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隠キャの体育祭

作者: 滋賀ヒロアキ

初投稿です。かなり長いですが、よろしくお願いします

ー雲ひとつない空


ー湿り気のない地面


ー体操服で個性なしに統一された生徒たち


ー女子どもの(主にイケメンのみに向けられる)黄色い声援



そう、ついにこの日が来た。いや、来てしまった。



今日は体育祭である。




「せんせー、われわれー、選手一同はー、日頃の成果をー、充分に発揮し……」



体育祭。それはクラスでの自分の立ち位置によって、印象が90度変わる不思議な行事である。


脳筋の体育会系。

彼らにとってはバリバリの晴れ舞台であり、今日の活躍がこれからのクラスヒエラルキーを左右する、と言っても過言ではないだろう。


イケメン。

彼らにとっては無条件に晴れ舞台を得られる行事であり、さして悩むことではないだろう。イケメンはたいてい運動も上手いだろうし(偏見)。


問題は俺たちのような陰キャだ。

クラスヒエラルキーの最下層に位置し、日陰を好む俺たちにとって、この行事は地獄以外のなにものでもない。

望んでもないのに与えられる見せ場。

走りが遅いのに走らされる。

やりたくもない入場&退場の練習。

はっきり言って良いとこなど数えるほどもない。まぁ強いて言うなら、練習期間中はいくつかの通常授業が潰れてくれることだろうか。

それはともかく、この行事において陰キャが真っ先に考え、目標にすることは


『いかに恥をかかず、いかに目立たず、そしていかに空いた時間を乗り切るか』


ではないだろうか。

少なくとも俺ーーー「江坂(えさか) (はじめ)」が思い浮かべることはそれだ。

メガネ、ブサメン、低身長と、陰キャの三種の神器を取り揃えてる俺にとって、目立つというのは思い切りナンセンスなことなのである。

せっかく今日まで組体操も入退場の練習も、無難に目立たず怒られずでやり過ごしてきたんだ。

今日はその成果を充分に発揮したいところである。


ある、の、だが。



「よっしゃあA組! 盛り上がっていくぞぉ!!」



……コイツがいる限り、そう上手くはいかないかもしれない。



今叫んでるコイツの名は「相沢(あいざわ) (きょう)

我が凡土(ぼんど)高校が誇るサッカー部エースであり、イケメンで高身長だ。

君たちのクラスにも一人はいたであろう、クラスを引っ張る役を進んで引き受け、雰囲気もさわやか、満場一致で学級委員になるようなヤツだ。

まぁ人の性格性質にとやかく言うつもりは無いし、こういうヤツがいた方がクラスも円滑に進む。いいことだ。

だがな、相沢よ。



「ほら、始くんも盛り上がっていこうよ! 一緒に優勝目指そうぜ!」



俺を巻き込むんじゃねぇ。




クラスの人気者のリア充とクラスで浮いてる陰キャ。

人気も顔面偏差値もコミュ力も、全てにおいて差がある相沢が俺に絡んでくる理由。

それは説明だけなら簡単なことだ。



ある日の体育。その日はサッカーの試合式の練習だった。

同じ陰キャ仲間が棒立ちのディフェンダーしている中、俺はジャン負けでのキーパーをやっていた。

手持ち無沙汰に耐えつつ授業終了を待っていると、ボールをもった相沢が、素人目でもわかるほど綺麗なドリブルで駆けてきた。

ディフェンダーをひらりひらりと抜いていき(役に立たんヤツらめ。人の事は言えんが)、あっという間に俺と一対一。

そして相沢が万全の態勢でシュートを放つ。

シュートなんか防げるわけも無いし防ぐ気も無いわけだが、一応最低限の体裁は保とうと俺は適当に両手を伸ばした。


それがまさかのジャストミート。


ジン、とした痛みを両腕に感じている頃には、相沢の蹴ったボールは場外へと転がっていた。

俺の適当に伸ばした両腕は、相沢のシュートをしっかりととらえていたのである。

俺はその時空気が凍ったような錯覚を覚えた。

クラスで最下層のヤツが、クラス最上位(それもサッカー部エース)のヤツのシュートを止めたのだ。

その場にいた奴らが喜びとも驚きともつかない「お、おお……!?」な雰囲気となる中、相沢だけは、まるで生き別れた母親と町で遂に再開した時のような目をしていた……ように、思う。

あとから聞いた話だが、この時の相沢のシュートが決まっていれば、試合は3-2で相沢チームの勝利となっていたらしい。つまり、俺のあのセーブのおかげで、この試合は引き分けとなったのだ。

