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黒ワイバーンと闘うということ


 あれは誰だったか……昔、偉い人が言っていた。


 曰わく、『前に出るから!』(撃たなきゃいけない)と。


 どんな社会でも出る杭は打たれるが必定。優秀な人材を欲しがろうとも、会社を回す人達が集うコミュニティーには弾かれるが運命。


 どんなに理を説こうとも、感情なんだから納得してくれるわけがない。何故かと理由を聞こうとも、それはハッキリしない不定形なものだから答えてくれない。


 そんな理不尽を胸に消化しながらも社会人はやってかなきゃいけないんだけどね。


 ただ、そんな排他主義の暗黒面に堕ちた方々は、口を揃えたように同じ台詞を吐くものです。


 そう、『調子乗んな』と。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ……俺、調子乗っちゃったわー……。


 吹き荒れる音の波に周りがビリビリと震え、自壊間近の建築物が崩れ落ちる。


 安心安全を宗とする我がスキルは、鼓膜が破けるであろう声量もボリュームを落として伝えてくれるが、出来れば完全にシャットアウトして欲しかった。あのね、


 こえーんだよ。マジ、ビビってる。


 影響があるなしの前に恐怖が先立つ。リアルに絡まれたことのある不良並みだ。足がガクガク。


 こいつは他でキョトキョトと動いているトカゲとは一線を画す存在だ。正にドラゴン(不良)。


 オジサンとは不良と喧嘩なんてしない存在。日々の仕事疲れと貴族と詠う独り身の重圧と常に戦っているというのに、この上、不良だと!?


 馬鹿言っちゃいけない。こちとら税金は払ってるんだ。こんなん国になんとかしてもらわな。


 見上げるばかりで足が動かない。逃げちゃだめだと唱えるが十代。逃げない理由がないと異議を唱えるのが三十代。動け動け動けっ、うごい、あっ、目がフィット。


 途端に迫るビルが如き黒い巨大な翼腕。メガヒット。


 今ほど自分のスキルに感謝したことはない。本来なら酷い交通事故レベルでグシャグシャになるところ、どうやらいつも通り、安定の防御を醸し出している我がチート。黒いドラゴンの攻撃、影響無し。そよ風程も感じんわ。だから動いてないだけであって、決して腰が抜ける三歩手前とかじゃない。


 通過電車のような速度で迫る翼腕。多分、その皮膜やら鱗やらにめり込むように攻撃を受けているとは思うのだが…………なにせ相手がデカい。速度も相まって全体的に見えない。


 黒一色。


 めげることなく翼腕を打ち込んでいるとこを見るに、大して痛くないんだろうなー…………バット、いけない、早く逃げなければ。こんなん勝負にならない。


 しかし視界跳躍を発動しようにも、体に纏わりつくかのように連続で迫るビル群(翼腕)。


 これじゃ跳べない。


 …………えーい構うものか。男は読経。正に南無三。


 視界跳躍!


 …………発動しないというね。


 もうどうすればいいのか。


 そんな途方にくれた俺を見かねた天(閻魔様)の配剤か、単に攻撃が効かないことに苛立ちが募ったのか、急に黒いドラゴンの攻撃が止む。


 突然のことに、咄嗟に行動が出来ない俺が、不意に顔を上げて黒いドラゴンを見たのは仕方がない事だと思う。戦闘は専門じゃないのだ。


 かぱりっ、と口を開く黒いドラゴン。口腔内に急速に白い光が溜まり出し球を象る。子供の頃にテレビで見たプラズマ球の様に。


 しっこ! 違った。シット!


