食事をとるということ
扉を閉めるとアイテムボックスを発動。手にしたズタ袋二つと硬貨の入った布袋が消える。
俺、マジ魔法使い。
ついでにギルドカードも入れておこう。アイテムボックス、発動!
…………あれ? ポケットに重みを感じる。手を突っ込むとギルドカードがまだあった。恥ずかしっ!
なんでだ? アイテムボックスへ入れ〜。あ、消えた。
どうやらアイテムボックスに入れる時は手にしてないとダメらしい。出す時は範囲指定できるのにな。
まぁこれで俺は手ぶらを装うことができる。何も持ってませんよー、だから襲わないで下さい。
俺がカウンターから出て行くとヒソヒソと話してた声がピタッと止まる。
シーン
居心地悪いよっ! マジで襲う気なの? 直情的にも程があるわっ。ここが日本なら全員チクってる自信あるわ。
刺さる視線を振り切り、俺は足早にギルドを出た。振り返ったりしない。
さーて、困ったな。どうしよう。とりあえずあれだ。当初の予定通り腹拵えをしよう。片手間に食えるやつがいいな。事情が変わったので食料と服買って森に籠もろう。ひきこもりだ。
「そんな訳で全部下さい」
「いきなり何言ってんだ?」
海賊風焼き鳥屋にやってきた。相変わらずの怖い顔を不思議そうに歪めている。怖い。
串焼きの肉が鳥と決まったわけじゃないが、味は鳥っぽかったので焼き鳥屋さんで間違いないだろう。あの犬にやる分と片手間で食うことを考えるとここが最適。鳥好きそうだしね、ガツガツ食ってた。店主が海賊の格好してなけりゃ尚良し。
「すいませんが、売ってあるの全部下さい」
「はぁ? 全部ったってよ……金は?」
ポケットから欠けた金貨を取り出した。俺こういうの早くどうにかしたい派なのでサッサと使いたい。
「おっほ! まいどあり!」
金貨は欠けているというのに海賊面は獰猛に笑った。怖い。
店主が差し出してくる焼き鳥を二本は自分で消化して、残りはアイテムボックスへ。
「食うの早ぇなっ!? 待ってろ、ジャンジャン焼くからよ! あ、串はそこ入れとけ」
店の裏に腰掛けてパクパクしていたら店主が皿に焼き鳥の追加を載せてやってきてそう言った。意外にゴミとか回収してくれる。再利用とかじゃないよね?
二本しかないが食べた後の串を店主が言う串回収用の革袋に入れる。なんか寂しいな。ポケットを漁ったら何故か折れた串があったのでついでにポイ。
再び一本を胃袋へ、残りをアイテムボックスへ。いやー、飢えてたんだなぁ。空腹中枢が麻痺ってたのであまり気にならなかったが、食べ始めるとガツガツいけるわ。これが状態異常か。やるなファンタジー。
……なんか飲み物欲しいな。詰まる。
今のうちに近くの自販機を探すべきか迷ったが、よく考えなくても異世界。そんなもんは無い。普及しないかな自販機。
「マジで早ぇな!? どんな胃袋してんだよ……。ほれ、追加だ」
焼き鳥の追加を皿に持って呆れる海賊店主。犬並みとだけ言っておこう。そしてちょうどいいところに。
海賊店主にクエスチョン。字面だけ聞くと凄いな。命掛かってる感がある。
「ここら辺で飲み物売ってるお店ってありませんか?」
「あ? この先に少し行ったところに、果実水売ってる店があるぜ。水色のタープ張ってっから直ぐに分かるが……」
なるほど。それはいいこと聞いた。
立ち上がると海賊店主の手に欠けた金貨を落とす。欠けた部分と一緒に。接着剤があったらこれで金貨一枚なんだが、流石に俺も異世界に重機が鉄棒にくっつくレベルの吸着力のある接着剤があるとは思ってない。銀貨五十枚でもゼロよりマシだろう。
お釣りは後で貰うとして、これで食い逃げとは思われまい。しかし俺が通りに出ようとすると海賊店主が焦った声で引き止めてきた。げせぬ。
「な!? ば、バカやろうっ! どこいく気だ!? 何考えてやがる!?」
いや、話の流れ読めよ。飲み物買いに行くんだよ。
「喉が乾いたので……」
「金置いてくやつがあるか! ……ちょっと待ってろ」
バカな。食い逃げしろってのか。金置いてかなきゃ逮捕だろうに……肉の焼き過ぎでイカレちまったか?