もっとも、試合の流れなんぞロクに把握していなかった俺がそれを知るよしもなかったのだが。

そんでまぁ当然の流れとうか、俺はクラスに帰る途中で相沢に呼び止められた。



「江坂くんすごいじゃないか! 僕のシュートを止めるなんて!」


「え? あ、ああ……」



なんとも輝いた目で見てきやがる。

違うんだよ相沢。100%偶然なんだよ。ほら、俺の腕見てみろって。腫れてんだろ? ちゃんと受けられてない証拠だ。もしかしたら突き指してるかもしれないんだぞ。



「今まで僕のシュートを真正面から止められたやつはいなかった! 君って、本当はスゴいやつだったんだね!!」



くだらん偶然で俺がその一人目になっちまった事は謝るから、早く解放してくれ。周りの奴らの好奇の視線が痛い。

あと俺は顔面も能力も最底辺の陰キャだぞ。変な勘違いしないでくれ、頼むから。

俺がいくらそう心の中で叫んでも、相沢は全く聞きやしない。

その後俺はコイツの中で、『日頃無気力だが、本当は物凄い力を持っているヤツ』というキャラになったらしい。

勘弁してくれ、相沢よ。今どきそんなイタイキャラは幻想世界にしか存在しないぞ。


てな訳で、こうしてリア充と陰キャの出来て欲しくもない接点が出来たわけである。






「さぁ、頑張ろうぜ始くん!」



以来、コイツはことあるごとに俺に絡んで来るようになってとてもウザイ。

いいから早く自分(リア充)の輪へと戻ってくれ。



「必ず優勝して、今まで教えてくれた先生に報いるんだ! 優勝証書を持ち帰るために、君の力を貸して欲しい!」



担任に恩義を感じすぎだろ。

それに俺が貸せる力なんて皆無だぞ。まだミジンコの方が役に立つレベルだ。


……なんて言えたらどんなに楽なんだろうと思うが、結局この場では「お、おう……」としか返せないのが陰キャの辛いところである。



「ようしっ! 行くぞ始くん!」



ていうかさっきから気になっていたが、「始くん」て。

やはりダメだ。他人のことを躊躇いなくファーストネームで呼べるようなヤツと、俺はわかり合える気がしない。

頼むから、何事もなく終わってくれ体育祭よ……。






『第◯種目はー、◯年生によりまーす、100mリレーでーす』



さて、前置きが長くなったしサクサクいこう。

みんな大好き入退場は、残念ながら割愛だ。ホントにごめんねみんな。

◯メートルリレー。

クラスのほぼ全員がどこかに出場させられる、陰キャが困る種目その1である。

足が遅いのに出場させられた日には、足の遅さを笑われる屈辱と、自分のせいでクラスが負ける罪悪感を味わうという、一粒で二度おいしい種目である。

俺が出場するのは100mリレー。陰キャとしては50mが理想だったが、ジャン負けしたんだから仕方ない。

まあ幸い、俺はスタミナはないが足が遅い方ではないし、100mならば全力でもギリギリ体力は保つ。無難にやり過ごそう。



『第一走者の生徒はー、すぐに朝礼台の前に集合してくださーい』



放送の指示で、俺は同じくジャン負けで決まった第一走者の集合場所へと向かう。ちょっと今俺のライトハンドは呪われてるのかもしれないな。

興味のある人以外誰も聞いてないであろう走者の紹介が終わり、俺はA組の位置である一番インコース側に入る。



「いちについてー、よーい……」



先生の合図で、前の人の見よう見まねのクラウチングスタートのポーズをとる。

走者は俺を含めて6人。

2位はやりすぎだな。理想は3位か、よし。



「ドンッ!!」



その声と共に片足で地面を蹴り、両手と両足を必死に動かす。

景色がぐんぐんと後ろに向かって行く。

様々な選手への応援が混ざり合い、運動場に複雑なBGMとなって流れる。

自分が風になったような気分だ。

体に当たる風の感触が気持ちよ……いや、これは別によくはないな。あいにく俺は陸上小僧じゃないんで。

1、2、3人……後ろにこの人数がいるってことは、俺は今3位か。

最高だ! 3位でバトンを渡せば、たとえ勝っても負けても、俺は誉められもしないし責められもしない。後はどうにかこの位置を保てば……。



「~~~!! ~~~!!」



なんか、やけに応援がうるさいな……。

まぁ多分女子共からイケメンへの応援だろう。

さして気にすることは……



「頑張れー! 始くん頑張れーっ!!」



イケメンから陰キャへの応援だったよ。





「行けーっ! あと一人抜かすんだ始くんーっ!!」



昭和の魚屋店主かお前は。応援必死すぎんだろ。下手すりゃ俺のオカンよりも応援してんじゃないか?

ていうかヤベェぞこれ。

3位というどちらにも転びかねない状況と、イケメンの応援という相乗効果によって、俺に注目が集まりまくってる。ヤベェ。



「君の力はこんなもんじゃないだろう!? もっと君の力を見せてくれよ!」



いやいや勘弁してくださいっスよ相沢先パイ。

これっスよ、これが俺の力っスよ。

現実から目を背けちゃダメなんですよ。受け入れなきゃいけないんですよ相沢先パイ。



「いけーっ!! 走れーっ!!」


(ああもうクソッタレっ!!)



止まらない相沢の応援に、俺は半ばヤケクソ気味にスピードを上げた。

正直必死すぎて、この辺の記憶は曖昧である。

ただ、相沢が驚いた顔でコチラを見ていたことだけは記憶に残っている……。






……えー、結論から言わしてもらおう。

結局、無理をしてスピードを上げたせいでペースを崩した俺は、後半で著しく減速してしまい4位でバトンを渡すと言う結果になってしまった。

現実は非情なのである。



「残念だったね始くん! 途中までは良かったんだけどね!」



黙れしゃべんな。諸悪の根源が。

100mリレーは総合的には5位という結果になってしまった。

……まぁ誰に原因があるか、と言われたら……俺になるわな……。



「大丈夫だよ! まだまだ競技は続くし、次で挽回すればいいんだよ!」



挽回させたいんなら引っ込んどいてくれませんかね。

お前のせいで、俺は熱心な男子と女子共から冷たい目で見られる羽目になったんだぞ。

本人に悪意がない悪事って、一番タチが悪いんだぜ?

……まぁいい。これ以降しばらく出番はないし、その間にみんなの記憶が別の出来事で塗り替えられる事を祈ろう……。






『次はー、◯年生によりまーす、借り物競争でーす』



この世では自由な時間ほど早く過ぎるものはないようで、わずか5行挟んだだけであっという間に次の俺の出番である。

陰キャ仲間と推しキャラの名前でしりとりをしていた俺は、ため息をはきつつ重く固い腰を上げる。



「んじゃ、行ってくるわ」


「おう、無難にやり過ごせるよう頑張れよ。貸せるモンなら遠慮なく貸してやるからなー」


「ああ、マジ助かる」



ボサボサの髪を少し切って、雰囲気を明るくすれば、充分陽キャに寝返れそうな田中に返事をして、俺は集合場所へと向かった。


借り物競争。

この競技は場所にとってやる所もあるしやらない所もあるらしい。

陰キャが困る競技その2だ。理由は言わずもがな。というか、言ってほしいのか?

