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心配の元ということ



 千切れちまった悲しみに、今日も血飛沫吹き上がる。千切れちまった悲しみに、今日も悲鳴が湧き上がる。


 ボトッという音と共に落ちるウィズさんの左腕。


 ショッキング映像だわ。思わず目を逸らしたくなるところ。


 しかし今ならまだ治せるかもしれない。どうしてそうなったのか分からないが、ウィズさんからもげた腕は、断面は均一で切り落とされたようになっている。


 切り落とされたのだとしたら、切られてからしばらくの間なら縫合が可能だという。


 現代医学に詳しくなんかないが、ここは異世界。マジカルがあるファンタジー。


 腕を断面に合わせて回復魔法を掛ければいけるんじゃなかろうか。やってみる価値はあるだろう。


「シィィイイイ!」


「シャアっ!」


 だというのに。


 片腕をもがれたウィズさんは、それでも元気に元祖灰色犬に襲いかかり、冒険者ギルドのお偉いさんはそれをサポートするように動いている。偶にこの両者の体が青やら赤やらに光っているのは外野からの魔法の支援だろうか?


 しかしウィズさんの腕が生えてくることはなく。


 これはいけない。急がないとくっつかないかもしれない。


 勤労なのもいいが、怪我や病気の時はしっかり休んだ方が会社のためになるのだ。コスパやら効率やら考えると絶対そっちの方がいい。


 怪我の悪化や過労で死んだりする方が迷惑だというのに全く。セルフコントロールも社会人の務めだよ?


 ウィズさんやらお偉いさんは兎も角、灰色犬の方はどうだろう? 獰猛さ全開なら止めようがない。調教の仕事とか動物関係全般は流石にやった事がないから。


 ウィズさんがハネ飛ばされ、お偉いさんも牽制されて対峙する一瞬、オッサンは見た。


 灰色犬の面倒くさそうな表情を。


 つまり、あれは犬的に『ふっ、なかなかやるな』という尊敬の眼差しでいいかな? よくよく見ると灰色犬が適当にあしらって見えるが、如何せん戦闘なんて専門外だ。オッサンは喧嘩すらしたことない。年末はいつも残業してて格闘技なんて見ないしね。


 となると、俺が仲裁に入れば灰色犬も止まってくれるかもしれない。理性が残っているだろうしね。


 時間がないよ。


 視界跳躍。


 まずはウィズさんの切り飛ばされた腕を掴む。


「なっ!?」


「あっ!」


 褐色マッチョとベルトに投げナイフをズラッと並べて掛けた男が気付くが、問答してる暇はない。


 視界跳躍。


 ウィズさんと灰色犬の中間点に跳ぶ。


「なっ!?」


「…………グゥル」


 止めきれなかったのかギルドのお偉いさんの槍が俺の頭を突き、バラバラに弾ける。


 槍が。


 …………べ、弁償だろうか。いやいや、大怪我優先だよ。


 やけに静まり返った民衆を余所に片手を上げて灰色犬に合図だ。


 ちょっと待ってて。


 灰色犬が、『またこいつかよ……めんどくせえよ』といった感じで顔をしかめて下がる。人間的には『ええ、分かりました。しばし待ちましょう』ということだろう。あれ、動物関係の仕事も意外と俺に合っているかも?


 スタスタと下がり不満があるかのようにドスンと音を立てて伏せる灰色犬。多分、その巨体が表す通り重いってだけだろう。


 灰色犬の目がさっさと済ませと促してくる。


 それに答えようとウィズさんを振り向く。気のせいか民衆がザワザワとざわついている。……ああ、成る程。ウィズさんが元気いっぱいに動いていたから、腕が取れたことに気付いてなかったのかな? あるある。


