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侵犯ということ


「それで? 貴様はこやつらの仲間ということでよいのかの? となると、残念ながら殺さねばならん。…………あっ、墓は儂が建ててやろう。心配するな」


「いいえ。全くもって違います。赤の他人すら通り越して別の世界の人です」


 異世界の人だからね。


 向けられた杖頭に全力で首を左右に振る。可愛らしく傾けられた顔も、骸骨というだけでおどろおどろしい。先程までは無かった青い光が眼窩に灯っている。


「むぅ……そうか。これは早合点であった。しかしこの森に来た目的如何によっては、やはり仕事をこなさねばならぬ。如何様でこの森に?」


 降ろされない杖から強固な意志を感じる。まだ話ができるだけマシなのだろうが、このナイフ突きつけられて「ねぇ、説得してみて? ねぇ」といった状況はどうにかならないだろうか?


 嘘は心象が良くないと思ったので真実を話してみた。


 濡れ衣を着せられて街を追われたので国を抜けたいのだが、国境で揉めそうだったので森越えをしていると。


 言ってみてなんだが、どこで間違ったのかと頭を抱えたくなる事実だな。実家の母ちゃんが聞けば泣くぞ。


「うーむ。つまりなんだ……貴様は咎人なのだな?」


「いえ、極普通の無職かと」


 リクルート中の中年でも正解だぞ。


 しかし今の説明でそこに行き着いちゃうとか……この骨はあまり頭が良くないように思える。よく見なくとも空っぽだ。不安要素しかない。


 特段難しいことを話したつもりはないのだが、腕を組んで考え始めた骸骨にドキドキしていると、遊び飽きたのか、もう墓掘りは終わったと思ったのかシロが駆けてきて俺の体を登り始める。シロを追い掛けていたミドリもテトテトと歩いてきて俺のズボンをギュッと掴む。視線は未だにシロを追い掛けている。マイペースなモンスター勢は動く骸骨にも無関心だ。


「ふむ。貴様は魔物使いであったか。しかも連れている魔物は両方珍しい種であるな」


 あんたの方が珍しいよ。動く上に喋る骸骨とか。


 何かを納得したようにコクコクとしきりに頷いている骸骨がガシャリと手を打つ。


「つまり敵ではないということかの?」


「敵対意志は微塵もありません」


「ミゥ? ミ!」


「……」


 ハンズアップして無抵抗の意志を示す。ミドリとシロも何が面白いのか俺の真似をしてバンザイポーズだ。


「あい分かった。……………………して、如何様でこの森に来たのかの?」


 おじいちゃん……。










 俺は老人介護に向いていない。


 リアル「飯はまだか?」をやられたら「俺が食ったわ!」と返しそうだ。


 再三、そう三回。森に来訪した理由を語ったところ、ようやく理解してくれたのか森を抜ける道を教えてくれると言う。


 というか道案内をくれた。


「万が一にも無かろうが、貴様らが儂の守護する遺跡のある領域に間違って入ろうものならば、やはり殺さねばならなくなる。こやつの後を追えば無事に森を抜けられよう」


 そう言って、表情は無いが優しい雰囲気を醸し出してミドリの頭に手を置いた骸骨。それを見たミドリは大きく口を開けたので、俺はそっとミドリの肩を抑えた。


 恐ろしきは子供の蛮勇よ。


 俺がミドリを抑えている間に、骸骨が何やら呪文を唱えて魔法陣からポワポワと光る発光体を生み出した。


「人工精霊だ」


 へー。全然分からない。


 人工精霊とやらはヒュンヒュンと落ち着きなく飛び回ると、骸骨の肩に着地した。実体があるのかないのか、灯りが飛び回っているようにしか見えない。


「こやつに道案内を頼んだ。あとはこやつの後ろを付いていくだけで森を抜けられよう」


 そりゃすげー。


「ありがとうございます」


「なに、構わぬ」


 頭を下げた俺の周りを『よろしく』と言わんばかりに飛び回る人工精霊。シロとミドリもちゃんと認知しているのか、二人の周りもグルグルと飛び回る。不意に伸ばされるミドリの手をガッと掴んだ。とりあえず口に入れてみるという時期を抜けるのは、いつになることやら……。


