誤解されるということ
これは…………妙だな……。
右を見ても左を見ても知らない街並みだった。いつも通りの冒険者ギルドからの帰り道、食堂の混み具合からどこか静かに食事が出来る場所がないかと通りをフラリ。色々な露店の食べ物をアイテムボックスして部屋で一人デリバリーを決め込もうかと買い溜めすること一時間。
良さげな店とか分からないので、そろそろ帰るか適当な店に入ろうかと通りを一望した。
しかし眼前に広がる光景に見知った建物はなく……。
………………あれ? 今、俺が買った魚の香草焼きの屋台はどこだ?
振り返って店主に道を聞こうにも既に移動屋台の姿も無かった。
これはおかしな話だ。
この街に来てそろそろ一ヶ月になろうというのに、未だに見たことのない景色がいつも歩く通りからいける筈がない。馬鹿言っちゃいけない。東門から西門に繋がる大通りは一本だ。途中に冒険者ギルドがある。その通りの露店をウロウロしていたのに……知らない場所に行き着くだと……?
これは何か大きな陰謀に巻き込まれたに違いない。異世界に迷い込んだアドベンチャー。摩訶不思議ファンタジー。
どうしよう。
なんてな。
俺だって立派な社会人。非常時の対応はお手の物。授業中に迫り来る刺客、突如目覚める力で無双、クラスメートの羨望を浴びる俺、そんな夢想を幾度となく抱いてきた訓練された俺にとっちゃ、こんな事になったらどうしようシュミレートなぞ造作もないこと。
もしも道に迷……げふんげふん。こんな壮大かつ深遠な陰謀に巻き込まれた時の対策は考えてある。
俺は自信に溢れた顔で通りを見渡した。
探すは同業。冒険者の方々だ。出来うることなら男性がいい。後の面倒を排除するためにも。
そんな目を皿のようにしてサーチしたところ、筋骨隆々な皮装備を着けた方々を発見。たった今、食事処のような所から出てきたパーティーだ。笑い声を上げながら歓談しつつ通りを歩き出す。
あれがいい。完璧だ。
後はあのパーティーに付いていけば、自然と見知ったギルドまで案内してくれるという作戦よ。午後からのお仕事のためにギルドに顔を出すだろうしね。
しかしこの作戦で気をつけねばならないのは女性冒険者の存在だろう。
人の視線に敏感と言われる女性の後をつけようものなら、直ぐさまバレて衛兵さんのご厄介になりかねない。
投獄されて仕事はクビに転落人生。それは勘弁願いたいため、女性ではなく男性冒険者の跡をつけるのが最適解だろう。
ただこちとら尾行なんてやったことない一般人。なんとなく少し離れて歩いて人の流れに乗っているだけだ。
大体の方角が分かれば追い越しちゃってもいいしね。振り向かれた時に目を合わさらない事が肝要。
そんなことを考えていたら、見えてきたのは西の門。秘策の成功を見る。やってやったぜ。
門から真っ直ぐというより、斜めから入る道からのお出ましだわ。こんな道、あったような無かったような……まあいい。これで宿屋に帰れる。
後はこの人の流れの隙間を縫って向こうの道へと思ったところで、ふと気づく。
俺の周りを固める方々が冒険者っぽい。そんな冒険者の波の真ん中にいる普段着のオッサン俺。ビッグウェーブだぜ。抜け出せない。
……あれ? なんだこれ? いつの間にこんな冒険者ギルド内っぽくなった?