しかし言われたら従うが社会人。言われた通り少し待つと直ぐに海賊店主が戻ってくる。竹から切り出した筒のような物を持ってきた。
「おらよ。……全く。てめぇみてぇなバカは初めて見るぜ」
投げ渡された竹筒をナイスキャッチ。危なかった。放るなら次からは山なりに頼む。かなり偶然感がある。
受け取った竹筒はチャポチャポと水音がする。
水筒だ。
サービスいいな。
栓を引っこ抜くと、丸い穴から光が偏光するのが見えた。ピンホール効果だ。違う。普通に水だ。
「頂いても?」
一応確認。
「おう。だから大人しく座って食ってろ。全部焼けたら清算してやっからよ」
再び屋台に戻っていく海賊店主。ゴクゴク。これでまだやれる。
再び焼き鳥を摘みながら買い物リストをおさらいする。
水筒いいな。水筒いるよ。
服と食料に水筒もリストアップだ。俺が迂闊というより、生活で水に困ることのない国からきた弊害だろう。日本が悪い。
次々と運び込まれる焼き鳥をアイテムボックスに収める。食べる方は、二十本はいけると意気込んだが八本でギブだった。こんだけ食ったら胃がもたれるって分かってるのにいってしまった。明日の朝が怖い。
「こいつで最後だ! まいどあり!」
海賊店主の手前、直ぐにアイテムボックスに入れるわけにもいかず、焼き鳥を一本手に取る。もうお腹パンパンです。
「流石に食うペース落ちたな! いやでも実際大したもんだぜ!」
そう言って「清算してくるぜ!」と笑いながら海賊店主が店に消えた瞬間アイテムボックス発動。ふっ、いくらでもいけるぜ。
これで灰色犬へのお土産を確保した。途中で更に追加した竹筒をゴクゴク。これいいな。売ってくんねぇかな。
探したりする時間を考えたりすると、めちゃくちゃ法外な値段じゃなかったら、竹筒と大皿は売って欲しいな。でもお店の備品っていうのは基本売り物じゃない。頼まれたって迷惑なだけだろう。
そう、だからここで問題になるのは羞恥心とかではない。
マナーだ。大人のマナー。空気中の魔力とかじゃなく。ところで異世界、マナとかあんの?
売ってある場所を聞きつつ、それとなく「融通しましょうか?」へ持っていく交渉術を考えていたら、店から海賊面の店主がシブい顔で出てきた。超怖い。
「おい兄ちゃん。もっと細けぇの持ってねぇか?」
カツアゲと勘違いされても仕方ない表情で凄まれる。
「な、ななんでしょうか? こまかい?」
翻訳さん仕事ですよ。こまかいってなんだ、こまかいって。
なんかやらかしたか? やはり商品全部持っていかれるのは実は迷惑という商売人的観点からのOHANASHIだろうか?
そんな心配で心臓が痛む俺に、海賊面は言いづらそうに頭をバリバリ掻いて金貨を取り出した。
「あー……、実はな、釣りが足りねぇんだ。こいつは混ぜもん無しで欠けた部分もある状態だから、両替商に持ってきゃ銀貨七十枚は下らんだろ。どう差っ引いても銀貨六十五枚分で換算ってとこだわな。だが……」
そこで腰に結び付けていた布袋を俺の目の前にドン。口から銀貨やら銅貨の鈍い輝きが見える。
恒例の硬貨袋だ。
「おめぇさんが食った串が百四十二本。代金が銀貨七枚と銅貨十枚だ。でだ。俺の全財産が銀貨五十枚と銅貨二百五枚だ。これ以上は鼻血も出ねぇ」
あー、そゆこと。こまかいって細かいかよ。小銭持ってなぁい? ってことね。翻訳さんの仕事も細けぇな。システムいじってる奴は日本出身なのか?
