彼女のツゴウ
皇国軍との遭遇戦で名前を呼ばれるとは思わなかったが。
帝国と周辺国家との間には、捕虜への拷問や人道に反する扱いは禁じられている。
また相応の身代金を支払えば、身柄の返還に応じなければならない。
捕虜となった皇国兵は宿営地の空き室に軟禁されており、取り扱いについてはカリナ隊長の帰還待ちになる。
いろいろと考えているうちに夜も更け、パジャマ姿のアンが俺の足元にやってきた。
「よ、お疲れさん。隊長代行よく頑張ったな」
「っと、ありがとうございます。中に入っていいですか?」
「構わないが、今日は添い寝じゃなくていいんだな?」
「緊急時に備えてしばらくはルイン・リミテッドの中にいてください」
そうい言うと枕と毛布を抱えて操縦席へ潜り込む。
「まさかと思うが、ここで眠るつもりか?」
「っと、変ではないでしょう。エリサ少尉もずっとそうです」
「寝心地悪いぞ、アイツのマネなんてしなくていいぞ」
「……ここは落ち着きます。おおよそ全身を抱擁されているような安心感があります」
何で急に甘えたみたいな声出すの、この子。
「っと、ひとつ……聞かせてください。エリサ少尉でしたら、あの時仕留めることができましたか?」
「……できただろうな。もう一段速度を上げて急所に打ち込めただろう」
「ですよね、分かっています」
敵を討ち漏らした事を、気にしているのか。
しかしケンカール大佐も相当な手練れだったし、数で劣りながら、味方の被害は出さず2機落としたのだから十分な戦果だと言えるが。
「っと、先日の女王ワーム討伐の時、エリサ中尉とダイジロの戦闘力は圧倒的でした。その気になれば単騎でも十分であったほどにです」
「動き過ぎると燃費が極端に落ちるし、オーバーヒートの危険性もあるからあんまり良くないんだけどな」
「それでも、私が同じ機体に乗るからには、同等以上の戦果が望まれます」
超然としていてマイペースな子だと思っていたけど、意外と周囲の目を気にしているんだな。
「だから、彼女のようにあなたに接して、同じようにあなたを感じることができれば、強くなれるのではと思ったのです」
「そんなことの為に、ここしばらくアイツの真似事をしていたのか」
「っと、強くなければ私には価値はありませんから」
「ん?なんだそれは?」
「私は士官学校を飛び級で出て、年齢不相応な地位と階級にいます。これを快く思わない士官は大勢います」
確かに自分より若い、ましてや14歳の女の子が上官じゃ、やりにくいって輩は多いだろう。早期出世も考え物だな。
「っと、ですので私は常に実力があることを、内外に示し続けなければいけないのです」
「あ、もしかしてこの隊が若い女の子ばかりだってのも?」
「はい、隊長も若すぎる女性士官です。指揮官として戦歴も浅く年端のいかない少女の下に好んで配される兵は多くは居ませんので、できるだけ年齢の近い女性兵が割り当てられました」
うーん、美少女部隊だヒャッホウとか思ってたが、そういう経緯でこのメンツになっていたのか。
「それとも、このような接し方ではダメですか?」
ああ、不自然にグイグイ来る割にぎこちない感じがしてたのは、やり方が分からないから試行錯誤してたのか。
「いや、まぁ空回りしてるところはあるけど、お互いを知り信頼関係を築くという趣旨はおおむね達成できつつあるから、間違ってはいない、かな」
「っと、ありがとうございます。……話過ぎて疲れました、寝ます」
そう言うと毛布を被って丸くなる。
たぶん、赤くなった顔を見られたくないのだろう。
そして翌朝。
ベッドで寝ているときは気付かなかったが、この子寝相悪ぃな。
逆さまになって、パジャマも半脱ぎ状態で、胸がはだけて桜色のきわどいポイントが僅かに見えかけ……。
いかん、俺よ紳士であれ。
「っと、おはようございます、ダイジロ」
「おはよ。服、直せよ。おおよそ胸元周辺とお腹、視界のやり場に困る。あと、よだれと髪の爆発を」
「……よく見てるじゃないですか!」
大慌てでパジャマを直す。
ああ、もしかして気を抜くとだらしなくなるタイプか。
「宿舎に行きます、今後の方針について話し合いますのでトラに移って参加してください」
カセットを抜き出すのに強制的に意識を落とされる。
次に目覚めたら食堂にいて、既にトライクに意識を移されていた。
アンは既に平静を取り戻していた。
小隊メンバーと整備士が勢ぞろいする中で、アンが今後の事について話す。
「っと、今日はメギル・ギョルイ大尉の率いる第四独立小隊『陸に転がるマグロ隊』が哨戒しています。救援要請があればすぐに動けるようにしていてください」
「くふふ、最初に皇国軍を見つけた隊ですね。隊長のギョルイ大尉は人間性の評価は低いですが有能な方ですよ」
この世界マグロいるんだ。
シーチキンにポン酢かけて白飯食いてぇな、無理だけど。
「っと、カリナ隊長には帰参を早めてもらうよう調整しています。高起動型ディガスは廃盤部品が多く、別機体と交換、予備機体の支給も受理されたそうなので、搭乗機体の交換も検討されます」
「ほぅ、骨占いは千変バックモンガー、どんな機体でもウケルカムカムだね。ただしライブラスは除く」
マシュロが真顔で標準語喋ったぁぁぁぁ!
そこまでさせるライブラスという機体はなんなんだ。
「っと、捕虜は国際条約に則り、形式通りの尋問の後、宿舎の空き部屋に軟禁しています。尋問は私たちでは侮られるので技術士官ゼビ・ルデア中尉が行いました」
ゼビ・ルデア中尉は宿営地に同行している整備主任で、逆立った金髪がパンクな二十代半ばの男性で自称スパナ・マスター。チセの親類で同姓なので混同しない為フルネームで呼ばれている。
「っと、捕虜は、皇国軍特務部隊偵察兵イグル・ロー中尉。今回の侵入に関する任務内容については黙秘。個人財産と軍の積立金から身代金が支払われることが確実ですので、手荒な取り扱いはできません。よってこれ以上の情報は得られません」
俺のことが知られていた件については聞けず。
うかつに尋問すると、こっちの情報を漏らすことにもなりかねないとの配慮だ。
「以上です、隊長たちが戻るまでは、通常営業です。哨戒任務は近隣の『陸に転がるマグロ隊』『グレイダンサーズ隊』とローテーションで行います」
その日から俺は夜間は臨戦態勢を取り、ルイン・リミテッドで待機していたのだが、毎晩アンが中で寝るようになってしまった。
そして、毎晩会話を続け打ち解けるにつれ、緊張がほぐれたのか寝相はどんどんだらしなくなっていった。
もう朝起きる時はほぼ半裸だよ……。
そうして、一週間が過ぎ、エリサとカリナが本陣を発ち、まもなく帰還するという連絡を受けた頃。
同時に敵襲の報告が上がる。
「くふ、グレイダンサーズ隊が全滅ですね。幸い死者は出ていませんが動ける機体は無いようですよ。敵はこちらへ向かっているようです。陸に転がるマグロ隊へ救援要請を出しますので、到着次第迎撃ですよ」
「ほぅ、骨占いは黒鼻毛危機一髪、飛び出し顔面しゅーとっだね」
こうして俺はエリサを欠いたまま、次の敵を迎え撃つ事態に陥った。




