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砂の国ということ


「嘘ついてやがるな」


 空が白みだした頃、行軍を終え本格的に日が照り出す前にと野営を始めた第三皇子の私兵隊の本陣に位置する隊の真ん中辺りで、第三皇子と副長のジラルに向けてアーミッシュが言う。


「やっこさん、砂漠を渡るのが初めてなのは本当だろうが……俺達に手を貸す理由は嘘だな。悪いがそんな聖人には見えねえ」


 口を読まれないようにするためか、かなり距離があるにも関わらず、アーミッシュは山中に背を向けて二人に話す。ジラルはそれに判を押したような笑顔を固定させて頷き、第三皇子は渋い顔をする。


「しかし助けられた」


「殿下」


「分かっている」

 第三皇子は天幕に入ると水が入った樽に自らクリスタル製の杯を突っ込み水を汲み上げて喉を潤す。


 この水は隊に配られている山中が出した水ではなく、隊にいる魔導師が出した水だった。


 アーミッシュは山中を信じてはいなかった。


「この食料もヤマナカが出したものではないか」


「殿下」


 しかし眼前に用意された食事に第三皇子は情けない顔になるが、アーミッシュが窘める。


「これは毒味が済んでおります」


「……初日から毒が入っていた物は無かったな……」


「……殿下」


 先程から第三皇子が不満を述べアーミッシュが宥める展開が続く。


 それというのも、第三皇子はアーミッシュに山中に近付くことを禁止されたからだ。


 山中にしてみればお偉いさんに会いたい訳もなく、願ったり叶ったりの展開だったが、第三皇子は、魔物に壊滅しかかった部隊を助けて貰い、負傷者を癒やされ、この上食料の提供までされた相手に感謝の意も示せないのは礼を失すると考えていた。


 しかしアーミッシュが直接会って礼をするという第三皇子を止め、ジラルもそれを支援した。


 曰わく、得体が知れない、と。


 あくまで建て前だった台詞だが、アーミッシュの本音でもあった。


 脅しを掛けた時の山中の動機、あれは嘘だろうとアーミッシュは踏んでいた。しかし提供するといった食料に水が本当なら、ここで殺すのは得策ではないと考えていた。何故なら、水を出せる魔導師には被害が出ている上に食料にも乏しかったからだ。殺して奪えばよいと言われればそれまでだが、山中は、水は兎も角、食料を持っているようには見えなかった。腰のボロい袋は凹んでいて、そこに食料が入っていたとしても一人分の半食にも満たない物だろうと思っていた。


 それに、不気味さも感じていた。


 回復魔法を掛けると吹く怪しい奴の背後に、ずっとこれ見よがしに刀に手を置いて立っていたのに、まるでこちらを気にしないどころか、あろうことか本当に部下を回復してしまった。アーミッシュは砂漠という厳しい環境で手を伸ばしてきたのには何か理由があると睨んでいた。


 しかし山中の隙だらけの姿。


 圧力が足りないのかと、部下に用意させた天幕を自陣の奥深くに設置し、それとなく誘導して周りを部下に囲ませてから、それではと脅しを掛けたというのに、笑顔で嘘をついてくる。


 判断に迷った。


 ここまで判断に迷うことは生まれてこのかた覚えがない。


 迷っているアーミッシュに山中はお願いがあると言った。


 ハッキリ言って相手の情報が欠片もない状態でのこの提案は砂漠にオアシスといったものだった。相手の狙いを知る上で役に立つかもしれない。


 アーミッシュは願いを聞くことにしたが…………その内容に更に混乱することになった。


「何者なんでしょうね?」


 やや悪くなった空気の矛先を変えるように、ジラルが絶妙のタイミングで話題をズラす。


 第三皇子もそう思っていたのか、その話題に食いついてくる。


「兄の手の者ではあるまい」


「そりゃ確かに」


 アーミッシュもそうだろうと頷く。そもそも回復魔法を高いレベルで使用できる神官でない魔導師。囲い込んで隠すのが得策だろう。


「ていうか、うちの国の人じゃないですね。そもそも砂漠も初めてに見えます」


 ジラルの言葉にアーミッシュと第三皇子も頷く。ここ四日程の行動を見るに、砂漠の歩き方を知らないのはよく分かった。


「昼歩いて夜寝てたらしいからな」


「なんでまだ生きてんですかね?」


「……」


 流石にこの意見には第三皇子も何も言えなくなる。


 砂漠の行軍というのは、基本的に夜がメインだ。外気が涼しく効率もいい上に火精も静まる。大体、そのせいもあって夜行性の魔物も加わる夜の方が魔物の襲撃が多いのだ。おちおち寝てなどいられないだろう。


