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別の街へ行くということ


すいません。長くなりました。


「待て。バカ待てバカ。お前バカ。……なに考えてんだ?」


 薬草畑の収穫を終えて、朝一番で街に戻ってきた俺はズタ袋を買ったお店で再びズタ袋を大量購入。店のおっちゃんが驚いてた。多分、そんないっぱい何に使うの的な物だろう。


 手には薬草の入ったズタ袋が二十。二千本。不思議な事に、スキルを発動していると重くないのでスキル・オン。周囲の視線が凄かった。まぁね。俺もどうかと思うもん。


 でも全然気にしてない。働いてたら恥ずかしい想いをすることだってあるのだ。高校の頃ガソリンスタンドでやってた声だしに比べれば大丈夫。平気。未だに道路に向かって大声で接客用語一セットやる意味は分からないけどね。


 冒険者ギルドではいつも通りのお出迎え。無言と視線のプレッシャーをかわし買取してもらうため空いてるカウンターへ。


 もはや他のカウンターが空いてるのとか見たことないよ。灰色ツンツンだよ灰色ツンツン。


 それでも作業効率が良いことに定評のある彼のところが空いてるのは助かる。


 カウンターに乗るだけ薬草をドン。残りは足下に置いて一言。


「買取お願いします」


 笑顔で言ったというのに、灰色ツンツンからは辛辣なお返事を貰ってしまった。なに考えてるって……。


 今からこの街を出て新生活を始めるにあたり、何はともあれ先立つものが必要だ。


 愛だ。違った。金だ。


 引っ越し資金とか税金とか新居に馬にと必要だろう。


 ならなるべく手元に金があった方がいい。


 幸いというかなんというか、アイテムボックス(銀行)があるから現金を手に持ってても安心できるとこある。


 身ぐるみ剥がされて金持ってなかったら襲ってきた人も諦めるんじゃね? いや待て。やっぱ脱がされるのは勘弁願いたい。


 だからどれだけ大量に売却しても買いたたかれない冒険者ギルドで信用のある灰色ツンツンに薬草を売っておこうと思ったわけですよ。


 そんな感じの説明を灰色ツンツンにしたら、深い溜め息を吐かれた。疲れてるのかな?


「……ああ……まぁいいけどな。一応、念の為確認しとくが、うちで買取していいんだな?」


 おうともさ。


「お願いします」


「……わかった。シェーラ、アルガス。これラグんとこ持っていって査定してこい」


「はい! わかりました!」


「わかりました」


 シェーラと呼ばれた猫耳さんが、敬礼を行わんばかりの勢いで返事をした。尻尾がピーンと立っている。十日前とはえらい違いだ。なんかあった?


 アルガスと呼ばれた眼鏡を掛けた彫りの深い渋いイケメンがそれに追従する。


 シェーラさんが一気に四つほど抱えて奥のドアを二往復するのを見届けると、灰色ツンツンは顎で奥の部屋へと促してきた。


「時間掛かるからな。ここで待ってろ。一応先に聞いとくが、何本だ?」


「二千本です」


 ふふふ、どやぁ。二度はやらかさないんだよ二度は。本数指定も出来たしね。一袋百本。


 しかし灰色ツンツンは手元の用紙に数を記載しながら微妙な表情を浮かべていた。


「……書類の記入は全部こっちでやるが、薬草はいくら採ろうがランクGの依頼から出ないぞ? 昇格には関係ない」


「構いませんけど?」


「………………そうか。いやいい、忘れてくれ」


 灰色ツンツンの瞳から光彩がだいぶ薄れてんだけど? ハードワークなんだな。可哀想に。


「それで? だいぶ姿を見なかったからな。てっきりもう他の街に拠点を構えてんのかと思ってたんだが……」


「ああ、その点についてはすみません。色々とご配慮してくださったのに連絡もせずに」


「いや、構わんが。それでいつ出てくつもりなんだ?」


 なんか追い出されてるように見えるが、目の前の男は気のいいイケメン。俺が街を出る際に、襲われないよう色々と手を回すため聞いてきてるのだろう。そんな人の良さで大丈夫だろうか? アウトローな少年たちの餌食になっちゃわない?


「とりあえず換金が終わったら、食料等の買い出しをして街を出る流れでいこうかと」


 換金待ちだ。時間掛かるなら先に買い出しだけして待っててもいい。


「となると今日中か……よし。ちょっと待ってろ」


 返事を聞く前に足早に個室を出て行く灰色ツンツン。どうやら換金はすぐ終わるらしい。この前の十倍持ってきたのに。


 待ってるあいだ暇なのでアイテムボックス一覧とやらを呼び出すことにした。一覧作成可能とか書いてあったし、項目があると便利。検索とかついてると尚良し。


 よし。アイテムボックス一覧お願いします。


 ………………返事がない。アクションもない。どうしようもない。


 おう。久々来たな。仕様が分からないこの感じ。なんだ? どうやるの?


 ステータスウィンドウを呼び出してスキルを鑑定。もう一回説明を読むことにした。




 空間自在Lv2

使用可能技能

『空間振動』

・目視下の空間を揺らし衝撃波を発生させる。範囲上限は使用者の体積の三倍。指定の空間内の物全てに効果を発揮する。

『視界跳躍』

・目視下の任意の場所に転移する。効果範囲は視界に映る場所全て。連続使用可能。物体内の転移不可。




 なんぞこれ?


 いつの間にか詳細の記述が書き換わっていた。次元断層とアイテムボックスの説明があった場所に見知らぬ技能。


 確かにレベルが上がっていたのは知ってたが、まさか使える技能が増える系のスキルだったとは。てっきり範囲とか効果とかが強まるものとばかり思っていた。


 まぁいい。


 とりあえず今は一覧だ。アイテムボックスの記載はどこ?


 首を傾げながらステータスウィンドウつつくと、使用可能技能の欄がスクロール。下の方にちゃんとLv1の技能の記述があった。


 タッチパネルもいけるのか。部下の人の優秀っぷりが留まるところを知らない。


 記述には、やはり作成可能としか書いてなかった。どうやって作成するのか聞きたいんだが? ヘルプどこヘルプ?


