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紛糾


 夜空を白い光が灼いていく。

 これでもう何度目だろうか?


「アディ!」


「……アッドだって言ってるだろ」


 俺がウンザリしつつも振り返ると、俺が今お世話になっている宿の女将さん、カディさんが心配そうに駆け寄ってきた。


「街の通り寄りに行くのは止めな。いつまたあの閃光が街を割るか分からないだろ? ほら、きな」


「大丈夫だよ」


「なにがさ?」


「おいちゃんがなんとかしてくれるよ」


「……アディ」


「アッドだって」


 カディさんが言いづらそうに言葉を濁らせる。


 おいちゃんと別れた後、俺とカディさんとルクソンさんは西門まで避難してきた。


 西門には俺達と同じように避難してきた人達で溢れかえっていた。


 なんで街の外に出ないのかと疑問だったんだけど、門の向こうを覗けば直ぐに疑問は解消した。


 あれは『聖獣』って呼ばれている狼だ。それが群れをなして街を囲んでいる。


 その名前の由来の通り、少し薄暗くなってきた周囲を白く発光して照らし出している白狼は、街を囲んではいるが襲い掛かってきてはいない。


 手出しをしなければ害は無いとみたのか、高位の冒険者が様子を窺うように周りに注意を与えている。随分と高齢で軽装に見える。道着と手甲しか身に着けていないが、あれで名うての冒険者らしい。


 なんでも、カディさんの夫のルクソンさんの冒険者時代の師匠らしく、状況の確認と挨拶に向かったのを横目に、俺は白狼に注目していた。


 場違いだが、白狼が残光を引きながら動くのを綺麗だと思った。


 暫く白狼の白光を目で追っていると、どうも白狼もこちらを見ているのに気がついた。


 まあ、当たり前か。監視しているのは見て分かる…………が、どうも俺と視線を合わせようとしているように見えて、なんか落ち着かない。


「カディさ」


 思わず不安になってカディさんに同意を得ようと声を掛けた時に、激しい光と音が街を縦断した。


「なっ――!?」


 咄嗟にカディが俺を引き倒して伏せる。遅れてきた衝撃波に体を煽られるかと思ったが、無色透明な壁に阻まれ避難してきた人達に影響は無かった。


 しかし恐慌が起こりかけた。


 領軍は何をしているのかと罵声が飛び交い白狼の下を突破しようと武器を持つ人達まで出てきたが、白狼が遠間で爪を振るっただけで足下に深い爪痕が残ったため、出鼻を挫かれて渋々と武器を下ろした。


 誰もが眠れぬ夜を過ごす中で、白い閃光が時たま空を灼いたが、既に何十と見た光景のせいか、不安はあったが慣れてもきていた。


 そこに、東門で同じように防衛戦をしている冒険者がやってきた。


 東門でも似たような自体になっているらしく、問題の解決に腕の立つ冒険者を募りにきたそうだ。なんでもこのワイバーンや白狼を召喚している者に心当たりがあるらしく、夜明けと共に討って出たいと申告してきた。


 情報の交換は俺の知らない所で行われた。まあ当然だよな。最近までスラムをうろついてたガキに何を話すというのか。


 しかしカディさんと固まって休んでいた俺達の所に、ルクソンさんが驚くような報告を持って帰ってきた。


 この騒動の元凶と見られる召喚者が、あのおいちゃんだと思われているらしい。


 何を馬鹿なと鼻で笑ったが、カディさんもルクソンさんも苦い顔をして何も言わなくなってしまった。


 まさか疑っている訳じゃないよね? としつこく聞きついたところ、そういう他国の工作員も居ると言われて憤慨した。


「おいちゃんはワイバーンから俺達を助けてくれたじゃないか!? なんでカディさんもルクソンさんも……」


「だが、彼が北区に行った後で、あの閃光は放たれた」


「なっ、……んだよそれぇ!? あれは俺が!」


「落ち着きな、アディ。まだ可能性があるってだけで確定している訳じゃないよ。……それに、こういう言い方もどうかと思うけど……まだ生きてるかどうかも分かってないからね」


「んなことねぇよ! おいちゃんはもの凄い魔導師なんだから! あんなん屁でもねぇよ!」


 俺の台詞にカディさんとルクソンさんが顔を見合わせる。


 おいちゃんの魔法の凄さは見て貰えば分かるけど、そういえばおいちゃんの魔法は分かりづらい。体にすげぇ障壁を纏わりつかせたり、どこからともなく串焼きやパンを取り出す……のだが、説明しようとして止めた。…………だって、これじゃ、おいちゃんがすげぇ魔法を使える事で、実は他国の工作員だって事を後押ししてしまうんじゃないかって思ったんだ。それに繋がりはないのに。