「達者での」


「なにからなにまですいません」


 ペコペコと頭を下げるのは日本人の気風だろう。礼に始まり礼に終わるというやつだ。多分。


 ヒュイっと先頭を切って飛び出した人工精霊に慌てて付いていく。ヒラヒラと手を振る骸骨を後目に、オジサン御一行は焦土を後にした。










 更に二日程経った。


 人工精霊という名のフワフワとした光に導かれるままに歩いているが、未だに森を抜けられない。


 人工精霊は呼べば止まってくれる上に夜は光量を抑えてくれる。餌も必要としないのか、何かを食べる様子もない。


 どうもモンスターとは違うようだ。


 シロとミドリに至っては腹がはちきれるんじゃね? とばかりに食べるのにトイレに行かないという。


 本当に異世界なのだと再認識するばかりだ。完全にエネルギーに変わっているのだろうか? ファンタジ〜。


 しかもこの精霊、なんと鬼をフリーパスだ。


 散発的に遭遇していた鬼の方々なのだが、この二日は視界に入っても襲い掛かって来ないという怠慢ぶりを発揮されている。まるでこちらのことが見えないかのように隣をすり抜けられる。これも人工精霊のおかげなのだろう。精霊すげー。


 おかげで戦闘もなければ逃走もない。淡々とミドリを抱えて森を歩くばかり。しかしやることがなくなると増えるのが独り言だ。


 いいや、独り言じゃないけど。


 俺的にはミドリやシロに話し掛けているのでセーフ判定なのだが、オジサンが寂しくペットに話し掛けているように見える様は、ああ、独り言だろう。


 しかし異世界だから。セーフだから。


 そう返事が返ってこなくとも、これは会話なのだ。


 そんなブツブツと呟くオジサンが幼女を抱っこしながら精霊という名の光の後をフラフラと歩いていると、森で夜営している人達を発見だ。


 人里が近いのかもしれない。


 当然ながら接触を試みる。


 夜営をしていたのは全員男性のようだ。ロングソードを握り、油断なくこちらを警戒している茶髪の若い奴に、弓を構えている先の尖った長い耳をしているイケメン、黒いローブを着た初老の方と、年代がバラバラのグループだ。


 あまり近付き過ぎるのもよくないかと考えていたら声が飛んできた。


「そこで止まれ」


 声を上げたのは若い茶髪。夜中ということもありランプを掲げてこちらを照らし出す。


「……他の冒険者か?」


「馬鹿な……ドリアードだと?」


「そっちの飛び回っているのは精霊、でしょうか? 珍しいですね。召喚士(サモンマスター)の方ですか?」


 全部はずれ。住所不定無職の男だよ。


 …………夜中に会っちゃ駄目な類だよな。まさか正直に言うわけもいかず。


 ここは誤魔化すことにしよう。


「私、山中と申します。Fランクの冒険者をやっております」


 恐らく指名手配されている、が括弧でつく。裏音声というやつだ。


 しかし、砂漠の国の都では冒険者に追い掛けられることはなかった。恐らくだが、他の国の地方での投獄なんて、あまりにマイナー過ぎてここまで回ってこないのではないだろうか?


