争いのリユウ
ルウカお嬢は身振りを交えながら、ミュージカル女優のように芝居がかった調子で軽やかに語りだす。
お嬢オンステージ、事あるごとにこれをやるのがお嬢の性癖である。
「ええ、それは100年ほど昔の話です、ていこ、ぐべっぽ」
アクションが大きすぎて、右足の小指を近くに転がっているタルにぶつけた。
顔を真っ青にして右足を抱え込んで、ぴょんぴょん飛び跳ねるお嬢。
「ええええええ、おおよそ小指が痛いですわぁぁぁぁ!」
「ルウカ、しっかりしてくださいッス、傷は浅いッス!」
「っと、落ち着いてくださいです、ゆっくり息を吸って、吐いて、ああ、ころばないでーです」
「お嬢、なんという悲劇、こんな罠が待ち受けていようとは!」
普段着用している軍用ブーツなら何でもないんだろうけど、今日はオシャレなサンダル履いてるから大惨事だ。
しばらく大騒ぎした後、動き回っても害のないちょっと広めの公園まで移動することにした。
割と失敗するのもお嬢の特性である。
「ええ、見苦しい所をお見せしました。では改めまして……」
おおよそ100年前、大陸の西半分を支配する魔族領に魔王が出現、人類に宣戦布告をし魔族との戦争が勃発した。
人類はそれに対抗すべく大陸東部の国々を統一、帝国が誕生すし、一致団結して魔王を討ち滅ぼす。
生き残った魔族とは休戦になり魔族領は大陸西半分に留められ、現在までそれは変わらない。
大陸東半分を領土とした帝国は、その後約50年ほどは大戦時の英雄による統治により国土は復興し発展して行った。
時が経ち帝国為政者の世代交代が進むと、自分の利益のみを追求する有力な門閥貴族を中心に政治腐敗が進み、圧政が始まる。
やがてそれを不満に思った勢力が蜂起、内乱の末独立し帝国の北半分の領土が皇国として独立する。
帝国皇帝はこの分裂をきっかけに政治改革に着手、身分血統に囚われない能力主義で官僚を取り立て、独自に軍内部も改革する。
この旧貴族派と改革派の勢力争いは今も続いている。
一方、独立した皇国側だが為政者が変わっただけで、帝国と何ら変わらず貴族による圧政と腐敗政治。
不満を抱いた勢力が独立し大陸中央部、魔族領域と二大国の中間点に中立国家連合を、東端の海岸沿いの二大国の中間地点に共和国を立て独立した。
皇国皇王も現状を省みて政治改革に着手するが、改革派と貴族派が争っている状態である。
現在、帝国側は奪われた領土の奪還を、皇国側は悪の帝国の討伐と人民の解放を大義に掲げ争っているが、両国とも国内の勢力争いのプロパガンダという側面もある。
「ええ、というわけですわ」
おおーパチパチ。
いつの間にか周辺に人だかりができてる。
お嬢の語りとジェスチャーを、大道芸と勘違いしたのか、おひねりを置いていく人までいるぞ。
「うぃッス、どーもどーも、おひねりはこちらッス」
エリサが集めてた、抜け目ねぇな!