 初日に夜歩き昼寝るといった行軍内容を聞いた山中はこう言った。


「ああ、夜勤ね」


 それでそれとなく話を振った部下が今まで一人で昼歩いて夜寝ているという話を聞き出した。


 これには誰しも顔が引きつったが、山中は気付かなかった。


「…………しかし、この食事も」


「なんなんでしょうね? 魔道具(マジック・アイテム)なんてもんじゃないでしょうし」


 第三皇子が再燃しようとしたタイミングで、またもやジラルが話をズラす。アーミッシュも乗っかる。


「ああ。魔導具(マジカライド)でもないし古遺物(オーパーツ)とも違うように見えるな」


「……古遺物ではないのか?」


 これには第三皇子も驚いたのか、手にしていた柔らかい白パンに目を見開く。


「本人は得意げにあのボロ袋から取り出している風を装ってましたね」


「……空間魔法か?」


「く、空間……!」


 アーミッシュが使えれば歴史に名を残すような魔法を上げるが、ジラルが淡々と否定する。


「隊長、ちゃんと報告したじゃないですか。うちの魔導師が言うには魔力は感知出来なかったって」


「ああ、だったな」


「……やはり古遺物ではないのか?」


「可能性はありそうですね」


「おいおい、どう見たってボロいズタ袋だったじゃねえか。殿下は間近で見てないですから分かりますが、お前は殿下を惑わすなや」


 アーミッシュが苦虫を潰すような顔でジラルを睨む。


「まあ、なんにせよ、自分も隊長の意見に賛成です。元々恩を売るために近づいて来た可能性もあります。あの吹き上がった炎は周りを配慮していたようには見えませんでしたし、何か事故に見せかける必要があるのかもしれません」


 叱りつけるタイミングで自分の意見に賛成を持ち出されてアーミッシュはグッと怒りを飲み込み第三皇子に自重を促す。


「……まあ、そういう訳なので、殿下とヤマナカを合わせる訳にはいきません。幸い、殿下に借りを作る形ではなく、俺個人の借りのような形を取っていますので」


「……しかし私の兵だ」


「残念ながら俺達はまだ(・・)私兵隊です。近衛でも、国のお抱えでもありません。金繋がりの雇われ傭兵ですんで、部下の命は俺んです」


 アーミッシュ隊長の言葉に第三皇子はやや悲しげな表情になるが、直ぐに決意を滲ませたように顔を引き締めた。


「直き、変わる」


「期待してます」


 その後、二、三連絡事項を交わし第三皇子は就寝した。


 皇都まで一日の所まで来ていた。










 漸く街が見えてきたよ。


 この歳になったら込み上げてくる気持ちのままに叫び声を上げるより、安堵の溜め息を吐き出すことが多くなる。


 リアクションの幅が低くなってくるのが三十代。テレビで芸人さんが体を張っているのを見て、笑いより先に大変だなーという感想が出てくる年齢さ。


 未来への期待より不安が先にくる。


 漁業をしようと思っていたのに、海がない国にくるなんて……新しい職は見つかるだろうか?