 決して漏らしそうな訳ではない。普段使わないのに英単語で格好つけようとするからこうなる。


 咄嗟に頭の中を廻る無数の選択肢……などということもなく、単純に、うげろっ、ヤバい! といった思考の下、慌てて視界を少しズラす。


「し、視界跳躍視界跳躍視界跳躍ー!」


 ヴヴヴ、という慌てた為に依る連続起動の下、遥か上空に転移してしまう。


 出来るんだろうなとは思いつつも、着地を考えるとやりたくなかったフライハイ。ゆっくりと落ち始める感覚が気持ち悪い。


 どうにか体の位置を反転。眼下に見える、小さくなった街と黒いドラゴン。そのドラゴンから白い火閃が延びていく。


 延びて、延びて、延びて…………おい、ふっざけんなよファンタジー! 荷電粒子砲か滅びのバースト・○トリームじゃんあんなの!


 北から南に街が真っ二つだよ。何でも許されると思うなよ異世界。


 ヤバいヤバいヤバい。これは悠長な事を考えてたら死ぬ。元々死んだ身として俺はともかく、街に住む人、全員逝くな。何か対策を取らねば。


 ゆっくり(・・・・)と落ち続ける中で腕を組む。次元断層がシャットアウトしてくれているからか髪も靡かない。


 とりあえず戦力の比較は必要事項だろう。


 というわけで、鑑定先生! お願いします!




氏名 ノーネーム

年齢 0

性別 雄

種族 ラーカム・ワイバーン・オリジン

職業 忌み子


Lv  21


HP  9921/10856

MP  6532/8215


STR 2311

VIT 3558

DEX 1514

AGI 3010

INT 2643

LUK 765


固有スキル

・滅びの息吹


スキル

・指揮     Lv3

・咆哮     Lv5

・HP自動回復 Lv1

・MP自動回復 Lv1

・火属性耐性  Lv8

・闇属性耐性  Lv7

・麻痺耐性   Lv3

・毒耐性    Lv4

・即死耐性   Lv1


[詳細]


 お前みたいな赤子がいるかっ! 兄より優れた弟より希少性高いわ!


 ……ツッコミどころが多くて逃避しそう。突然仕事を辞めた後輩の残務を三日で納期って言われた時に似てる。


 ……ある。あるよね、ゲームってさ。


 こういうところ。


 水準より高いレベルに上げて無双しながら意気揚々とストーリーを進めてたのに、たまーに迷い込んだところの敵が、現状でどう足掻いても勝てないっていうね。


 単純計算であと四発。魔力の回復スピード如何に依っては、何発撃てるのか見当もつかない。


 最大魔力量からの逆算だから、実は消費魔力量が100程とか言われたら終わりだな。


 比較する意味があるかは微妙なところだが、一応俺のステータスも見ておこう。


 鑑定、違った、ステータスさんお願いします。



氏名 山中 賢

年齢 35

性別 男性

種族 人族

職業 脱獄囚


Lv  31


HP  711/711

MP  3315/3315


STR 325

VIT 268

DEX 414

AGI 260

INT 1943

LUK 197


固有スキル

・言語翻訳

・空間自在 Lv2


スキル

・鑑定

・回復魔法 Lv4

・火魔法  Lv5

・水魔法  Lv2


残スキルポイント 18




 もう言わないでおこうと思ったけどツッコませてもらおう。


 おい、職業欄! 悪意しかないわ! つーかこれがデフォルトで組み込まれているとしたら、部下の人はどんな場合を想定してんの!?


 やあ、スッキリ。朝の顔。


 心の中で叫ぶのが大事。溜め込むのが社会人。コーヒーで流し込むのが大人。


 さて、大分近付いてきたな。


 ステータス差は絶望的だが、INTならなんとか対抗出来そう予感。


 イントって何?


 頭一つどころか身長三倍ぐらい抜きん出ているけど、俺の何がそんなに優秀なのか分からない。


 明らかな異常成長だ。


 ……うーんなんだろう? コレステロール値とか内臓脂肪値とかじゃないよね?