 ウィズさんに近づいて手当てをと思ったら、ウィズさんが大剣の先を向けてきた。


「……ヤマナカさん、そこで止まって貰えますか?」


 目は睨み付けるように鋭く、片腕を切り飛ばされているというのに剣先はしっかりと確かだ。


 アドレナリンが出ているんだね。分かります。


「すいませんが、それは出来かねないと言いますか……大人しくして頂けませんか?」


 今は一刻を争う。こうしてる間にもバイキンが入ってきちゃうよ。


「……どこかで、こうなるのではと思っていました」


「そうですか」


 冒険者の覚悟ってやつか。冒険者すげー。俺なんて腕が落ちるかもしれないなんて分かったら仕事を辞めちゃうよ。プロ意識ってやつだな。


「少しの間、ジッとしていて下さい。直ぐ、終わりますから」


 ウィズさんが息を吸い込む。


「断っ」


 視界跳躍。


 返事の合間にウィズさんの目前に跳ぶ。よし、あとは腕を――。


「シッ!」


 繋げようと腕を僅かに持ち上げただけで飛んでくる黒塊。


 ウィズさんの大剣。


 ギャリリリッ! 甲高い音を立てて首筋で止まる大剣。驚く私。


 いかん。どうしたことか完全に戦闘モードだわ。興奮状態。動きが速過ぎて目で追えない上に本人が全力で抵抗しているから治療に移れない。


 時間がないというのに。


「チィイイッ!」


 大剣の刃が経たないと視るや即座に体術に移行するウィズさん。前蹴りがオッサンの腹を直撃し――――吹っ飛んでいくウィズさん。どんな勢いで蹴ったんだよ。


 興奮している患者に鎮静剤を打つ医者の気持ちがちょっと分かった。


 すかさず態勢を立て直すウィズさんに手の平を向ける。


 少し寝ていて貰おう。


 喰らえ強制船酔い。


 空間振動。


 バシッと弾かれるウィズさん。再び上がる悲鳴。殺到する敵意の籠もった視線。


 …………しまった。手は翳す必要なかったかな。


 もう済んでしまったことは仕方ない。とにかく急ごう。


 視界跳躍を発動しようとしたら、大剣を支えに立ち上がるウィズさんが見えた。


 ……マジか。これを喰らって立ち上がった人って初めて見たよ。


 きっと平衡感覚が凄いんだなぁ。空間振動。


 またもや弾かれるウィズさん。うん、よし。今度は立ち上がってこない。


「てめえええええ!」


 褐色マッチョが吼えながら腰の剣を抜きこちらに向かって走ってくる。相変わらずカルシウムを取ってないと見える。きっと肉が好きなんだろうな。


 視界跳躍。ウィズさんの傍に着地。そそくさと腕を接合して回復魔法を掛ける。おう、結構ごっそり魔力が持っていかれる。過去最高。そりゃあ腕取れる程の怪我だもんなー。


「こっち、こっちよ!」


 後ろから声が上がるが気にしていられない。治れ治れ。魔力の消費が止まる。いけたか?


「こん、クソ化けもんがぁっ!」


 振り返ると、丁度ハンマーが振り下ろされる瞬間だった。なにやってんだこの人。ウィズさんが化け物だと!? 同感だ。


「ぐぅぅうっ!」


 バラバラに砕けるハンマー。手が痺れたのか振り切った態勢でプルプルと手を震わせるモミアゲ。


 ……これは、もしかしなくても牢屋を抜け出したことに対する追っ手かな? …………無実なのに。


 どうにかして有耶無耶にした……真実を見つけたい俺としてはここで捕まる訳にはいかない。アッド君達の無事も確認したいしね。


 周りを囲み始めた冒険者を無視して灰色犬の元に視界跳躍。他の灰色犬ズはビクリとしているが、元祖だけは泰然自若としている。転移早々に目が合った事を鑑みるに、どうやら元祖は転移についていけるようだ。元祖すげー。


 ゆっくり再会の喜びに浸りたいところだけど、今はこの胸の不安を消す方を優先したい。俺、昔から夏休みの宿題は夏休みが始まる前から終わらせるタイプだから。でも仕事に終わりってないから、そういうタイプは社会に出たら大変だ。常に全力疾走し続けるマラソンみたいなものだよ。うん。そりゃあ過労死するわ。自業自得。


 さて。


「あの人達は逃げてきただけだから攻撃しないでくれ。今な? 街の中にはトカゲがいっぱいいるんだ」


 街を指差してジェスチャー。しかし灰色犬の理解力を考えれば不要と思われるが一応。だって灰色犬が疲れた感じ出して聞いてない気がする。少し、声を大きくする。


「それは、食べていいから」


 ザワッと民衆のざわめきが大きくなる。


 なんだ?


