ。相手にすんな。こんな奴」
「カイ………」
「行くぞ、アオ」
少年は少女の手を引き、男を避けて歩き出した。
この物語の舞台は隠神市と呼ばれる地域。
神が居ないといわれているため、その名が付いた。
その影響かこの地域は、心霊現象、超常現象、異常者等の数の目撃情報が、全国で最も多い。
隠神高等学校の校門前に、少年と少女は立っていた。
「アオ、俺たち今日からここに通うんだぜ」
アオと呼ばれた少女は頷いた。
「うん。楽しみだね。カイ」
「そんじゃあ行くか、教室!」
今日はこの高校の入学式。
新入生たちにとっては、新たな生活のスタートだ。
アオとカイは、廊下で自分が所属することになるクラスを確認した。
「アオ、お前何組だ?」
「2組……」
「俺1組。別れちまうな。でも大丈夫だろ!家でコミュ力上げてきたからな!」
「うん……」
「それじゃあまた後でな」
「わかった」
アオとカイは双子で、アオはカイの妹だ。
活発な兄と違い、アオは内気な性格をしている。
今は少しマシになったが、小学校の頃は発表をするだけで何度もパニックになり、毎回のように泣いていた。
中学時代は、泣きはしなくなったものの、声が小さく、何をされても文句が言えなかった。
何度かいじめられたりもした。
困ったことがあればカイが助けてくれたが、アオ自身、いつまでもカイに頼っていられない。
ちゃんと話せるようになろう。
そう決心して、アオは1-2の教室に入った。
「………」
仲良く話している者。
ふざけあっている者。
今日が入学式だというのに、もう交友関係が出来上がっている様子に、アオは驚いた。
何人かと目が合い、思わず目を逸らす。
席は自由でいいとのことだったので、アオは開いている席を見つけて座った。
そこだけが静かだったからだ。
アオは隣の席の生徒を見た。
制服の上から白いパーカーを着て、フードを被っている男子生徒は、つまらなそうに窓の外を眺めていた。
目つきは鋭く怖そうだが、どこか寂しそうにしている。
アオは深呼吸をした。
その男子生徒に話しかけることにしたのだ。
「あ……あの……!」
「……あ?」
男子生徒はアオに目を移した。
アオは怖じけづいたが、話を続けた。
「私、日之道明生。アオでいいよ。よろしく。君は?」
「………シロ」
シロと名乗った少年は、そう短く応えた。
「……シロ?」
「周りがそう呼んでんだ」
「……可愛い」
「あ?」
アオは単純にそう思った。
強張っていた表情が緩む。
「わんちゃんみたい、だね」
「うるせぇ……」
「ご、ごめん!」
「で、何なんだテメェは?いきなり俺みてぇなのに話しかけやがって」
どうやら不機嫌にさせてしまったようだ。
話しかけた理由は、アオが一番よく解っていた。
「その……。と、友達にならない!?」
「………はぁ?」
シロは「わけがわからない」と言いたげだ。
シロに対して一生懸命だったアオは、クラスメイト全員の視線の的になっていることに気付いていなかった。
入学式が終わり、アオたちは再び教室に戻ってきた。
そして、アオにとって難所である自己紹介の時間が始まった。
クラスメイトが次々と自己紹介をしていく間、アオは何度も息を整えた。
そして、ついにアオの番が回ってきた。
アオはゆっくりと椅子から腰を上げ、立ち上がった。
「は、はじめまして。日之道明生です。趣味は、読書です。よ…よろしく、お願いします」
言い終わると、歓声が湧いた。
「え!?可愛いくね!?」
「改めて見るとな!」
「俺、今朝目が合ったぞ!」
「タイプだわー!」
「声も天使すぎだろ!」
主に男子の声だ。
アオは頬を赤くして、席に着いた。
自己紹介は続き、今度はシロの番がきた。
シロは気怠げに立ち上がった。
「……冬庭志路。よろしく」
名前だけ言って座ってしまった。
アオの時とは違い、みんな静かだった。
卒業式がある日は12時くらいに解散になる。
鞄を持って立ち上がるシロに、アオは声を掛けた。
「またね」
「あぁ」
シロは返事だけして教室を後にした。
シロが教室からいなくなったタイミングで、多くの生徒がアオの席に集まってきた。
女子は何人かいるが、男子の方が多い。