 古い記憶を掘り起こしてみるも、すばやさ、かしこさ、ちから、ぐらいしか思い浮かばない。


 ……まあ、いいか。詳しく考えないのがコツ。


 俺が居たであろう位置を踏んづけていた黒いワイバーンが、落下中の俺に気付いたのか顔を上げてくる。


「はあ、さあ仕事しますかね」


 残業時間前の休憩終わりばりの溜め息を吐き出すと、俺は手に大剣を取り出した。


 まだ冒険者だからね。いきますか。










 光に向かってゆっくりと意識が浮上していく。


 目が覚める前の一瞬。眠りと覚醒の狭間で、ああ、目が覚めるんだな、と自覚が出来た。


「目を覚ましたぞ!」


「やった!」


「リーダー聞こえるか? 気分は?」


「ああ、聞こえてるよ。気分? 最悪だよ。お前ら自分の顔……」


 軽く笑いながらいつものやり取りを強面のウルに返したところで、漸く自分の状況を思い出し上半身を起こす。


「あっ、まだ起きない方が……」


 後ろからクランメンバーの誰かの声が掛かるが、気にせず体をチェックする。


 気を失う前に襲ってきた衝撃は、二十年を生きてきた生涯で最大級のものだった。体の奥底から揺さぶられるようなダメージ、強制的に意識を飛ばされる感覚に一度は耐えたが、体中の痺れに頭の重み、揺れる視界が最後に映し出したのは、あれ程の攻撃を繰り出した掌を再び向けてくる、掘りの浅いこの辺りではあまり見ない顔の男性。


 死んだと思っていた。


 次は耐えられないと頭のどこかで分かっていた。事実、二回目の衝撃を受けた時は体中の血が弾けたような幻視すらして意識が飛んだ。


 しかし体は頗る(すこぶる)快調だ。むしろここ最近の疲労すらないかのように……。


 痺れがないか確認するために両手を握ったところで、漸く気付く。


「左腕が……」


 俺の『自己修復』かと考えたが、このスキルは浅い傷や血止めぐらいにしかならない。『再生』程の回復量を誇るスキルでなければ腕が生えてくることはないだろう。


 となると、切られた腕を繋げて貰ったのだろう。


「回復はシンシアか? ありがとう」


「いえいえ、リーダーのスキルのせいか殆どやることはなかったよ」


 赤いショートカットの白いローブを着た我がクランのお抱え魔導師のシンシアが照れたように手を振りつつ謙遜した答えが返ってくる。


「それで、どうするリーダー?」


「そうだな……」


 ウルを始めとしたクランメンバーが俺の周りに揃っているが、他の冒険者はギルド長の飛ばす支持に従って、門の辺りに集まった街の人だかりを囲っている。


 視線を外に向ける。


(やはり、そうそういなくなってはくれないか)


 街道の周りや森の中には、意識が飛ぶ前と同様に白狼の群れが存在し、恐らくは群れの長と思われる白狼はどっかりと寝そべってワイバーンを食べながらこちらを見ていた。


「どういう状況だ?」


 立ち上がりながら、クランメンバーが差し出してくるアダマンタイト製の黒壌と呼ばれる黒い両刃の大剣を受け取る。


 一度握れば自信が溢れてくる業物だったが、今では酷く頼りなく感じてしまう。


(……引っ掻き傷すらつかなかったな……)


 白狼の動きには叶わないものの、この黒壌が当たりさえすれば勝機はあると思っていた。攻撃力に加え、『縛鎖』という当たれば速さが低下する魔法が組み込まれているため、長期戦では多大な戦果を上げるのだが……首を跳ね飛ばす軌道で渾身の一撃を当てても傷すらつかない存在がいることに動揺していた。


「リーダー?」


「あっ、すまない。話してくれ」


 その後、クランメンバーから意識が無い間の話を聞いた。


「……喰っていい、か」


「ああ、間違いなくそう言ってたぜ! 今は偶々襲ってきたワイバーンを食べちゃいるが、あれを食い終わったら次は俺達だろうよ」


 その会話に押されるように白狼に目を向ける。


 白狼は避難しようとする人を街から出さないように包囲している。そして街にはワイバーンの集団がウヨウヨしている。


 遠からず全滅するのが分かり、白狼に挑んだが相手にならず飼い主に負けてしまった。


 そう、飼い主だ。


 白狼が言うことを聞いたという話からも、ヤマナカさ……いや、ヤマナカは白狼の飼い主、もしくは召喚主だろう。


 しかし分からないこともある。


 ワイバーンも白狼もヤマナカが召喚したのなら、何故白狼はワイバーンを食べているのか? それに命令は避難してきた街の人を食べることではないのか?