対策としては、数少ない陰キャ仲間に頼るのがいいだろう。

陰キャ同士、困ったときは助け合いだぜ。



『さぁ、一列に並ぶ生徒たちの前には、お題の書かれたカードが入ってるボックスがあります。各クラスごとに、決められたボックスからカードを取ってくださーい』



ウチの借り物競争のルールはこんな感じだ。

そろそろメンドクなってきたし、スタートとかの描写はちょっと省略させてもらうぞよ。



『ドンッ!』



拳銃の発砲音とともに一斉に駆け出す生徒。

やべっ、少し出遅れた。

他の奴らが次々とボックスに到着しすぐに離れていくなか、一歩半ほど離れて俺もボックスに到着した。

さ、頼むから、あいつら(陰キャ仲間)に用意出来るものが出てきてくれよ……、よしコレだ!



『好きな人』



おっし好きな人か、コイツはいったいどこで用意できるか……。

……………

………

……




「なんじゃこれえええぇぇぇ!!?」



自分の喉から某白刑事ばりの大絶叫が漏れた(実際の所は小さい声だったろうが)。

オイオイオイ好きな人だってよぉ、奥さん。

どうすんだよこれぇ。簡単には借りられねぇよ。こまったなー。

俺、好きな人借りてこなきゃいけないんだってよ。

お、これなんか小説のタイトルっぽいな、おもしれー。



って違ェ!!

こんな下らない現実逃避してる場合じゃない!

好きな人!? アイがラブなヒューマン!?

いねぇよそんなの!! まだクラスメートの女子の名前すらマトモに覚えてないんだぞ!?

まさかこれはアレか!? 噂程度には聞いたことのある、カノカレがいるヤツが走るときに、運営側がお遊びでボックスにこっそり仕込むアレか!?

だとしたら盛大に間違えてんぞ運営!!

彼女がいる渡辺ならB組だぞ! 一個隣だぞ!!

入れ直せ! カットだカット!!

カメラ止めてスタッフ!

スタッッッッッフーーーーー!!



『さー、生徒たちはそれぞれお題に従いモノを借りにいっております! おっと、A組は少々遅れているようです。頑張って下さい!』



ヤベェヤベェヤベェ。

そうこう言ってる場合にも競技は進んじまってる。もうこのお題でいくしかない。絶対呪うからな運営。

さて、好きな人とかどうする?

まさか本当に女子のもとへ行くわけにもいかん。

俺が行った瞬間、「えー、めんどくさ……」的な顔をされて、お題を見たら、苦虫を5匹同時に噛み潰したような顔をされるのがオチだ。

第一俺もあんなキーキー喚くだけのヤツと一緒にいたくない。いやいや、強がりとかじゃなくてマジでね。

とは言え、このままではお題をクリアできねぇ。

100mリレーを俺のせいで落としちまった以上、なんとかこの借り物競争は上位の方でゴールしたい。俺にだって人並みの責任感はあるのだ。

しかし、こんなお題で連れて行ったとしても、ネタとして受け取ってくれ、今後の学校生活にもさして影響が出ないようなヤツ……そんなヤツが果たしているのか……。

クソ、これまでの陰キャ人生におけるピンチランキングトップ3に余裕でランクインだ。

と、その時俺の頭にある妙案が浮かんだ。

それは、悪魔の囁きにも似たものだった。

俺はしばしの熟考の末、悪魔に魂を売ることにした。






『ゴールっ! さーて、C組に続き二番目にゴールしたのはA組だ! 前半の遅れを見事に取り返し、逆転ゴール! それではさっそく、お題の確認をします!』



俺は司会の生徒にカードを渡す。



『えーとお題は、好きな人……えっ!? あれ!? 』



カードを見た生徒は予想通り動揺した。それは後ろの先生も同じだった。とりあえず覚えとけよテメェら。

生徒は「やっちまったー……」と小声で言いながらも、二、三回空咳をすると、一先ずその場を取り繕った。

もしかしたらコイツは渡辺の親友で、連れてきた渡辺を思いっきりからかうつもりだったのかもしれないな。



『えーと……さあ、江坂くんのお題はどうやら「好きな人」だったようです! これはすごいお題だ! 果たして江坂くんの連れてきた人、と、は……?』



勢いのよかった生徒の言葉がどんどん尻すぼみしていく。

……まぁ、そうだろうな。

俺は開き直りに近い心境で連れてきたヤツの名を言う。




「コイツ、相沢くんが……、俺の好きな人です」




瞬間、グラウンドに爆笑と、絶叫と、歓声が響いた。

……爆笑と絶叫はわかるとしても、歓声はいったい何なんだ。



『えっと……どういう意味でしょうか、江坂くん?』



俺は腐った女子の気配を感じつつも、司会の問いに答える。



「ですから、こう……相沢くんは、いつもクラスを引っ張ってくれていますし、一生懸命です。サッカーだって出来るし、努力家で、俺の憧れなんです。そういう意味で、俺は相沢が好きなんです!」