「臨時収入バッチッス、ルウカ才能あるッスね」
一見奇行にも思えるお嬢の癖だが、華やかな容姿によく通る綺麗な声と人目を引く身振り、語りは中々の名調子で芸術的ですらある。
正直、軍人や貴族やってるより舞台女優の方が向いている。
それに、ちょっと恥ずかしそうにはにかみながら、スカートの裾をつまみ上げ観客に一礼する辺り、このお嬢ノリノリである。
「っと、目立ちすぎです、場所を移すです」
「うむ、帝国軍人が中立国内で政治的内容を含む講演をするのは、よく考えなくてもまずいな。撤退だ」
「そうッスね。ちょうどお腹もすいたし、お金も入りましたし、食堂で何か食べるッス」
俺たちは公園を後にし、適当な食堂を見つけて避難した。
「ええ、調子に乗ってやりすぎましたわ」
お嬢がテーブルに突っ伏してぐったりしている。
「すまんな、俺が言い出したことで」
「委員長のせいではありませんわ、私が調子に乗りすぎですわ」
「おばちゃーん、ラムチョップステーキ頼んますッス」
「っと、ラム串焼きお願いです」
さすが軍人系女子は肉食だ。
この辺りに限らず、大陸では羊肉食が主流である。
「ええ、私はフルーツジュースだけで結構ですわ」
さて、概要は把握したが、せっかくの休日に仕事の話ばかりさせるわけにもいくまい。
後はそのまま日が暮れるまで女子トークに花を咲かせ、支払いはおひねりで賄われた。
3人はガイドブックを手に、この世界には珍しい温泉付きの宿を選定した。
「ええ、お泊りですわー!」
「ういッス、せんぱいの折り畳みッス!」
「っと、エリサ、壊さないでです」
「ええ、運び込みますわ」
「ういッス、せんぱい、失礼するッス」
「っとお兄ちゃん、すこしだけがまんです」
「え、俺客室に持ち込むの?」
二階建ての宿なので俺は表に置いておかれるかと思っていたが、3人がかりで持ち上げて運ばれた。
魔導兵器収納用に折り畳めるとはいえ 動力の水入ってるからそこそこ重いんだが。
今日は私服姿なので、一見普通の少女感があるが、職業軍人だから鍛えてるんだよな。
「っと、ベッドふかふかです」
ベッドでころころするアンがブーツを脱いだ。
「ええ、アンの足がしみるほど臭いですわーーーー」
「っと、お互い様ですルウカは耳の後ろが臭いです」
「ういッス、先に風呂入った方がいいッスね」
エリサがジャケットを脱ぐ、ということは。
「ええ、エリサの腋が臭いですわーーーー」
「お互い様ッスよ、ルウカも耳の後ろが臭せっス」
客室がカオスになった。
肉ばっかり食ってるからだろお前ら、さっさと風呂行けや。
騒がしいのが去って、改めて昼間の話を考えてみる。
両大国ともガチで潰し合いがしたいって訳じゃない。
どちらかと言うと、戦争を利用し政治的影響力を高め国内の勢力争いに使うという形だ。
となると、本当の敵は、皇国ではなくむしろ?
俺は以前戦った貴族派テロリストを思い出す。
だとしたら……いや今の俺は軍属の備品だ。
余計なことは考えてもしかたない。
思慮に耽っている間にエリサたちが戻ってきた。
「ええ、足の爪が割れていましたわ」
「いやー、いい湯だったッス、堪能したッス」
「っと、お兄ちゃんも一緒に入れれば良かったです」
「ええ、無理を言ってはいけませんわ、委員長が入ると湯船に油が浮いてしまいますわ」
風呂から戻ってきた3人は当たり前のように、下着姿で部屋をうろうろする。
完全に女子会ムードだ。
ま、俺は単に喋る機械扱いということで、気にならんのだろう。
「おお、せんぱいの視線が熱いッス、自分の魅惑の身体は魔導兵器さえも惑わすッス」
「っと、お兄ちゃんはちょっと幼めの方が好みです。初めてお兄ちゃんって呼んだ時の嬉しそうな反応は間違いなくその気のある人のものです」
「ええ、不健全ですわ委員長。矯正の必要がありますわ。さあその醜い性癖を私の前で暴露するのですわ」
いや、訂正、容赦なくいじってきやがる。
てか元々関係のあるエリサとアンはともかく、お嬢よお前もか。
その夜3人は寝落ちするまで楽しそうに話し続けた。
そして、お嬢はエリサのクッソうるさい歯ぎしりと、アンの傍若無人な寝相の悪さに巻き込まれ、安眠はできなかったのであった。