 こういった疑問を上げたところ、昔、召喚術をかじった事があるという奴が『契約』の召喚なんだろうと言った。


 召喚術は大まかに分けて『召喚』『操作』『送還』とあるらしく、自分のレベルに合った魔物や精霊を呼び出して使役するらしいのだが、ここで一番難しいと言われるのは『操作』だそうだ。


 何でも無理矢理に意識を乗っ取ったり、支配権と言われるものを勝ち取り強制的に言うことを聞かせたりする分、反動や支配権を失った時には命の危険があるらしい。


 そこで生まれたのが『契約』という手法。


 この方法をとれば、自分より遥かに強い魔物を呼び出せたり限界を超える数の召喚を行えるらしい。悪い点は、魔物の自由意志を残しているためこちらの意図しないことをしたりするらしい。


「例えばさ、飯を取ってこいって命令して狩りに行かせたとするだろ? そしたら飯は取ってくるんだけど、水を飲んだり人を襲ったりの寄り道もすんだよ。自由度が高い分ある程度自分で判断すんだと」


 説明を終えたメンバーが、自分しか知らない知識を披露したせいか得意気に笑顔を浮かべている。


 なるほど。つまり「人を喰らえ」という命令に従っていれば、他はどうでもいいということか。


 つまり白狼は、ヤマナカの命令である『人を食え』を実行中だが、いつ食うかは自分のタイミングで決めれるということか?


 そして今はワイバーンで小腹を満たしている、と。


 これはヤマナカも予想だにしなかった展開だろう。恐らくヤマナカは、今すぐに食い散らかせ、という命令のつもりだったんだろうが、食べてもいい、という曖昧な命令にしたため、白狼が食べるタイミングは自分で決めてもいいと勘違いしたのだろう。


 とはいえ。


 間違いなくいつかはこちらに襲いかかってくるだろう。


 ふと気付いたのだが……白狼共は先程の俺とギルド長との戦闘を食事と思っているのかもしれない。


 活きのいい獲物をボスが食べていると。


 それなら、戦闘に加わらなかった理由も頷ける。ボスの食事が終わるのを邪魔せず待っていたのだろう。


 ふざけやがって。


 となると、あのワイバーンを食べ終わるのがタイムリミットか……。腹を空かせた狼共が、雪崩を打って襲いかかってくるだろう。


 しばし目を瞑り、この後の行動計画を練る。クランメンバーもそれを見てとったのか静かになる。誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