 思わず半透明な青いウィンドウを隅から隅まで眺め回したところ、左端に[一覧作成]のアイコンを発見した。


 …………。


 ポチ(標準的な犬名)。


 お馴染みとなったピッという電子音と共に更新されるウィンドウ。




 アイテムボックス一覧


・布袋 3

・手袋 1

・ホーナット草 4

・ギモヨ草 62341

・ギルドカード 1

・木串 84

・大皿 11

・竹筒 11

・果実水 15L

・果実酒 20L

・黒パン 21

・マサド鳥のスープ 3L

・ジュラの実 22

・シダラ魚の干物 36

・カシトラの肉の薫製 3

・テムシンの葉 18

・イムリコの豆 252

・魚醤 1

・塩 1

・布の服 12

・布のズボン 5


・金貨 9 銀貨 54 銅貨 164




 めんどっ。


 えーと、大体個数表記でいいのかな? 重さじゃないのは豆の表記で分かった。これ袋一杯分で銅貨十枚だったやつだ。で、なんで水系はリットル表記なん? 水筒の水が記載されてないのはなんでだ? 果実酒とか果実水とかはタルで買ったのにタルの記載もない。ここら辺は適当感ある。部下の人が手を抜いたのだろう。


 ……俺の着てきたジャージとTシャツも布の服に分類されてんな。取り出すときはどうすんだ? あ、指定はできんのか。ということは、空の竹筒と水の入ってる竹筒みたいな感じで指定すんのか。なるほど。


 ……めんどっ。


 まぁいいか。とりあえず一覧の確認はできたし。手袋とかどこで買ったかなぁ……。


「悪い、待たせた」


 青いウィンドウを見ながら、知らない名詞を鑑定で判別していたら灰色ツンツンが戻ってきた。いつぞやの狸面に猫耳なシェーラさんも一緒だ。


「あのっ! あっ、ありっ、ありがとござますっ!」


 突然シェーラさんに興奮気味に頭を下げられる。噛んでる。ちょっと落ち着こうか。


「おう! てめぇまた随分持ち込んでくれたじゃねぇか! もうウハウハよ! ガッハッハ!」


 歯を見せて獰猛に笑う狸面は前と同じ位置に座るとバンバンと肩を叩いてくる。


「ぬっ? なんだ手がいてぇな?」


 おっと、失礼した。スキル・オフ。


 首を傾げながら再び軽く俺の肩を叩く狸面を灰色ツンツンが諫めつつ反対側に座る。鼻息の荒いシェーラ氏が灰色ツンツンの隣へ。


「あー、まず分かってて持ち込んだんだろうが、粉蕗が混じってたんでな」


「しかも三つよ!」


 前回のように狸面の手でテーブルの上にドンドンドンと置かれる薬草の一輪挿し。


「あ、見せなくて大丈夫です。止めてください勘弁してくださいごめんなさい」


 これまた前回のように葉を捲ろうとする狸面にストップをかける。やめろ酷いことするな泣くぞ。


「で、だ。一応、念の為、確認事項として、もしかしたら間違って混ぜた可能性を考えて、これが買取なのか聞こうと思ってだな」


「はぁ。じゃ、買取お願いします」


 律儀だな灰色ツンツン。


 俺の返事に灰色ツンツンは頭を抱えた。もしかして徹夜明けとか二直連勤とかなんだろうか。心配だ。


「ガハハハッ、な? カム言ったろうが! 気にしゃあしないってな! よしギルドカード出しな! 依頼達成の処理と金とってくっからよ!」


 ギルドカードを狸面に手渡すと、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。なんかいいことでもあったんだろうか。


「あのっ! ほんとのほんとに、ありがとうございます!」


 狸面を見送った俺に今度は猫耳の人、シェーラさんが頭を下げてくる。


「いや、すみませんが何に対して御礼を言われてるのかが……よく分かりません」


 いきなりありがとうって言われてもね。中学の時に弁当に消しゴムのカス仕込まれて気づかず食べた時もおんなじようなこと言われたよ。


 (感動を)ありがとう。(間抜けでいてくれて)ありがとう。ってね。トラウマだわ。それからずっとぼっち飯だわ。


「ええ!? いや、粉蕗ですよ粉蕗! 他にないじゃないですか! こんな貴重なものを依頼でもないのに卸してくれるなんて!」


 すずいっとテーブルに身を乗り出して近寄ってくる猫耳さんを灰色ツンツンが肩を掴んで押し留める。


「バカ落ち着け」


「できませんっ!」


 いや落ち着こう。


 俺の反応がイマイチだったためか、猫耳さんは隣の灰色ツンツンにも噛みつく。


「だって粉蕗ですよ!? しかも合計で四つ! カムさんはビックリしないんですか? 本部の評価も上がるし昇進も夢じゃなくなるし栄転も叶うかもしれないじゃないですか! こんな王国の端の環境劣悪な支部配属になった時はSランク冒険者が流れてきてあたしを救い出してくれるような夢を見るしかないっていうのに! 本部で進言して反感買って飛ばされてきたムッツリ上司には担当が全然つかないからこの先の人生ずっと書いても書かなくても問題ない書類とにらめっこばかりして置物として過ごしていくんだろうなという絶望から転職が頭をよぎってもギルド出たらそれこそ冒険者やるか体売るかぐらいしかないからどうしよう? とか思ってたんですけど!」


「書類は書けよ」


 人生? 猫人生じゃなくて?


