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別体へのカンソウ

 かつて海外ドラマで見た、喋る人工知能を搭載したスーパーカーを相棒にしたヒーローの物語。

 アニメで見た、意志と自我を持つスーパーバイクに乗るサイボーグヒーローの物語。

 相棒のマシンと会話し、共に走るのは男として憧れるシチュエーションである。

 

 俺も車やバイクに、道案内とは関係ない事ばかり話すアニメ声優を起用したナビを搭載して、相棒気分を味わったものだ。

 

 カワサキが人工知能搭載バイクを開発しているニュースを聞いたときは心躍ったものだ。

 俺が生きている間に人型ロボットを操縦する夢はかなわないが、相棒バイクは実現するかもしれない。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「っと、ダイジロカセット挿入、各部チェックよし。起動です」


 俺の意識が浮上し、目を開ける。

 地面が近い。最近慣れてきた15mの魔導兵器の目線よりはるかに低い。

 そして長期間慣れ親しんだ170㎝の人間だった頃の視点よりさらに低い。


 目の前には幼い顔立ちをした美しい銀色の髪の少女が目線を合わせる為、かがみこんでいる。


「その薄い胸元が、ちょっと見えそう」

「……っと、君は機械のくせにそういう事を言う」


 しまった、この体に慣れていないせいか、思わず声が出てしまっていたようだ。

 第五小隊副隊長アン少佐は顔を真っ赤にして胸元を押さえ立ち上がる。

 これはこれで見事なローアングル。

 きわどい長さのスカートとニーソの隙間から、ちらりと見える太腿が眩しい。


「絶対領域、ごちそうさまです」

「っと、君が何を言っているのか理解不能だが、視覚と発声は問題無しという事でいいです。可動はどうですか?」


 俺はちょろちょろと車輪を前後に動かし、可動範囲を確認する。


「問題ない。これなら自由に動き回れそうだ」

「っと、なら次は試乗です」


 アン少佐が俺の背に跨ろうとした時、騒がしいのがやってきた。


「ちょ、ちょーっと待ってくださいッス!副長、せんぱいの初めては自分ッスって言ったじゃないッスか!」


 『私が壊しました、反省中』と書かれたエプロン、マスクと三角巾を装着し、右手にお玉を持ったエリサが駆け寄ってきた。


「エリサ少尉、この仕事は私が任されています。貴官は厨房任務中、私が責任をもって遂行です」

「でもでもッス……」

「っと、そのお玉、煮物の最中ですね。放っておいて良いのです?」

「はぅあ!戻るッス、せんぱーっい、初めてをもらってあげられなくてゴメンナサイッスーーー」


 慌てて厨房に駆け戻るエリサ。何しに来たんだいつは?


「っと、続きをはじめます」


 年上の部下を追い払うと、アンは俺の背にそっと跨った。

 そしてハンドルに手にかけ体を安定させる。


 かつてバイクとの対話を夢見ていた俺。

 俺は人を乗せるシートとハンドル、3輪のタイヤを持つ、元の世界ではトライクと呼ばれていた乗り物になっていた。

 視界良好、会話もできるし、何より人間と同サイズで行動できる

 今までは出撃時以外は格納庫で眠っていただけだが、これで活動範囲が大幅に広がったな。

 いや、まて。コレジャナイんだ……俺がなりたかったのは。


「どうしてこうなった……」


 三日前。

 女王ワームを討伐し、宿営地に戻った。

 翌日からチセと整備士たちは、大破した高起動型ディガスの修理にかかりきりになった。

 そのため、俺の別動ボディたるトライクの調整はエリサがやろうとしたのだが、割と不器用でいろいろ壊しまくってくれたのでご退場願った。

 

 代わって整備をやり直したのがアンだった。

 元々器用で魔導工学の知識も持ち合わせており、エリサが壊した個所を修復し、整備を仕上げ試乗で最終チェックまでこなしてくれたのだ。


 彼女が二日間つきっきりで整備をしてくれたせいで、今の状況をナチュラルに受け入れてしまっていた。

 自我と意志を持つマシンに乗りたいと思っていのに、自分がマシンの側になってしまうとは。


「っと、乗りやすいです。三輪になっているから?」

「だな、俺のいた世界じゃこういう三輪駆動機はトライクって呼ばれてた」

「ならこの形態の通称はトラです」


 俺の出自については、許可が出たので隊長、副隊長には話してある。

 しかし美少女にに背に跨られて走り回るというのも、何となく何かに目覚めてしまいそうな妙なこそばゆさがある。

 などと、周辺を軽く走り回って調子を確認していると、カリナ隊長がやって来た。


「あは、調整はうまくいったみたいやね。なら食堂に全員集合、あダイジロもそのままで参加やね」


 俺も宿舎内に入れるようになったので、これはこれで便利なんだけどな。

 全員集まって食事を終え、そのままミーティングが始まった。


「あは、今日から私とエリサは2週間ほど大隊本陣へ出向やね」

「自分もッスか?」

「報告事項が溜まっててやね、大隊長のマーカス中将から直接来いってお達しやね。魔族と共闘した件と、女王ワームの生態に関する報告。それに高起動型ディガスの持ち込み修理」

