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水面下

社畜「あ、火魔法と水魔法でお湯が出る! 魔力の配分次第で氷もいける! すげー。………………消滅呪文的なものは無いんですね…………」



「妙なんて、もんじゃ、ねーだろカム!!」


 一言区切るごとに、ラグの手にした解体用の大包丁が目の前の魔物を斬りつける。


 敵対しているのはラードフロッグと呼ばれる蛙型の魔物の群れだ。紫色の体色が示すように毒を持つこのラードフロッグの群れは、冒険者からも他の魔物からも忌み嫌われている。斬撃には弱いが体をコーティングする油のせいか打撃には強く、依頼を出しても敬遠されがちな魔物のため、ギルド職員が直接討伐に出るのは珍しくはない。街に被害が出ないのならば、塩漬け依頼になるだけの魔物だが……。


 文句を垂れつつも油断なくラードフロッグを切り裂いていくラグを横目に見ながら、ラードフロッグから伸ばされる舌をかわし際に断ち切り懐に入ると同時に腹を裂き、俺も一頭を仕留める。


 警戒を途切れさせることなく周囲を見渡すが、ラードフロッグの群れは全滅させたようで他に魔物は見当たらなかった。


「くそっ! ほんとにここの冒険者連中はダメだぁ! 毒持ちだからってビビりやがって!」


「まあ、複数戦闘に慣れてないってのもあるんだろ。いきなり百匹倒せって言われて尻込みしたんじゃねーか?」


 ラグが悪態をつきながら大包丁を地面に突き刺し岩に腰を降ろして休憩するのを宥めながらも、それについては俺も同感だと思った。


 この街で冒険者をやっている連中は、冒険者という名のただのチンピラが多い。ここが『白狼の領域』のため、近場に凶悪な魔物がいないのをいいことに白狼の残飯を漁るか儲けた奴に群がる野良犬のような奴らだ。志の高い奴や少しでも冒険者を真面目にやっていこうとする奴は、同じ領内にある遺跡に潜るなり領邦を越えて名を上げるために王都に出るなりする。ここに残るのはそれを避けた冒険をしない冒険者どもだ。


 今回のように毒持ちの魔物なると、もう及び腰だ。討伐の難度(ランク)はEだというのに倒そうとしない。前回のアシッドスネークの時も分かっていたが、ここは正に場末と呼ばれるに相応しい場所だ。


 左遷場所の最右翼筆頭に上がるだけある。


 しかしそんな場所だからこそ、今回のようなラードフロッグの群れが出たり前回のようにアシッドスネークの群れが出たりするのは稀だ。極稀と言ってもいいくらいに少ない。


 ラグも叫んでいたが、これは妙だ妙だと言っている段階を通り越している。


 明らかな異変だ。


 このレベルの魔物が群れをなすのは、この地域以外では、そこまで変じゃない。少し南下したトルーカ辺りなら魔物の群れが出始めてもおかしくはない。


 ならそこから流れてきたのでは? と思うのが普通だろうが、ここは言わずとしれた『白狼の領域』。


 こんな数の群れが、白狼が根城にしている森の間近までその数を保ったまま接近できるわけがないのだ。


 正に湧いて出たような魔物の群れだ。


 今回の群れを確認してから領主にも連絡を入れているが、どうも反応が鈍い。出てきている魔物が雑魚なせいだろうか? 冒険者ギルドの上層部は異常発生(スタンピード)を懸念しているが、イマイチ判断に踏ん切りがついていない。先に出たアシッドスネークを狩ったせいで、被捕食者だったラードフロッグが繁殖したのでは? という見方も出来るからだ。冒険者ギルドから応援を出すのならハッキリとした理由が必要だ。


 これはあくまで建て前上は冒険者ギルドと各国が横の繋がりしかなく、ギルド内の戦力を無闇に移動させないためとなっている。


 本音は疑ってかかっている上にド田舎の大して利益も上がらない末端ギルドに高価な費用も人も落とせないといったところだろう。……粉蕗の運搬と報告を早めにやったため、手元にないのが痛かった。あれがまだギルド内に保管されていれば幾らか人員を送ってきてくれたかもしれないというのに。


 疲れ溜め息を吐き出し眉間を揉む。なるべく早く内部変革を望むべくギルド職員になったが、発言力をもっと高めるためにもう少しランクを上げてからスカウトに応じれば良かったか?