「漸くついた担当が、副業だか食いつめの村人が夢見てるだかのトーシロ丸出しのド新人な上に薬草見つけるのに日を跨いじゃうような糞トロいオッサンかと思えば! 時間当たりの質に量! しかも依頼を出せばBを下らない粉蕗を見つけてくるなんて偉業! 掘り出しもんですよ! 信じてました! あいたぁっ!?」


 灰色ツンツンのデコピン。シェーラさんの頭部が後方に弾かれる。


 すげーデコピンだな。同じ小学校じゃなくて良かった。罰ゲームに直ぐ暴力を思いつく狭い社会の中では誰しも食らったことがあるだろう技だ。子供の頃の俺が食らっていたら吹っ飛んでいただろう。今? 気絶するぐらいだ。


「ううううぅ〜。な、なにを………………はっ!?」


 額を押さえて立ち上がり掛けた猫耳が、漸く今し方自分の口から出た災いに気づく。


「どうも、ムッツリ上司だ」


 ちわー、糞トロいオッサンです。


「……あのですね。あたしが言ってたわけじゃなくて……ミロさんとかマジェンダさんが……いや、あたしは全然……いつか上司権限で無理やり散らされるとか……全然思ってなくて、ですね……」


「黙って座ってろ」


「……はぁい……」


 ペタンと猫耳を伏せて座り直すシェーラさん。


 大丈夫だ。そんなにダメージ受けてないよ。高校の頃に忘れ物を取りに戻った教室で数名の女子が男子の品定めというかランク付けしてた時に俺の身体をやりだまに上げているのを盗み聞いてからは、女子に幻想を抱かなくなったからね。


 アレめっちゃ小さそうとか、雰囲気がムカつくとか、つきあう? 絶対ないわ。キスとか出来ると思う? 顔近づいてきただけで吐く自信あるわとかだ……。


 思い出しただけでダメージ受けちゃったよ。俺の精神も守ってよ次元断層。


 軽くうなだれる俺に灰色ツンツンが空咳一つ入れて話し掛けてくる。


 おっとそうだった。仕事中みたいなもんだった。


「部下が失礼したな」


「いたいっ!? ゴメンナサイでしたぁ! あたしの頭叩き過ぎですよカムさん!」


 俺の落ち込み具合を猫耳さんの暴言と取った灰色ツンツンが、パシッと猫耳さんの頭をはたきながら自分も頭を下げてくる。


 新人教育って大変だよなぁ。


「ああ、構いませんよ。薬草取るのに、だいぶ時間を掛けてたのは本当ですし」


「ああ! 違うんです! 今は欠けらも思ってないっていうか! むしろあんな状態のいいものをどうやってっていうか!」


 今は、って。どんどん墓穴掘ってくな。


 手をワタワタさせている猫耳さんの隣で疲れたように額に手を当てる灰色ツンツン。


「そう! どうやって集めたのかなー、すごいなーって」


 わぁ棒読み。


「おいシェーラ。狩場や採集場を聞くのはマナー違反だぞ。お前はもっとギルド職員の自覚を持て」


「はっ! そうでした! すいませんー……」


 ペコペコと再び頭を下げる猫耳の人に手を振って気にしてないと表していたら、ノックもなく扉がバーンと開いて狸面が入ってきた。ビクッとなった。謝れ。


「戻ったぜ! ギルドカードは昇格なしの更新のみ。そんで、こいつが今回の代金だ!」


 もはや定位置となった灰色ツンツンの対面に腰掛ける狸面。テーブルの上に布袋をドン。ちょっとデカいね。


「粉蕗が一本金貨十枚。三本で金貨三十枚だ。残りの薬草は一本につき一律銅貨十枚での買取だ。千九百九十七本だから金貨一枚と銀貨九十九枚と銅貨七十枚になる。確認しとけ」


 灰色ツンツンの買取額の内約に頷きつつ数え始める。


 それにしても失敗したな。丁度金貨二枚になる計算だったんだが、粉蕗が混じったせいで狂ってしまった。次からは粉蕗じゃない薬草と検索に入れるとしよう。


 ……で十……に、さん、し……七十だから、あるね。


「確かに」


 数えるためにテーブルの上に十個積みにしていた硬貨を布袋に入れる。


「この後は必要物資の買い出しか?」


「ええ、まあ」


「終わったらまたギルドに顔出ししろ。馬車を用意しとく」


「残念だぜ。久々に骨のある新人だってのになぁ……」


 珍しく真剣な表情になる狸面。もしかしたらこのギルドの幾末とか考えちゃってるのかもしれない。


 ……わるいね。流石にポンポン襲撃されるような街に長居する気はない。長く続けれる仕事ってのは、雇用条件や職場環境がいいってだけじゃだめなんだ。


 最終的に物を言うのが人間関係。マジ一番大切。


 結局、人に関することになるんだよな。社内恋愛で別れた女の人とか大変だよ? あまりにも仕事が全然進んでないからちょっとガミったら、いきなり涙がボロボロ。


 俺、オロオロ。


 お茶出して人目のつかないところで休憩してもらったら、何も聞いてないのに訥々と語りだしちゃってさ。「う、うん」とか「大丈夫?」とかしか返事できないって。ビビっちゃってしゃーない。


 結局いきなり辞めちゃったんだけどね。その日の仕事は俺に全負担。社内恋愛が禁止な会社があるわけだわ。回んなくなっちゃうよ。


 男の方はその後も続けてたけどね。社内喰いも仕事も両方。注意しない上司に嫌気が差して俺も辞めちまったよ。


「なんだぁ? しけた面すんじゃねぇよ。別にてめぇを責めてるわけじゃねぇさ」


 俺が思い出しゲッソリをしているのを勘違いした狸面がフォローしてくる。ごめん、全然関係ないこと考えてた。


「むしろ謝るのはこっちだろうからな。職員の教育に冒険者の引き締めはギルドの仕事だってのにな」


「な、なんですか? なんの話ですか?」


 軽く顔をしかめた灰色ツンツンにビクッと反応するシェーラさん。その反応で大体合ってる。


「それじゃ、すいませんが旅荷の準備がありますので」


「おぅ! またどっかでな!」


「馬車の手配はしておく。いつも通り俺はカウンターにいるから、声掛けろ」


「え? あ、あの、ありがとうございました?」


 硬貨袋を手に俺は応接室を後にした。










 マジ怖いんですけど。


 アウトローな若者の襲撃は会ったが、冒険者の方々にはまだ襲われてないので、ほんとに狙われているのか半信半疑だったが……。


 後ろにね、いるんスわ。


 買い物の途中で、あ、あれも買っとこう。と行き過ぎた店に踵を返して戻ろうとしたら、何名かの革の装備をつけた冒険者方とすれ違いに。


 ちょっとドキッとしたわ。だって顔にキズとかあるんだよ? 思わず目を逸らしたわ。


 で、その店を出て同じルートを歩き出したら、少し前にたむろってるんスわ。気のせいかこっち見てる。


 あれれぇ? なんかおかしいな? と思って、突然踵を返したり早足で店に入って直ぐに出たりとやってみたのだが。


 いやー、その度に今日は冒険者の方々とよくすれ違う…………。


 つけられてるね? つけられてるよ!