 ほんとに不本意ながら高飛びした形になっているのではないかと愚考。


 しかし元々が無実。ならば胸を張ってもいいんじゃないかな。


 チラリと取り出した認識票ならぬギルドカードで身分証明。依然として警戒はされども武器は降ろしてくれたところを見るに、便利さは運転免許証に匹敵するかもしれない。


「登録地、聴いたことないな」


「流れ者か?」


「やはりあなたもオーガ狙いでしょうか?」


 三者三様に問い掛けられる質問に何から答えたものかと頭を捻っていると、腕に抱えたミドリがカクリと頭を下げる。何に頷いたのやら。


 いや違う。これはオネムですね。


 お腹いっぱいになったから眠くなったのだろう。浅いつき合いながらも、ここ二、三日のパターンで分かってきた。


 フードの中では既にシロも眠っている。


 残業で鍛えられた現代中年たるオジサンだけが、夜遅くまでの行軍を可能としていた。


 深夜に歩き回るオジサンだ。


 家族の為に遅くまで頑張るパパさんと同じくらいカッコいいに違いあるまい。ああそうだとも。信じてる。


「そのドリアードは召喚か?」


 ミドリが落ちないように抱え直しているオジサンに、多分エルフな感じのイケメンがお声掛けだ。人を指差すもんじゃないぞ。そういうのは見えない所で頼む。年下の女子社員に目の前で指差されるとかのトラウマをオジサンは持っているぞ。


「いえ、なんかついてきてしまって……」


「…………ドリアードが用もなく人に付いていくとは思えんが……」


 オジサンの答えに納得がいっていないのか、エルフさんの表情がやや険しくなる。


 そんなこと言われてもよ。


「なんだよテオドゥ。こいつがドリアードってのを誘拐してるって言いたいのか?」


「いや、ありえない。ドリアードというのは木の精だ。本来なら魔力体だが年齢を重ねた個体は実体を持つため、外見からは想像もできない程に強い」


「じゃあなんだよ。ただの仲間ってことだろ?」


「……ドリアードが森を離れる理由というのが分からない」


「それこそ我々が立ち入る必要のないものでしょう」


 茶髪は飽きたのかショートソードまでしまって呆れ顔だ。エルフさんは未だに眉間に皺を寄せているが、初老の方がここまでとばかりに話を終わらせに掛かる。


「すいません。なにか警戒させてしまったみたいで」


「ああいや、我々も夜間の来訪に必要以上に過敏に反応してしまって」


「いえいえ、こちらも明かりに釣られて思わず考えなしに寄ってしまい、申し訳ない」


 会話のターゲットを初老の方に変えてこの場を凌ぐ。


 予定変更だ。さっさと森を進もう。


 考え深げに腕を組んでいるエルフさんに冷や冷やしながら、適当に別れの挨拶を切り出し野営地を後にする。


 よくよく考えずとも、深夜の来訪者とか警戒するよな。俺だったら居留守しつつ警察を呼んでいるレベル。ドアを荒々しくノックされようものなら押し入れに隠れてしまう。


 そういえば砂の国の宿で夜中に招かれざるお客様が来たじゃないか……。


 今度から気をつけようと思いつつ、近場で野営したら気まずいので深夜の森を歩き続けた。










 ――夜が明けて。


「おおう」


 森の端に無事到着出来た俺は、感嘆の声を上げた。


 森の端が見えたので、少し早くも人工精霊に労いとお礼の言葉を掛けると、それで任務が完了したとばかりに消えてしまった。


 なんとなく物寂しい気持ちになりながらも森を抜けると、草原の向こうに見える街。


 なんか浮いてる。


 灰色の外壁に囲まれた街は相変わらずの中世感を出しているが、注目を集めたのはそこじゃない。


 空飛ぶ某が幾つも街の頭上に浮かんでいた。


 またその某かの間を飛び回る更に小さい粒は、まだ遠くて見えないが飛行機的な物を予感させた。


 未確認な飛行物体だ。


 おいおい異世界。いつからSF。


 しかしオジサンとて男。女ならオバサン。


 ああいうエアをライドしてスカイをフリーダムな感じは憧れようというもの。


 ぶっちゃけ乗ってみたい。


 ギルドカードの発行や魔法の行使時に感じたワクワクが今やここに。


 その好奇心には完徹の疲れなど気にならないぐらいの力がある。


 CMでも言ってる。


 いってみよう!