「ふう。で、カム? 誰か呼んできて剥ぎ取り手伝って貰うか? 流石にこりゃあ……」


 一頻り文句を言って落ち着いたのか、ラグが息を吐き出して立ち上がった。


 ラグの視線を追って俺も辺りを見渡す。


 南門から少し離れた広場には血臭が渦巻きラードフロッグの死体が散乱している。


 正直、さっさと帰って湯で体を拭いて寝たい。


 これらの素材もギルドや街が潤う材料になるのだが、俺たちの給料が変わるわけでもなく、打ち捨てて野生動物の餌にしたいが、そういう訳にもいかない。


「ちっ。……おい」


 ラグが視線で南門を促してくる。


 ああ、分かってるって。


 俺も視線をやると、閉めきっていたはずの門が少しばかり開き、見たような顔の冒険者どもがこちらを伺っていた。


 ほんとどうしようもねえハイエナどもだな……。金目当てもそうだろうが、こんなんで実力不相応なランクに上がっても困るのは自分だって分かんねえのか?


 渋々とラグが毒袋と討伐証明の目玉を剥ぎ取り出したのでそれに続く。ギルド内には冒険者と繋がっている奴もいるので、応援を呼んできたドサクサに紛れて横流しされては堪らないと思ったんだろう。


 まあ、同感だ。


 疲れた体を引きずって解体を始めようとした時に、それがきた。


「なっ!?」


「カム!!」


 剥ぎ取りの為にと持ち替えたナイフを捨て、即座に腰に付けた愛用の双剣を抜く。ラグも大包丁じゃなく背中に背負っていた大槌(メイス)の紐を解いて手にする。冒険者時代からの自分の装備だ。支給品の、倉庫に眠っていた装備じゃ相手に出来ないという咄嗟の判断に基づいてだが……誤ったかもしれない。


 相手に出来ないというより、ならない。……俺たちの方が。


 いつの間にか、ラードフロッグが出て来た森の方から、のっそりとそいつは出て来た。


 毛の色は俺の髪色と同じだが、夜に溢れる魔力で白く光ると言われる件の魔物。


 白狼だ。


 単一でも討伐難度がCのこいつらは、めったな事で単独行動しない。故に必然、群れの相手をすることになり、その時の討伐難度はAを超えると言われる。


 だが森から出て来た白狼は一匹だ。これなら俺はおろかラグでも単独で討伐できる、……はず、普通の状況なら。


「……で、でけぇだろ……嘘だろ……」


 苦々しいラグの呟きが聞こえてくる。……だよなあ。


 現れた白狼はデカかった。


 白狼は成獣と言われる年齢に達しても大型犬ほどの大きさしかないのだが、この白狼は二倍……下手すれば三倍の大きさを誇っていた。


 ここまで大きな魔物はまた呼ばれ方が変わってくる。


「幻、いや霊獣クラスかぁ?」


「……どうかな? こいつの魔法適性を考えたら神獣って言われても、なるほどって思うぜ」


「し、神……………………みじけぇ人生だったぜ……安定した職業についたと思ったんだがなぁ……」


 ふざけた口調だが、軽口でも叩かないと緊張で体が固まってしまうのだろう。台詞とは裏腹に徐々に気力を充実させていくのが分かる。


 俺も体内で魔力を身体強化に当てる。最初から全力でいかなければ数秒と保たないだろう。奥の手を使って逃げきれれば最良といったところか?


 俺たちが戦闘準備を整えているのを、白狼はただ眺めている。気づいてないわけではないはずなのに……余裕ってか?


 ナメやがって。


 ビリビリと感じる白狼のプレッシャーに負けじと圧力を高めていく。瞬きすらせずに白狼の隙を伺う。


 瞬間。


 油断だろうが傲慢だろうが、一瞬の隙をついて全力の一撃を放つつもりだった俺たちに豪風が襲う。


 切るまいとしていた視線を嘲笑うかのように潰される強風だった。咄嗟に姿勢を低くして地面に双剣を突き立てる。少し前でラグが同じような対処を行って対応している。


 これだけの風魔法は本来なら溜めが必要だったり長い詠唱がいるのだが、無呼吸で、しかも即座に発動しやがった。


 見積もりが甘かった。


 せめて一太刀は入れられると考えていた。これでも現役時代はAランク目前までいっていたのだ。幻獣と呼ばれる魔物とだって対峙したことがある。若いと言われようともロートルに負けない程の経験を積んできたつもりだった。


 しかし現実は厳しい。


 波長で攻撃の予備動作を読み取り、その上で一撃を加え、痛みで一瞬の隙が出来たところで奥の手を使い深手を負わせる。相手が迎撃するか撤退するかで迷っているうちに街まで逃げる…………という幾つも問題がある綱渡りのような策だったが、はるか格上相手に生き残るなら、と考えていたんだけどな……。


 それでも尚、足りない。


 くそったれ。


 目も開けられない強風が止んでも白狼は微動だにしていなかった。


 そうだろう。動かずに相手を仕留められるだろうからな。いざとなったら風魔法でナマズ切りに…………あ? そういやなんで俺たち生きてんだ?