よくもまぁ、思ってもないことをペラペラ話せるもんだ。出任せばかりの自分の口に尊敬と恐怖を感じる。



「いやぁ、やめてくれよ始くん! 照れるじゃないか!」



お前はもう少し人の言葉を鵜呑みにしないことを覚えような。

とは言え、コイツのこの反応に助かっているのは確かだ。

この反応のお陰で、観客と生徒のみんなも「なんだそういう意味か」という雰囲気になっている。

俺が思い付いた作戦は、『好きな人』をlikeの意味で曲解してやろうと言うことだ。

こらソコ、無理があるとか言わない。ちゃんとラヴな人、と書いていない運営側が悪いのさ。



『う、うーん……どうなんだろうこれは……』



俺のその言葉を聞いた生徒は、納得したような、していないような微妙な顔をしていた。

ヤベェな。俺は口調こそ堂々としてたが、心の中では冷や汗ダラダラである。もうこの体育祭で「ヤベェ」て何回言ったよ。

正直「それ好きな人ってより、憧れの人だよね?」とか言われたらもう一巻の終わり、打ちきり確定である。

俺の心の汗がついに体にも出ようとしていたその時、運営席で話し合っていた先生の一人が口を開いた。



「いいんじゃないか? まぁ、意味合い的には間違ってないし、ユーモアもあるしな。元はと言えば入れ間違えたこっちが悪いし……」



最後の方の声は小さかったが、なかなか良いことを言うじゃないか先生。アンタとは良い酒が飲めそうだ。

そういう訳でどうにか俺のゴールは認められ、A組は借り物競争で2位を記録した。


陰キャにとって、消え去りたくなる状況と引き換えに。




「いやーっ!! マジでうけんのな!! 最高だぜお前!!」


「黙れ、ぶっとばすぞ」



競技を終えた俺に、陰キャ仲間である井上が送ったのはそんな言葉だった。

……くそう、もうヤダ体育祭なんて嫌いだ帰りたい……。



「君の憧れの人に選ばれるなんて、光栄だよ始くん!」



そういうのじゃない。こういうの(このお題)で連れていっても、ネタで済むようなヤツを思い浮かべたら、お前が適任だっただけだ。

お題が『好きな人』で男連れていくなんて、冷静に考えたらホモォ……になっても、人気者のお前なら、尊敬という理由でもギリギリ通るからな。

陰キャじゃホモォ……で通っちまうかもしれないし、陰キャが『好きな人』で陰キャを連れていく姿なんて俺も見たくない。

……まぁでも、助かったのは事実だし、一応感謝はしておこう。



「お疲れ様だぜ江坂。まぁ大丈夫だ。多分クラスメートのみんなは、六位の袋井(ふくろい)の方が印象に残ってるさ」


「田中……」



コイツはなんて良いことを言ってくれるんだろう。

やはりコイツは陰キャの中でくすぶっているべきヤツじゃない。コイツは陽キャのとこへ行くべきヤツだ。



「確かに袋井のヤツは凄かったよな」


「やっぱ井上もそう思うよな。久保はどう思う?」



井上に同意を求めたあと、田中は三人目の陰キャ仲間である久保へと声をかける。



「んんwww 田中氏www どうなさりましたかwww」



……まぁ、こういうヤツだ、久保は。言葉にはなにもツッコミを入れないでやってくれ。

初めは慣れないだろうがすぐに慣れる。



「いや、話聞いてなかったのかよ……。借り物競争で袋井がすごかったな、つー話で……」


「そうだったのですかな?www 失礼ながら我はこの体育祭では女子のリレー以外興味はないのですぞwww 高校の体育祭の目玉なぞこれ以外ありえないwwwww」


「そ、そうか……」



久保は俺たち陰キャ四人のなかでも一番濃い。

というか、そもそものジャンルが違う気がする。まぁいいけど。

陰キャ同士、お互いの容姿話し方については何も言わないのがマナーだ。



『それではみなさん、これより昼休憩に入ります。再開時刻はーーー』



っと、そんな事を言っている内に、もう昼休憩か。長く苦しい体育祭も、残り半分だ。頑張ろう。



「それじゃあね始くん! 午後は組体操に騎馬戦、体育祭の目玉行事が揃ってるんだ! しっかり食べといてくれよ!」



騎馬戦は俺出ないんだがな。

あと、俺もこの体育祭の目玉行事は女子のリレーだと思うぞ。

まぁ、今回の体育祭は午前からいろんな事がありすぎたし、腹が減ったのも確かだ。

早く親の元へ行こう。それなりに上手い弁当が待ってる。




そこからしばらくは、描写することもない退屈な時間が続いた。

決して作者のやる気が無くなったとか、書くのがダルくなってきたとかそういう訳ではない。

玉入れで相沢がやたら俺にボールをパスしてきたこととか、

俺が久保と二人三脚をして色んな意味で死にかけたこととか、

暇すぎて陰キャ仲間とライトハンドでジャンケンしたら十回連続で負けたこととか、

トイレ休憩しようとしたら体育倉庫へ消えていくカップルを見ただとか、

クラス対抗リレーでスピードにノリ過ぎた相沢が、カーブを曲がり損ねて運営席に突っ込んだこととか、

色んなことがあったのだが、これの一つ一つを描写しても、読者は退屈だろうと思ってね。




描写するような事故が起こったのは、組体操だった。



ピピーーッ! ピッ!



笛の音ともに組体操ラストの技、人間ピラミッドが完成する。

組体操を象徴するような技であり、見てる分には非常に迫力があり、力強い印象を受ける。




「痛ェ~!」「重い~!」「早く下りろ~!」


もっとも、土台部分は阿鼻叫喚状態であるが。

いつだって巨大な物事は、尊い人間たちの悲鳴で成り立っているという、人間社会を風刺しているようですな。



「重ェんだよ、早く下りろってんだ!」


「今ばかりは井上に完全同意だぜ……!」


「フヒヒwww 貴殿たちもう少しの辛抱ですぞwww 上がもうすぐ下りてくるようですなwww」


「だ、そうだぜ。もうちょい持ちこたえろ、江坂、井上」



ちなみに俺ら陰キャ四人組は土台部分である。

俺らもそれなりに身長は低いが、下には下がいるもんなのだ。

ぶつくさ文句を言いながらも、終了を辛抱強く待っていた、その時だ。



「あっ!」と言う声が聞こえた。

果たしてその声を上げたのは先生方か、観客方か、はたまた生徒か。

その声とともに、背中にとてつもない重量がかかりだした。

いや、今までもかかってはいたのだが、自転車のギアを変えたように、急に強さが変わった。



ドガガガガガガガガガ!!