彼等は我先にと、困惑しているアオに質問を投げかけていった。
「ねぇねぇ!中学どこ!?」
「アオちゃんって、彼氏いんの?」
「中学時代部活やってた!?俺サッカー部入る予定なんだけどさ、マネージャーなんかどう!?」
「ウチらのグループ来ない?」
クラスメイトたちが次々と語りかけてくる。
ついには他のクラスの生徒まで入ってきていた。
「あ……あの……」
質問に答えようとするアオだが、次々と来る質問に付いていけなくなっていた。
それに、アオの小さな声は、クラスメイトたちの声に掻き消されてしまう。
「おい、お前黙ってろよ!」
「はぁ!?お前こそ黙ってろ!」
「ちょっと!日之道さん困ってるでしょ!」
遂には怒声まで聞こえてきた。
だんだん大きくなり、アオの肩がビクッと震える。
頭も痛くなってきた。
アオは両耳を手で塞ぎ、人混みを避けて教室から走り去っていった。
大した会話はしなかったが、シロはアオのことが気になっていた。
友達にならないか、等と言ってくる者は今までいなかった。
小中通して友達らしい者ができなかったので、高校に入っても変わらないと思っていた。
そんな中で、アオは話しかけてきたのだった。
本当に何者なのかが気になっていた。
「おいそこの新入生」
シロはこのまま靴箱に向かうつもりだったが、2人の上級生に絡まれてしまった。
おそらく2年生の不良グループだ。
「何スか?」
シロは一応敬語を使う。
「その白フード、テメェがシロだな?ウチに入学してくるって噂はマジだったんだな」
「だったら何なんスか?」
「テメェ誰の許可得てそんなもん着てんだ?」
「中学じゃ滅茶苦茶強いって噂だが、ここじゃ上手くやっていけねぇぜ?」
「俺不良じゃないんスけど」
「はぁ!?調子乗んなやテメェ!ちょっと付き合えや!」
「今からお勉強の時間でちゅよ~。ギャハハ」
シロは溜息を吐いた。
どうやらここでの扱いは、中学と変わらないらしい。
仕方なく、先輩の誘いに乗ることにした。
「はぁ…………はぁ…………」
息を整えたアオは、女子トイレから出てきた。
誰とも目が合わないように、視線を下げながら、途方もなく歩き出す。
明日が心配になってきた。
クラスメイトたちは親切に話しかけてきてくれたが、自分はそこから逃げてきてしまった。
よく思われるはずがなかった。
“ドンッ”
「きゃっ!」
誰かと肩をぶつけたらしく、アオは転んでしまった。
視線を上げると、そこには柄の悪い連中が3人いた。
「大成功w」
「馬鹿、言うなって」
「君さぁ、どこ見て歩いて……」
そこで3人の目の色が変わった。
「この娘可愛くね!?」
「マジだ!ここまで可愛い娘他にいねぇぞ!」
「うほぉ、やりてぇなぁ、おい」
3人は、アオの全身を舐め回すように見る。
この人たちは危ない。
アオの脳内に危険信号が送られた。
逃げようとしたが、足を掴まれてしまった。
「君さぁ、ぶつかっといて何逃げようとしてんの?」
「ご……ごめんなさい………」
「ホントに悪いと思ってんならちょっと俺らのところ来ようか。俺、肩の骨折れたんだけど」
頭の中に、中学時代の記憶が流れこんできた。
アオは理解した。
この3人は、自分を痛み付けて笑っていた者たちと同じだということを。
「ほ…本当に……ごめんなさい。だから………痛いのだけはやめてください」
「なんか怯えすぎじゃね?」
「つーか怯えてるときが一番可愛いんじゃねぇの?この娘」
「確かにw痛いのだけはやめてって、こりゃ痛みつけたくなるわ~」
「こうなりゃ調教してやるか?もうされてるかもしれねぇけど」
「だな、連れていこうぜ」
3人はアオを連れていった。
キャラ紹介
アオ
本名 日之道 明生
性別 女
学年 高1
誕生日 7月25日
趣味 読書
好物 みかん
カイの妹。
控えめな性格だが、心優しい。
本好きな美少女。
将来の夢は、小説家になること。
ストレスを溜め込んでしまう性質。
カイ
本名 日之道 快 (ひのみち かい)
性別 男
学年 高1
誕生日 7月25日
趣味 スポーツ、外出
好物 肉料理
アオの兄。
活発で熱血漢。
賢いアオとは違ってバカ。
しかし、運動神経抜群。
恐怖を一切感じない性質。