 気づけば直ぐ背後まで忍びよってる冒険者(メリーさん)。じゅんじも真っ青。


 この状況で路地裏や人目のつかないとこに入ったらどうなるかなんて流石に分かるよ。オヤジ狩りだ。異世界こえー。


 仕方ないので大通りに面したお店で買い物を済ませた。


 冒険者ギルドに駆け込み灰色ツンツンに出発を告げると、ギルドの中に案内されて裏口から外へ。職員専用なんだそうだ。


「これが……」


 外に出ると目の前に馬車が。馬車始めてみたよ。馬をこんな間近で見たのも始めてだ。


「なにボケッとしてんだ? ちゃんと手筈聞いてたか?」


「あ、はい。それは大丈夫です」


「じゃあ乗り込めよ」


「そ、そうですね」


 意外と段差があるな。タラップとかないの?


 馬車の入り口のところを掴んで体を引き上げる。よっこらしょ。


 振り返ると灰色ツンツンが腰に手を当ててこちらを見ていた。


「色々お世話になりました」


「……いや、どちらかといえば礼をいうのはこっちじゃねぇか?」


 なんで?


 俺が首を傾げると灰色ツンツンはもういいと軽く手を振ると御者に声を掛けた。


「アルガス。予定通りに頼む」


「分かりました」


 灰色ツンツンが目で座れと促してきたので扉を閉めて腰を降ろす。


「お願いします」


「了解です」


 返事が返ってきて直ぐに馬車が動き出す。ガタンときた。ケツが痛くなりそう。座布団が欲しい。


「じゃあな」


 灰色ツンツンの別れの言葉が聞こえてきたが、とっさに返事が出来ず、あっという間に角を曲がりその姿が見えなくなる。


 イケメンはどこまでいってもイケメンだわ。そらモテる。


 窓から覗く街並みも直ぐに終わり、門番の人の検査をパスして街の外へ。この街に入る時も出る時も南門。


 ただし進路は東のようだ。左に曲がる。


 ちょうど牛やら竜やらがいた山とは反対方向。ちょっと安心。


 三十分ほどして、道なりにすすんでいた馬車がゆっくりと止まる。


 ここからは徒歩。予定通り。


 なんでもギルド内に情報を流している職員がいるらしく、この馬車は囮になるそうだ。そのあいだに俺は山道を歩いて近くの小さな集落へ。そこにも馬車が手配されてるとか。灰色ツンツン、どこまでも優秀。


 馬車から降りると御者の人にお声掛け。ちょっと気になってたことがある。


「あの、もし街の冒険者に襲われたら……あなたはどうなるんですかね?」


 そうだ。馬を操っている人の安否は計算に入っているんだろうか? これで怪我でもされたら気持ちがすぐれないのが小心者。入ってなかったらニンジンっぽい野菜を馬の眼前にくくりつけて自走してもらおう。んで一緒に村まで行こうじゃないか。別に一人が不安とかじゃないよ? うん。不安とかじゃない。


「大丈夫です。追い掛けられているのを感知したら、縄を斬って馬に乗って逃げる予定になってます。それに、私はランクでいうとDぐらいの実力があるので、野盗の真似事をするしか脳のない奴ら程度なら大丈夫でしょう」


 …………つ、つよい。刃物やら魔法やらを使う荒くれ者の集団を『程度』扱い。もしかして職員の人たちって優秀なんだろうか? 猫耳の人。人によりけりだね。


「それじゃあ、お気をつけて」


「あ、はい。ども」


 軽く頭を下げると発車する馬車。通りの先まで見送ると、言われていた通りに足で踏み固められたっぽい獣道が。


 確かに。これは言われな分からんね。そんじゃ、歩くとしますか。


 あの薬草畑のあった北の森に比べたら遥かに見通しが良かった。


 そんな森を歩くこと五時間。そろそろ日も暮れようかというところで村についた。


 直ぐに分かったよ。


 だってこんなに轟々と燃え盛ってたらね。


 死屍累々。


 火の手を上げる建物。地面に倒れ伏す人また人。体から抜け出た血が地面に染み込み変色している。壊されたであろう扉やら藁束やらの破片が所々に飛び散り火の勢いを助けていた。


 …………でぃーーーぷ。


 これはかなりタイムリーな時に来てしまったんじゃなかろうか? どうも襲われて間もない感ある。


 本来なら体を低くして口に濡れたタオルでも当てて森の中に引っ込むのだが、目の前で倒れている人がいたら生死確認を行っておくのが小心者。後になって、あの時まだ生きてた、とか言われたら耐えられないからね。


 ……おぅ、エグい。この人はだみだぁ。こっちは見るからにアウトだ。うわっ、こんな小さい子もかよ……。


 どれもこれも悲壮な表情のまま息絶えていたので、一人一人の目を閉じながらの作業。


 そこで。


「いけっ! 逃げろっ! 速っぅ!?」


「あなた!?」


 通り一つ向こうの家から、ドアを蹴破って男女が登場。男の方が女を庇いつつ急かしていたところで、おんなじ家から矢が飛び出てきて男の足にヒット。これが世紀末か。思わず現実逃避。


「いけ! いいからいくんだ!」


「うっうっ!」


 男が倒れながらも手振りで女を急かす。女は号泣だ。何度も頷いているが、足は根を張ったように動かない。


 そこで顎髭を生やした悪人面が家から出てくる。腰に鉈と短刀をこさえて手には弓を持っている。


 その顎髭が短刀を抜いた。ヤバい。それはマジか? ヤバい。ヤバいって次元断層!