「痛たたたたっ!!」「ちょっ!?」「足があっ!!」「フヒッ!www」「これって、もしかしなくても……!」



大体の読者の想像通りーーー



ピラミッドが、崩壊いたしました。






幸いなことに、死人だとか、重傷人などはいなかったようだった。

とは言えそれは大きな怪我の話。小さい怪我をしてるヤツはどこしらに必ずいるだろう。

まぁ俺たちも半端なく痛かったけど、それよりも上の連中だな。大丈夫なのか?



「おい、本山(もとやま)!? 大丈夫かよ!?」



言ってるそばからだ。

野次馬根性で人だかりに向かうと、同じ組の本山が体を丸めて倒れていた。

どうやらコイツがピラミッドの一番上だったらしい。下りている途中で、土台が崩れてしまったんだろうな。

競技は一時中断となり、本山が保健室に運ばれることがアナウンスされた。

お大事に、だな。

とは言え、本山も確か騎馬戦には出ないハズだし、体育祭は問題なく進行出来るかな。



「なに言ってんだよ、ガッツリ出るぜ!本山は俺たちの騎馬の騎手だったんだぞ!?」



なんだと? お前たち三人が騎馬戦に騎馬役として出ることは聞いていたが、まさかその騎手役が本山だったとは。

クラスで出場選手を決めるときに、ちゃんと聞いていなかった証拠だな。

しかし、だとしたらどうする? 騎馬戦を中止するのか?

しばらくすると、どこかへ行っていたらしい相沢がA組の元へと帰って来た。



「今、担任の先生に話を聞いてきたよ! 騎馬戦は予定通り行うそうだ! みんなには、本山の代わりに入る人を決めてほしい、って!」



ふむ。まぁ、そうなるか。

だが、誰が入る?

ここで進んで名乗りを上げれるような輩は、残念ながら現代社会には少ない。

しばらく誰もが無言でいると、ふと、誰かが口を開いた。



「江坂でいいんじゃねぇの?」



は?



「江坂って、あの騎馬の奴らといつもツルんでるだろ? 適任じゃないのか?」



いやいやいやいや待てなにを言ってやがる?

冗談じゃねぇぞ。俺はこのまま平和に体育祭を終わるハズだったんだ。

いらねぇから。

最後に一波乱入れるかー、とかいらないから。

ほら、クラスのみんなも反対しろって。この競技にはいわば、A組の勝利がかかってんだぞ。俺なんかに穴埋めを任せていいのか?



「僕は、始くんでいいと思う」



黙ってろクソリア充。

オメェの意見は求めてねぇんだよ。



「俺もそれでいいかな」「ま、相沢が言うならいいだろ」「そうだね、相沢くんが言うんだもんね」



待てやコラ貴様ら。お前ら正直相沢が言ったとか関係ないだろ。押しつけられれば誰でもいいんだろ。(本人)の意見も聞けよ、おい!



