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停戦コウショウ

 結論から言えば、誰かが勝利を得る為の戦闘では無かったという事だ。

 連戦で疲労を溜め物資を消耗した敵部隊と、万全の体勢の増援部隊では、勝敗そのものはやらずとも明らかなのだ。


 では何の為に戦ったのかと言えば、撤退に至るまでのお互いの妥協点の模索なのだろう。


 皇国軍は、いかに帝国軍の新兵器の情報を引き出し持ち帰れるか。 

 帝国軍は皇国軍の新装備の情報収集と、負傷兵の帰還に費やせる時間の確保を。

 

 相対したからには何もせず退く訳にもいかない。

 なし崩し的に一戦交え、お互いが求めるものを、どの時点で納得して妥協し撤退するのか。

 両軍の見識がその点で一致していた為、共に接触はしても攻め手は消極的なものにならざるを得なかった。


 端的に言えば、どっちもやる気が無かったということだ。


「行くぞ、お嬢!」

「ええ、ですわ!」


 俺は両手に刀を掴み、隠れていた岩陰から駆け出した。

 目標は可視下にある皇国軍量産機ラレヤー、その中でも最も近い機体だ。

 ジャンプは余計な熱を溜め込むため、火炎放射機の攻撃を受ければ命取りになりかねない。


 地上を高速で駆け抜け、そのまま目についた手近な敵機に駆け寄り右の刀で袈裟切りにする。

 全力行動でなくとも、従来機の反応速度を超えた攻撃速度は繰り出せる。

 特殊鋼材の刃は装甲を隙間を抜け、その一撃は魔導機関まで達し機能を停止させた。


「まず1機、お嬢次は左いってみよう」

「ええ、心得ましてよ」


 搭乗するルウカお嬢が手早く反応し、左手の刀でもう1機を沈める。

 さすがにエリサやアン程ではないが手際は良い。


 その時背後で金属が破裂したような音が鳴り響く。

 いつの間にか背後に接近していた、見えない敵機の頭部をアンが魔導砲で撃ち抜いたのだ。

 命中精度の低い魔導兵器の遠距離攻撃で、見えない敵の急所である頭部を一撃。

 おそらく探知機の反応と、砂埃の動きや足跡を目安に敵の位置を推測し狙い撃ちにしたのだろう。

 普通に当てるだけでも難しい状況で、これはまさに熟練の技術。


「ええ、さすがアンですわ。おおざっぱな位置情報でよくもまあヘッドショットなんで決められますこと」

「ああ、これは生まれ持ったセンスってやつだな。他にマネできる奴はいねーわ」


 3D対戦ゲームでも、端から見たら意味不明な攻撃を当てる奴とかいるもんな。

 変態扱いされるような全国大会上位ランカーとか、アンもその類いの人間なんだろうな。


 他の連中は常識的な範囲でおおよその敵配置を読み取って見えない敵を相手に、的確な射撃で前衛の俺が囲まれないよう援護射撃をしてくれる。

 これにより俺とお嬢は目の前の敵に集中して対峙できるのだ。


 残りの敵機が近付いて来るが、その剣が降り降ろされる前に、俺の右の刀が先に届き破壊する。

 すかさず間合いを詰めた、4機目のラレヤーが剣と盾を構え間近に迫る。

 左の一撃、だがそれは回避される。


 ラレヤーの速度では、俺の攻撃を見てから反応して回避するのは不可能に近い。


「ええ、委員長この機体は隊長機ですわ。他の敵兵とは桁違いの技量の使い手ですわ」


 この部隊と交戦経験のあるお嬢の忠告だ。

 試しに数合剣を合わせるが、全て盾で防ぐか、回避される。


 俺の動きはお嬢の反応に合わせているので、いつもほどのキレが無い。

 それに火炎放射機の攻撃に備え、熱を溜め込まないよう、手数を押さえている。

 それでも、他機には反撃を許さず瞬殺できていたのだが、この隊長機には通用しない。

 こちらの攻撃を予備動作や流れから読み取り、決定打を防ぎきる。


「おう、こいつはかなり強いぞ」


 従来機でこれほどの芸当ができるのは味方ではアンかカリナ、今までに相対した皇国軍ではケンカール大佐くらいだ。

 あまり時間はかけていられない、どうするか思案する間に敵機から通信が入る。


「俺は皇国軍特務部隊ハウリングウルフ隊隊長バックルだ。悪いが少しばかりこちらの都合に付き合ってもらうぞ」


 俺とお嬢の注意が、一瞬敵からの通信に気を取られてしまう。

