狼のホウイモウ
「あは、これは困ったやね」
珍しく困惑気味に呟いた、重量級支援機ライブラスに搭乗したカリナ隊長である。
「くふ、敵さん、かなり上手いですよ」
不敵な笑みを浮かべて答えるのは、支援用に換装されたルインに搭乗するチセ大尉であった。
俺たちの戦地となっている国境付近は、広陵とした岩場の広がる地形だ。
大きな岩や池などの魔導兵器を遮蔽できる地形も多く存在する。
俺たちシルバーフォックス隊はいつもの面々に新体制の機体が配備されている。
マシュロ中尉は万能型の量産型ルイン、アン副隊長は近接戦用エルバーンを与えられている。
そして俺の中に乗り込むのは、頼れる相棒エリサ中尉だ。
「せんぱい、敵影を見失わないで下さいッスよ」
「おう、しかしこいつら面倒くせぇぞ」
視界内に捕らえられる敵は3機、皇国軍の量産型ラレヤーをカスタマイズした機体で機動性を強化している。
射程距離の長い魔導砲を装備し、遮蔽物の間を動き回りながら素早く、足元への牽制射撃を行い俺たちの動きを阻害し、行動範囲を規制する。
通常、魔導砲や魔導銃といった射撃武器の威力で、装甲を削るきるのはかなり時間がかかる。
急所を撃ち中枢に通せれば一撃で行動不能に追い込めるが、従来機の命中精度ではそれはさらに困難である。
精密な射撃というのは肩・腕・手首の微妙な連動調整と、それを支え安定させる体幹と下半身が必要だ。
従来の魔導兵器の構造では、そこまで緻密な動きはできないので、命中率が低い。
だから、魔導兵器戦における射撃武器、支援兵の役割は主に足下を狙い、その衝撃や地形を抉ることで勢い削ぎ、転倒を誘発し、行動範囲を制限し、陣形を崩すといった形での運用になる。
そして今相対している皇国軍の部隊は、それが実に上手い。
「ほぅ、骨占いではでかい敵は厄介背中カイイだね」
常に一定の距離を開け、接近を阻み、分断を図る。
そしてなにより厄介なのが 先日敵が逃走する際に使っていた、魔導兵器に被せて姿を隠すマントのような謎装備だ。
それを今度は攻撃に使われている。
3機を目で追っている隙に、何もない所から射撃が飛んでくる。
打つ瞬間は布状の装備を捲るので一瞬だけ目視できるのだが、撃った後はすぐに被りなおして移動するため、その姿を捉えるのは困難なのだ。
反撃どころか、正確な数の把握すらできていない。
「マジめんどくせッスね、せんぱい。じっくりこられるとイラっとくるッス」
戦闘区域に到達した時点で、俺たちは広範囲探知機が沈黙したことを確認している。
敵が何か仕掛けて探知機が無力化されており、敵機だけでなく味方機も拾えない。
こちらだけが一方的に無効化され、敵から丸見えという事態であればシャレにならないが、チセの推測ではそこまで高度な技術はさすがにありえない、ということなので、敵もこちらを探知できなくなっていると考えるのが妥当だろう。
探知機が使えない状態で、視界を封じる装備を活用。
そのまま囲い込み、射撃兵器でじわじわと弱らせる集団戦術、という訳だ。
焦ってうかつに踏み出せば集中砲火、或いは足元を狙われ転倒、袋叩き。
そうして数を減らし追い詰めてゆく算段なのだろう。
「くふふ、聞いたことがあります」
「知っているのか、チセ!」
「くふ、皇国軍に魔導砲を用いた集団戦を得意とする部隊があります。集団で囲い込み、じわじわと弱らせ、仕留め切る。皇国軍エース、ならず者バックル中佐率いるハウリングウルフ隊ですよ」
「え、それだけかよ。名前とかどうでもいいから相手の装備の詳細とか弱点とか言えよ」
役に立たない情報だが言われてみれば、その戦いは獲物を追い込む狼の群れを思わせる。
さながら俺たちは狩られる羊の群といったところか。
こちらも魔導砲装備のカリナ隊長のライブラス、チセのルインが反撃を行うが、現状打開できるほどの成果は上げられない。