道案内役に抜擢したパーティーばかり見ていたので自分の周りの状況変化についていけず、流されるままに西門へ。ちょっとすいません! と声を上げて道を開けないのが小心者。新幹線の自由席を取ってギュウギュウに詰め込まれている最中にお腹が痛くなってもトイレに行こうにも行けず仕方なく見知らぬ駅で降りる俺にとって、この行列からの離脱は不可。あれ以来どんなに新幹線が空いてても指定席取ってるわ。
流されるままに西門でギルドカードを提示。仕方ない、午後の薬草採集とスキルでの漁を前倒しでやるか。昼食は片手で食べられるものを食べて済まそう。
西門から外に出ると、思い思いの場所に冒険者パーティーが広がっていた。なんかの集会よろしく。
少し好奇心が刺激されて、その中心部に目をやる。三十から四十人規模の最大数のパーティーがそこに陣取り、他のパーティーからの耳目を集めていた。どうやらこの集まりの主催的なパーティーらしい。
呼ばれてもないのに出しゃばるつもりもないので、そこはかとなく集団から離れ、森の方に寄りつつ何の集まりなのか耳を澄ましてみる。丁度、代表者らしき人物が前に出てきた。
守りより動きを重視しているための軽鎧に身を包み、それに反するかの如き大剣を腰の後ろで吊っているイケメンだった。
ウィズさんじゃん。
おお、意外なコーディネートだな。てっきりフルプレートメイルで兜だけ外して装飾品のような長剣を地面に突き刺してその柄に手を置いているイメージあったからな。如何にも騎士様的な。よく見ると周りを見知ったギルドメンバーで固めている。どうやらあれがウィズさんのクランとやらなのだろう。超怖い。歴戦の傭兵みたいなのもいるんだけど?
「ではこれより、アトランテの異常発生に伴った合同大規模討伐を、我がクラン『黒空の星』の主導の下に行いたいと思う。先んじて疑問が……」
俺が他の冒険者の雰囲気に戦々恐々とする中、ウィズさんが朗々と声を響かせる。
討伐だって。流石皆さん冒険者なだけある。日々の糧を得るのに命がけとか、真似できんよ。
興味のバロメーターがゼロに。校長先生のお話レベルだわ。耳に入ってくるけど聞こえてない状態。ここに留まって巻き込まれちゃ適わん。さっさと俺は俺の仕事をしよう。
元々距離もあったため、誰にも見咎められることなく森に入っていく俺。
「――――と、森を包囲する形になる。深部では異常発生の原因、もしくは群れのボス格が存在する可能性と、Cランクパーティーでも対応できない数が確認されているため――」
未だに続くウィズさんの説明は、森に入っていく俺にはよく聞こえてこなかった。
十四本、めっ、と。
採取した薬草をアイテムボックスに入れながら次を探して視線をウロウロさせる。
うーむ、薬草があるにはあるが、やはり灰色犬が案内してくれた薬草畑っぽいところは、未だに見つからないな。
小ぶりの薬草をスルーして他にないかと視線を這わせたところで、視界の端がキラリと鈍く光る。
……またか。
うんざりしつつも視線を上げると、最近すっかり見飽きた光景が繰り返される。
顔が横に広いデカいカマキリが、己のカマが砕けて悲鳴を上げるところだった。
いつもと少し違うところと言えば、白を濁らせたような色のカマキリの群れに、毒々しい赤い色のカマキリが混じっていることぐらいだろうか。体の大きさが他に比べて、一,五倍ほどある。
俺には分かる。これは……雌カマキリだな……。
多分、雌が蜂と同じで女王様的な立ち位置なんじゃなかろうか? 元気な子供を産むために体が大きいとか? なにせこのカマキリの幼態は見たことがない。もしかしたらこのままのサイズで産まれてくる可能性を考えたら母体は二倍はデカい計算になる。モンスターの生態が不思議過ぎるよ異世界。分かり易く頼むよファンタジー。
いつものように突っ立ってカマキリのカマが砕けるのを見ていたら、この状況に焦れたのか、後ろでふんぞり返っていた赤カマキリが前に出てきた。デモンストレーションなのかカマが一閃。そこそこな大木が斜めにズレ、メキメキと音を立てながら倒れていく。切り口には紫色の泡がボコボコと立っている。
……おぅ、ポイズン。追加効果・毒とかかな?
「グシャアアアアアア!」
意気揚々と叫び声を上げる赤カマキリ。これはほんの小手試しだと言わんばかりに脇に収納していたカマを広げる。計四本になるカマ。それズルくない?