 その隙に火炎放射機、敵機の腰に装備されたそれから放たれた攻撃で魔導機関が加熱する。


「ええ、委員長気をつけて、前はこれにやられましたの」

「うげ、スマン、油断した。てか、なにこれめっちゃ熱い、予想以上」


 射程は短いが範囲が広くて躱しにくい、それに少し炙られただけで一気に熱量が増える。

 今回は動きをセーブして熱を溜めていなかったからまだ動けるが、いつも通りに動いて炙られたらオーバーヒートして動けなくなっていた。

 しかしこれは攻撃側の発熱量もバカにならないし、連発できる武器ではない。

 複数機に囲まれて炙られたらヤバイが、目下の相手は1機のみだ。


「お嬢、このペースなら押し込まれることは無い。このまま手を休めないで追い込もう」


 それでも俺の方が手数は多いし、バックルの隊長機は他に使える決定打が無い。

 他の敵機は仲間の援護射撃で近付けず、むしろアンの狙撃で数を減らしつつある。

 こうなると戦闘の主導権はこちらが握っていると言えるだろう。


 そして数合打ち合い、背後で3機めのラレヤーが撃ち倒されると、バックルの隊長機は後退し、全機に通信を送ってきた。


「皇国軍特務部隊ハウリングウルフ隊隊長バックルだ。帝国軍指揮官に提案する、ここいらで停戦を申し出たい」


 皇国軍隊長機からの申し出に、両軍手を止め指揮官にの指示を仰ぐ。

 ほどなくカリナから戦闘中断の指示が入り、俺たちは両軍指揮官の交渉を見守ることになった。


「あは、帝国軍独立小隊シルバーフォックス隊隊長カリナ・トーアラやね。はっきり言ってこっち優勢なんだけど、相応の条件は提示してもらえるかな?」

「撃破機体をそのまま引き渡そう」

「あは、そんなの当たり前だから受け入れ条件にはならないやね」

「機体隠蔽装置、ステルスローブは撃破された場合は機密保持のため焼却処分することになっている。今回はそれを行わずそのまま引き渡そう」


 え、それいいの?

 好条件じゃないか。


「あは、残り全機の撤退を見逃すにはちょっと足りないやね」

「魔導探知機の無効装置を、昨晩の宿営地に置いている。それも本来は破壊する手筈になっているのだが、そのまま引き渡そう」

「あは、それなら受け入れるやね。ここで停戦、お互い撤退は妨げず追撃は行わないってことでいいやね?」

「合意しよう。申し出の受け入れ感謝する」


 両軍指揮官の間で交渉が纏まり戦闘は終結。

 敵部隊はそれ以上怪しい動きは見せず、脱出していた兵士を回収すると撤退していった。


 カリナは負傷兵を抱えたキーメルス少佐率いる分隊を先に帰すと、残った部隊に滷獲品を回収を指示した。


 敵将は取り逃がしたことになるが、味方の救出という目的達成と敵の新兵器滷獲という戦果を上げることができたので差し引き上出来だろう。

 こうして俺たちはさしたる被害を受けず、戦場を去ることができた。


 早めに決着がつけられたので本陣への帰参が早まり、負傷兵の治療も滞りなく施され大事には至らなかったようだ。

 その際の適切な治療と献身的な介護を行ったとして、なぜかエリサが持て囃され名声が上がってしまった。


「いやぁ、せーんぱいっ聞いてくださいっス。もう自分人気者っスよ。いわば戦場のヒロイン的なアレみたいな」


 と、しばらくの調子に乗って、たいへんうざかった。

 しかし、がんばったのは事実だし、褒めておいてやるか。


「おー、よくがんばったな、えらいえらい」

「ういッス、もっと褒めてくれていいッスよっ。もうあたま撫でることも許可するッス」

「あっはっは、魔導兵器の手で撫でたら首折れるぞー」


 救出されたスノーメイデン隊は半壊滅状態のため、解散され再編成されることになる。

 お嬢と共に戦場に立つ機会は暫くお預けだな。


 そして後処理を終え、次の出撃に備えようとするシルバーフォックス隊に転属の指令が下される。


 長らく二大国間で均衡を保っていた中央戦線。

 その均衡が撃ち破り、皇国軍の大侵攻が開始された。

 第三世代機ディライザーを主軸に据えた戦力の前に、帝国軍は壊滅的被害を受ける。


 そこで瓦解する防衛線を立て直すため最前線へ立つ俺たちは、再びあの皇国軍最強戦力と相対するのだった。

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