 人目があるかもしれないのでスキルは使わず走ることに。


 踏み固められた道を走っていると見えてくる門と行列。お馴染みの光景。


 最後尾に付きながらもソワソワと空を見上げる。やはり何かある。チラリと見えるは低い駆動音を靡かせながら飛んでいく流線型フォルムの船。


 こっちに飛んでこないかなぁ。


 初めて出張に行った時に見た飛行機を思い出すなぁ。これに乗るのかとドキドキしたのは最早十数年も前。童心。予約も入れずに受付に並んだのもいい思い出だ。数年も経つと疲れた顔でベンチに座るようになったからな。短いフライト時間じゃ寝るのも無理だし、大抵がクレーム案件の処理だったから胃が痛くなり食事も出来ない時間を悶々と過ごすようになった。


 叱られる為に、俺は飛ぶ! って気合い入れてたっけ……。


 ……期待に胸が膨らむのも萎むのも一瞬だってんだからオジサンって生き物は全く。


 なんとなしに落ちた視界には、くぁあ、と欠伸を咬ましながら目覚めたミドリ。目をコシコシと擦ると、それに釣られたようにシロが肩に上がってくる。


 よく考えずともモンスター二体。失体だ。これ、街に入れなくね?


 対策を考えつく間もなく無情にも列は進む。こういう時の時間の進み方ってのは朝起きた時のあと五分より早い。


 列を整理する門兵さんも見えてきた。


 ケット・シー。


 獣人と呼ぶには人要素が零な二足歩行の猫がローブを着て立っている。こんな時にぶっこんでこないでよ異世界。ファンタジーなタイミング。


「次の方〜…………にゃ」


 肉声がやけに渋い普通の声に呼ばれて前に出る。思い出したように付け足された語尾はサービスだろうか?


 ともあれどうするべきか……。ミドリはドリなんちゃらで通るかな。シロはペット枠で。


「はいじゃあ身分証出してねー」


 ぺっ、と突き出された肉球を見つめる俺。正直、物を掴めるようには見えない。


 違った。心配するとこはそこじゃない。


 ミドリやシロの前に、まず不法入国者の扱いが問題だった。


「あの、持ってないんですけど……」


「え゛? ……珍しいね……。余所の国の人でも、大抵ここに着くまでに街の一つや二つ通って来てる筈なのに……」


 そう言われると曖昧に笑うしかないぞ。目つきがやや鋭くなっているのは猫の習性だろうか。


「旅先のあれこれで紛失してしまいまして……」


 無くしたが僕らの合い言葉。社会に出たら通用しない言い訳だ。


「なら仕方ない。…………ニャ」


 あれ? 意外とあっさり受け入れられたな。チョロいな異世界。こんなもんかファンタジー。


 なら解決ですね、と続ける前に、猫人が背後から水晶玉を取り出す。占いかな?


「じゃ、ここに手を置いて」


「はあ」


 ペタリと手を置く。


 気のない振りして内心ドキドキしている。俺、こういうのやったことないんだよな。積極的に行ってみたいとは思えないけど、機会があるならやぶさかでないのがオジサンハート。若い奴らの呑み会の誘いに答える心境だ。


 ボウっと淡く光る水晶玉に未来を見た。いや見えないよ。現代日本でこれやってたってんだから凄いよな。はっ、占い師って異世界人なのでは!?


 水晶玉を見ていた猫人が淡い光を目にした途端、鋭い目つきが緩まる。


「はーい、オッケー。入街税は銀貨一枚になりまーす。そっちは……」


 猫人の視線がミドリに止まる。


「あ、ミドリはドリ……」


 ……なんだっけ?


 正確に思いだそうと言葉に詰まっていると、ミドリが自分が呼ばれたと勘違いしたのか水晶玉をペタリ。


 真っ赤な光が目をつく。


 先程までの淡い光り方はなんだったのかというぐらい、荒々しく刺すように赤く光り出した水晶玉。


 なんか……あれだ。非常灯に似てるな、なんてボケっと水晶玉を見ていたら、同じくポカンと口を開いて水晶玉を見ていた猫人が、急に毛を逆立たせ始めた。


「れ、レッド! 緊急レッドだ! レッドぉおおおおおおお!!!」


 かと思えば突然、野太い声で叫び出し、周りもそれに応じるかのように慌ただしく騒ぎ始める。


 そんなに不吉な占い結果だったのだろうか?



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