「キシャアア!」
二本ずつ左右から襲い来るカマ。俺に接触したところでそのままの勢いに任せて砕けるカマまたカマ。飛び出る紫色の血。先ほどとは違った意味で上がる叫び。……ごめんな、俺の方がズルいんだわ。
いつもならここで逃げ帰るカマキリたちだが、赤カマキリは根性があるらしく前脚を振り上げてくる。脚の先端は尖った甲殻。それを地面に突き刺して歩いていたから、凶器だな〜、とは思っていましたけどね、ええ。
俺のど頭目掛けて突き込まれる脚。グシャっという音を響かせて自動車の衝突事故時の車のフロントのようになる脚の先端。上がる悲鳴。バランスが取れなくなったのか轟音を響かせながら倒れる赤カマキリ。ピクピクと痙攣している。
……多分、タンスで小指を打ったぐらいの痛さがあったんじゃないかな? 末端神経への刺激って我慢できないよね。
俺が訳知り顔で頷いている間に散っていく白カマキリたち。おいおい。姐さん回収していけや。
溜め息を吐き出しつつも、俺も薬草サーチに戻り再び森をうろつく。どう考えても毒持ちっぽいカマキリとか回収するわけがない。食べられない。
アイテムボックスから揚げパンを取り出して食べつつ川の方へ足を向ける。なにこの揚げパン。超うまい。もっと買っときゃ良かった。
水面から照り返す光が見えてきたあたりで、人の怒喝も一緒に聞こえてきた。なんだろう。誰か川縁で戯れてんのかな? なら邪魔しちゃ悪いよね。男の人だけだったら隅っこで魚を捕らせて貰おう。男女カップルだったら、逃げよう。封印されし右目を解放して全力で。そして忘れよう。女の人だけだったらウォッチングだね。いや、順番を守ろう的なものであって、変な意味はない。ただ邪魔しちゃ悪いから、邪魔しちゃ悪いから、こっそり隠れるだけだ。
瞬時に対応を練り、ドキドキしながら茂みから顔を覗かせると、厳つい顔の皮装備の冒険者が水辺で白カマキリに囲まれていた。……うん。別に期待とかしてなかったし?
「ディグ!」
「構わん! チシャ! 後ろだっ!」
「ぐう!?」
「チシャ!?」
おう、ピンチ……なのかな? どうやら水に足を取られて小回りが利かないらしい。対するカマキリはあの尖った脚で水を物ともせずに動き回っている。
あ、危ないよ。空間振動。
「くっ、はあ! ……あ?」
足を取られてよろめいた冒険者の背後から白カマキリが襲いかかろうとしていたので空間振動を発動。いつも通りにワンテンポ遅れて発動したので、まるで冒険者が苦し紛れに振るった片手剣に吹っ飛ばされたように見えた。
続いて、カマと剣とで鍔迫り合いを演じている白カマキリに空間振動。細かく隙をついて脚に攻撃を受けている白カマキリに空間振動。
「おお!?」
「はぁ! みたかっ!」
次々に弾ける白カマキリたち。空間振動が発動する瞬間に攻撃を受けているので、まるで痛恨の一撃を喰らったかの如く飛ばされる。
もはや囲んでいる白カマキリの数の方が少なく劣勢になっているのを見届けると、俺はその場をそっと後にした。
あれだけ騒いでバシャバシャやっているのだ、魚が居るわけがない。
それにしてもほんと討伐って命がけな。騙されてはいけない。危険手当て込みの給料の額がいいからといって、必ずしも割の良い仕事というわけじゃない。大抵どっかで怪我するようになってるから。会社もそれ分かってて危険手当て出してるから。
我が薬草採集の輝いていること。この上、漁師にも転職できるかもしれないという。
明るいな未来。得るぜ異世界で一戸建て。俺が家庭持つってファンタジー? ほっといてくれ。
未来への展望に夢を馳せつつ、再び薬草サーチを続けていたら、木々の先が少し明るい場所を発見。
あれ? もしかして、森、抜けちゃったかな? いや待て。薬草畑の可能性がある。
得られる利益に想いを馳せて黒い笑顔を浮かべつつ茂みから顔を出す。
そこには少し開けた場所で赤カマキリを囲む冒険者パーティー。
元々、そんなに開けた場所ではなかったのだろう、切り株を晒す木々を見るに赤カマキリがハッスルしたのではあるまいか。
ふはは、なーんだ。空間振動。空間振動空間振動。
八つ当たりじゃないよ? 苦戦して見えた冒険者パーティーに援護しただけさ。決して八つ当たりじゃない……。まあ、空間振動って当たってもグッタリなるだけなので、大した援護にはならないだろうが。強制車酔い攻撃みたいな?