 ラグも同じ結論に至ったのだろう、こちらに視線で合図を送ってくる。今更、敵から視線を切るな、と言ってもしょうがない相手だからな。それはいいんだが。


 俺も白狼の意図がよく分からず出方を伺う。


 白狼は変わらず佇ん……いや、鼻をスンスンと鳴らしている。まさか、ラードフロッグの血臭が気に食わなかったとでも言うのだろうか?


 そういえば、あれだけ散乱していた死体が根こそぎ吹き飛ばされていた。いやしかし、あれほどの魔法を使うほどの…………よく分からん。


 注意深く観察していると、別の茂みからガサガサと他の白狼が顔を出す。


 最悪だ。


 もはや精神がイっちまってもしょうがないような状況だ。ラグなんか諦めたのか下を向いている。おいバカ。せめて顔を上げろ。


 他の白狼は、二……いや三十はいるな。やべえ。もしかしてこの街、終わったか?


 俺が焦りを露わにしようとも、白狼の群れは一貫してこちらに意識を払ってこない。


 と。


 一番最初に出て来た、デカい白狼が街道の向こう、南の方を険しく睨む。そう、それは、睨んでいるように見えた。やけに人間的に、感情を分かり易く表しているかのように。


 デカい白狼が駆けだした。一瞬で街道の端まで到達するスピードで。


 慌てたように群れがそれを追う。後に残されたのはビビっている冒険者ギルドのギルド職員が二人。


 五分……十分が経ち、ようやくラグが顔を上げる。


「…………い、生き残ったのかぁ?」


「……まあな」


 他に言うことないのかと思ったが、大体同じ意見だ。


 南門の方に視線をやると、きっちりと門は閉まっていた。ここの冒険者どもに八つ当たりしたい気持ちと、まぁそりゃそうだろうなという気持ちが半々だった。


「……どう報告するかな……」


 領域から動かないと言われる白狼の群れが南下している事と魔物の異常発生、直ぐさま連絡を取るべき緊急性の高い問題だというのに、俺はとりあえず街道に大の字で寝転んだ。


 疲れたんだよ。










 トルーカとスエルクトを繋ぐ街道を黒塗りの豪奢な馬車が進んでいく。白馬が牽くそれは、ここアルカシア王国では王家に関連が深い者が乗っている証であった。


 馬車の中は、まるで部屋の中のような内装をしていた。馬車による揺れはなく、壁には絵画が飾られ削りだしのテーブルには一輪挿しの蒼い薔薇が置かれていた。


 テーブルを挟んだゆったりとしたソファーには二人の人物が腰掛けていた。


 一人は四十手前ぐらいの壮年の男性だ。カッチリとした華美ではないが洗練された服を着こなしている。茶色の髪に茶色の瞳。ソファーには浅く腰掛けその瞳に知性の色を浮かべ報告書の束を読んでいる。


 そしてもう一人は、メイドだ。


 メイド、と呼ぶ以外に他がないのは、彼女が着ている服が丈の長い黒いメイド服だからというだけで、その寛ぎ具合や茶髪の男の斜め前に腰掛けていることからこの二人が主従関係にないのは見てとれた。


 そのメイドの黒い髪は女性にしてはやや短めに揃えられ、黒い瞳には何も映してはいないように見える。


 ただ深くソファーに腰掛け薄く微笑みを浮かべている。


 その黒一色のメイドが、視線は動かさずに口を開く。


「よろしいので?」


 ここが街中や他に人がいたのなら、その問い掛けが誰に向けられたものなのか分からなかったが、車内には二人しか居らず誤解のしようもなかった。


 問いを受けた男も報告書を読むのを中断せずに答えを返す。


「ああ。転送の最中に不具合が発生していた。あれは長く保たん。おそらくあと数回で壊れるだろう」


「石の方は?」


「コントロールされているのなら回収をしようとは思っていたが……予想以上に愚かな奴であった。まさか研究も他の方法も試さず、唯々諾々と最初に言われた方法をずっとやっているとは……流石に呆れた。向こうはそれをどうとったのか得意満面だったがな……」