 砂漠の真ん中に広々と外壁で囲まれた街は、この国の中心であり皇都というらしい。三層からなる外壁に砂漠という天然の要害に囲まれたこの都は、建国以来墜ちた事がないとか。


 最大の特徴は、外壁越しにも見える宮殿の大きさだろう。


「栗だ……」


 思わず呟いちゃったよ。


 どこかの海外旅行誌に載っていたような宮殿が外壁から頭を出している。陽光を照り返すそれは、子供の頃誰もが手に傷を負うイガイガの中身に似ていた。


 但し、金ピカ。


「クリ? なんだクリって? あれは皇都の宮殿だぞ」


 隣を歩いていた、アーミッシュさんの部下のウィデル君十八歳が訂正してくる。


 確かに、自国の誇りとも言うべき宮殿を栗呼ばわりはないわな。


「いや、失礼しました」


「なんだ? なんで謝ってんだ? 相変わらず変な奴だなヤマナカは」


 ニカッと笑顔を浮かべるウィデル君の額には古傷が走っている。顔を布でマスクしている上に厳重に皮膚を出さないようにする人が多い中で、この子は自慢げに額を露出させている。


 当然、疑問に思ったので問い掛けてみた。


 返ってきた答えは、格好いいからだそうだ。最近の若い子って分からない。


 だからなのか、回復魔法で治療が出来ますよ? と仲良くなったのを機に尋ねてみたのだが普通に断られてしまった。


 ウィデル君は俺を他国の変な奴だと思っているようだが、俺もウィデル君を変だと思っているからおあいこだろう。


 しかし仲が悪い訳じゃない。


 この五日、ウィデル君からは沢山の事を学んだ。


 砂漠を歩く時は夜が主だとか、天幕の建て方だとか、魔物の種類とか。正に大人顔負けだ。


 この国では成人が十二歳だから、ウィデル君は十分大人らしいけどね。


 アーミッシュさんは砂漠に不慣れな俺の為にとウィデル君をつけてくれた。人手は幾らあっても足りない中、わざわざ俺の為に人を割いてくれるなんて、本当に良い人だ。


 お返しという訳じゃないけど、必要な部位を切り取って運ぼうとしていたミミズをアイテムボックスに入れて運搬している。


 何でも入るズタ袋に入れたように見せかけた。これはハンナちゃんやハンナちゃんの村の人の反応を見るに大丈夫だろうとの判断。


 勿論、気付かれなかった。俺が思うに似たような道具があるんだろうな。


 食料も袋から提供。ただ、食事より生きたままのボアの方が好まれた。毎日焼き肉にしていたため、多分まだ千食切ってないと思う。


 まあアディちゃんと薬草採っていた時に捕まえたボアはなくなったけどね。ハンナちゃんの村で捕ったボアより小さいけど、それでも流石に何百キロとあっただろうから食料は足りた。


 砂漠で歩く知識も増えた。


 砂漠では通常、夜に歩く。これは発汗を抑え水の消費量と体力の消耗を少なくするためだとか。厚手の布の服を全身に纏っている理由も、その方が汗が掻きにくく肌も火傷しないとのこと。またカセイが弱くなる夜に保温にもなるとか。


 勉強になる。


 カセイがなんだか分からなかったので詳しく聞いたら、大体分かった。大気に満ちる火のマナーがなんとかかんとか。


 夜は火のマナーが弱くなるのね。知らなかったよ。火にもマナーがあるんだね。バーベキュー後の炭を捨てて帰るとかだね。多分。


 最早砂漠の男と呼ばれても過言じゃないだろう。


 日が上がったのに行軍したのは都が近かったからか。今日もひょっこりと顔を出した太陽は二時間程前から俺達を照らしている。皆勤ですね。見習わなくては。


 ウィデル君と取り留めのない話をしながら、兵に囲まれた歩いていたが、前の方が止まったのか行軍が止まる。


 まあいい。それどころじゃない。


「それで、酒場のターシンさんはどうなったの?」


「へっ、そりゃもうベッタリよ。盗賊を退散させた時のこの傷に興奮してさ、今回の遠征前なんか」


 勉強になる。


「――ナカ――――ヤ――」


「で、俺は言ったんだ」


 フンフン。


「――――マナカ!」


「砂漠の蠍なんて、お前が持つ俺を狂わせる」


「ヤマナカ!!」


「あ、はい」


 なんでしょう?