 だから俺がおいちゃんの所に、冒険者の奴らより早く行けば、おいちゃんに説明が出来るし、なんとか争わないように出来るかもと街に繰り出そうとしていたんだけど、カディさんが敏感に察知しては連れ戻されるを繰り返していた。


 そして夜が明けた。










「ほっ。行ってしまったの」


「爺、てめえがやる気出せば追いつけたんじゃねぇのか?」


「馬鹿ぬかせ。風魔法に適正を持つ神獣クラスに追いつけるかい。途中で腰が逝くわい」


「……まあ、僕としてはどちらでもいいですけどね……というか、本当にアレが白狼を召喚していたんですか? 一角兎(ホーン・ラビット)にも負けそうな貧相さでしたが……」


「あんたあたしの弓が効かなかったの見てないの? そんな視力でよくランクBまでやってこれたわね?」


「あれで奇襲のつもりでしたか? トロトロと何をやるかと思えば……あれなら僕でも避けません」


「……鎧で体を覆ってるからって安全じゃないのよ? 教えて上げましょうか?」


「随意に?」


「おう、やれやれ。ウィズをノしたって言うから気合い入れてきたって言うのによー。ケツ萎みだぜ」


「悪いが、二人ともその辺で。まだヤマナカを殺れなかった以上、街にはまだワイバーンが彷徨いている。白狼がいなくなった今が好機だ。あと少し力を貸してくれ」


 弓をつがえて威嚇していた女性の冒険者とスプリングメイルを装備して腰のバスターソードに手を掛けていた冒険者が、互いに武器から手を離し顔を背ける。


「……ちっ」


「……やれやれ」


 高位の冒険者になってくると、下積みの時代が終わり、必然、我が強くなってくる。同じクランに属していない高位の冒険者とパーティーを組むのが難しいと言われる原因だ。


 俺は軽く息を吐き出しながらも『黒壌』を抜いた。


「しかし……命拾いしたのぅ。この年になってまだ落ちぬとか……ワシ、幸運」


 白狼が去った方向を見ながら呟くヨートゥレンの爺さんに視線が集まる。この爺さんはランクこそBだが、その実力はAランクに勝るとも劣らない物を持っているが、昇格試験を面倒臭がって受けていない。


 その実質Aランクの爺さんが命拾いしたと言っている。興味をそそられるのも仕方がない。


「何を?」


「ほれ」


 ヨートゥレンの爺さんが指差した先にあるものに注目が集まる。


 ワイバーンの死体が死屍累々と積み重なっている。白狼の風魔法で潰れたのだろう、ひしゃげている物が多いが、半身を消し飛ばされた物も多い。恐らく、あの白い閃光だろう。黒いワイバーンのブレスか?


「これがなんだってんだ?」


 肌の白い剣士が首を傾げつつ疑問を口にするのに、ヨートゥレンの爺さんが溜め息を吐き出す。


「観察力不足じゃの。じゃーからあの黒いワイバーンにも喰われかける」


「い、今はんな事関係ねぇだろ! んで、なんでワイバーンの死体が命拾いなんだよ!」


「よく見てみぃ。死体の殆どが一刀で斬り殺されとる。斬り口から予測出来るじゃろ? つまりワイバーンを雑魚扱い出来る剣士がおったと言うことじゃ……十中八九、あん小僧じゃろ。あくまで予想じゃがな。気になる部分はまだある。儂らがここに着いた時に、あん小僧が黒いワイバーンを召喚したじゃろ? ……しかし召喚紋らしきもんが無かった……ワイバーンを殺したのなら、白狼がワイバーンを刈っていたのにも納得がいくが……ならあの黒いワイバーンは? ……いやしかし……元来……」


 途中から独り言に切り替わってしまった爺さんに、他の三人と顔を見合わせる。


「まあ、爺さんの心配性と考え過ぎに一票だな」


「でもシジイの言が真なら、ワイバーンの召喚者は別でしょ? 白狼と協力関係にあったのは見て分かったけど……」


「……確かに。ワイバーンや白狼の召喚は確認していない。白狼が指示に従ったのを見ただけだ……別口だったのか? いやしかし貴重な召喚術の使い手、しかも手練れが、偶々同じ街同じ時に襲撃を考えるか?」


「……ふむ。そこだけ見たら繋がっているように見えますが、些か勇み足なのは否めません。『黒流』も焦るんですね」


 ………………あせ、る? 俺が?


