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届けられたキボウ

 魔導兵器は特殊製法で作られた鋼鉄の装甲で覆われている。

 その強度は歩兵や騎兵の携行武器では傷つけることはできす、同格の魔導兵器の攻撃ですら容易には破壊できない。

 関節部や放熱器など、装甲の隙間から中枢部に攻撃が入ればすぐに沈めることはできるが、普通の魔導兵器はそこまで精密な動きができないので、厚い装甲を削り合う時間のかかる戦いになる。

 

 俺やディライザーといった第三世代機は、敵の防御や回避の追い付かない速度で、そういった急所に精密に攻撃を当て短時間で沈めることができる。


 だからだろう、他の機体の戦闘はまだ長引くのだと、油断し注意を怠った。

 忘れていたのだ、ディライザーに乗っているアホよりも危険な男が、高性能機を駆り戦場にいた事を。


 高度な技量と的確な判断力を持ち、律儀な性格をしたこの男は、戦場で一騎打ちに勝ったつもりでいた俺たちの油断を見逃さない。

 目前の2機を仕留めたこの危険な男は、最も倒さなくてはならない最強の敵が屈みこんで動けないのを見逃さず、迷うことなく接近し剣を突き立てた。


 動かない標的であれば、急所を狙い撃ちにすることはたやすい。

 腹と腰の間を刺し貫けば、魔導機関か魔導水タンクに致命傷を与え行動を停止させられるはずであった。


 だが、俺に乗っていたのは天才だった。

 彼女はとっさの攻撃に反応し、回避しようと動いた結果、狙いは最悪な方向に逸れコクピットカバーを貫かれることになってしまったのだ。


 律儀な男は仕留めそこなったことを悟ると、すぐに剣を引き抜き目の前の敵が動き出す前に蹴り倒して、倒れていた僚機を抱え起こす。


「俺様を手間取らせやがって、ディライザーは動けるか?」

「それ、ごめん、ありがとうかな?動ける、かな」


 その剣はコクピットカバーを貫通し、彼女の腹部にまで達していた。

 剣が引き抜かれた時、その傷が大きく開き俺の中を鮮血で染め上げる。


「アン、大丈夫か!しっかりしろ」


 血の吹き出した腹を押さえ、苦しそうに呻くアンに俺は大声で語り掛ける。

 人でないこの身をこれほどもどかしく思ったことは無い。

 俺は彼女を治療するどころか、手を握ってやることさえできないのだ。


「っと……、ごめんなさいです、逃げて、ダ……お兄ちゃん…………」


 アンは途切れ途切れに言葉を紡ぐと、そのまま吐血し気を失う。

 その呼び方は帰ってからって言っただろう、なに約束破ってるんだよ。

 俺は久しぶりに自分の意志のみで体を動かし、目前の敵から逃れようとする。

 動作が重い、パイロットがいないと俺はこんなにも機能が落ちるのか。


 早く離れて彼女を治療しなければならない。

 だが、この危険で律儀な男も、アホだけど強い少女も俺たちを見逃してくれそうにない。


「どけ、パイロットを治療しなければならない」

「俺様がそれを許すわけねーだろ。いや、佐々木大次郎を引き渡せば考えなくもない」


 狙いは俺なのか、ならば……。


「ほぅ、骨占いでは挑発にグラノーラだね!」


 マシュロ!いつの間にか接近してきたマシュロ機のルインが、俺たちの間に割って入り敵の足を止める。

 振り返ると、残った敵のラレヤーは1機のみとなっており、それは近接したチセ機の支援型ディガスが食い止めている。


 俺はその場をマシュロに任せて今出せる全力で後退し、退避したマグロ隊の面々にアンを引き渡した。


「頼むギョルイ大尉。アンを死なせないでくれ」

「心得た、微力を尽くそう。しかしすでに戦況は……」


 チセ機は肩の固定魔導砲を折られ剣も失っている。

 敵ラレヤーもかなり破損しているが、支援機での格闘戦は不利だ。

 

 圧倒的に性能差のある2機を相手にするマシュロ機は、既に殆どの装甲を削り落とされ反撃もままならない。

 いやディライザーに瞬殺されていないだけでも凄いのか。

 だがそれも長くは続かない。

 マシュロ機は2機がかりの攻撃の前に膝を落とし、崩れ落ちる。


 ここで終わりか、なら単騎で戦うしかない。

 俺が覚悟を決めたその時、高速で接近する2機の魔導兵器の反応に気が付いた。

 判別信号は味方機、まさか!


