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夢日記

作者: サトコ

昔から不思議なものを見たり体験する事があった私の人生の中では、言ってしまえばただの夢でありこじつけになるかもしれません。

しかしそれが私にはただの夢とは思えなかったのです。

とはいえ、人様にとっては、これは三十路の女が見たただの夢の話でございます。


* * *


夢の前に。


私には、私を気にかけるAという男性が一人おりました。

Aとはお話しした事は御座いません。

ただ、私がAの職場へ行くたびに、彼はじっと私の背中を見続けるのです。

私と目が合いそうになるとすっと目をそらしながら、それでも、じっと。

それを他人に指摘されても、止む事はありませんでした。

私もAに話しかける事はありませんでしたが、いつからか彼が気になって仕方がありませんでした。

話した事もないのに、容姿も好みではないのに。


いつしか、私を気にかける男を、私も気にかけるようになっていたのです。

そうして、ただ見られるだけの奇妙な関係を6年続けたのです。


Aは女性を弄んだり、酒癖が悪かったり、博打で後輩に借金をしたりと、あまり良い噂を聞きません。

私が一番嫌う性質の人間ですし、関わりたくないはずなのです。

それなのに何故か目で追ってしまったり、Aの事を考えてしまうのです。

悪い男なのに。幸せにはなれないのに。


* * *


夢の中で私は、真っ暗な夜の道を見知らぬ男性と歩いていました。

その街は田舎の細い道で電気は少なく、たまにあるのは古い傘を被った小さな裸電球でした。

その電球は昼光灯の色をしているにも関わらず、周りの壁などは何故か赤く照らされていたのでした。


私は男性を慕っており、おそらく主人と女中の関係だったように思います。

私たちはそれぞれに着物を着ており、そっと手をつないで歩いておりました。

手をつないでいるのに、なぜか男性に対して寂しい気持ちを感じておりました。

暗い道を、二人の着物を着た女性が「とおりゃんせ」を歌いながらすれ違っていきました。


しばらく歩くと、赤くて黒い大きな屋敷に辿り着きます。

「ここで匿ってもらえる」

そう安心した覚えが御座います。


赤く照らされた黒い大きな屋敷に入ると、気の強そうな年配の女性のあとをついていきました。

寒いようなじめじめしたような、湿気が埃を連れて毛穴に入ってくるような、とにかく落ちつかない空気でした。


きしむ廊下を歩くと、右手に大きな畳の間が見えます。

その奥の壁には、埋め込まれた小さな引き出しがついており、その引き出しから無数の半透明の人の手がゆらゆらゆらと飛び出しておりました。


二階へ続く階段の袂まで着たところで、突然、若い女性に両の肩を掴まれました。

私を睨みつけ、何やら叫んでおります。

私は思わず男性に助けを求めようと探しましたら、その男性が階段を上って逃げていくのが見えました。

私は女性を振り切り、叫ぶ女性の声を後ろに聞きながら階段を上っていきました。

女性は追いかけてきませんでした。


階段を上がり切ったそこはとても綺麗で明るい和室で、座卓も数竿、置いてありました。

現代の洋服を着た父、母、子と見られる3人組がいます。


あの人はどこだろう。


そう思いながら、外から入る明るい日差しに吸い寄せられ、明るく拓けた出窓へ向かいました。

外には緩やかなカーブを描き、美しい野原を切り裂くように大きな川が流れておりました。

手元には石でできた大きな水槽があり、名前も知らない魚が優雅に泳いでおりました。


赤くて黒くて怖い場所からの突然の美しい景色。

二階から上がって来たのに、真下を流れる大きな川はどういった仕組みなのか。

疑問はたくさんありましたが、この景色を見た安心感でそんな事はどうでも良くなってしまったのです。


そして魚の泳ぐ水槽の水を弄びながら心地よい空気を感じ、私は

「あの人はもう戻って来ないだろう」

と思いながらも、ゆったりとその男性を待つのでした。




そこで目が覚めました。


あまりに非現実的なのに、あまりに現実的な感触の夢。

握られた手も、掴まれた方も、流れる空気の心地よさも景色の美しさも、全て体が覚えておりました。

そして忘れる事が出来なくなってしまったのです。


手をつないでいるのに感じた不安。

夢の中で私を怒鳴りつけた若い女性は、きっと私を置いて逃げた男性の奥様だったのでしょう。

あの男性は、女中である私との不倫の末に誰も仕合せにせずに逃げた、矮小な男だったのでしょう。

私は旦那様に手を出された末に裏切られ逃げられた、粗末な女だったのだと思います。



私を目で追っている間も、Aには交際している女性がいたようです。

そして、その女性とは別の女性と、この度婚約したと風の噂で聞きました。

自分から話しかけて恥をかいたり罪を重くさせないように、私から話しかけられるのを待って私を見つめつづけたAと、夢の中のあの卑怯で矮小な男性が重なります。


あの夢で見た景色は、前世の私が不倫という罪を冒して堕ちた地獄と三途の川だったのかもしれません。

現世を生きる私が不倫を頑なに嫌い拒むのも、狡い男にまんまと引っかかった己の前世の過ちを悔やんでいるように思います。




そうして気がつけば、私は彼の事を思い出す事はなくなっておりました。

私が前世と同じ過ちを犯さぬように夢という形で思い出させてくれたと、今はそう思っております。



人生を終えたとき、あの美しく穏やかな川をまた見る事が出来るのでしょうか。

地獄を通らずに済むように、少しでも綺麗に生きられたらと、今はそう思うのです。



【了】

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