俺は結果を見届けることなく首を引っ込めた。ワンテンポ遅れてバシバシバシという音が響き静かになる。
あれだけ荒らされていたら薬草は見込めないだろう。なるべく人が来てないような方向に足を向ける。足跡がない、獣道もない、森の奥へ。
えー、薬草薬草。ヨモギヨモギ。もしくはホーナット。
地面をよく観察しながら前進。偶にツタやら虫やらが顔に当たるが、そこは流石の次元断層。きっちり弾いてくれる。虫除けスプレーいらずとかマジ便利。
もはや俺を止められる者など存在しない! とばかりに目を充血させ、前屈みに薬草を探していたところ、またもや前から叫び声が聞こえる。今度はなんだよ。
「どけどけどけどけっ!」
顔を上げると森の向こうから、かなり慌てた調子で走ってくる冒険者に見覚えが。確か…………遺跡に潜る前に揉めそうになった冒険者だ! あの時は五人程のパーティーだったようだが、今は二人しかいない。もしかしたら音楽性の違いとやらかな?
また揉めたりするのが嫌なので、近くの木にピタリと張り付き邪魔にならないようにする。
跳ぶように隣を駆け抜けていく瞬間、目が合うと馬鹿にしたように鼻を鳴らされる。
「へっ」
…………もうマジなんなんだよあいつらー! ぜってぇ同じ職場で働きたくねーよ! 即日転属願い出す自信あるわ! 転職情報サイトをブクマしまくるわ! 鼻鳴らす必要あったか? 俺が怒んないとでも思ってんのか? はいキレた。枕に顔沈めて叫んでやるわ。マットレスに駄々っ子パンチかましてやりますわ。スレ立てする可能性もあるよ!?
「クソどもめ〜っ。俺の借りてる部屋のベッドのスプリングがイカレたらてめーらが弁償しろよ! カディさん怒ったらメチャ怖だぞ!?」
姿が欠片も見えなくなってから、多分聞こえないであろうぐらいの声量で叫んで少しスッキリする。ふん。いいんだいいんだ。因果応報を信じて泣き寝入りするんだ。
気分は悪くなったが、今は仕事中。個人の都合に関係なくノルマは存在しラインは動く。再び薬草を……と顔を前に向けると、ガサガサガサガサと音を鳴らして大量の白カマキリがあの嫌な冒険者どもが来た方向からやってくる。
今日はほんとによく見掛けるなー。繁殖期なのかな?
あっという間に囲まれるオッサン。乱れ飛ぶカマ。砕け散るカマ。以下同文。
変わり映えしない光景なのだが、変化といえば……何体かの白カマキリが人体の一部を口にしていることだろうか……。超エグい。弱肉強食異世界。知りたくなかったファンタジー。
あれが危険手当ての実態というわけさ。マジ冒険者、冒険者ぁ。こちとら冒険しない冒険者。薬草で登りつめて魚捕って富を広げてやるわ。童話になるレベルで金持ちになってやるわ。ハエと猫じゃらしで一戸建てとかサラリーマンナメてるわ。羨ましい。
いつものようにカマを粉砕され血だらけで逃げる白カマキリを見送り、心を新たにする。
良い不動産の海沿いの一戸建てを目指して薬草採集だ。この街に滞在するのも後三日になったしな。直ぐに旅立ってもいいんだが、宿をキャンセルした場合、宿代返ってこないからね。半分が勿体無い精神で出来ているのが小心者。残りの日数は薬草三昧です。
白カマキリどもが来た道を辿るように更に森の奥へと進む。場所的には街から南西。川の上流辺りを目指す。このまま薬草の取り分が少なくても、魚で取り返せるように。そういえばカンテ鉱石っていくらぐらいなんだろうか?
大体毎日薬草を百本程換金しているため、他の物品を換金したことが無いので相場が分からない。はっ、魚もいくらになるか分からない!? 危うし漁師職!? 意外な盲点だった。気付かないのも仕方ないと言わざるをえない程の死角だった。
つまり仕方ない。
同じ失敗を二度続けなければいい。切り替えが大事。魚の値段を調べておこう。その場合って卸すのは冒険者ギルドでいいのかな? また薬師ギルドとかの別グループがあって、魚市的な場所の方が得するとかなんじゃなかろうか?
