野郎たちのバンソウ
間もなく日が暮れる時間帯である。
合流した俺たちは、岩陰に隠れるようにしてお互いの状態を確認していた。
機体に搭乗したままのアンとマシュロを見張りに立てて、他の面々は機体を円陣を組むように配置し、その中心に降りて集まる。
「やー、実はけっこう危ない所でした。ありがとうございます、トーアラ中佐助かりました」
中途半端なテンションで出迎えるのは、安定感に定評のある隊長カールック・キーメルス少佐である。
スノーメイデン隊は隊長を含め全部で5名。
量産型ルインに搭乗するキーメス少佐と他一名、支援兵のディガス2機、そして試験運用されるルウカ・マーカスお嬢の試作機エルバーン改という構成だが、ディガス2機は先の戦闘で失われ、エルバーン改も動作不能に陥っている。
「さしあたって状況を報告させて頂いてよろしいですか、トーアラ中佐?」
「あは、お願いするやね、キーメルス少佐。見張りはうちの子に任せて」
「ありがとうございます、昨日っから敵味方ともほぼ丸二日動きっぱなしで、敵さんも疲労してるから、夜襲の可能性は低いのでそれでよっしゃーです
説明に関しては我が隊の誇るエキスパートのルウカ・マーカス大尉から」
「ええ、語りましょう」
キーメルス少佐に促され、お嬢が一礼して前に進み出た。
そして目を閉じ、ステージに立つ歌手のように大きく手を振り上げる。
この体制は、お嬢オンステージ!アレここでやるの!?
「ならば参加せざるを得ませんね」
「フッ付き合おう」
「ここは俺に任せな」
スノーメイデン隊は誰も止めないどころか、ハーモニカやカスタネット、ウクレレを持ち出しお嬢の後ろで配置についた。
まさかこの人たち伴奏でもする気か?
さすがに訳が分からず、シルバーフォックス隊の面々も黙って見守るしかない。
「ぐっ、傷が……」
「耐えろ、お前が倒れたら一体誰がトランペットを吹かなければならないんだ!」
「そうだ、俺がやらなければ……すまん、続けよう」
よく見たら撃墜されたディガスに乗っていた負傷兵まで、無理を押してトランペットを吹こうとしている。
「ちょ、待ってくださいッス、負傷してるのに何する気ッスか。安静にしてくださいッス」
看護兵資格のあるエリサはさすがに黙っていられず、止めようと進み出る。
「男にはな、時に命を燃やしてやらなきゃならない時があるんだよ」
「すまない、ここは黙ってやらせてくれ」
キーメルス少佐もハーモニカ持ちやる気満々だ。
「ういッス、そこまで言うなら見届けさせてもらうッス」
その無駄な迫力にエリサも引いてしまう、こうなれば誰も手出しできない。
そして部隊の面々がBGMを演奏する中、お嬢が語り始める。
なんだこの部隊の無駄なチームワークは。
「ええ、それは昨日の事、私たちは魔導探知機の反応が不安定になっている地域があるというので、確認の為に出動し敵兵と遭遇、交戦に入りました」
現地に到着すると、魔道探知機は何の反応も拾えなくなり、異常の原因を究明しようとした矢先に皇国軍の機体と遭遇。
有視界内の敵機は3機、質量共に勝っているので、降伏勧告をするも反応はなく交戦状態に突入する。
お嬢のエルバーン改を含む3機が接敵、ディガスが後方支援にるが、突如ディガス2機が何もない所から射撃を受け轟沈。
姿を隠した敵がいると悟った時にはすでに遅く、見えざる敵と見える敵の連携で窮地に追い込まれる。
一旦撤退を決めようとするが、敵の攻撃でエルバーン改が活動を停止、この機体は敵に鹵獲されるわけにいかず、残った機体で抱え上げ全力で逃走を続けているうちに追い込まれてしまう。
一日経ちたち、追い詰められ打つ手が無くなったところで、突如敵の追撃が止む。
様子を窺った所、味方の増援部隊の姿が見えたので接触をはかった。
朗々としたお嬢の語りによる状況説明が終わった。
スノーメイデン隊もいいタイミングでBGMを終わらせる。
「あ、自分ちょっと負傷兵の確認をするッス」
「よっしゃー、お願いします」
エリサは負傷していたトランペット兵の元に駆け寄り、状態を確認する。