 よく見ると兵の注目が一身に集まっていた。思わず隣に視線を飛ばしたが、ウィデル君は我関せずとキリリとした表情で前を向いていた。最近の若い子って奴は……。


 兵の向こう、アーミッシュさんが先頭で騎乗した恐竜の上からクイクイと手で招いている。


 お呼びのようだ。


 列を掻き分け前に進む。


「あ、すいません、通ります。通ります」


 満員電車で中の方に座った時を思い出すなぁ。よく女子高生から聞こえないフリや舌打ちされてたっけ? それでギリギリ目的地で降りられないという、あの痛たましい空気感。


 やめてくれよ異世界。ちょっ、待てよファンタジー。


 しかし兵の皆さんは笑顔で道を譲ってくれたよ。現代日本、ファンタジー取り入れたりしないかなー。


 行軍する兵の先頭に来ると、笑顔のアーミッシュさん。


 超怖い。人事報告があるって告げる部長とどっこいぐらいの笑顔ランクだと思う。


「約束通り着いたぜ! ここが俺らが根城にしている都だ!」


 根城って。


「はい。ありがとうございます。本当に助かりました」


 笑顔で返礼だ。顔はどうあれ、本当に良くしてもらったしな。顔はどうあれ。


「まあ、こっからはお前さんの自由だが、俺らと一緒に都入りするか? 色々と面倒だとは思うが、その方が」


「いえ、大丈夫です」


「お、おお、そうか」


 話を遮って悪いけども、面倒が出た時点でアウトだ。デデーンだ。


 面倒な仕事は兎も角、面倒事は勘弁して欲しい。


 隣人が若いカップルで、ある夜、喧嘩して俺の部屋に逃げ込んでくるとかね。女の人は包丁を持ってたよ。明け方まで仲介したんだよ。次の日、というか当日も仕事だったのに……あのカップル、どうしてるかなぁ……。