「くふふ、大隊本陣でないと部品が揃わないのですよ」

「エリサはルイン・リミテッドの実用報告やね。そろそろ他の部隊でも第三世代魔導コア搭載機が導入されるので、その前にテスト時代から通しで乗ってるエリサの話を聞いておきたいんやね」

「了解ッス、お供します」

「あと昇進手続きもある。おめでとう、中尉に昇進だ」


 なんと、エリサが出世した!士官学校出は問題行動起こしてなければ、中尉までは自動昇進なんだけどね。

 とりあえず湧き上がる拍手。


「おめでとう。これで中尉か」

「ありがとうございますッス、お給料上がるの嬉しいッス、せんぱい自分の晴れ姿見てくださいッス!」

「あは、悪い。ダイジロは居残りだ。エリサは応急処置した高起動型ディガスで移動」


 昇進と聞いて喜んでいたのに、俺が居残りと聞いて大いに不満そうになった。


「はぅあ?隊長、自分とせんぱいはもはや一心同体も同然ッスよぉぉぉ」

「戦闘しに行くわけじゃないから、乗って行かなくていいやね」

「高起動型は副長機なんだから、副長が運ぶんじゃないんッスか?」

「っと、隊長と副隊長が揃って居なくなるわけにはいかないです」

「……副長、乗機どうするんッスか?」

「あは、アン少佐はその間ルイン・リミテッドに乗ってもらう」

「はぁう、せんぱいが他の女に体を……浮気っすか!寝取られッスか!!」

「っと、エリサ少尉。彼は責任をもって預かります」

「うう……せんぱぁぁい、自分の事忘れないでくださぁぁいッス」


 今まで、なんとなくエリサが乗ってたけど、専用機って訳じゃ無いんだよな。

 カリナは何機も潰した前科があるので最新型は乗務禁止、チセは基本バックアップ要員。

 高機動型が特殊仕様すぎて、アンしか使えないのでアンは除外。

 マシュロは骨占いの結果が芳しくないということで、消去法でエリサが使っていただけだ。

 

「っと、ダイジロが私の体を忘れられないというなら、専用機にすることも考えなくもないです」

「はぁぁう!いつの間にそんな関係になったんッスか!」


 お前らは一体何を言っているんだ。


「あは、という訳で昼過ぎからエリサと私は出向だ、以上」

「はぁう、せんぱぁい、またしてもお別れッスぅ」

「ほぅ、骨占いで、前途水ヨーヨーぱんぱんと出ただね」


 こうしてしばらくの間エリサとカリナが隊を離れ、俺の身柄はアンが預かることになった。

 その夜、アンは宿舎の中、トラモードのままの俺を押し歩きながら語り掛ける。


「っと。ダイジロ、私はあまり人付き合いが得意ではないです。まして男性とは殆ど接触した事がないです」

「だな、人間関係は不器用そうだなとは思っていた」

「エリサ少尉の明るさと、誰とでもすぐに打ち解けられる人懐っこさを羨ましく思います」

「グイグイくるからな。あれはもう少し控えたほうが良い。副長の淑やかさを見習ってほしいものだ」

「っと、私は彼女のように上手くコミュニケーションを取れ無いと思いますが、できる限り努力しますのでよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、サポートは全力で行おう……格納庫はそっちじゃないぞ」

「合ってます、私の部屋こっちですから」


 何で!?


「っと、エリサ少尉とは寝所を共にしていたでしょう。私も倣います」

「いやいやいや、そこまでしなくていいよ!」

「男性を部屋に入れるのは気恥ずかしい気持ちはあります、しかしダイジロは外見が機械なので許容できます」


 無機物扱いということか、それなら……いやよく見るとめっちゃ手ぷるぷるしてるし、顔真っ赤じゃん、意識しまくりじゃん。


「いやいやいや、無理しなくていいよ、俺も恥ずかしいし」

「っと、覚悟は決めてますから、あまり意識させるようなことは言わないで欲しいです」


 まぁ女の子の部屋とはいえ、軍の宿営地だから室内は簡素なもんなんだけど。

 アンは先に部屋でパジャマに着替えると、俺を部屋に入れベッドの脇に置いた。


「っと、おやすみなさい」

「おやすみ」


 寝顔をジロジロ見るのは失礼だなと、俺は早めに意識を落とした。

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