「ういッス、隊長。自分が単騎突入するッスか?」
並の機体なら近付くことは不可能だが、俺の跳躍力なら一跳びで間合いを詰め一撃で1機を沈められる。
有視界内の敵を確実に減らすことはできるのだが。
「あは、それはまだ待つやね。隠れてる敵の中にヤバイのが混じってるかもしれないやね」
「ういッス、まだ我慢ッス」
俺とアンは魔導銃を撃ち込むが、有効射程外からでは牽制にもならない。
敵が全て量産型ラレヤーかスミロド以下であればどうにでも対処できるが、万が一第三世代機ディライザー級がいれば対応しきれない可能性がある。
「しかし、このままじゃジリ貧になるぞ?余力のあるうちに反撃すべきではないか?」
「くふふ、このチセに秘策ありですよ」
チセが自信ありげに提案するが、こいつの秘策はあんまりアテにできないぞ。
「くふ、敵が臨戦状態でいたということは、スノーメイデン隊はまだ健在、とは言えないまでも壊滅は免れていると考えられます。そして近隣の地形から魔導兵器一個小隊が身を隠せる大型の岩場を見繕い絞り込みます」
チセは何ヵ所か絞り混んだ地形データを全員に送信する。
「くふ、そして敵の攻撃と陣形から、私たちを向かわせまいとしている方角を割り出します」
「あは、敵が行かせたくない場所に、私たちの欲しいものがある、って寸法やね」
チセはその中で北東側の特に大きな扇形の巨岩を指し示す。
「くふ、おそらくスノーメイデン隊が居るとすればズバリここでしょうね。合流して戦力を合わせて速やかに撤退ですよ」
おお、あのチセが珍しく参謀っぽい提案をした。
「っと、確実性としては不十分な気はしますが、代案もありませんので」
「ほぅ、骨占いでも迅速展開天下一だね」
「あは、じゃルイン・リミテッドが特攻して突破。万が一ヤバイのが居たらライブラスがオーバーヒート覚悟の全力砲撃で支援するやね」
隊員たちから反論も代案も出ないので、カリナはさっさと決断を下してしまう。
「結局力押しじゃないか」
「あは、ぐずぐずしているより、即断即決即実行やね」
巧遅は拙速に如かず、ってやつか。
世界は違えども兵法は似たような考え方に発展するのな。
「ういッス、なら先陣お任せッス。行きますよせんぱいっ」
「おう、しっかりエスコートしてやるぜ」
俺は専用装備である二刀構え、ぐっと地面を踏みしめ、蹴りつけるように跳躍する。
俺の跳躍力なら魔導砲の射程距離であっても一跳びで詰められる。
姿を隠していないラレヤーの目前に着地、そのまま一撃で同を薙ぎ、首を刎ね破壊する。
敵軍が急激な動きに対応しきれない、その間にもう一機の敵にむけて跳ぶ。
見えない敵からの射撃が飛んでくるが、魔導砲の射撃が空中の俺に当たるはずもない。
着地と同時に二本の刀で腰の魔導機関を刺し貫く。
敵軍は俺の突出に対応する前に2機が沈められる。
そして部隊は俺が動くと同時に目標値に向け全力移動を開始している。
ようやく反応した敵軍から、牽制の射撃は飛んでくるが接近する機体は無い。
目標地点に近付いたところで部隊全員にノイズ混じりの通信が届く。
「あーあーやーやーてすてす、こちら帝国軍マーカス大隊旗下独立小隊スノーメイデン隊隊長カールック・キーメルス。接近してるのはシルバーフォックス隊と確認、友軍の到着に感謝感激大歓迎よっしゃー」
いまひとつ緊迫感のない通信音声と共に、味方機とおぼしきルインとディガスが岩陰から姿を現し援護射撃を開始する。
残る敵は見える範囲では1機。
こちらの合流を阻むのは困難だと判断したのか、それ以上は追わず後退する。
姿の見えない機体も追随したのか攻撃は止んでいた。
「とりあえず、目的の第一段階は果たせたな。わたくしめのエスコートはいかがでしたかな、マイレディ?」
「せんぱい、そのキャラ、キモイッス。急に何言い出してるんッスか」
俺なりに少女の相棒キャラを追及した結果は、不評に終わった。