うーん……やはり物を言うのは信用だと思うんだよね。もし漁師にジョブチェンするのなら、きっちりとした取引先を見つけて売上ルートを確保した方がいいな。
よし。とりあえず分からない事は聞いていこう。
順番的には、まず海沿いもしくは水運なんかの流通が盛んな街やら国に行く。そこで漁師の人にお声掛けして、ノウハウを学ぶ。その時に組合なんかあるなら入っておいた方がいいな。自治体との関係も重要だろう。いや待て。いっそスキルを披露して会社に入れて貰った方が後々、楽かもしれない。となると月給と実働も調べておいた方が……。
ブツブツと呟きながらも薬草を探して足を進めていたら、妙な広場に出る。
今の今まで草ボーボー木々がグネグネと延び茂っていた森だったのに、土が剥き出しのちょっとした広場の様相を呈した場所に出た。
……なんだここ。薬草皆無。
下生えの草もなく茶色い地面を剥き出しの広場は円を描いている。
少し不思議な場所に好奇心を刺激されるも、今は仕事中なので無視を決め込んで反対側に渡ろうと横断を決める。
なんかぁ……焼けてね? 地面……。
踏みしめる土の感触がボロボロなのと、少しばかり鼻につく焦げた匂い首を傾げる。
森林火災? もしくはあれだ、ミステリーサークル。大学でミステリー好きが集まるサークル。うん? なんか違う。
そんなことを考えながら歩いていると、丁度、円の中心に足を踏み入れたところで広場に変化が起こる。
幾何学模様が突如として浮かび上がり燦然と輝く。瞬く間に広場を覆った模様はそれ自体が熱を発しているのか地面をジリジリと焼く。
その中心、俺。
おおう! なんか知らんがやるな異世界! 今とってもファンタジー! 待ってた、こんなファクターを夢見てた。なにもエフェクトなしのスキルやライターいらずの炎に文句があるわけじゃないけどね。やはり魔法陣とか痛い詠唱とかが必要なんだよ。いや、回復魔法や火魔法のエフェクトもいいんだけどね? 俺の妄想の中じゃ超能力でも似た感じになることを考えるとね? 魔法陣って偉大だわ。詠唱? 唱えりゃいいだろって? いや、そこはあれだ、唱えて何も起こらなかった時が、ほら、恥ずかしい。オッサン今年で三十六になるからね。ここが異世界だからってイマイチ踏ん切りがつかないというか羽ばたけないというか……。
ともあれ、魔法陣の中心に位置するオッサン。まるで魔法を使役しているかの如く人の魔法に乗っかる。
ふははははは! よい、よいぞ! よきにはからえ!
思わず笑みなんかうかべちゃったりした一瞬後、魔法陣の中には無数の白カマキリが浮かび上がる。
………………。
光が消え、魔法陣もなくなったというのに消えない白カマキリ。
…………さーて、お仕事に戻らなくっちゃ。
「しょ、召喚……」
人の声がしたので振り向いたところ、広場の外の茂みから広場を囲う冒険者が、幾人も顔を出す。
皆さん一様に張り詰めた表情。手には武器。
……あ、ちょっ、ちょっと待って。誤解があると思うんだ。ほ、ほら! 白カマキリたちはメッチャ俺を攻撃してるし!
「……ヤマナカさん」
乱れ飛ぶカマの中を笑顔で場を和まそうとする俺に、集団から大剣を片手で持つウィズさんが進み出てくる。
話の分かる人キター。これで勝つる。
なるべく円満にとウィズさんに笑いかけたところで、白カマキリの一匹がウィズさんに飛びかかる。
これを残像を残す程の剣閃で一太刀にするウィズさん。白カマキリ縦に割れる。そのまま剣先がゆっくりと上がり俺を指す。
「動かないで貰おう」
「あ、はい」
こ、怖い。冒険者ってめちゃくちゃ怖いよ!? でも大丈夫。大丈夫なはず。大丈夫って言って……!? なんせ誤解なんだから。すぐ解けるよ。…………とりあえず弁護士は呼んで貰えるのかな?
ゆっくりとハンズアップしながら険しい顔のウィズさんを見つめる。未だに笑顔を浮かべてはいたが、心の中では汗が濁流になっていた。