 ………………………………いや、他に方法はないだろう。


 疑念を振り払うように決意すると同時に目を開けると、クランメンバー全員がこちらに注目していた。


 その視線に乗せられた問いに頷きで返し、声を張る。


「チームを二手に分ける! Cランク以下のメンバーはギルドと協力体制を敷いてギルド長の指揮下で防衛! Bランク以上は俺に付いてこい!」


 威勢のいい返事がそこここで上がる。メンバーからの質問や反論がないことを確認すると、決意を言葉に乗せ高らかに宣言する。


召喚主(サモン・マスター)を殺る!!」













 先が見えない作業をこなすのは、得意とは言いませんが社会人ならよくある事です。


 残業十六時間でも終わらないとかよくあります。仕事に慣れ出すと大体このくらいで終わるなと試算が出来るようになります。薬草畑然り。


 絶望的な数値と分かっていても、毎日の慣習に従って計算しちゃうんですよねー。分かっているのに……。


 ああ、終わんねーなと。


 そんな絶望にも耐性が付くのが社会人。顔の表情筋も消えていき、怒ってないのに「怒ってます?」と聞かれたりする。


 勿論、激オコです。


「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 彼もそうみたい。


 社会人一年生が最初の一月を超えて掛かると言われる病気も、このような繰り返しに心が挫けてしまうからでしょう。


 しかしこちとら十八年やってきているのだ。侵入社員の愚痴など聞くわけがない。


 こい不法滞在。てめえ銅貨払ってねえだろ。


 もう何度目か、黒いワイバーンの口に集積光。咄嗟に力の限り飛び上がる。


 これが意外に十メートル以上は上空にいける。凄い脚力。レベルアップのお陰だろう。結果にコミットしている。


 狙いが上空に逸れ、今正に放たれんとしたところで、視界跳躍。場面が切り替わり黒いワイバーンの背後に跳ぶ。


 放たれる熱閃。閃光の周りの風景も熱で歪んで見える程のエネルギーを含む光線は、街の上空を抜けていき、途中で何体かのワイバーンを犠牲に消えていく。近くで見て分かったのだが、どうもこの攻撃の放射中は黒いワイバーンの意識が飛ぶようだ。途中で目標を変えられたらと手を出さなかったのだが、間違って近場に視界跳躍してしまった時に、白い閃光に凪払われると思ってヒヤッとしたのだが、閃光は直ぐ近くを抜けていき、視界に入っているだろう俺はシカトされてしまった。


 これはもしやと思い、白い閃光が収まる直前に、最悪でも街へ攻撃されないためにと頭上から斬りかかったのだが、気付かれず。閃光が収まった後に攻撃して漸く頭上にいるオッサンに気付くという、ね。


 これはビジネスチャンス。


 そんな訳で、体を捻り白い閃光放出中の黒いワイバーンに大剣を突き立てて落下。


 黒いワイバーンの身体に引かれる細い線。


 これで大きいダメージを与えられたらと思っていたが、現実は無情だ。


 あんまり効かないんだよね、これ。


 それというのも鱗のせい。衝撃の鑑定結果がこちら。




 黒陰鱗:打撃耐性(中)、衝撃耐性(中)、斬撃耐性(小)、魔法攻撃低減の効果を持つ鱗。マナを吸収して生まれた王種劣化黒竜の鱗。マナの拡散を防ぎ、枯渇に耐える効果をも宿す。一枚一枚が――――


 [詳細]



 そういうのってステータスに記載される物なんじゃないのかい?


 記載ミスだよ記載ミス。発行元回収もありうる。


 地上まで降りきると、剥げた鱗が遅れて(・・・)バラバラと振ってくる。


 鱗が剥げた箇所を目掛けて火の玉を放つ。


 大剣の攻撃だけじゃ大して痛くないのだろう。ステータスを確認したところ、100程度しかHPを減らせないので、魔法を撃つ。


 かなり力を入れて撃つ。グングン魔力が減るが、魔力って一時間程で戻るし、別にいいだろ。MPとはなんなのか……。多分連続使用できる範囲なんだろう。時速みたいな?


「ガアアアアアアアアアアアア!?」


 ああ、うん、だよな? 仕事って辛いよね。もうお休み。有休の申請は出しといてやるから。


 小爆発を起こす黒いワイバーンの背面。もう何時間戦ったことか。殆どなくなった背面の鱗が時間を物語っている。


 幾ら鱗が剥げようとも、防御力が高いのか黒いワイバーンに大剣は効き難く、魔法も大して効いていなかったのだが……鱗の剥げた箇所に当たった火の玉に黒いワイバーンが声を上げた。


 漸く有効な手段を見つけたと思ったが、黒いワイバーンの鱗なんて数えるのも嫌なくらいある。おまけに魔力が枯渇すると回復に一時間掛かる上に酷い疲労が襲ってくる。しかも微妙に回復していくのか時間経過により鱗が戻ることも……。