 やったことないが次元断層の遠隔操作を試みる。既に自分に張っている分もあるので、そもそも発動するかどうかも怪しかったが、時間が無かった。なんの躊躇もなく短刀振り上げるんだもん、この顎髭。


 顎髭と男の間に薄い鉄板のような壁をイメージ。


 頼む!


 振り下ろされる短刀。そして――――俺がイメージした地点で刀身が折れ、顎髭の頬を掠めて飛んでいく。


「……あぁ?」


 よかったああああああ!


 しかしモタモタしてられない。たぶんだが、次元断層ってあの位置で固定だよね? 普通に周りこまれたらアウトだ。何より位置が悪い。男女と顎髭の距離、俺と顎髭の距離、圧倒的に前者が近い。ここは虚をついて距離を詰めよう。


 頬の血を拭って少し呆然としている顎髭に歩いて近づく。


 遅すぎず、速過ぎず、自然に。


 通りも半分を過ぎたところで、顎髭が俺に気づく。まだ遠いって。


 俺は足を止めず警戒心を抱かせないようにした。


 笑顔で手を上げたのだ。


「やあ。元気?」


「ああ?」


 もうちょい。あと少し。


 俺の笑顔をどう取ったのか、顎髭は溜め息を吐き出した。


「ああ、なんだ。イカレちまったのか」


 こんなこと平然とする奴に言われたかない。どうやら先程の子供の死体やらを見てアドレナリンが出てるらしい。ゲキオコだ。


 顎髭が腰から鉈を抜く。どうやら先に俺を始末することに決めたらしい。そうだ。そうしろ。俺は男女に注意がいかないよう、顎髭から目を逸らさずに近づいた。


 俺の頭に向かって振り下ろされる鉈。たぶん大丈夫と分かっててもこえぇな!? 迫力が3D映画よりヤバい。もう見ない。


 甲高い金属音と共に鉈が砕ける。ふっ、予定通りだぜ。足がガクブルしているのはしゃーない。カメラさんにはもっと上の方を切り取るようにとお願いしよう。


「あぁっ!?」


 顔をしかめて訝しむ顎髭。


 流石に続けざま己の武器が壊れたら何かあると思うわな。苛立ちの方が強いみたいだけど。


 しかし手の届く間合いだ。既に遅い。俺の世界でもテロリストにはこうする。まさか実行することになるとは思わなんだが……。


 武器が壊れるのは変だと感じても、目の前の俺を警戒することはない顎髭に向けて掌を突き出す。この距離なら外すまい。避けてみて? ってやつだ。


「あ?」


 金髪か銀髪のお姉さんによろしく。質問は意味ないそうだ。


 火炎放射、ごー。


 念じた瞬間、体の中の何かが一瞬で掌に集まり、放たれる炎の奔流。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 あっという間に火に包まれた顎髭が、俺が倒れている男の前に張った次元断層に体当たりをかましてハジかれる。


 しばらくゴロゴロしながら絶叫を発していたが、やがて動かなくなった。おぅ……予想以上にグロいな。アドレナリン使い切ってしまったぜ。


「……あ、あの」


「あなた!? ああっ! 良かった! ああ……うっうっうっ……」


 口をポカンと開けた倒れている男が俺に話し掛けようとしたが、おそらく奥さんであろう女に抱きつかれて会話をインターセプト。


 しかし今はそんな場合じゃない。


 俺は急いで男に駆け寄ると、足に刺さっている矢を折って抜いた。


「ぐあっ!」


「な、なにするんですかっ!?」


 回復魔法を発動。とりあえず早く移動しないといけない。出来れば説明は逃げながら行いたい。あれだけ大声で仲間が悲鳴を上げていたのだ。あれだよ、分かるだろう? 一匹いたら百匹らしい。


 緑色の光が倒れている男の患部を覆う。しかし治るまで待っているつもりはない。


「すいません。治療しながらで悪いんですが、早いとこにげましょう。肩貸すんで。立てますか?」


 焦ってる。焦ってるよ。早く早く。


 俺の焦りを理解したのか、男の方が無言で頷くのもそこそこに脇に手を入れて肩を支える。え、めちゃくちゃ軽いんだけど。


「ぐっ! すいません、力を少し弱めてもらってもいいですか? 肩が外れそうで……」


 え、うそ? ほんと? なんで? そんなに大して力入れてないよ? ……あ、あれか? これも次元断層関係ある?


 とりあえずオフだ。


 俺がスキルを切るのと同時に肩に重みがのしかかってきた。ズシッときた。いけるかな?


「おい! てめぇら!」


 ……マジかよ。勤勉でいらっしゃる。建物の陰とかでサボってくれてもいいんだよ? うぅ、ちくしょう。ぞろぞろ出てきやがった。


 男女が出てきた家の裏手や通りの向こう側、通りに面した家屋からいかにも野盗な奴らが出てくる。


 一人なら、恐らく逃げ切れるだろう。次元断層もあるしね。


 しかしこの二人を連れては無理だ。掛け続けた回復魔法のお陰か、足の傷は塞がったように見えるが、再び怪我をされたらそれまでだ。一々治療に足を止めるわけにはいかない。


 どちらか片方なら救える。次元断層の説明に表面積の二倍って書いてあった。


 つまり、二人分だ。


 チラリと横目で二人を見る。


 己が運命を悟ったのか男は歯を食いしばりながら女を片手で抱きしめていた。よく見ると、両方二十歳前ぐらいの若さに見える。


 前途のある若人だ。若い上に所帯持ち。圧倒的に勝ってる。自分の遺伝子を後の世に伝えられる。対してオッサンは……ロンリーオッサンだ。


 なんだ。じゃあ悩む必要ないな。


 ゆっくりと男の脇から手を抜く。男は悲嘆にくれたような、でも仕方ないと言わんばかりの表情で唇を噛み締めこちらを見て頷く。


 スキル・オン。次元断層。対象は、目の前の男女。


 イマイチ発動しているか分からないので強めに男女を叩いてみた。


 ……ジーンときたわっ。狸面はよく我慢できたな? 俺より強い勢いで叩いていたように見えたが?