「一緒に頑張ろう、始くん。勝つために、君の力が必要なんだ。全力を、尽くしてほしい!」



……お前ら全員、ファ◯◯ユー








『さぁ、長かった体育祭も、遂に最終競技、騎馬戦がやって参りましたァ! 我が凡土(ぼんど)高校の騎馬戦は毎年毎年激戦が繰り広げられることで有名です!』



騎馬戦。

恐らくリレーや綱引きに次いで知名度が高い、体育祭の目玉であり、男子最大の見せ場を得ることが出来る競技である。

もっとも、陰キャにとってそんな見せ場などいらないわけだが。



「遂に始まるよ……騎馬戦が。突然出場を頼んでしまって、申し訳ない」



ホントだよ。お前があんなこと言わなきゃ、まだいくらでも押し付けようはあったと言うのに。



「だけど、わかって欲しい。この騎馬戦は、勝利チームに一億ポイントが入るんだ。この競技を制したチームこそが、この体育祭での勝ちを得るのと同じ……!」



昭和のバラエティー番組か。今までの競技で俺たちが流した汗と恥はなんだったんだよ。



「どんなヤツが相手でも、僕は必ず勝つ。そして、先生に優勝証書を届けてみせる!」



また担任かよ。何なんだよお前。もう担任と結婚しとけや。

はぁ……まぁ、不幸中の幸い、騎馬はアイツらだ。いざ勝負の時に気不味い思いをすることはない。

もう決まってしまったものは仕方ない。

今こそ原点回帰。

目立たず、恥をかかず、切り抜けるだけだ。



『それでは、出場選手の皆さんは、準備をしてください』



その言葉と共に、幾多の騎馬たちがスタンバイを始める。

凡土高校の騎馬戦は、各組から6組ずつ騎馬を選抜し、その騎馬たちで戦う大乱闘形式だ。最終的に、残っている騎馬の数によって勝敗が決まる。

いやいや騎馬多すぎっしょ、と思う人もいるかもしれないが、我が凡土高校の生徒たちは騎馬戦にかける熱意がスゴいので、騎馬などあっという間に減っていくぞ。



「しかし、まさか江坂が俺たちの騎手になるなんてな……」


「全くだぜ。本山の分までちゃんと働けよー」


「んんwwwww」



うるせぇ。田中以外、黙って騎馬の準備をしろ。

一応説明しておくと、田中が一番前で、井上と久保が後ろを担当する形だ。



「江坂氏www 何かこの競技での策はあるのですかな?www」



いや、ねーな。なにぶん急すぎるもんで、対策もなにも立てる時間がなかった。



「まぁでも、どうせ俺たちの騎馬を見るやつらなんていねぇだろ。そこら辺で適当なヤツとバトって、早く落ちようぜ」



俺だって最初はそのつもりだったさ。



「あん? なんか不味いことでもあんのか?」



あるともさ。横見てみ。



「横?」








「やるぞみんなっ! この騎馬戦、必ず勝ぁぁつ!!」


『おう、おっしゃあっ!!』







「あっ……(察し)」



という訳だ。今や相沢の熱が他の奴らにまで伝染してやがる。この中でもし真っ先に負けでもしたら、なにを言われるかわかったもんじゃないな。



「絶対勝つんだ! 僕たちを信じて託してくれた本山のためにも! そして、優勝証書を待っている先生のためにも!!」



本山くんそんなドラマチックな退場してなかったろ。

あと担任いつまで引っ張るんだ。一芸頼りだと、そろそろみんなに飽きられるぞ。



『準備は出来ましたか? それでは、よーい……』



とと、人の事を気にしてる場合じゃない。遂に始まるぜ。

目標はなるべく目立たずに退場。これ以外にない。ここが正念場だな。



パァン!!



ピストルの音と共に、6クラス×6組の、計36組の騎馬が運動場へと解き放たれた。



「ヒャッハーッ!!」「祭りだーッ!!」「行くぜ野郎共ーッ!!」



開幕と同時に元気になる血気盛んな皆さんである。

ちょっとテンション高すぎねぇか?

何名かクスリをキメてるような気もする。



「上等だゴラァ!!」「ナメてんじゃねぇぞ!!」「ヤるぞオラァ!!」「()が高けぇんだよォ!!」



まぁそれはウチのクラスも同じだが。

先陣を切るのは、言うまでもなく相沢である。



「もらったっ!」



さすがはイケメン。もう一人目の騎馬を撃破したらしい。

それが合図だったかのように、運動場の各地で騎馬同士の激突が展開される。



「フヒヒwww どうなさいますか江坂氏www」



一先ずは目立たず、誰とも戦わないように立ち回るぞ。全体の騎馬の数が半分を切ってから、俺たちは行動を開始しよう。



「んだよテメェ、簡単にいってくれるが、実行すんのは俺らなんだぞ。自分は楽な騎手だからって命令ばっかしやがって」



あ? じゃあ替わるか? お前らは目立たねぇ役だからいいじゃねぇか。もしこの騎馬が負けたとき、真っ先に責任かかるのは俺なんだぞ。



「おーい江坂、ケンカしてるとこ悪ぃが、前方からさっそく騎馬が迫ってるぞー」



おおっとマジかよ。少し話しをしすぎたな。

よし、ここは前の騎馬に気付かず、別の騎馬を追っているフリをして逃げるぞ。



「逃げんのかよ?」



バカ野郎。陰キャが正面きっての戦闘で勝てるわけねぇだろ。

現時点じゃ、戦うのは本当にどうしようもないときだけだ。



『おおーっと! すごい強さだA組! 相沢くんを筆頭に、次々と騎馬を倒していくーっ!!』



今は観客の目も相沢に向かっている。目が俺たちに向いてない以上、無駄な戦闘はしないほうがいい。

逃げんのは恥だが役に立つんだぜ?



「待てやァァァッ!! 俺と闘えよォォォォッ!!」



ヤベェ、おクスリをキメてる人だった。

騎馬もっと早く走って。

いくら36組の騎馬がいるとは言え、目立たないように立ち回れば、戦うなと言うのは意外と難しい話ではない。

陰キャをしていれば自然と培われる存在感を消すスキル。コツは相手と目を合わさず、相手の視界の隅に入るよう動くことだ。




『さぁ! 今年の騎馬戦も例年どおりの白熱した試合展開がされております! その白熱ぶりや、見ている私までワクワクしてきたほどです!!』



俺の存在感を消すスキルを駆使すること5分弱(まぁ動いてくれてるのは彼らだが)。

俺の見た感じでは、残りの騎馬は18組。その内A組の騎馬は俺たちのも含めて4組と言ったところか。

単純に考えて、残りの騎馬の約四分の一をA組が担っているのだから、かなりの快進撃と言えるだろう。



「おおっし! またまだだ!」



特に、相手の騎馬を次々なぎ倒していく相沢は、一騎当千獅子奮迅の活躍であり、やはりコイツはハイスペックリア充だな。


だがな相沢よ、少し目立ちすぎたな。



『ああーッと!! 相沢くんの騎馬が多数の騎馬に取り囲まれているーッ!!』


「なにいっ!?」



まぁ、そうなるだろうな。



「おいおい、なんじゃありゃ?」



他の組が、ついに本格的に相沢の排除に乗り出したんだろう。

出っ張ってる厄介な杭は、多人数でちゃっちゃと叩く。誰だってそーする。俺だってそーする。



「おおwww これは来ましたなwww 江坂氏www動くなら今以外ありえないですぞwww」



久保の言うとおりだな。

騎馬も減ってきたし、見たところ相沢は四体ほどの騎馬に囲まれている。あれではさすがに多勢に無勢と言うヤツだろう。相沢が負けるのは時間の問題だろうし、そうして相沢のいなくなったA組が負けるのも確実。

