開始するキョウトウ
『沼の氏族』巡視隊は3名共尖った耳と額に小さな角を持つ魔族の若い少女たちである。
かつて、魔族の支配者は様々な種族・能力・出身の者たちをまとめ上げるため、自軍を一つの氏族であると称したという。
その名残で魔族は国家の名称を、今でも『氏族』と称している。
『沼の氏族』は現在魔族領で最も大きな5つの氏族の1つであり、帝国領に最も近い場所にある。
そう教えてくれたのは沼の氏族巡視隊の騎士ラジャという少女だ。
「そーだよ、私らの騎士とか衛者の階級も魔王軍だった頃の名残なの」
「基本的な社会構造は、人側と変わらんのだな」
「そーゆことです」
「くふふ、魔族領域内の環境を直に聞けるのは興味深いよ」
「教科書には詳しく載ってないッスからね」
同行することになった魔族の少女たち。隊長であるヴァンテスは真面目な軍人といった印象で、雑談には加わらずカリナ隊長とワーム対策の打ち合わせをしている。
このラジャという少女はお喋りで、向こうから積極的に話しかけてくる。
さすがに軍務中のお喋りはマズイと思ったのか、ヴァンテスが注意をしてきた。
「然り、騎士ラジャ。一時協定を結んでいる相手とはいえ、行軍中の無駄口は控えよ」
「そー、たいちょたいちょ。共闘するにあたって、事前にコミュニケーションを取ることは必要と考えます。えーと、そーだよ、親睦を深めお互いの信頼を高めて共闘の効果を高めるんだー」
いや、君は単にお喋りしたいだけだろ、その理由今テキトーに考えただろ。
「然り、一理ある。騎士ラジャ、深き思慮に基づいた行為であったか。交流の続行を許可しよう」
あっさり丸め込まれたヴァンテス隊長。アナタちょろい人だな。
「そーゆことだよ、ではではフジャちゃんも聞きたいこと話したいことがあれば遠慮なくどぞどぞ」
「ぽふ?私はラジャちゃんと皆のお話聞いてるだけで満足いーよ」
双子の妹であるフジャは会話には参加しない。無口なのではなく、にこにこぽやぽやしてる天然さんだから、らしい。
「っと、そろそろです。お静かに」
黙々と先行していたアン副隊長が制止をかける。
聴覚センサーを澄まして確認すると、前方からどすんばたんと何か巨大なものが暴れているような音が聞こえた。
「いよいよお出ましッスね」
「くふふ、戦闘準備万端ですよ」
「ほぅ、骨占いによると暗中与作木を伐りヘイホーだね」
「あは、やろー共、共闘陣形は頭に入ってるな、始めるぞ」
第五小隊の面々は口々に勝手なことを呟きながら、隊長の指示に従い行動を開始する。
「然り。当隊も作戦に従い行動を開始する」
「そーだよ、腕がなるなる」
「ぽふ、討伐いーよ」
巡視隊も所定の位置へと動き進軍を開始する。
作戦といっても内容は単純だ。
沼の氏族巡視隊が正面から攻撃を仕掛け囮となり、カリナ、チセ、マシュロが魔導砲で遠方から射撃。
エリサ搭乗の俺とアンは接近して、機動力を活かし、背面や側面から近接攻撃を仕掛け、状況に応じて他の部隊のフォローに回る役割だ。
巡視隊が先行し進むと前方の開けた場所に、体長50mはあろうかという巨大な森林ワームの姿が姿を現す。
森の木々をなぎ倒すように前進し、周囲の植物をガツガツ食らっている。
「然り、巡視隊前進せよ。近接し奴の注意を引きつけろ」
ヴァンテスの号令に従い巡視隊が武器を構え前進する。
同時に魔導砲を構えた砲撃部隊が魔導砲の有効射程に収めるべく散会する。
「っと、エリサ少尉とダイジロは左。私は右、回り込んで側面を突きます」
「おまかせッス」
小さな副隊長の合図で俺たちも駆けだした。
ヴァンテスの乗機ガオンの武器は両手持ちの大型の槍だ。