「な、なにを?」


「痛かったですか?」


 結果は俺の手が知っていたが、一応確認のために問い掛けてみる。仲間が焼けているのに気づいた野盗どもが慎重に包囲を始めていたが、もう間もなくといったところだろう。


 時間がない。


「い、いえ? 別になんと…………え? あ、なんで?」


 自分の体の変化に気づいた男が狼狽する。女の方はずっと男の胸に顔をうずめていた。俺が叩いた事にすら気づいていないだろう。


 男の問い掛けを無視して周りを確認する。数えただけで二十一人。数の暴力だ。これで全員って言ってくれ。


 取り囲んだ野盗どもはそれぞれメイスやら刀やら剣やらを手にしている。例外なく血糊がついている。働き者どもめっ。


 それならこちらも対抗して労働に勤しむとしよう。


 俺は冒険者(ハンター)だ。無法者を捕まえて金を貰うのが仕事。


 ……しっかし、なんでどいつもこいつも恐い顔してんだよ。真正面から見れないよ。そんな時は野菜に例えるといいらしい。こいつら全員薬草だ。根こそぎやってやるからな。


 決まってしまった。声に出さないのはあれだ、失敗したときハズい。


 そんな事を考えていたら、周りの奴らが包囲をジリジリと詰めてきた。


 よし、頑張る。


 とりあえず逃げの一手だ。この三人の中で身の安全を確保出来てないのは俺だけだ。安全第一でいきたい。


 見晴らしのいい屋根の上を見つめながら、スキル・オン。


 視界跳躍。


 またもエフェクトが無かった。


 突然切り替わった光景にたたらを踏む。連続使用できるらしいが、あれだ、酔う。


 慣れるまで練習したいがそうも言ってられない。周りの景色を確認。野盗どもがとある夫婦を囲んでいる。


 見ようによっては俺だけ逃げたと思われかねない状況だな。いや、逃げたんですけどね。


 少し離れた開けた場所に、他の村人が見えた。


 女性オンリー。こういう時の常識でいったらあれだ、金になるのと楽しむためといったところか。


 唯一の二階建ての石造りの家屋の屋根で現状を確認し終える。


 次は攻撃だ。


 あの夫婦に被害が出たらなんのために頑張ってんのと自責に駆られそうなので、一番離れた野盗をマーク。狙うぜ、外れないで。


 空間振動。


 とりあえず最大出力だ!


 バシッと何かが弾ける大きな音と共に、指定の空間にいた野党がハネ飛ぶ。


 しかし音の割には破壊が少ないというか、


 破壊がない。


 指定の空間は地面が抉れているわけでもなければ、ハネ飛んだ野党が怪我をしているわけでもない。細部はよく分からないが、四肢の欠損等は見当たらないように見える。


 威力なし? 話が違うよ。やべー。逃げる?


 やはり火魔法に切り替えるべきかと考えていたが、ハネ飛ばされた野盗が起きてこない。


 おやぁ?


 俺が突然消えてから辺りを警戒していた他の野盗が揺さぶり起こしているが、起きる気配はなし。


 死んだのか、それとも気絶しているのか、どちらにしろ使えるね。


 次元断層を掛けた夫婦は夫の方が嫁さんを抱きしめて庇うようにしゃがんでいる。


 その背後では武器を振り下ろしては破壊されるを繰り返す野盗ども。良かった。ちゃんと効いてるな。


 再び離れた野盗を攻撃。今度は空間でなく個人を指定。


 いけるか? いけた。


 背中合わせに警戒していた野盗の一人が殴らたかのようにハネ飛ぶ。どうやら個人指定でも大丈夫らしい。


 ならば後は作業だ。


 空間振動。空間振動。空間振動。空間振動。空間振動。空間振動。空間振動からの空間振動。空間振動だ! 空間振動を喰らえっ! 秘技・空間振動! 空間しんどっ!


 だいぶノリノリでポーズとか決めてやってみた。分かったことが一つ。


 掌を翳すと、収まりがいい。機能的なことじゃなく気持ち的なものだ。発病してしまうかもしれない。


 で、分かったことだが、発動までに一瞬のタイムラグがある。


 空間振動…ブワッ、バシッ、といったところだ。


 これが距離のせいなのか元々の仕様かは分からないが、個人指定はともかく、空間指定は避けられる可能性があるな。となると、個人指定は個人指定でデメリットありそうな気がする。常に疑ってかかるのが小心者。心が同様しないように保険を掛けておくのだ。


 しかし空間振動……。もっと、「へっ、汚ぇ花火だ」的な攻撃かと思えば、意外とクリーンな効果だな。見た目的には。


 さて。これで夫婦周りは片づいたな。あとは広場的な場所に陣取っている頑固な汚れを落とすだけだ。


 もう一頑張り。保ってくれ俺の精神力。


 夫婦の出てきた家の更に向こうのポッカリ空いた空間に、女性が固まって集められている。それまでの道のりには死屍累々。ちょっと遠いな。跳ぶか? いや待て。とりあえず見える野盗だけでも狩っておくか。


 一狩りいこうぜ。空間振動。


 見張りだったのだろう。捕らえている女性の周りを抜き身の刃を片手にウロウロしていた野盗が、バシッという効果音と共に、突然弾かれたように倒れる。


 辺りは騒然。捕らわれの女性たちに向けて刃物を向けるやつも出てくる。


 そりゃヤバい。


 空間振動からの視界跳躍。


 捕らわれていた女性の皆様の前に転移。遅れて発動する空間振動。俺が現れた直後に吹っ飛ぶ野盗の人。


「な、なんだてめぇ?」


 空間振動。空間振動。空間振動。お話は後で頼む。近い距離に野盗がいっぱい。テンパるわ。もっと離れて。


 ポンポンと、俺が現れた途端に冗談のように野盗が回転したりしながら飛んでいく。流石に俺の仕業と気づいたらしい。まぁ、掌とか向けちゃっているしな。気づかいでかっ!