「あはーーっ、テメーらぁぁぁぁ、ウチの子になにかましてくれてるんやねーーーー!」

「せーーーんぱーーーいっ、お待たせッス、ただ今戻りましたッス!」


 高性能機エルバーン。

 普及機であるルインを上回る速度・装甲・出力を持つ第三世代機を除けば帝国軍最強の魔導兵器。

 大型の盾、タワーシールドを構えるそれに搭乗するのは、我らが隊長だ。


「第五小隊隊長、鬼のカリナ・トーアラ、エルバーンで参上やね」

「エリサでッス、この度中尉に昇進してきましたッス。新たに支給されたライブラスも運んできましたッス!」


 遅れて走ってきたのは、支援特化型魔道兵器ライブラス。

 両肩合わせて二門の魔導砲、腰に小口径の魔導銃二門を備え、腕も近接戦を捨て肘から下を魔導砲にした異形の固定兵装支援型機体だ。


 カリナ機のエルバーンは大型の盾を前面に押し立て、剣を構え、全速移動とジャンプ一発でディライザーとケンカール機スミロドに接敵し、もはや身動きの取れないマシュロ機を引きはがす。


「あは、お前らの相手は私やね。部下をかわいがってくれたお礼をさせてもらうやね!」

「ザコが少し湧いて出た所で、俺様の撃墜マークが増えるだけだぜ!」

「それ、できればもう終わらせておきたかったかな」


 カリナは振り下ろされるケンカール機の剣を受け流し、ディライザーのハルバードを盾で止める。

 大型の盾をうまく活用し、手数の不利を補っている。


 俺の傍にライブラスが到着し、エリサが満面の笑顔で俺に駆け寄ってきた。


「せんぱいっ、お待たせッス、大好きなエリサちゃんのお帰りッスよ」

「よ、エリサ、久しぶり。早速で悪いんだが乗ってくれ。やらなきゃいけない相手がいる」

「おまかせッス!やっぱりせんぱいの体が一番ッス」


 上機嫌な彼女は、俺に乗り込もうとコクピットを覗き込んだ途端に笑顔が消える。


「せんぱい、この血は尋常じゃないッス……副長は大丈夫ッスか?」

「今はマグロ隊が応急処置をしてくれている。安全に搬送するにはまず邪魔者を片付けなければならない」

「了解ッス。それなら血なまぐさいのも、副長の足の臭いが残ってるのも我慢するッス」


 エリサはさっとタオルでコクピット内の血を拭い、乗り込んだ。


「せんぱい、ライブラスの背中を見てくださいッス。博士が送ってくれた新型武器を持ってきたッス」


 ライブラスの背中には二本の剣がマウントされている。

 形状は通常の魔導兵器用とは異なり、片刃で太く短い刀身。

 柄の部分が両手で持っても余るほど長く、鍔の部分に大きな装飾とトリガーのようなものが付いている。


 俺はそれを手に取ってまじまじと眺める、これはまさか……俺は両手に二刀を持ちその柄頭の部分を合わせる。

 やはり、ジョイントがついていて二刀を繋げ、短めの槍の両端に刃の付いた形状となる。


「これは、まさか男のロマン武器、双刃刀か!」

「エディナ博士特製のせんぱい専用武器、クロスブレイドッス」

「そのまんまな上に、クッソダサいな。ってかそのネーミングセンスお前だろ、付けたの」

「あ、バレバレッスか。さすがせんぱいは自分の一番の理解者ッス」


 いつも通りのバカなやり取りで、コンビネーションに乱れがないか確認する。

 名称はそのうち考えよう、俺は戦場へと目を向ける。


「エリサ、久々に行くぞ、ちなみにアレ、走るやつの名称は『加速式・燕返し』が本採用された」

「はぅあ、自分不在の間に勝手に決めたんッスか、ずるいッス」

「多数決だ、俺とアンで二票入るから、お前の出る幕はない。行くぞ」

「ういッス、ま、ここはせんぱいと副長を立てるッス」


 パートナーがエリサならこれ以上何も言わなくても大丈夫だ。

 思考も意志も行動もピタリと一致している、まさに一心同体だ。

 そして俺たちは声を合わせて叫ぶ。


「「加速式・燕返し!!」」

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