 少し気になったが、今は時間がないのだ。要点だけを絞って話し続ける。


「俺は、西門へ行くから。あっちも包囲してる?」


 フスーと鼻息を吹き出す元祖灰色犬を、媚びるようにかいぐりかいぐりと撫でる。意地悪しないで教えてくださいよ旦那ぁ。


 暫く目を閉じていた元祖灰色犬が嫌そうに半目を開いて頷いてくる。


 つまり嬉しかったということか。化粧品のセールスで最下位争いを演じた俺の交渉力が活きたな。異世界に於ける交渉。言葉のファンタジー。


「アトランテにワイバーン、この上、白狼? そんなテイマーがいるわけねえ……」


「住民を下がらせて半包囲! 魔導師は後方援護、同士打ちを避けたい! バフ、デバフ優先で頼む!」


「盾持ち(タンク)は前だ! D以下は出てくんな!」


「リーダーは!?」


「……流石、『黒流』。意識は無いけど、まるで怪我してないみたい……大丈夫! 魔法は温存して! 薬草で手当てにあたる!」


「腕落っことして行きやがったかバカめっ! くっつけたの誰だ? リーダーの『自己修復』か?」


 俄かに騒がしくなり始めた。


 どうやらワイバーンが北区に迫っているようだ。こうしてはいられない。


「視界跳躍」


 念じるだけでいいのに、思わず口にしてしまう。俺も焦ってんな。


 外壁の上に降り立つ。下では再び騒ぎが大きくなっているが、何を言っているのかは風の音でよく聞こえない。


 まあ、今それどころじゃないし。


 外壁の上から大通りを眺める。西門が辛うじて見えるが、跳んでみようか? ……いや、もしまだ街中にいたら見落とす。やはり走って探すしかない。


 視界跳躍。東門から離れた位置に着地、そのまま駆け出す。


 いつも人で溢れていた通りが、ここまで閑散としていると何故か無性に不安になるな。


 路地裏や合流する通りに視線を飛ばしながら、真っ直ぐ西門へ向かう。途中で冒険者ギルドに寄るか迷ったが、お偉いさんに冒険者連中が避難していたのだ。残っている人はいないだろう。


 本命は宿だ。


 ズダダダダダ、と騒音を撒き散らしながら宿へひた走る。漸く宿がある通りへ至ると、宿と一緒に上空から集る緑色の生物も見えた。


 何かと争っている。


「くぅぅううう! よい、しょおおお!」


 直ぐさま右手にアイテムボックス。召喚! 冒険者のスーツ<大剣>!


 勢いのままにブン投げた。


 一筋の閃光のようになった大剣がワイバーンの胸に突き刺さる。ありがとうザッグさん。大剣、いい仕事したよ。


 宿の前では、金属製の盾やら鎧やらをつけた女将さんと、拳にトゲトゲした武器をつけた大将と、フリルのついたエプロンをつけたアッド君がいた。やめたげて! 目覚めちゃったらどうするの!?


「カディさん!」


「……驚いたね。これ、あんたが?」


「怪我は!?」


「おいちゃん!」


 鳩尾にヒット。痛恨。


 飛びついてきたアッド君の頭部を守るために次元断層解除。俺の腹部が犠牲になりました。


 悶絶。


 痛みでうずくまる俺にカディさんがお声掛けだ。


「驚いたね。これ、あんたが?」


 なんで同じこと聞き直しました?


 ヒッヒッフーヒッヒッフーと特殊な呼吸法を用いて痛みを散らす。アッド君が頭をペチペチと叩いてくるが、ちょっと待ってとばかりに軽く手を上げて対応だ。


 …………よし、だいぶ楽になってきたぞ。


 立ち上がると怪しげな視線を送ってくる宿屋を経営する女将さんが。妖しげなら受けてたとう。


「……ん」


 いつの間にか旦那さんが背後に立って俺の大剣を差し出してきた。刺し出してきたんじゃなくて良かった。本当に良かった。


 再び次元断層を纏い、大剣を受け取る俺。


 んっうん! 注目を集めつつも喉の調子を確認。準備万端。


「カディさん! 怪我はありませんか!」


「……あんた」


「……」


「おいちゃん……」


 仕切り直しって大切だと思う。気持ちの切り替えが大事。じゃなきゃ理不尽に上司に怒鳴られた後に業務は出来ない。さあ帰ろうとした所で呑みに誘われて笑顔で頷くことは出来ない。逃れられぬが人間関係。ストレス溜めるが社会人。それにつけては貯まらぬ金よ。


「まあ、お陰様で、怪我はないよ」


「助かった」


 代表して答えてくる大人二人。流石は大人。スルーが安定の優しさだ。何か言いたげな子供は放っておこう。藪をつつくことはない。大人がつくのは重箱の隅が安定。


 話合うメインは接客担当、カディさんだ。旦那さんは口下手なのかあんまり話してくれないし。


 口下手だ。口下手なのだ。


 寡黙でニヒルなダンディーなのだ。


 決して嫌われてないと信じたい。


「何があったんですか?」


 問い掛けるのはオッサンだ。未だに避難していない理由もだが、なんで完全装備なのかも聞きたい。普段着ってことはないだろう。これが普段着だったら裸足で逃げだすわ。ギルドに紹介された宿屋だけど「騙したなー!」って叫んで逃げていたIFがあるわ。