「では枯渇が?」


「いや、トルーカから『白狼の領域』は遠い。届きはせんだろう。それまでにあの忌々しい狼共が気づかん訳があるまい。せいぜいトルーカ周辺が枯渇する程度だ」


「失敗だと?」


 黒いメイドの言葉に男は少し考えた。


「……ふむ。確かに。失敗だろうな。余り関与していると思われたくなかったというのもあるが、適度に近い村の人員を入れ替えてそこで実験するように提案したら、何を思ったのか盗賊に襲わせる愚物だ。細かい転移指定ができないのに戦力のないところに魔物を送りこんだりもしていたしな。愚かで扱い易いと踏んだのだが……想像の遥かに下であった」


「恵まれていると理解できないほど哀れなこともないですね?」


「然り。これだけの濃いマナを持つ土地だというのに、魔物の素材欲しさにそれを削るとは……金貨で砂を買うようなものよ」


 男は報告書をテーブルの上に置くと、ようやくメイドの方を向く。


「して、貴様がそのような些事のために動きはすまい? アザルのとこに動きでもあったか?」


「メーカー公のスポーンストーン実験も主は大切だと思われてますよ?」


「我々、賢人会(ワイズメングループ)のメンバーから見たら小さなことであろう? 持ち上げずともよい。コントロールに失敗はしたが、ラフトレル伯の近くの領地のマナを削れたのは良かった。難民が出れば力も削れるであろう。あそこの領主は甘い」


「あそこは国境にも瀕してますから、他国に魔物が流れても自国は痛みませんしね?」


「いや、そこまでは望めまい。どうせあの白狼共が処分しよう。万一流れようとも、砂漠を越えられるような魔物が生まれはせんだろう。おい、誤魔化すな。本題はなんだ?」


 男の視線が険しさを帯びる。しかしメイドは脅える素振りもなく笑顔を浮かべたまま淡々と口を開く。


「観察対象の指定をしたいため、一度メンバーを招集したい、とタルチュフ様が?」


「……観察対象か……またどこぞの神獣やSランク冒険者か?」


「さて?」


 その言葉を最後に、黒いメイドは忽然と姿を消した。馬車は止まることなく走っている上に、乗り降りするために扉が開かれた形跡もない。


 だというのに、黒いメイドは馬車の中からいなくなってしまった。


 しかし男はそれを不自然だと感じさせない、さも当然だという動作で、先程読んでいた報告書とは別の報告書を読み始めた。










 二日が経ち――。


 トルーカの南区は貴人街と呼ばれている。領主の館があるとともに他の村や町を治める男爵や金回りのいい豪商の家が建ち並んでいるからだ。


 そのトルーカの南区にある領主の館の食卓で、トルーカの領主は上機嫌に食事をしていた。


 トルーカの領主は、丸々と、という形容詞が正にそのまま当てはまるような体型で、貴族らしい、というより成金趣味のようなゴテゴテとした服装で椅子に深く腰掛け、グチャグチャと音を立てながらステーキを頬張り、欲の浮いた瞳で壁際に並ぶメイドたちを品定めするかのように見ていた。


 壁際に並ぶメイドはそんな領主と目を合わさない。まるで彫像のように視線を固定して震えだしそうな体を必死で堪えている。


 メイドたちには分かっていた。少しでも気を引こうものなら、被虐趣味のある領主の、ストレスの解消に使われて(・・・・)しまう、と。


 そんなメイドの気持ちなど露知らず、領主は上機嫌だった。


 それというのも、最近になって漸く自分の領地が正しく(・・・)回り始めたと思っていたからだ。


 この辺境は自分には相応しくない、領主は常々そう思っていた。


 広大な領地を持つが発展は大してしておらず、魔物が極端に少ないため魔物から生まれる益も少なく、めぼしい収入と言えばダンジョンぐらいのものだ。


 だというのに、隣接する領地を治める伯爵と事あるごとに比肩され、自分の統治を叩かれる始末。


 税を上げれば圧政が過ぎると、開拓を命じれば白狼が目をつけると、領主はストレスを溜める一方だった。


 先代は税を軽く、開墾も一部を除けば殆どしなかった。二言目には「白狼様がおわすれば――」だ。なにが貴族だ。あんな犬っころに怖じ気づいてこれ以上の発展を求めないなどありえん! と、そういった意識の下、先代が鬼籍に入ったあとは、今以上に富み栄えるようにと、強引な政策を幾つも強いていたが、領民は理解を示そうとはしない。愚物ばかりの領民に先の細い領地、自分にはまるで相応しくないと思っていたところに、良い方法があると公爵とやらが自分に声を掛けてきた。