 恐ろしく時間が掛かるのが分かった。


 しかし仕事ってそんなもの。


 心を無にして淡々と仕事をこなした。


 回復量込みで一時間に減らせるHPは1000〜1500といったところ。


 ……ああ、朝日だなぁ。


 稜線から登る朝日に照らされる周囲は瓦礫だらけだ。もはや御屋敷跡地というより更地だ。


 夜勤明けもかくやといった心持ちだ。なんせ、


「…………グゥルルルル……」


 漸くここまで追い込んだのだ。


 背中を上手に焼かれた黒いワイバーンはストレスで参った新人のごとく地に伏せた。それだけで濛々と土煙が上がるがね。


 あと一息だ。めっちゃコーヒーが懐かしい。


 ここで手を緩める理由というのは、一つ実験をしたいからだ。


 実はHP削減作業中に、如何に速く仕事をこなせるかを考えていたら、神の如き閃きが降りてきた。


 思わず笑いながら叫んじゃったよ。


「ふははははははは! バニッシュ○ント!」


 って。


 勿論そんな魔法は持っていない。


 俺が使用したのはアイテムボックスだ。持ち運び便利の万能魔法がまさか戦闘にも? あら便利!


 そういえば前に猪を生け捕りしたときに、生きたままアイテムボックスに入れれたことを思い出したからね。魚とかも入れてるし。


 正に無敵。飼い殺しにしてくれると発動した。


 すると、パッと黒いワイバーンの巨大な質量が消えた。


 見慣れたアイテムボックスの効果だ。


「やっ……いってぇえええええええ!?」


 喜びの声を上げようとしたところで、襲いくる痛み。


 腕や脚の毛細血管が破裂し頭がガンガンと痛み、視界も赤く染まるところをみるに目の毛細血管もイッたのだろう。


 考えられる原因は一つ。


 直ぐさま黒いワイバーンを取り出して全力で治療を始めた。お陰で少しばかり仕事が遅れることになった。やっぱり余計な事を考えちゃ駄目だね。


 しかし火の元過ぎれば熱さ忘れる。あの猪と黒いワイバーンの何が違うのか考えた。


 種族もそうだが、状態の違いなんじゃないか?


 つまり瀕死状態ならいけるのでは? 俺の子供の頃から始まり今現在まで続くゲームに、モンスターを弱らせボールの様な装置に閉じ込める物がある。


 黒いワイバーンをチラリ。


 血走った瞳に低く唸って今にも噛みつかんばかりにしているのに、身体が言うことを聞かないのか身じろぎも出来ないでいる。


 呼吸を一つ。もしかしたらめちゃくちゃ痛いかも。


 黒いワイバーンに近づき手を添える。


 アイテムボックス・イン。


 睨み殺さんばかりに視線を飛ばしてきた黒いワイバーンがパッと消える。


 …………。


 ……。


 十秒、一分、五分、痛みはやってこない。


 よし、ゲットだぜ。


「うあああああああああああああああああ、つかれたあああああああああああああああ!」


 もうベッドとかどうでもいい。ここで寝たい。納期に間に合ったデスマーチ後のプログラマーの様に丸くなりたい。返事とかない。ただのリーマンだ。


 おっと、画竜点睛を欠く訳にもいくまい。確認作業が大事。


 アイテムボックス一覧を確認。よし、いるな。


 後は一度取り出してもう一度入れよう。


 パッと黒いワイバーンを取り出す。マジ改めて見るとすげー。これ幾らになんだろ?


「……そんなものまで呼べるのか……」


「ええ、まあ。………………………………うん?」


 しまった。とりあえず返事をするという社会人の習性が出てしまった。すまんすまん、何だって?


 振り返ると、朝日を背負い逆光の中、大剣手に鋭い視線を飛ばしてくるイケメン。


 ウィズさんがいた。


 良かった。腕はくっついたようだ。


 ホッとした心持ちが表情に出たのか、自然と柔らかく微笑んでしまうが、そのせいかウィズさんの眉間にシワが増える。


 ああ、強制船酔いに怒っているんだろう。急いでいたからね、ちゃんと説明しないとね。


 俺が説明する前にウィズさんの背後から影が飛び出し、俺と黒いワイバーンを取り囲むように降り立った。


「こいつか? どう見ても冴えない坊主だが?」


「油断しないでよ。ウル達じゃ適わなかったレベルらしいんだから」


「フン。あんな小僧共と比べるでないわ」


「ヨートゥレンの爺さんと比べたら誰でも小僧だ」


 …………んん? なにこれ? この強者感を醸し出す人達は誰だろうか?