「うーん、それなんだけどね……この娘が」


「そうだ! おいちゃん! 大変なんだ!」


 カディさんに頭にポムリと手を置かれてアッド君が再起動。慌て出す。


 落ち着け。大変なのはみんな分かってるよ。多分、オッサンはもっと大変だよ。


「あっちになにかあるんだ! すごく嫌なやつだ! こう……いてもたってもいられないっていうか……とにかく大変なんだ! ぜっっったい大変なんだ!」


「……とまあこの調子でね。こちとら金持ったらケツ捲って逃げるつもりだったのに、何を思ったか旦那が乗り気でね? 惚れた弱みってやつかねぇ……昔の装備引っ張り出してつき合うことにしたんだけど、ワイバーンに目ぇつけられてジリ貧だったって訳さ」


 それとなく旦那さんに視線を流すと頷かれたので頷き返して対応する。


 意味はよく分からないが空気って大事。とりあえずそれっぽく対応だ。


「おいちゃん!」


 しかし今の対応に何か不安になる要素でもあったのか、アッド君が服をギュッと握り締めて見上げてくる。


 安心しろ。おいちゃんはよく分からない。


 …………そういえば、アッド君は以前、鐘が鳴る前に鐘の音を感知していたような……何か特殊な才能でも持ってるんだろうか? てっきり、音に成る前の音が分かる系かと。


 これは久しぶりに鑑定先生の出番ではないだろうか。久しぶり過ぎて来てくれないとかあるかな?


 ……正直な話、昔取った資格の知識とか技能とか覚えてないもんだ。会社でいきなり「お前漢検一級持ってたよな?」とか言われて漢字を見せられても、読めないものは読めない。ウーンウーンと唸っている間にスマホで解決されちゃったんだけどね。


 スマホ>漢検で間違いがないのが社会。


 スマホを超えてくれ、鑑定先生。


 それではアッド君に、鑑・定!




氏名 アデェリーゼ・ラーマンフォルト

年齢 12

性別 女性

種族 人族

職業 看板娘


Lv  4


HP  32/42

MP  12/12


STR 13

VIT 7

DEX 36

AGI 20

INT 13

LUK 55


固有スキル

・聖謐


スキル

・超感覚 Lv3

・料理 Lv2



[詳細]




 やーだ、短い獄中生活で目がショボショボしちゃった。


 異世界に来てから一度も発病しなかったドライアイがここに来て出しゃばるとは。車の運転中だけじゃなかったんだな。


 確認は大事な作業だ。ケアレスミスをなくす。ではもう一度。


氏名 アディリーゼ・ラーマンフォルト

年齢 12

性別 女性

種族 人族

職業 看板娘


 …………え?


 思わずタッチパネルを操作だ。得意じゃない筈なのに一発で局所アップに成功する。


性別 女性


 ……………………。


「落ち着こう。みなさん、落ち着いてくれ。冷静になることが肝要です。事態の把握に務める事が、状況打開の鍵になる筈です」


 まずは過去を振り返る事が重要だ。アッド君に、いやアッドちゃんに出会ってから今までの自分の行動を思い返すんだ……!


 実は無実じゃなかったとか笑えない。この歳で実刑にレッテル貼られたら暮らしていけないのが人間社会。どこにでも居るのが子供。


 新居を構えようにも「あそこに住んでる人、実はね……」「やだぁ〜、うちの子、大丈夫かしら?」なんて会話が家を出る度に繰り返されたら……!?


 天井から縄を吊すしかなくなる。


 括るしかなくなる。


 考えろ。考えろ。……………………………………………………………………大丈夫、だと思う。発言や行動をみる限りセーフだろう。ここが日本じゃヤバかった。ありがとう異世界。ギリギリセーフさファンタジー。


 いやアウトだろう。


 マジか俺。どこの戦闘民族だ。セクハラしなきゃ分からないとかヤバいだろ。


 …………兎も角。


 そう、兎も角。


 今はそんな事実に気付いたからと動揺している場合ではない。


 自然に、そう自然に避難するべきだ。


 ギギギギギ。


「じゃじゃじゃじゃじゃあ、ひひ避難しようか?」


「……ちゃんと話、聞いてたのかい?」


「ど、どうしたんだ、おいちゃん?」


 勿論さね。アッド君がアディちゃんでゴッデス。纏わりつく視線に身の危険がビンビン。ストーカーがあるでないで?