最後の一組になるのはゴメンだし、今の内に落ちとくぞ。



「でもよぉ、今は最初より騎馬が少なくなった分、俺らにだって視線が集まるんじゃねぇか?」



当初は俺もそれが懸念事項だったさ。

だが、思わぬことで派手に相沢がピンチになってくれた。

こうなれば実況の目も観客の目も全て、囲まれている相沢へと向く。

ヒーローがピンチの時には、画面端で突っ立っている一般人の姿なんて、目に入らないモンなのさ。

相手にとっても厄介な相沢を潰せるし、俺たちにとっては、目が相沢に集まって動きやすくなる。

まさにWin-Winの関係(こっちが一方的に思っているだけだが)

あとは適当な相手とバトって負ければ、「目を離していた間に負けてた騎馬」の完成だ。

完璧だ。計画通り。

という訳で、相沢には悪いが、お前にはもう少しピンチのヒーロー役でいてもらう。

……自分でも外道とは思うが、お前だって今日俺に散々迷惑かけたんだ。これでおあいこだろ。

こっちだって、これからの(学校)生活がかかってるんでな。



「まだだ! こんなところで、僕は負けるわけにはいかない!」



粘るなぁ相沢よ。

もういいだろ。お前は今日充分頑張ったさ(多分)。

もう休みたまえ。



「僕はA組の学級委員なんだ! クラスを勝利へと導く義務があるっ!」



クラス委員という立場を重荷にしすぎだろ。

みんなお前の頑張りは認めてるさ。



「クラスのみんなの頑張りが報われるかどうかは、僕にかかってるんだっ!! 絶対に、勝つんだ!!」



…………。



「こんなところで、みんなの頑張りを、無にしてたまるかぁぁっ!!」




……ハァ。

仕方ないな。




「やっぱり、いくんだな」



さすが田中。俺の考えてることをわかってやがる。



「なんだ? どうしたんだよ?」



相沢のもとへ加勢に行くぞ。



「はぁ!? どういうことだよっ!? お前さっきまで見殺しにする気まんまんだったじゃねぇか!!」



さぁな。俺が聞きたいくらいだ。

でもまぁ、相沢がこんなに頑張ってるのに俺が何もしないと言うのは、ある意味目立つことだと思うしな。

曲がりなりにも、俺だって選ばれちまったんだ。

ならば、最低限の仕事はしなければならないだろう。

クラスのためにガンバル相沢くんの頑張りを無駄にしないためにもな。



「なんだよ……。訳わかんねぇ」



そう怒るな井上。帰りにファミチキおごってやるから。

久保も異論はないよな?



「貴殿の気持ち受け取ったというやつですなwww これは乗りかかった船www 最後までお付き合いいたしますぞwww」



俺はいい友人を持ったよ。

なら、行くか。

俺たちの騎馬が、初めて勢いよく風を切った。

相沢を取り囲む騎馬との距離が、どんどん近付いていく。

四人の騎馬は、相沢にしか目が向いていないようだった。


隙だらけだ。

俺は、相沢に群がる騎馬の一人のハチマキを後ろから奪い取った。



「あ、あれっ!?」


「相沢に集中しすぎたな……。背中がお留守だぜ?」



一応言うけど、今のセリフは俺じゃなくて井上が言ったことだからね? 俺じゃないからね? いーね?



『おおーっと!? 突然現れた一人の騎馬が、相沢くんの危機を救ったぁーーっ!!』



あーあ、最悪だ。最高に目立っちまったよ。

目立たず恥をかかずが俺のモットーだったと言うのに。

陰キャ歴の長い俺サマが、その場で聞いただけの相沢の言葉で動いちまうとは。

俺も知らず知らずの内に、相沢の言葉に感化されてたと言うことかな。そう思うことにしよう。



「始くん! 助けに来てくれたんだね!!」



当初は助けに行くつもりはなかったんだけどな。

そのヒーローを見るような目をやめろ。俺はさっきまでお前を見殺しにしようとしてたんだぞ。それに、俺が来ても、せいぜい一人力だ。




「ありがとう始くん! よし、先生に優勝証書を届けるためにも、二人でこのピンチを乗り切ろうじゃないか!!」



最後まで担任だな。もういちいちツッコまねぇぞ。

それに、相沢はさっき「二人で」と言ったが、それは無理な話だ。

さっきも言ったが、陰キャが正面戦闘で勝てるわけがない。せいぜいさっきの不意打ちが限界だ。

3対2と、数値の上でならまだ逆転の可能性もあるかもしれないが、実際は陰キャと体育会系だ。

フィジカルには圧倒的な差がある。



「ちっ……援軍かよ。つーか、誰だよコイツ……!」



知名度もこの有り様だ。

まぁ、君らの反応はなにも間違ってはいない。

厄介なリア充をあと一歩というところまで追い詰めてたら、突然現れた騎馬に味方の一人が倒されて、しかもそれがイケメンならともかくブサメンの陰キャだったのだから、そりゃあ悪態もつきたくなるだろう。

……つか、冷静に考えるとホントに酷い状況だな。



「行くぞ、始くん!」



さて、どうしたものか。

今流行りのなろう系とかなら、「やれやれ面倒だな……」とか言いながらチートで無双出来るんだろうが、あいにくここは現実世界である。子供の妄想のように上手くはいかない。

今観客は援軍(おれ)の登場によってボルテージが最高潮に上がって、こちらに注目を集めているはず。

もしみっともない負けでもすれば、即座に大ブーイングが起きるのは想像に難しくない。

正直4対1でも立ち回れたのだから、相沢だけなら、3対1でも充分いけるんじゃなかろうか。

ならば、むしろ俺は邪魔だ。

下級兵のポーンがナイトを倒したんだ。働きとしては充分だろう。

よし、ここは自爆覚悟で騎馬の一人に特攻して、倒せたら儲けモノとでも考えようk……






『ああーーっと!! 相沢くんが、ついにハチマキを取られたーーっ!!!』







……what?