 第一印象を良く持たれたいがために笑顔を継続だ。こちらから紹介を催促するのはマナー違反かな? それとなく促してみよう。


「彼らは?」


 問い掛けた所で返答がきた。物理的な意味で。


 シャッという空気を裂くような音と共に頭の横辺りで破裂音が。バラバラと(やじり)が弾けた矢が地面を叩く。


 …………凶暴も下に見る気性ですね。彼らって言ったからかな? 彼らって言ったから淑女な女の人は怒っちゃったのかな?


 軽く目を見張っている射手の女性にニッコリと笑い掛けるも、次の矢をつがえてご返答された。


「……困りましたね」


「よせミーヴェ」


「お前の方が手が早ぇじゃねえか!」


「……若いの」


 ウィズさんが手を上げて制すと、射手の女性が弓を下げてくれた。


 良かった。流石ウィズさん。イケメン。


 この反応を見るに……どうやら指名手配が掛かっている予感。そらあんだけ衆目に姿を晒したら、牢の中で死にましたなんて納得してくれないよなー。


 両者出方を伺っていると、知ったことかと空気の読めない存在が。


 黒いワイバーンが目の前のマッチョの白人戦士に食いつこうと暴れ出した。


「おおおおお!?」


 咄嗟に斬りつけて反動を利用して距離を取る白人マッチョ。


 いかん。ハウス。


 アイテムボックスに黒いワイバーンを入れて事態の沈静化を図る。


 これで、


「好機!」


 良くなったりしないよね、雰囲気。そもそも誤解があると思うんだけど。この人達が陪審員になったら結局有罪になりそう。そうなったら牢屋に書こう。血文字で書くよ。


 (とが)なく死せし――


 空気を叩きつけるような轟音が響いた。


 襲いかかってきた強者ズではなく、どこからともなく現れた灰色犬ズだ。


 何処か諦めていた瞳に元祖が映る。どうやら周りでは暴風が吹き荒れているらしく、瓦礫が小石のように飛んでいき、強者ズとウィズさんも一旦距離を取った模様。


 ……もしかしなくてもバーコードハゲ(閻魔様)が逃げろって言ってるんじゃないだろうか?


 目の前には優秀な案内人。違った。案内犬。


 元祖灰色犬は胡乱気な眼差しで赤い石を加えてこちらを見ている。


 ……なんだそれ?


「おいおい、そんなん食ったら腹壊すぞ? ぺっ、しなさい。ぺっ」


 しかし翻訳の誤訳か灰色犬が勘違いしたのか、赤い石をバキッと噛み砕く元祖。


 適度に噛み砕いてから地面に向けてペッと吐き出す。……そういう意味じゃなかったんだがなぁ……ん?


 赤だと思っていた石は、よく見ると黒ずんでいてサラサラと分解するかのように風に乗って消えていく。


「…………?」


 まあいい。なんせ異世界。不思議と書いてファンタジー。


 そんなことよりも。


「ねえ、旦那旦那。ちょいとあっしを国外まで乗っけてっちゃくれませんかい?」


 揉み手で近づく。これが正しい契約スタイル。


 少し気乗りしてない灰色犬に酒樽を取り出して交渉。すると渋々と酒樽をくわえて伏せる。


 視線が乗れと促してきている……ような気がする。


 早速次元断層を切ってライドオン。


 するとどうしたことか途端にブラックアウトせんばかりに意識が遠のき出す。酷い疲労感と激しい眠気。


 きっと灰色犬の毛皮が心地良いのが原……因…………。


 意識が飛ぶ寸前に捉えたのは、相も変わらず俺に犬的尊敬の眼差しを送ってくる元祖灰色犬の犬っぽくない表情だった。


高飛びです。ええ、オリンピック種目ですとも。

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