 俺じゃない。俺じゃないよ!?


「つまり、嫌な気配を感じると?」


「え、……う、うん。なんか微妙に違う気がするけど……」


 困惑気味だが確かに頷くアッド君。


 いやアディちゃん。


 よく見てみると、街の裏通りで出会った時と違い、髪は綺麗に解かして真っ直ぐ降ろし、目は大きく二重で可愛い顔立ちだ。第二次成長期を迎える直前の淡い身体つきも、昨今の食事事情改善のためか、ガリガリからほっそりぐらいにランクアップしていて人目を引き、女の子らしいエプロンが華やかさを彩っている。


 …………。


 女の子じゃん。


 ………え〜〜っ。


「お、おいちゃん?」


「どうしたんだい、急に頭なんか抱えて……」


 待てよ待てよ。つまり女子(おなご)の直感的に身の危険を感じたアディちゃんが、火事場に不埒を働くストーカーの気配を察して不安を感じている、と。


 ……これはチャンスだ。


 俺がそのストーカーの逮捕に一役買えば、アディちゃんの保護者的ポジションだと周囲にアピールすることが出来る。万が一、ストーカーを捕り逃したとしても、ストーカーを追いかけたという事実さえあれば印象は悪くあるまい。危なそうなら回避する方向でいけば……。


 打算的なのが大人なんだよ。言い訳も世間体も必要なんだよ。


 俺は心配そうにこちらを見ているカディさんに視線を合わせて立ち上がる。


「いえ、アッド……君が心配している方の対処には私が向かいます。カディさん達はアッド君を連れて先に避難してください」


 キリッ。


 世間体の回復のために、俺は行く。


「お、俺も行くよ!」


「ダメだ」


「なっ!?」


 喰い気味に返答した俺にアディちゃんが目を丸くする。


 狼の元にわざわざ羊を連れていく訳がない。


 メインは俺の世間体回復なんだよ? ここでアディちゃんを連れ回して非難を浴びようものなら、失地回復どころじゃなくなる。


 下手すりゃ共犯扱いになっちまう。


 ここは断固拒否だ。


 目を逸らさない俺に、アディちゃんがムッとし出したのが手に取るように分かった。


「おいちゃんだけで目的地につけるわけないだろ!」


 グサッと来た。子供って残酷。


「あんたが強いのは、まあ分かったけど……あたしらも付いてった方が早く済むんじゃないかい? うちの旦那も結構やるからね」


 カディさんも心配気に見つめてくるが、首を振って否定しておく。


「アッド君が指差した方向って北区の方ですよね? あっちの方がこのトカゲとの遭遇率が高いんですよ。俺、あっちの方から逃げてきたんで分かります。複数人でウロつく方が見つかり易いでしょうし……俺一人なら逃げる術もありますから」


 最後に思い出したように一言追加しておいた。『一人なら』というのが重要だ。


「おいちゃん俺も行くよ! 大体、俺が感じてるもんなんて俺しか分かんないだろ!? 俺が行かなきゃ、行って……」


「ダメだ」


「おいちゃん!」


 うーむ。このままじゃ付いてきちゃいそうだな。ぶっちゃけ、ぶらっと回ったら戻るつもりなんだが……。


 強行突破するか。大人って子供の言い分は聞かないもんだし。


「カディさん大将さん、アッド君を頼みます」


「あん――」


 視界跳躍でどこぞの屋根の上に跳ぶ。カディさんが何か言いかけてたが、今更戻るわけにもいかず、連続発動で一気に北区へ。


 マジ便利だな。あのスニーキングミッションはなんだったのかと言いたくなる。うん、忘れてたんだけどね。車のキー持って歩いてコンビニに行ってしまった呆然感、社会人なら、あると思います。