「ヤマナカ?」


「あ、はい。すみません」


 おっといけない。


「じゃあ、わりぃがよ、ジャックス・サンドワームをここいらで出してくれ。流石に死骸だろうが、突然街中にあんなデカい魔物が湧いたら住民もパニックになるからよ」


「あ、はい。ですね」


 そりゃあそうだよな。あの大きさだもんな。


 腰のズタ袋を外して取り出す場所を吟味する。出す場合は別に手から出る訳じゃないから場所指定が出来るのだが、あくまで魔法の袋という体裁を取ってきたからね。


 私兵団から少し離れた場所まで走っていって、アイテムボックスから氷漬けのミミズを取り出す。


 おお〜、という間延びした歓声が上がる。


「よし! 解体して都に運び入れるぞ! っ凱旋だ!!」


 アーミッシュさんの怒号のような指示の後、ワッと先程の歓声とは比べものにならない大声が上がる。


 そうか、解体か。しまったな。氷だけでも溶かしておけばよかった。……まあ、大丈夫だろう。この暑さだ。氷も直ぐに溶けるよな。


 じゃあ、後は若い人に任せてオジサンはここらでお(いとま)させてもらおう。


「アーミッシュさん、お世話になりました」


 頭を下げて感謝だ。アーミッシュさんは相変わらず怖い顔で見下ろしてくる。


「……おう。つっても世話になったのはこっちだが」


 そんなことないよ。


「ウィデル君にも、よろしくお伝えください」


「ああ、任せろ。……お前さん、これからどうすんだ?」


「仕事を探します」


 元より新しい職に着くつもりだったしな。ここに仕事がなかったら、また改めて海を目指すのもいい。


 異世界? ファンタジー? 余暇にやるから。日曜まで待って。


「……仕事か」


「仕事です」


 生きるために働きます。


 何処か厳しい表情に見えるアーミッシュさんだが、いつでも万事この表情だしな。笑顔で返答。


 するとアーミッシュさんもニカッと笑顔を浮かべてくれた。喰われそう。


「ま、お前さんなら職にあぶれる事はないだろうよ。また何か縁が会ったら頼むぜ。ヒラルヤの加護があらんことを!」


「ええ、あなたにもヒラルヤの加護がありますように」


 ヒラルヤって何だ。流石に今は聞けない。オジサン、空気を読むよ。


 ガシッと握手を交わして別れる。


 外壁の門まで歩いて、恒例となった行列につく。行列では遠目に見えるミミズに騒ぎが起こっている。門からあの恐竜に跨がった兵が何騎か出てきてミミズに駆けていく。


 待つこと数十分。


 あと二、三人でオジサンの番になるというところで、あの恐竜が何かを引いて門の中に入っていった。


 途端に騒がしくなる門前。進むペースもダウン。


「あんた、聞いたかよ!? 第三皇子の私兵がジャックスをやったってよ! しかも皇子が直々に率いてだとよぉ!」


 直ぐ前に並んでいた、荷車を引いた現地民っぽい人が、やたらと興奮して話し掛けてくる。


 とりあえず合わせておこう。


「凄いですね」


「ああ凄え! こうしちゃいられねえよ!」


 そう言うと現地民っぽい人は荷車を引きながら私兵団が解体している現場に駆け出していった。


 ラッキー。少し早くなった。


 他にも離脱者が出たため、直ぐに俺の番に。


「身分証か銀貨一枚だ」


 銀貨! たけぇー。


 まあでも所変われば物価も違うしな。東京で食べるカレーが三千円を越えるのと一緒か。ビビるよね。だから東京に出張した時は専らコンビニ弁当をホテルで食べてたよ。


 定価安定のコンビニ。独身の味方。


「これで」


「丁度だな。身分証が無ければ中区にはいけないからな。外区までだ。皇区には許可証が無いと通れない決まりだ。ま、中門に行けば言われるんだが……お前さん、他国の奴だろ? 知らないと思ってな。通ってよし」


「わざわざありがとうございます」


 門番の人って良い人多いよな。その街の顔みたいなもんだからか?


 頭を軽く下げた後、邪魔になってはいけないと足早に門をくぐる。意外と長い門だ。難攻不落は伊達じゃないな。


 門を抜けると、ガヤガヤと騒々しい通りと、威容を誇る白亜の宮殿が目に入る。


 ここが皇都か。


 通りを歩くと呼び込みの声が凄い。また前の二つの街とは別の活気がある。


「この布なら風通しも良いよ! 銀貨三枚だよ!」


「水ー! 水はいかがっすかあ! 瓶一杯銀貨一枚!」


「ヴィドラグの根、値段上がった? まけてよ」


「さあどうだい! こいつがあればオプトもコロリ! 毒団子一セット銅貨五十! そこの姉さんなら四十五でいいよ!」


「右の坪が左の坪か! 右か左か! 一回銅貨一枚、当たれば二枚に! 締め切るよ締め切るよ!」


 人の流れに乗って歩く。ここは流石に薄手の人もいるからか、あまり半袖は目立たないようだ。というか上半身裸のお爺さんとかいる。火傷はどうした。


 ここの国の人の肌は褐色がスタンダードらしい。アーミッシュさんの肌が色黒だったから、てっきりこの国の人はみんな黒い肌かと思ったけど、褐色が圧倒的に多いね。アジアンテイスト。彫りは深い。