「な、お嬢、エルバーン改は試作機とはいえ第三世代に分類される高性能機体だろ。いくら姿が見えないとはいえ、あっさりと無力化されるとはいかがなものか」
「ええ、熱管理には気を配っていたのですが、オーバーヒートしてしまい、動けなくなりましたの」
第三世代機は従来機の数倍の運動量を誇る。
反面、加熱しやすく放熱が追い付かないという問題を抱えているのだが、そう簡単に動けなくなるようなものでもないのだが。
「くふ、エルバーン改の表面を見てください、焦げ跡のようなものが見受けられますよ」
チセがエルバーン改の腹部、魔導機関の周辺を指し示す。
よく見ると黒ずんで煤のようなものも付着している。
「くふ、これはおそらく火炎放射機の攻撃を受けたましたね」
「ええ、ジャンプ移動と連続攻撃を行った隙に見えざる敵から一斉に」
火炎放射機は文字通り炎を直接浴びせかける武器である。
射程距離は短く魔導兵器への直接的な打撃力は皆無に等しい。
燃料の油も積み込まなければならないので、重量も重い。
極めて効率の悪い装備であり、実戦で使われることはほぼ無い。
「くふ、魔導機関内部が完全に焼き切れてますね。これは本陣まで戻らねば修理不能ですよ」
「ええ、一本取られましたですわ」
「あは、こんなもの普通は積まないやね。それをわざわざ持ってきているってことは、最初から第三世代機を狙い撃ちする気満々やったってことやね」
現状を照らし合わせて敵の狙いは第三世代機の鹵獲にある、とカリナが結論付ける。
エルバーン改の配属も事前の情報を掴んでいたのかもしれない。
「ちょ、隊長、せんぱい、まずいッスよ」
そこで無理をしてトランペットを演奏していた負傷兵の様子を見ていたエリサが声を上げる。
「この人、毒虫に刺されてるッス。緊急治療が必要ッス」
具合が悪かったのは怪我だけが原因ではなく、撃墜されてから脱出する間に刺されたらしい。
本陣まで戻れば血清で治療ができるが、今はそんな持ち合わせはない。
「あは、すぐに戻りたいところだけど、夜の移動はダメやね。見えない敵も昼間なら、足跡や駆動音で大雑把に位置が掴む方法はあるけど、夜だと全く気付けないやね」
魔導兵器には電球等照明装置は無い。
その上探知機が使えない環境では、夜間の移動や戦闘は危険度が桁違いに上がる。
話し合った末、日が昇ればスノーメイデン隊は負傷兵とエルバーン改を抱えて撤退、シルバーフォックス隊は敵を引き付け足止めする。
敵の狙いが第三世代機の鹵獲にあるならば、俺を前面に出しおとりとして活用することができる。
しかしここで問題が浮上する、毒に侵された負傷兵にエリサが付き添わねばならないのだ。
「あは、それじゃルイン・リミテッドはアンが使うということで」
カリナが乗機変更を指示しようとしたところで、お嬢が異議を挟んだ。
「ええ、トーアラ中佐、お願いがあります。私をルイン・リミテッドに搭乗させていただけませんか?
この事態を招いた責任の一端は私にあります。エリサが抜けるというのであればその穴を埋めさせて頂きたいのですわ」
カリナはしばし思案すると、その提案を受け入れた。
アンを回すと、さらにその穴埋めが必要になるが、お嬢の提案を受け入れると俺の乗員を交代するだけで済むから手間がかからないのだ。
「せっかくお兄ちゃんに乗れる機会が奪われたです」
「はぅあ、またせんぱいの体が違う女にもてあそばれるッス」
エリサは不満そうだが、負傷兵の治療は他に任せられる人材がいないのだから仕方がない。
アンは、今回は御縁が無かったということで。
「あは、じゃ日の出とともに行動開始やね」
交替で見張りを立てながら夜明けまで休息をとる事になった。
そしてお嬢が操作の確認をするため、俺の中に乗り込んできたのだが。
「くっさっ……、酢くっさぁ……」
第一声がそれだ。
「ええ、委員長中が臭いですわ……なんでこんなに臭いが籠ってますの?」
「すまん、あいつらが俺の中で寝泊まりしてたせいだ、たぶん」
そういや整備士の人たちがコックピット内の点検するときマスクして嫌そうな顔してたから、もしやと思っていたんだが……。
認めたくなかったよ、こんな情報。