 しかし流石に屋根の上をヒュンヒュンと転移していたら目立つらしく、バサバサと集まってくるトカゲども。


 ……増えてない? 休憩いってる間に増える会計紙の如く。表計算ソフトが欲しいとこだ。


 初見では驚いたが、向こうの攻撃がこちらに通らないと分かれば気が大きくなるのが小心者。見栄とか切ろうとか思ってしまう。


「ふっ、かかって」


「ぎゃああああああああああ!?」


 おう、なんてタイミングだ。仕事終わりで一服している人を待っている時に休憩室に掛かってくる電話並みにフィット。


 取りたくない。取らせないで。


 しかし命の危険マシマシ感溢れる叫びを、流石に無視は出来ない。主にトカゲを集めた責任もあるしね。


 近くに寄ってきたり噛みついたりするトカゲに、大剣をグルリと一回転。首チョンされたり深々と斬られて喚くトカゲを無視して、叫び声の主に照準、視界跳躍。


 跳んだ先では半ベソを掻きながらも必死に剣を振るう髭モジャの野盗のような男。


 …………ああ、こいつ遺跡前で絡んできたり、カマキリに追いかけられて奴だ。なんか見掛ける度に仲間が減っているな……とうとうお一人様ですか。


「くんな! くるんじゃねえ畜生!」


 あ、そうですか。じゃあこれで、と言えたんなら楽なんだが……。


 いくらなんでも小さないざこざで命を見捨てる程、狭量ではない。小さいけども。


 乗り気はしないが髭モジャを救おうと、スキルを発動するために視界に入れて気付いた。


 髭モジャの持っている物に。


 大きなズタ袋からはみ出ている何かを象った金色の像に、宝石が散りばめられたら実用度ゼロの宝剣。内容量的にまだまだ入っているであろうズタ袋。


 髭は既にあるので後はほっかむりでもあれば完璧だな。


 ザ・泥棒というやつだ。


 …………火事場泥棒ってやつか。命が掛かっているというのに呆れた神経の太さだ。


「あああああああアアアア!」


 おっといかん。トカゲがブレスの予備動作に入ってしまった。生食にこだわっていたようだが、髭モジャの剣が魚の小骨の如く気に掛かったようだ。そうだ焼いてみようとばかりに息を吸っている。


「ガァアアアアア!」


 次元断層。


「ぎゃああああああああああ!?」


 あ、あれ?


 次元断層は間に合ったように見えたんだが……ブレスを吹きかけられた髭モジャの頭部が焼失している。黒こげだ。


 とりあえず、空間振動でトカゲを叩き落として首をハネておく。


 髭モジャ、違った、髭無しになってしまった死体に近づくと、顔以外は綺麗に残っていた。


 …………そういえば、表面積の二倍までだったかな? 髭モジャは俺と同じか少し高い背丈で、筋肉か贅肉か腕やら腹やらが横に広かった。下から上にかけて発動してたのか……逆なら助かったものを。南無ー、成仏してくれ。具体的に文句を言うなら、転生斡旋所で閻魔さんの部下の人に頼む。


 まあ、九割方トカゲのせいで残り一割は自分の責任だと思う。


 …………しかしなんだな。目の前で助けられずに死んだというのに……あんまりショックを感じないんだが? こんなに薄情だったかな?


 …………。


 多分少し働き過ぎなんだろう。このトカゲ騒動が終わったら休みを取ろう。いっちゃう? 二日。連休だ。


 海を見に行こう。下見も兼ねて。


 それじゃあ仕事かな? いや利益が上がってないなら休みだろう。デスマーチ中の上司も床で寝てる俺にそう言っていたじゃないか。


 考えごとをしつつも、トカゲを落として首をハネる作業は継続中だ。単純作業のいい所だね。ながら作業でもいける。


 うん。何しに来てたんだろうか?


 単純作業の悪い所だね。合計生産数を忘れる。ストップ掛けてくれてもいいと思うんだ。夜勤の人とハローする気まずさといったらない。


 粗方狩り終えたところで思い出した。


 嫌な気配を追ってきてたんだった。改めて思うと若さ溢れる理由だな。決して声に出せないところとか特に。


 やたら大きなお屋敷の跡地に着地する。大剣に付いている血糊を軽く振って払う。


 ビシッ。なんつって。


 黒こげになった大岩(?)に血糊が張り付く。もうトカゲを程々に間引いてアディちゃん達に合流しようかな、そんなことを考えながら周囲を見渡していたら……大岩がのっそりと動き出した。


 黒々とした鱗が光を跳ね返し、縦に伸びた瞳孔だけで成人男性サイズはありそうな黄色い目が、大岩だと思っていた胴体から突き出た顔に不機嫌に瞬いている。


 そこらを飛び回るトカゲと同種でありながらも、見上げるばかりで首が痛くなるようなスケールから絶対的な違いを見せ付けられる。


 夜勤の方ですよね? 分かります。


 次回で一章終わりになります。その後は閑話を挟むかもしれませんが、未定です。

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