つまり今、深夜のコンビニで一万出して、すいませんお札が足りなくて……お釣りに五百円玉が混じるんですけどよろしいでしょうか? って状況か。深夜はあるんだよ。コンビニ強盗なんて言葉が銀行強盗から派生するぐらいコンビニへの強盗が多いため、深夜のレジはお札が少ない。まさか異世界でも言われるとは。
俺は得心を得たが海賊面はションボリだ。んん? どうした? 貰うお金の額は変わらんだろうに、何故に落ち込むの?
「あ、あの、どうかしましたか? 先程の元気が……」
「あ? ……ああ。兄ちゃんは商売とかしたこたねぇんだな。じゃあ分からんわな」
むむ。一時期はバイト戦死として名をはせた俺に対しての言葉とは思えんね。ピザ宅配で暴利を貪った俺への挑戦だな。何より甘い香りがする。ポイントが三倍になる裏技的な。
「こう見えて色んな商売事に手を出している身でして、宜しければご教授願えませんか?」
「はっ、嘘こいてんじゃねぇよ。どう見てもボンボンだわ。大体、俺が気落ちしてる理由聞いてる時点でよぉ…………ま、いいか。大口の客だしな。商売人の中じゃ普通のことだしな」
少し元気が戻った海賊面が、「いいか?」と前置きして説明し始める。
「悪銭なんてなぁ、本来出されても迷惑なもんだ」
ですよね。破れた紙幣やすり減った硬貨に該当するよ。ほんとすいません。銀行とかあるんだろうか?
「一応、元の硬貨の半値で取り扱うって商売人の共通認識があるんだがな……欠けてあったり混ぜもんが混ぜてあったりしてな? その比重や変形の度合いによっちゃあ、使えなかったりするんだよ。商売人としちゃぁ、出されても両手を上げて喜ぶなんて真似はできない物だわなぁ」
重ね重ねすいません。
「まぁだがよ、商人の中にゃぁ、そんな悪銭を取り扱う奴ってのもいるわけよ」
おっと。異世界のバンク的な存在かな?
「そいつが両替商って言われるやつらよ」
おぅ。なんか字面的に両替とかしてくれそうな商人だな。まんまだな。
「本来なら他所の国の通貨をその国の通貨に交換して手数料をとる奴らだが、こいつらが悪銭を溶かして純金貨にするって面倒な事始めてよ」
それ勝手にやったら怒られない?
「ま、国の御墨付き貰ってやってるらしいがな。なんでも、悪銭が流通するよりマシとかなんとかお偉方いいくるめてなぁ。で、俺らは悪銭が溜まりゃ両替商に持ってて金を交換するわけよ。正直助かるがな」
んー、まだ話が繋がらない。
先を急かそうと口を開けば、海賊面は「まぁ、待て待て」と手を突き出して俺の発言を封じる。ノリノリだな。
「そんで、そいつら両替商は、大体金貨一枚分の悪銭を銀貨八十枚程で買い取ってくれるんだが、商店で取り扱う悪銭は半値だろ? ここで差額が生じるってわけだ」
ああ。納得。
「つっても、変な言い方だが、兄ちゃんが持ってきた悪銭の金貨ほど状態のいいやつってな中々ねぇ。比重もまんま金貨一枚分だ。商売人としちゃラッキーよ」
あれ? でも……。
「じゃあ銀貨五十枚で取り扱えばお釣り足りるんじゃ……」
俺の言葉に海賊面が難しい顔をする。怖いって。
「それがなぁ……、大体手数料一割ってな、これまた共通認識があってな? 両替商も儲け一割、残り一割を税金として国に収める。この悪銭の金貨はどう見ても銀貨七十枚は下らねー。よっぽど商人組合からハネられたくなけりゃ、銀貨六十五枚で取り扱うのが妥当だ。これでもギリギリの額だが、釣りが足りねぇ……」
再びションボリする海賊面。溜め息をハァ。
つまりあれだ。結構な商売チャンスだったわけか。両替商の買取次第なとこはあるが、下手すれば売上金より高い儲けが見込めたと。
「黙ってれば良かったのでは?」
気づかなかった可能性あるよ?