「おい、話は後にしようぜ! まだ街中にワイバーンが残ってるかもしんねぇんだろ?」


「おっとそうね。まずは掃除が先よね」


「そうですね。しかし騎士団は何処に逝ったのやら」


「趣味わりぃぞ。どう考えても全滅してっだろ」


 元々ヤマナカを討つために組んだパーティー。ワイバーン程度なら個人で相手を出来る力量なので、三々五々と散っていく。


 他の冒険者を見送りながら、胸の中に沸き立った、今まで感じた事のない未消化の想いを抱えながら、俺も街へと足を向けた。










 薄暗くも広い部屋の中央には円卓が置かれ、その周りを複数の人柄が囲んでいる。部屋はカーテンで閉ざされてはいるものの、置かれてある調度品の品の良さや人物の判別が出来る程度の光度を保った高価な魔道具から、部屋に座す人物の地位の高さが窺える。


 彼らはグランドギルドマスター。各国に於ける冒険者ギルドマスターを統括する地位にある。その年に一回の報告会が開かれている。


「――――では以上で、魔物の部位の買取単価はよろしいですね?」


「今年も時間が掛かった」


「仕方ありませんな。我らが冒険者ギルド以外は国を越えて結びついていないのですから」


「薬草などの供給が不足している品ならそんなに問題はないのですがね」


「マンティコアの皮に、アルトガの芯精が……」


「計算はホームに戻ってから頼むよ。まだ終わっていないでしょう」


「今回は有意義な物になりましたな。特に、ふようど? でしたか?」


「腐った葉を混ぜるねー、奇特な考えだ」


「同意。魔法で代替が可能。効率なら魔石産業に比重多」


「魔法国家ならですな。下位冒険者の大多数が登録している民ですよ。まだ情報員からの報告だけですし」


「然り。大体魔石は高い。うちでは――おっと、次の議題か」


 飛び交っていた声も、円卓の中央にある魔道具が稼動し始めると共になりを潜めた。


 虚空に浮かび上がる映像と共に、手元に資料が配られる。


「次の議題は、今月に入ってBランクに到達した冒険者についてです」


 映像がスクロールされ、資料も読み尽くされた段階で質疑応答になる。


「こやつは六年目じゃろ? スカウトしては」


「駄目です。国が目をつけているらしく――」


 活発な意見交換が成される中で、手元の資料を見ていた一人のグランドマスターがそれに気付く。


「む、質問じゃが、エリクセルの冒険者のBランクに"経験一ヶ月"とあるぞ? 一年か十年の間違いか?」


「否定。資料を肯定」


 シン、と静まり返った部屋の中で、次の瞬間には資料を捲る音とざわつきに包まれる。


「流石魔法大国、その首都か……」


「いや、しかし本当に? それは最短記録なのでは?」


 と、このような毎度のハプニングを交わしつつ議題は進み、トルーカの襲撃の話になった。


 襲撃は会議の直前だったため一番最後の議題に回された。何日と掛かる会議のため、あの事件からは既に一週間が経過していた。


 トルーカの襲撃、その報告書は、大方否定的な見方をされていた。


「馬鹿馬鹿しい。残った焦げ跡を見るに、これは召喚紋ではなく転移紋だ」


「白狼は契約を行わない。古の約定が既にある。地元のギルドマスターは知らなかったのか?」


「召喚ではないでしょうね。聞けばランクはF。大方、身代わりにされたのでは?」


「ワイバーンと敵対していたなら、味方だったんじゃ?」


「しかし禍々しい巨大な黒いワイバーンを召喚したとあるが?」


「『黒空の星』ならエリクセルのギルドマスターの弟子が加わっていたのでは?」


「否定。既に破門済み」


「状況証拠に思い込みが激しいな。フッ、Aに昇格したばかりで鼻息が荒かったか」


「ともあれ派遣は必須でしょう。調査と平行して情報の摺り合わせを行います。異議やご質問は?」


 誰も手を挙げないことを確認して、今回の議長が次の議題に進める。


「では、今回最後の議題になります。今回最後の議題は――――」


 パラパラと資料を捲る音が響く中、エリクセルのギルドマスターは資料を捲らずに、襲撃犯と見做されている人物の特徴の欄を読んでいた。


「……黒髪黒眼……」


 蚊の鳴き声のようなか細い呟きが、彼女の口の中だけに残った。


社畜さん「うわっ、なんだこの気持ちわるさ……。職場のリノリウムの床で寝た時もこれほどじゃなかったわ……。こわっ!? 異世界とか関係なしにな、大概にしとけよファンタジー。くっ、折角買った寝袋が沈む。銀貨三十枚もしたのに。…………ごろ寝しかないね」




ぜーんぶ独り言。


どっかの寂しい三十代。



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