 公爵の所領は自治が認められているために潤っている。正直、親が残した物に頼っているだけの脳足りんだと思っていたが、提案された方法はなかなか理に叶っていた。あくまで序列上は上の公爵の顔を立てるためにその提案を飲んでやったのだが、金回りはあっという間に良くなった。


 領主は思う。この成果は自分あってのものだと。


 その自分に目をつけた公爵はなかなかやる奴だと。


民に媚びへつらっている他の貴族よりは幾分マシだと。


 漸く正しく回り出した世界に、領主は気を良くしていた。


 まだ口の中に残っている肉を咀嚼しながら、今日もまた生け贄を選ぼうとしたところで、先代からついている家令が近寄ってきた。


「旦那様、ご依頼であった品が届きました。いかがなされますか?」


「ほう!」


 家令の言葉に、領主は喜色を表すと立ち上がり、吟味したメイドを伴い部屋を出た。共を命じられたメイドは顔色を失い震えながらも領主についていく。


 領主はそのメイドの顔を見ながら、満足そうに笑みを浮かべた。


 領主がメイドを連れてついたのは、場所的には屋敷の地下にあたる場所だった。


 円形に掘られたなかなかに広い地下空間には、地面いっぱいに魔法陣が描かれ、その魔法陣の外側にびっしりと兵士が待機していた。


 その魔法陣の中央近くには、首を斬られたワイバーンの死体が転がっていた。


「ひっ!」


 連れてこられたメイドが思わず声を上げる。


 領主に連れていかれたメイドが帰ってこないことから、メイドたちの中には連れ出されたら生きては戻れないという共通認識があった。


 しかし何をされるかは知らされておらず、周りの雰囲気から、何か怪しげな儀式めいた物を感じさせるが、自分の役割については判然としなかった。


 ただ、否が応にも不安は増していく。


 そんなメイドの感情を楽しむかのようにネットリとした視線をメイドに浴びせていた領主は、ある程度満足がいった時点でメイドの手を掴み、魔法陣の中央まで引っ張っていく。


「ひっ、お、お許しを! ご主人様、どうか、どうか……」


 何をされるのかは分からないが、それが自分の身に及ぼす結果は理解できている。必死に首を振り懇願するが、嫌だからと領主の手を跳ね除ける訳にもいかず、震える足でワイバーンの死体の傍まで連れて行かれる。


「ここで待て」


「ご、ご主人様?」


 領主は命令をすると手を離し、魔法陣を出て行く。


「あ、あの……ひっ?!」


 震える声で呼び掛けるも応える者はなく、魔法陣を囲む兵士は手に手に剣を抜き放つ。


 一種の処刑場のような雰囲気に、とうとうメイドは立っていることが出来ずにへたり込む。


「始めよ」


 領主が一段と高い所に設えた椅子に腰掛けながら宣言する。その領主の言葉に応えるかのように、兵士たちの群れを割って黒いローブをきた老人が前に出てくる。一見すると魔導師の老人が手にするは、朱い宝石のような(ぎょく)


 その魔導師の老人が魔法陣のヘリに立ち、朱い玉を掲げると、玉が赤く発光を始めた。


 神秘的だが、どこか不安を掻き立てるような光が続く中、魔法陣の中央でジジジジという音が鳴りだす。


「……う、……え……?」

 メイドが音に釣られて振り返ると、黒い光がワイバーンの死体を覆うと、白い光が魔法陣の中央辺りに集まり、ヴンという低い音と共に弾けた。


「な、あ、や、ぃあああああああああああああ!!」


 メイドが目を見開き驚愕に声を上げる。


 白い光が弾けた後には、ワイバーンの死体と左右対象にしたような、生きている(・・・・・)ワイバーンが生まれていた。


 メイドの叫び声が助けを呼ぶ声になっても、誰も動かなかった。


 それはたったいま生またワイバーンもそうで、胡乱気な眼差しはイマイチ状況を理解できていないようにも見える。しかしそれも数瞬だろうことは、この場にいる誰もが理解していた。やがてその琥珀の瞳に力が戻れば、その身に宿る力のままに暴れ出すのは目に見えていた。