 ひとまず宿だな。足場の確保最優先で。じゃないと野宿になってしまう。


 分からない事は聞く、これ大事。


「あのー、すいません」


「はいよー、黒蜥蜴の丸焼き一本銅貨十枚だよ!」


 げっ、高い。焼き鳥が銅貨五枚だったのに、こっちじゃ握り拳半分程のグロい蜥蜴が倍かよ。黒って言ってるけど焦げてるだけなんじゃ……。


 客の少なかった露天のちょび髭店主に話し掛けたところ、串に刺さった蜥蜴を突き出された。良いスマイルだ。


 仕方ない、情報料だ。それでも倍だが。


「じゃあ一本ください」


「まいどありっ」


 銅貨をキッチリ十枚差し出して受け取り、ズタ袋を通してアイテムボックスに放り込む。


 ここから大事なクエスチョンだ。


「すいませんが、手頃な値段の宿って知りませんか?」


「宿? それなら通り沿いに行けば幾つかあるよ」


 ……マジか。いや、必要な情報だった筈。勿体無いことなんてない。


「……ありがとうございます」


「またね! ご贔屓にー!」


 目礼して露天を後にする。店主は元気に手を振って送り出してくれた。それだけで銅貨十枚の価値が……あるさ、多分。


 こういうのなんていうのかな……ガソリンスタンドで給油して車走らせてたら、さっきのスタンドより二円安いスタンドを見つけたような気分っていうか。


 まあいい。切り替えが大事。これで宿には泊まれるだろう。


 ならば仕事だ。働き口を探そう。


 チェックインしてから探すのが定石だが、幸い手ぶらだ。このまま情報収集といこう。


 冒険者はパスだ。ていうか下手したら指名手配されてるしね。無理だね。都に入るのにギルドカード使わなかったしね。


 うーむ。とりあえず有り余る薬草を処理するため、薬師ギルドに行ってみるか? 確かそんな話を灰色ツンツンがしていた。薬師って響きがいい。危ない感じとは無縁だ。それに物価の高いここなら薬草も高く売れそうだし。


 いいな薬師。成れないかな薬師。


「おにーさんっ、水はどう? 砂漠じゃ変わるものない命綱だよ!」


「おっと」


 考えごとしていたら露天を広げている範囲に入ってしまった。道がカーブしているせいだろう。ここも前の街とは違うな。


 路面にゴザを広げた褐色のお姉さんが、笑顔で瓶を叩いて売り込みだ。暗い赤色の髪をヤドカリのように巻き上げて纏め、背は低く、やや大きめの目はパッチリとしている。白い布を体に巻いたような民族衣装を着ている。


 猫のような美人さんだ。口元や明るい雰囲気が客商売に向いてるよな。


 しかし、只の水を買ってもなー。出せるし。果実水なら兎も角……。


「おーい、おにーさん? 聞いてる? おにーさーん」


「全部貰おう」


 こんな中年をお兄さんだと!? もしかしてこの子、俺に惚れてる?


「え!? ぜ、全部なら……ぎ、銀貨二枚になるけど……?」


「じゃあこれで」


 ポケットから出したように見せかけて、いつものようにアイテムボックスから銀貨を取り出して渡す。


「わ、わ、ありがとう!」


 銀貨を受け取ると、褐色のお姉さんは抱きついて感謝を表してきた。


 ハグだ。


 つまり式は熱海でってことだね?


「えへ、ノルマ達成ー! お兄さん! またご贔屓にねー」


 しかし褐色のお姉さんは脱いであった外套を着込むと、ブンブンと手を振り嬉々として人通りの中に走っていった。


 いい笑顔だった。


 金貨でも惜しくないよ。


 ほら、夢は買わなきゃ当たらない訳で。


 とりあえず瓶ごとアイテムボックスに入れた。全く、水ってやつは必要だよな。しかしいい仕事のアイデアは湧かない。こういう時、異世界で出来る仕事って何があるのかな?


 しばし都を歩いて観察してみるか。




















 六畳程の広さの宿の部屋で俺は溜め息をついた。


「薬師…………ないな」


 部屋は土で固めて作られているらしく、鉄筋コンクリートの打ちっ放しのように殺風景だ。椅子と寝台の上に毛布と布が丸まっているだけ、流石は銅貨十枚といったところ。壁の厚さが売りだ。


 その寝台の上に、マイハウスが出来た際にいるであろう買っておいた家具の中から布団を取り出して敷き、ゴロンと転がりながら今見てきた薬師ギルドを残念に思う。


 だって、ギルドカードを発行するに当たっての適性に毒耐性ってあるんだよ。毒を飲むんだってさ。


 黒も黒。真っ黒だわ薬師。死ぬって。


 しかも自己責任ときた。なんだよその服毒自殺。完全犯罪じゃん。


 冒険者以外のギルドは、国を越えて繋がっていないらしいので、この国の薬師がヤバいと思いたい。


 とりあえず、この国で薬師はやれない。


 ならば何をしよう?