えっ? 今相沢が取られたって、えっ??






『これは今までむしろよく保った方か!! 最後に相手の騎馬と相討ちになる形で、相沢くんの騎馬がついにダウン!!』


「くっ! すまない始くんっ、頼むっ!!」







Huh? pardon? why?




えっ、ちょっと、説明をお願いしたいのですが……えっ??







「始くんっ!! いってくれぇぇぇぇっ!!!」



「う、うおおおおおああああああっ!!?」






ようやく理解が追い付いた俺は、もう何も考えずガムシャラに敵へと向かっていった。









さて、ここまでこんな拙い小説を読んでくださった皆様に、一つアドバイスをしたい。









もしもこれを読んでいるアナタが、陰キャなのだとしたら。









こういう大多数の人の注目を浴びるような場面で。











決して、慣れないことをしてはいけない。













「いやー、すごかったよな~」



…………。



「……まぁ、そうだな」



…………。



「まさか敵のハチマキを取ろうとした江坂が勢い余って騎馬から転げ落ちるなんてな!! いやー、マジでウケるわ最高だよお前!!」


「黙れうるせぇ喋んな死ね殺す」





落ちた。力みすぎた。

相沢の叫びを受けた俺は、焦って前のめりになるようにして相手のハチマキを取りに行ってしまった。

そして、落ちた。騎馬から。

余裕で顔面ヒットのコースだったが、ヒットの直前に首を出来る限り上に上げたため、どうにか顔面モロは避けられた。代わりに首は今も寝違えたように痛いのだが。



俺が落ちた瞬間、運動場の空気が凍ったように思えた。



それは俺が相沢のシュートを止めた時に匹敵、いやそれ以上に思えた。

実況も、観客の声援も、全てが静止したように感じた。

死にたかった。

穴があるなら、中に入って盛大な自爆ショーを行いたかった。

諦めたらそこで試合終了、とどこかの偉い人は言っていたが、よもやその試合が始まる前に終了するとは、どこの誰が想像していただろうか。

やはり陰キャが前に出る必要なんかなかった。

相沢に任せときゃよかったのだ。

その後、相沢と言うエース(と俺)を失ったA組の快進撃は終わり、騎馬戦は負けた。

とりあえずもう一度言う。死にてぇ。






『それではみなさん、お疲れ様でしたー』



頭が真っ白になるとはまさにこの事で、その後の証書のことも、クラスの奴らの慰めも、終了のあいさつも、何一つとして頭に入らなかった。

何度でも言おう。死にてぇ。



「ま、まぁ江坂……、元気出せって」


「おい江坂ー、早く帰ろうぜー。ファミチキおごれよなー」



天使と悪魔かお前らは。とりあえず井上は死ね。田中は後で飲み物でもおごってやるよ。

そういや久保はどうした?



「久保なら、あいさつが終わった瞬間『秋葉原が我を呼んでおりますぞwww』とか言って帰っていったぞ」



あいつ悩みとか無さそうでいいな……。

と、俺がそんなことを思っていたとき、



「始くん」



後ろから誰かに名前を呼ばれた。

とは言っても、俺のことをそう呼ぶヤツは一人しかいないわけだが。



「相沢……」


「残念だったね」



相沢は本当に残念そうな顔をしていた。

なんであれ、負けた要因の一つには俺も関係があるわけだ。一応でなく、普通に謝っておこう。



「悪いな相沢。負けちまった」


「ううん、いいんだよ。僕が頑張れなかったのがいけないんだからね」



こういう事を自然と言えるヤツってのは本当にすごいヤツなんだと思う。俺には少し眩しすぎるぜ。悪い奴らに騙されないようにしろよ。



「それにね、始くん。僕は嬉しいんだよ」



嬉しい?



「今日の君は、いつも全力で頑張っていたじゃないか。全力の君を見ることが出来て、僕は嬉しいんだよ」



……ハッ。

やっぱりお前はすげぇよ。



「始くん。お互いの健闘を称えて、僕と握手をしてくれないか。君がよければだけど」


「ああ、いいぜ」



学年頂点の者と、学年最底辺の者の握手である。

これを美しいと思うか、滑稽と思うかは、見る者に委ねることとしよう。

ここで典型的なツンデレ台詞を言いたくなるキャラの気持ちがわかった気がする。

なぜなら、今俺も言いたくなっているからだ。

まぁ、こっちもお前のお陰で、ある意味当分忘れることの出来ない体育祭となったよ。こんなに本気になって挑んだのは初めてだっかもしれないな。


本気で挑んでも、得るものなど何も無いと思っていたが、案外あったのかもしれない。



相沢との、友情ってヤツをさ。



まぁさすがにそれはクサすぎるので、口が消え去っても言わないのだが。

ただ、陰キャ陽キャなどと、つまらないことで相手と線を引くことはないのかもしれない。

同じ人間なのだ。全力でぶつかれば、意外とわかり会えるものなのかもしれない。

そんなことを、少しだけ思った。











「ねぇ聞いた? ほら、あの人」






さて、なんだかすごくいい感じの話で〆れたことだし。






「うん、聞いた。コケた人でしょ?」「コケた人だ」「マジでウケたよなアイツ」「そういえば借り物競争でもアイツ面白いことしてたんだぜ?」






この陰キャにとって消え去りたい状況が約二週間続いて、俺がノイローゼ気味になったことは、また別の話ということにしておこうか。





どうでしたでしょうか?

初めてなので拙い所もあったでしょうが、楽しんで頂けたなら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 滅茶苦茶面白いですね。 こじらせた男の一人称が笑えます。ゴールキーパーのエピソードとか借り物競争のエピソードとか、笑いながら読んでました。 本人は深刻でも、周りの人から見たらコメディに…
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