「こんだけ買ってった客相手にか? バカにすんなよ。そこまで落ちるつもりもねぇ」
おぅ、かっこいいな海の男。そして生まれた交渉チャンス。今ならいけるわ。自然に切り出せるよ皿に水筒。
「あのですね。足りない分は物で貰ってもいいでしょうか?」
「あ? ものぉ?」
「はい。こちらの大皿とこの水筒と交換ってことで」
「……いや、ありがてぇ話だがよぉ。全然釣り合ってねぇからな?」
なんと。意外と高かったか水筒に皿。一点物か。ほんとならあんまり高かったら遠慮したい考えだったんだが、一度欲しいと言った手前、撤回しがたいのが心弱き人。
ええい、ままよ。
「なら、余剰分をお釣りから引いて貰って……」
「いや待て。釣り合ってねぇのは皿の方だ。こんな皿や竹筒で足りるわきゃねぇだろ……。計算できてんのか?」
「お釣りが銀貨五枚と銅貨八十五枚足りないんですよね?」
「できてんじゃねぇか……」
ガックリとうなだれる海賊面。どうやらお釣りの額に届かなかったぽい。
まぁ待て。落ち込むな。俺の予想じゃ足りないって言っても惜しいとこまで来てる感ある。
なら後は銅貨五枚分のあれを沢山貰おう。これなら誰しも納得だ。
俺は笑顔でのたまった。
「残りは情報を売ってください」
今日も経験が活きてる。
満足かな満足かな。
海賊面から安くて穴場的なお店を多数紹介してもらい、服と食料に果実水や酒などが大量かつスムーズに手に入った。頭脳の勝利といったとこか。
更に海賊面は、それだけじゃあれだ、と大量の水筒も追加でくれた上に今度また寄ればサービスしてやるとの約束もしてくれた。
いい人の多い街だな。ほんとに襲われたりするんやろか?
時刻は夕暮れ時。
俺の機転で早め早めの買い物になったが、もう日も落ちてしまう。早いとこ薬草畑に戻らねば。
北門ならこちらが近いとばかりにショートカット。路地裏をダッシュ。
流石に俺だって灰色ツンツンの忠告はまだ耳に新しく忘れるわきゃない。しかし、しかしだ。路地裏を通ってる時間なんて数分にも満たないんだよ? こんだけ買い物やら食事やらして襲われなかったのに、何故にこの数分が危険なものかと。大丈夫大丈夫。
そんな考えと共に曲がり角を右に。
突然目の前に襲い来る木材。
おぅえっ!?
木の粉を舞い散らせる木材。
「っらあっ!」
「おらっ!」
「ああっ!」
動揺も全開とばかりに足を止めオタオタする俺に、前から後ろから木材を手に襲い掛かってくる若者集団。振り切られる木材。弾け飛ぶ木の破片。痛みに手を抱え叫び声を上げる若者。
……おぅ。全く痛くねぇな。
急に目の前に木材が迫ってきたから驚いて足を止めたが……正直、痛痒は毛ほども感じない。そういえば次元断層解除したっけ? 覚えがない。
どうやら解除し忘れで命拾いしたらしい。危なかった。
「くそがっ!」
ホッとしたのもつかの間、若者たちのリーダー格らしき青年が短剣を腰から引き抜く。キレる十代で間違いないだろう。
「おおぉぉぉああああ!!」
そのまま叫び声を上げて突っ込んでくる。青春してんなー。
避けようにも若者の反射神経に適うはずもなく、次元断層が通じなかった時は仕方がないとばかりに刃を受け入れる。
振り切られる刃。甲高い音と共に折れる刃。若者リーダー、愕然。
間抜け面を晒すリーダーを置いて、三々五々と逃げ出す他の若者。いやいや、お前ら「仲間は売らねぇ!」系のアウトローじゃねぇのかよ。
こうなると眼前で震えるリーダーが哀れに映る。本来なら警察に突き出すとこだが、若さ故の過ちってやつなんだろう。なにより暗くなったら冒険者連中に襲われるらしいからね。こんな武器:角材な若者じゃなく。
「次はない」
次はないからねー、おいちゃん厳しいよー、的な意味を込めた。同年代以上の男性とならスラスラ喋れるんだが、女性や若いやつ相手だとかしこまったり短文になってしまう。緊張するんだよ。いざという時の敬語が便利過ぎる。まぁ、流石に暴漢相手に敬語もどうかと思ったので端的に伝えてみた。プレゼントフォーユー(届けこの想い)。