戦闘を駆け一番に接敵し、正面からワームの鼻っ面に速度を乗せた一撃を叩きこむ。
続いて双子のラジャとフジャの乗機バラムが剣で斬りつけると、ワームは苦し気な悲鳴のような甲高い声を上げ上体を反らす。
足止めは成功だ。
そして後方の砲撃隊が後方から射撃を開始すると、装甲のないワームの体は徐々に体を削り取られてゆく。
俺たちはワームが左右に方向転換しようとすれば、その反対から斬撃を浴びせて、その位置に固定をする。
予定通り連携は上手くいっている。
巡視隊は女王ワームの巨体の攻撃を正面から受け止める最も過酷な役割だが、全く揺るぎない。
この配置はヴァンテスからの提案だ。
魔族側の機体の方が装甲が厚く耐久性があるので、正面からの足止めに適しているからだ。
さすがに一番危険な役割を全部押し付けるわけにはいかないと、カリナは自身の重装機やマシュロの汎用機を置く提案をしたが、連携訓練のされていない機体を交えるのはかえって危険であると言われ、引かざるを得なかった。
順当に追い詰め体を削り、このまま倒しきれるかと思った矢先、ワームの様子が変わった。
上半身を持ち上げ、大きく空気を吸い込み急激に腹が膨らんだかと思うと、正面に相対する巡視隊に向け、口から緑色の霧のようなものを吹き付けた。
全体を緑の霧に覆われた途端、巡視隊の動きが止まる。
「っと、チセ知ってれば解説」
冷静なアンが、珍しく焦った様子で問いかける。
「くふ、驚きですよ。アレはポイズンワーム種が使う有毒ガスブレスと同等のものですね、まさか女王種が使ってくるとは思いませんでしたよ。即効性のある神経毒で吸引はもちろん肌からも浸透して、体を麻痺させますね。長時間そのままにしておけば後遺症や最悪死ぬ場合もありますよ」
魔導兵器の操縦席は密閉されてはいない。
霧状に吹き付けられた毒ガスは機体の隙間から侵入し、中のパイロットに直接害悪をもたらす。
「私が前に出て足を止める!アンも正面、チセはその場で砲撃を続行。エリサダイジロ、マシュロは巡視隊の機体を後方に遠ざけろ」
「了解ッス」
チセの解説を聞いたカリナが指示を出し、全員が間髪入れず動き出す。
カリナは長槍を手にワームの全身を食い止め、正面に回ったアンも短剣を素早く繰り出し連続攻撃を加える。
マシュロはフジャのバラムの腰を両手で抱えると、引きずるように後ろに下がる。
「し、……然り、り、帝国軍。ラ、ジャ機を……先に」
通信機からヴァンテスの苦しそうな声が流れてくる。
「エリサ、緊急事態だ、全開にする!」
「がってんッス。衛者ヴァンテス、騎士ラジャ、心配ご無用ルイン・リミテッドなら両機同時に運べるッス」
俺は燃費加熱無視で全パワーを絞り出すと、右手にヴァンテスのガオン、左手にラジャのバラムを抱えそのまま全力で跳び上がる。
そのまま一跳びでチセの支援型ディガスの後ろに着地し、両手に抱えた機体を地面に降ろし、ワームの方に目を向ける。
マシュロ抱えたフジャ機は安全圏に離脱できたようだが、ワームが眼前の標的にもう一度ブレスを吐こうと胴体を膨らませている。
そして再び吐き出された緑の霧が、前線の2機を飲み込もうと降りかかる。
足止めのために踏みとどまっていたカリナ機は、なすすべもなく緑の霧に包まれ動きを止める。
アン機は直前で跳び上がり回避したが、それはむしろ最悪の結果を招いてしまう。
ワームが後ろ半身の尾の部分を持ち上げ、狙いすましたように勢いよく振り下ろす。
それは空中で身動きの取れないアンの高機動型ディガスを直撃し、そのまま地面に叩きつけたのだ。
「カリナ隊長、アン副長、大丈夫ッスか!」
「返事を、隊長、アン少佐!」
焦る俺達に、返ってくる声は無かった。