 今は食事しよう。


 辺りもだいぶ暗くなってきたのか日の明かりも消えてきた。


 灯り代わりにと貰ったランプのようなものに魔力を入れて光を灯す。なんでも中には魔力を食べて光を放つコケが入っているらしい。


 便利な異世界文化。電気いらずのファンタジー。


 民営になった昨今、日本なら考えられないような話だ。


 テーブルもないのでアイテムボックスからテーブルを取り出して食事を並べる。こっちの食事も買い込んだが辛い料理が多かったため、トルーカで買ったシチューの大皿を取り出す。熱々。小皿によそいながら黒パンとサラダも並べる。


 少し酸っぱいドレッシングを掛けて手を合わせる。


 つまり幸せだ。


「いただきます」


 最近まで大勢の人達と食事を共にしていたため、少し侘びしさを感じる。


「うわっ、このシチュー美味っ」


 しかしそんな生活も十八年。最早人生の半分が一人。


 慣れない方がおかしい。


 料理に舌鼓を打ちながら今日の成果を思う。


 決して空振りではない筈。薬草も二百本程換金したし、買い込んだ食料で損失分も補填したし、砂漠を歩く為の道具も買った。


 珍しい物と言えば、香辛料も手に入った。


 ニオの実というグライカクタスというサボテンが付ける実を粉にした調味料だ。この都、というかこの国ではそんなに珍しくないらしく格安だった。


 七味と一味の中間のような味で、色は緑色だ。思わず坪単位で買ってしまったが、明らかな買い過ぎですね分かります。


 そういえば前のアパートにも賞味期限が切れた調味料とか沢山あったよな。なんか買っちゃう独身三十代。


 サラダをモリモリと食べながら掛けてみようかと思ったが、止めておいた。


 大丈夫。きっと何処かで使う筈。


 黒パンをシチューに漬けて柔らかくしながら、これからの方針を考える。ふふふ、アディちゃんがこうやって食べていたから学んだのだよ。こうすると黒パンの味の方が好きなんだよな。


 ……さて、どうしよう。


 冒険者も薬師も駄目なら何があるというのか異世界。職業案内して欲しい。


 いつまでもあると思うな親と金、という名言に照らし合わせるかのようにお金の消費が速い。


 勿論、原因は分かっている。


 所得が無いからだ。


 解決策も既に見つけてある。


 仕事を探すんだ。


 さて、どうしよう。


 こうなるとやはり海を目指すべきなのかもなぁ。それか、出来れば目立つ資格とか欲しいよな。二級船舶とか調理師とか。


 不況に強いのが技術職。オジサンも欲しがる異世界技術。溶接とか普通免許じゃ駄目かなあ。


 無い物ねだりも仕方ない。明日もう一度、都を見回ってめぼしい仕事がなかったら海を目指そう。


 空間振動漁業の確立を目指すんだ。マストに旗を掲げてやるぜ。


 そうと決まったら寝るとしよう。灯りを消してテーブルを直して。


 さあ寝よう。


 バキッと砕ける音と共にバラバラと何が床に散らばる。唯一木製の窓が外から蹴破られたらしい。


 ランプがあるというのに咄嗟に蛍火で光源を確保してしまう辺り、俺もなかなか異世界ファンタジーしてるよな。


 蛍火で明るくなった部屋に、黒い布を身にまとったゴツい方々が入ってくる。手にはメイスやらパンパンに張った革製の袋を持っている。


 深夜の来訪だ。目的は分かる。


 勧誘に違いない。洗剤を付けるって言っても断らなくては。うちにこれ以上消火器は必要ないからな。


 ええそうです。またボられてます。


 スキルポイントで資格(スキル)取って欲しいです。作者的に楽です。



 ここからスキルのネタバレ含む。







 社畜さんが覚えられるスキルは転生者共通ではありません。社畜さんの潜在能力に起因しています。なので、誰もが同じスキルを覚えられる訳ではないです。特に最初のスキル選択は重要です。最初のスキル選択で選べるスキルは、実は多大なスキルポイントを使えば覚えられます。もちろん潜在能力にあればですが。大小の差はありますが、最初のスキルは使い方次第で最高のパフォーマンスを得られる物を出しています。しかし後々のことや、自分では覚えられないスキルを選ぶことで、異世界に行ってからの重要な変化に関わってきます。閻魔様の部下の人(未だに名無し)は、社畜さん以外の転生者に十分な説明と時間を与えました。


 ええそうです。閻魔はポンコツです。


 故に社畜さんは知らないこといっぱいです。まあ知っててもどうなの? という印象はありますが…………

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