固まってしまった若者リーダーを尻目に北門に向けてダッシュする。最低でも今晩中に薬草畑につきたいしね。
「っだよ……ありゃ……」
離れて潜伏していた場所から使用していた『遠見』を解除して溜めていた息を吐き出す。
万が一にも関与を疑われないようにするためにと、そこそこな距離を空けていたのだが、それが好を奏した。見つかってはいないはずだ。
あのオッサンが適度に致命傷を負ったらガキ共を現行犯で殺し、オッサンの死体とガキの死体から金品を奪った後、衛兵にはガキ共の仲間に逃げられた事にして一報を入れるつもりだったが……。
あーあ、全部台無しじゃねーか。
元々、北の森から生還した時点でおかしいと思ってはいた。あそこはラグウルフの縄張りだ。奴らの嗅覚と風魔法は森全体に及び、侵入者を決して逃しはしない。
……はずだったんだがなー。
北門の門番なんて閑職だ。職に対する意識が低いせいか、以前、金を握らせて門を通る奴の選別をするように頼んだら、あっさりと頷かれた。女なら俺に連絡を入れて男なら忠告なんてしないようにな。森に入ったことへの確認の報告は受けたから、森には行ってるはずなんだが……。
結構な賭け金になったからちゃんと死んで貰わなければ困る。そう思って珍しく仕事をしたというのに……。
一昼夜経っても戻ってこないので、ギルドの連中は、大穴かよ! と悲痛の叫びを上げていたが、俺としはて予定通りの展開だったせいか、特に感慨は沸かなかった。穴に賭けた奴には森へ行くよう願ったが、死んでるに決まってる! と暴論を振りかざしてきたので、聞く耳もたなかった。事実生きてたわけだし。
北の門番から連絡役を通して報告が来た時は、流石に焦った。金を払うつもりは無かったので速攻ギルドから姿をくらましたが、ほんとにあのオヤジなのか半信半疑だった。
『遠見』のスキルを使ってギルドに入るところを自分で確認したから、流石に信じたけどな。
この俺の便利な才能はいつでも役に立ってくれる。
魔物の群れをいち早く確認して仲間が時間を稼いでいる間に逃げたり、隠れてこそこそやってる奴の弱みを握ったりと使い所は色々ある。
そんな才能を使って、上手く働いてくれなかったオヤジにもう一働き、チャンスをやろうと思ったんだが……結果はこれだ。
そもそも、その後の流れを見るに最初の一撃は効いてなかったはずだ。なんであんな全員で襲撃出来る絶好のポイントで足を止めた? ガキ共の攻撃は全部食らっていたのに、体が小揺るぎもしなかったのも不可解だ。最後の短剣を受けた時も、どうやって短剣を折った? ……まるで噂に聞く、ランクA以上の化け物の戦闘を見ているようだった。ガキ共の攻撃を攻撃とも思ってないかのような……。
……どっちにしろ、これ以上の深入りはごめんだな。
「あー……、せっかく粉蕗が手に入るかと思ったんだがなー」
ギルドでの情報は直ぐに耳に入った。まぁ、警戒してたのは賭けに参加した冒険者共だったんだが。
恐らく、薬草は全部売っただろうが、粉蕗だけは残してあるはずだ。ガキ共に金を握らせて適当に痛めつけるように手を回したんだが。
「痛い出費だったぜ」
どうせ返ってくる金と、ガキ共を発奮させるために多めに渡したのが裏目に出た。散り散りに逃げ出したガキを追うのは、今から街を出る俺にとっちゃ手間になる。第一、あそこには襲われていた冒険者を助ける俺の証人役を雇って、監視するように言ってある。ただ監視するように言ってあるため、内情は知らせてない。そこでガキ共を俺が殺したら、普通に殺人で追われちまう。
「全く、迷惑なオッサンだったぜ」
賭け金を払わなきゃいけない状況になり、街を出なきゃいけなくなったのも、ガキ共への金も、俺の粉蕗が手に入らないのも、みんながみんな、あのオッサンが原因だ。
俺は一つ舌打ちをすると、街を出るため立ち上がった。
おっさんは、大量の水と食料と酒と服と雑貨を手に入れた。