 しかし領主はそんな状況にも関わらず、メイドの涙と涎でグチャグチャになった顔を眺めて楽しんでいた。領主は命が無くなる寸前で歪む女の顔が大好きだった。出来ればもっと長々と楽しみたかったが、喰われる寸前まで楽しむと、こちらの被害も大きくなると学んでいた。兵士が幾ら死のうとも構わないが、そのせいで散財するのは本末転倒だと思っていた。


「おい」


「ハッ!」


 側仕えの騎士に合図を出すと、未だ赤い光を放ち続ける玉を持った老人が魔法陣から退き、魔法陣が青く輝き出す


 この魔物の複製には幾つか欠点が伴っている。


 一つはあの朱い玉。コントロールが不十分なため、一度複製を始めると止まることがない。現に今もワイバーンの死体を黒い光が覆っており、モタモタしていたら二匹……いや、三匹目が生まれてしまう。


 そのために、地面には転移術式を映した魔法陣が引いてある。


 この魔法陣は、生ある者を一定距離に跳ばすという、微妙に使い勝手の悪い物ではあるが、使用魔力が少量で連続使用が可能なため、この魔物複製生産には重宝している。


 あの朱い玉の光が止まるまで魔法陣を連続起動し、生まれくる魔物を一定地域に跳ばし続けるまでが一仕事だ。


 領主はこの話を聞いた時には、なんと愚かなと、話を持ち掛けてきた公爵を心の中でこき下ろしたものだが、魔物複製のレポートに公爵から支払われる代金と、領地に放った魔物の素材からギルドが納める税金とを目の当たりにし、その考えを反転させた。


 本来なら領地にワイバーンの群れを放つなどもってのほかだが、この領にはあの忌々しい犬共がいる。もしかしたら強い冒険者が来て更に潤う可能性もある。ダメならダメでギルドに丸投げするなり公爵に問題をなすりつけるなりすればいいと、領主の中ではケリがついていた。


 青い光が輝きを増し、二匹のワイバーンとメイドが跳び立とうとする寸前で、兵士の中から叫び声が上がった。


「なんだ、騒がしい……」


 出来ればギリギリまでメイドの表情を楽しみたいと思っていた領主は、イライラとした気持ちで叫び声が上がった一角に目を向けた。


 そこは、近くにいた兵士が下がり、ぽっかりと丸い空白地帯になっていた。


 その中心で未だに叫び声を上げ続ける老人がいた。朱い玉を持った、あの魔導師の老人だった。


「あああああアアアアアアガガガガガガガガガギャギャギャギャ!!」


 その声に合わせるように老人の様子も途中から変わり出した。


 しわくちゃの顔が干上がり、カサカサになった皮膚がボロボロと溶けるように空気中に消え、白い骨だけが浮かんできた。変わらないのは、赤い光を放つ朱い玉だけ。まるで吸い付くかのように老人の、骨になった手に乗っている。


「な、なんだ……。お、おい! あ、あやつをどうにかっ……」


 異変はまだ続いていた。


 魔法陣の丁度中央辺りがバチバチと異音を響かせると、最高潮まで高まっていた青い光が段々と収まり、やがて消えてしまった魔法陣の上には、未だにワイバーンとメイドが残っていた。


 一匹目に生まれたワイバーンが首をもたげ、咆哮を上げる。


「なっ!? おい、魔法陣を起動しろ! いや殺せ! 魔導師もワイバーンも!」


 怒鳴り散らす領主に漸く兵士が動きを見せるも既に遅く、もはや起動する様子のない魔法陣の中央で一際大きな白い光が弾けた。


 新しく生まれたワイバーンの鱗は、漆黒を纏うかの如く黒かった。


 他のワイバーンの四倍程の大きさを誇り、体を丸めた状態でも頭が天井を擦っていた。


「……こ、殺せぇ! は、早く殺さぬか! やれ! 殺せ!」


 誰もが息を殺す中、領主が場違いに喚いた。


 その声が届いたのか黒いワイバーンがその紅い瞳を領主に向ける。


「ひっ」


 咆哮が轟き、


 館が激しく崩れ出した。



社畜「……闇魔法と暗黒魔法って何が違うの? 生活魔法ってザックリしすぎてない? もっと裁判で有利になるような魔法は無いのかね? …………魔導書作成、100ポイント、ね……貯金すればなんとか。印税でウハウハという認識でいいのかね?」



加速する独り言。



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