 しかし奇襲は半ば成功した模様だ。野盗の人数も見える限り残り三人程になった。


「あの手がヤバい! 魔導師だ! 家を盾にしろ!」


 残った野盗の中で、ワインレッドの髪も髭もボーボーの一際体格のいい奴が手振りで家屋を示しながら、いち早く身を隠す。


 正解だ。目視しなきゃ駄目って書いてあるからな。


 とりあえず隠れる前に一人、空間振動を叩き込んでやった。建物の陰に飛び込んだ一瞬後で、弾かれたように飛び出してきて地面をゴロゴロ。白目を向きながらピクピク。


 どうやら死んではいないらしいが、結構な重体に見える。


「ゴズサっ! 弓だ! 移動しながら狙え!」


 ワインレッド髪の野盗が隠れた辺りから指示が飛ぶ。じゃあゴズサ君とやらから対処するかね。


 ゴズサ君が盾にしている家屋を空間振動。


 凄まじい破砕音を響かせながら家屋の一部が吹き飛び、衝撃で他の部分にも亀裂が入り屋根が落ちてきて建物が倒壊した。


 ……………………。


「……な、なんだよこれ!? かっ、かしらぁ!」


 建物が平らになったお陰か、余波を喰うまいと飛び出してきたゴズサ君に空間振動。


「ちぃ!」


 吹っ飛んでいくゴズサ君を確認していると、建物の陰から舌打ちが聞こえる。しかし音源は先程よりも遠くにあるようだ。


 警戒して建物を見ていると、馬の嘶きが聞こえてきた。続いて馬を走らせる蹄の音。


 マジか。意外とクレバーだな。


 このまま逃げられたらこの集落の皆さんは安心して夜眠れなくなるじゃないか。


 いかん。それはいかんよ。


 生活において安眠は何物にも変えられない。仕事して疲れて帰ってきてるのに隣の部屋から響く爆音。


 眠れんっちゅーねん(中年)。


 流石の俺もキレて隣の若造に怒鳴り込んだわ。そして逆ギレされたのでアパートを変えることにしたっけな。


 そんな悲劇を二度と生まないために、俺は視界跳躍を連続発動。酔いに耐える。


 通りの向こう、屋根の上、また違う家屋の屋根の上、蹄の音の方向へ連続転移。


 おう、発見したぜ。つまりジ・エンド。


 一心不乱に東の街道を駆け抜けようとしていた野盗に空間振動。


 バシッと恒例となった音が響き、馬の上から体に捻りを加えながら地面に向けてダイブする野盗。頭から突っ込む。


 …………一番ディープな飛び込みになってしまった。馬になんて乗るから。


 首が変な曲がり方をしている。特殊な寝相だね?


 恐らくこれで全員だろう。野盗の殲滅に成功した俺は視界跳躍を発動して広場に戻った。


 急に現れてビクッとなる女性の方々。半裸の人や顔が赤くなっている人もいる。大半の人が泣いている。あんまりジロジロ見たらマナーに反するよね。


 さてと。


 崩れた家屋に目がいく。


 …………やっちまったよな。


 どうしよう?


 目撃者が多数いる中での強行。お巡りさん、あいつです。と言われかねない。


 というか言われるな。捕まっちまう。


 となるとここは一つ山吹色のアレで解決を目指すのが薬草長者。越後屋は正しい。大人って汚い者ですから、はい。


「あ、あの!」


 布袋をアイテムボックスから取り出して、金貨を五枚残して、残りの金貨を全て布袋に入れていたら、気丈にもお声掛けをしてくる女性が一人。


 用件は分かる。


 だから女性が続きを話してくる前に有無を言わさず金貨の入った布袋を押し付ける。


「こ、これは?」


「村のためにお使いください(家の修理代プラスアルファです)」


 さてここからが交渉だ。こちらにはまだ金貨五枚と、あるだけの銀貨と銅貨を上乗せする用意があるよ。どんとこい異世界。


「おーい! 全員無事かぁ!?」


 しかし俺がそれを告げる前に、例の夫婦がこちらにやってくる。


 うっ、しまった。いたたまれない。


 夫婦視点で見るなら、俺は、助けてくれると思ったら人数が思ったよりもいたので逃げ出した不審者Aといったところ。


 なにそれ、カッコわるっ。


 余りの恥ずかしさに視界跳躍を連続発動。うっぷ。


 あっという間に、変なオブジェクトしているワインレッド髪の野盗の隣を駆け抜けて東の街道をひたすら転移。


 やっちまった。ガラス割って逃げ出す子供のようなことを。


 しかし今から戻るわけにもいかず、このまま別の村か街に行くことにした。指名手配とかになりませんように。


 視界跳躍の連続発動を止め、次元断層のスキル・オフ。


 俺は、このどこかに繋がっていると信じてる道を歩き始めた。信じてる、ああ信じてるとも。














 村の半分以上が殺られた後だが、俺たちは涙ながらにお互いの無事を抱き合って喜んだ。


「メヌーサっ!」


「姉さん!」


 妻が義妹と抱き合って喜んでいる。広場に集められたのは女性ばかりで、慰み者になるか売られるかといった瀬戸際だったからか、皆、安堵の表情が顔に浮かんでいる。


 しかし村は手痛い打撃を受けてしまった。


 逃げ出した村人もいたが、男手はだいぶ減り、家屋も殆どが壊され荒らされ焼かれた。村としてやっていくのは無理だろう。


「そ、それ……どうしたの?」


「な、なんか不思議なことをする人が……む、村のためにって。た、助けてもらって! でもまさかこんな……」


 これから先の行く末に顔をしかめていたら、妻と義妹のそんな会話が聞こえてきた。酷く驚いて当惑しているのが声の調子で分かった。


「どうした?」


「あ、あなたっ!」


「に、義兄さん。こ、これを渡されて……な、中身は知らなかったの! でも、村のためにって……」


 布袋を持っている義妹がしどろもどろに言い訳をしてくるが、要点をなさない。何が言いたいんだ?


 顔を訝しみつつ、義妹が広げて見せてくる布袋の中を覗く。


 金貨だ。それも何十枚とある。


「なっ!? な、なっ? なっ!」


 およそ俺たちのような平民には一生働いても届かないような金額の金貨が入った布袋を見せられれば、誰だって俺のような反応になる。


 俺たちの反応に周りの村人も寄ってきて、似たり寄ったりの反応をする。そうなる。


「なんか、急にパッと出てきて、また消えた人が! ほらさっきの!」


 その説明は、本来なら言葉不足なところがあるが、そんな説明でも理解できる程に、その人物は突然現れた。


 情報のすり合わせをするために、俺たちも俺たちをその人物が助けてくれた時の状況を話した。


 彼は笑顔で現れた。


 火の手が上がり阿鼻叫喚の地獄のような中で、動揺する様子もなく、まるで散歩をしているように、俺たちに、いや盗賊の一人にゆっくりと近づいた。


 盗賊が、まるで花を手折るかの如く自然に彼に向かって攻撃したのを、何をしたのか全く分からなかったが、彼は防ぎ、直後に掌から放たれた炎で盗賊を焼いた。


 この時ようやく、彼が激しく怒っていることに、俺は気づいた。


 彼が俺の足に喰らった矢を抜いた時には、何か気に障るようなことをしてしまったのかと思ったが、直ぐさま自分の勘違いを知る。回復魔法を掛けて足を癒やしてくれたのだ。


 彼は肩を貸してくれ、安全なところに連れて行ってくれようとしたが、盗賊どもの行動が早く、気づかれて囲まれてしまった。


 この時、彼は一瞬躊躇するような表情を浮かべていたが、直ぐさま覚悟を称えた色を瞳に浮かべ俺の脇から手を抜いた。


 …………恥ずかしい限りだが、俺はこの時、見捨てられたと思ってしまった。しかしそれも仕方ない、これだけの盗賊が周りを囲んでいるのだ。自分の命が第一だろう。文句なんて言える訳もなく、俺はせめて妻に危害が及ばぬようにと抱きしめた。いや、単に恐かっただけだな。


 しかし、またもや俺の勘違いが露呈する。今なら分かるが、彼は俺と妻に護法を掛けたんじゃないのだろうか? 現に、俺も妻も掠り傷一つ負ってない。何度となく斬りつけられたというのに。


 その後の光景は、言葉にするのが難しい。


 それでも敢えて言うなら、透明な巨人が盗賊どもを一人一人叩いているような光景、とでもいうのだろうか? 妻も、盗賊どもが勝手に飛び跳ね出したと言っている。頭がおかしくなったと言われそうだな。


 しかし他の村人や義妹は、そんな説明に納得したように頷き、そしてこう返してきた。


「そう! いきなり盗賊たちが殴られたみたいにハネ出して、そしたらその原因が私たちにあるみたいに剣を抜いてさ! 今にも殺されそうな時に、突然! そう突然! こう、パッと!」


 義妹は少し興奮したように話していたが、まぁ、そういう言い方になるのも分かる。


 彼は突然俺たちの前から消えたのだ。恐らく突然現れたりも出来るのだろう。


「それで、こう……手を突き出したら、突き出した先の人が、バシッて! ぶっ飛ばされて!」


 やはりあれは彼がやっていたのだろう。それならあの時、躊躇したような表情を浮かべていたのは何故なのだろうか。いや、分からないわけじゃない。恐らく彼は、戦闘の真っただ中に、護法で守られているとはいえ、俺や妻を置いていくことに躊躇したのだろう。高潔な人物だ。


 その後、盗賊の頭を残して盗賊は全滅し、その盗賊の頭も、馬で逃げる音が聞こえてくると彼が消え、しばらくすると再び現れたことから、これを追い退治したのだろうということが分かった。


「そ、それで、お礼も言ってないのに、言おうとしたんだけど……これ、村のためにって」


 義妹が感極まって瞳に涙を浮かばせる。


 俺も胸が熱くなる。


 本来なら盗賊を退治してくれた報酬と感謝の念を表さなきゃいけないっていうのに、彼は何も求めず金を渡して去っていったのだ。護法を操り、回復魔法に長け、村の行く末まで心配してくれる。


 伝説に名を残す高位の神官のようじゃないか。


「に、義兄さん。……どうしよう?」


「……あなた」


 妻と義妹が不安げに見つめてくる。周りの村人の視線も似たようなもんだ。この金に手をつけていいのかどうか迷っているんだろう。


「…………使わせて貰おう」


 村の再建を考えると他に方法はないだろう。恩ばかり積み重なって返せる気もしないが、いざ返せとなったら命に変えて返そう。


 それに、はね飛ばされた盗賊どもも街に連れて行って突き出すとしよう。これだって、本来なら彼の得るはずだった栄誉と報酬だ。手をつけたくはないが……何もかも焼かれた今は、とにかく金がいる。


 村長が死んでしまっていないので、今ここにいる唯一の男ということで、俺がこれからの指示を出した。生存者が他にいないかの確認と、盗賊どもを丸裸にして縛ってしまおうというもの。後者は、いざとなったら殺してしまうしかないため、盗賊どもが落とした剣を片手に俺が付き添った。


 盗賊どもの拘束を終えると、村の西の方から馬の蹄の音が聞こえてきた。もしや別働隊が!?


 妻や義妹を下がらせ緊張しながら建物の陰から様子を伺う。


「誰か! 生き残っているものはいないか!」


 どうも盗賊とは違うようだ。馬車を引いているし、冒険者ギルド関係者を表すローブを着ている。しかし念のため、姿を表すのは俺一人にした。


「お役人さん! 証明を!」


「おお生き残りが! 何があった? 大丈夫か!」


 御者台から降りてゆっくりと近づいてくる。片手を掌を見せるように上げ、もう片方の手で冒険者ギルド職員証を掲げてくる。


 それを見て、ようやく俺も肩から力が抜けた。


「何があった?」


 端的に問うてくるギルド職員に、俺は今し方起こった盗賊の襲撃と末路を、再び説明し始めた。


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